『色とりどり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『色とりどり』
先輩のインスタを覗くと、そこには笑顔で映る先輩の写真、雑誌の表紙に載りそうな景色の写真、部活の写真など色とりどりの思い出がある。
あぁ、いつかそのページの中に僕がいたらいいのに。
そんなことを考えながら先輩の記念日投稿にいいねを押した。
______やまとゆう
『色とりどり』
手の中の袋を持ち上げる。中には色とりどりの飴玉がいっぱい入っている。
お正月、初詣の帰りに神社の屋台で見かけた飴の詰め合わせを見つけて、何だか無性に欲しくなって買って帰った。帰り道、適当に一つ摘み上げて口に放り込むと、安っぽい、でもどこか落ち着く甘さが口の中に広がって、僕は頬を緩めた。
今は自分の部屋で飴玉を眺めている。色とりどりの飴玉を見ていると、皆の顔が思い浮かんだ。
赤と黄色のマーブル模様の飴は、熱い心と、流星のような輝きを放つ星矢みたいだ。
うっすら透き通った緑色の飴玉は、芯の強さと優しい心を持つ紫龍を連想させた。
青と白のマーブル模様に赤い点が混じった飴玉は氷河みたいだ。一見クールに見えるけど、心の中には熱い心が滾っているのを知っている。
赤みがかったオレンジ色の飴玉は兄さん。不死鳥のような強さと激情を表していて、ピッタリだと思った。
混じりっ気のない真っ白な飴は純真さの象徴みたいで、沙織さんを思わせた。
そうして袋の中を漁っていると、ピンク色の飴を見つけた。それを摘み上げる。
僕はピンクという色が好きじゃなかった。それは女の子向けの色だと思っていたし、強さとはかけ離れているように思えたからだ。
でも今はそんな考えは微塵もない。アンドロメダの聖衣は色など関係なく強く、僕を何度も救い、戦いに勝たせてくれた。それに、見てくれと男らしさや強さには何の関係もないことを、これまで出会った人たちが教えてくれた。真の強さとは、己の心の中にある。
僕はピンクの飴玉を口に放り込んだ。
ここは白い空がある国。
色とりどりの鳥が空を飛ぶ。
ピンクに水色、オレンジに赤。
まるでキャンバスに咲く花のようにそれぞれの色が引き立っている。
私はそれを見るだけで幸せを感じる。
#色とりどり
【色とりどり】
楽しいは「水色」
悲しいは「紺色」
嬉しいは「桃色」
怒りは「赤」
悔しさは「黒」
寂しさは「白」
とりどりの感情を
とりどりの色で描く
重なり混ざり
心のキャンバスが
色とりどりにさんざめく
理論神経科学者によると
人の肌は色とりどりに変化しているらしい
血液の状態で赤青黃緑を基本として肌は変化し
それによって感情や体調を伝達しているという
怒ってる人は赤く 体調不良の人は青く
当たり前に理解していたが確かに色が伝達している
しかもどうやら人の色を見分ける機能が
そもそも顔色の変化範囲に対して
敏感に反応するかのようにできているらしい
それを踏まえれば人が色の概念を獲得したのは
言う通りコミュニケーションの為なのではと思えてきた
目は口ほどに物を言う というがそれ以前に
顔そのものが情報の発信者だったということになる
顔は色ごとに物を言う
「色とりどりで豊かな人生を送るにはどうしたらいいの〜?博士〜〜〜!!」
「色とりどりで豊かな人生を送る夢を見るのじゃ」
「起きた後はどうすればいいの?」
「一人分の人生を堪能するのに目覚める必要はないのじゃ
というわけで今日は、コールドスリープについて学んでいくのじゃよ」
子どものころ親に連れていってもらったビュッフェ形式のレストラン。
そこには色とりどりの料理が並び、どれを食べても、何を飲んでも良い、その空間は幸せに満ち溢れてる。
幸せしかないその時間は、今でも私の中でかけがえのない記憶のひとつ。
もうビュッフェ形式のレストランに行くことはできなくなってしまったけど、店の前を通り過ぎると鮮烈な記憶が甦るのだ。
「全部ください! 選べないから!」
花屋の店員さんは、目をぱちくりさせた。
【お題:色とりどり】
色とりどりの花が咲き乱れている。
その光景が、あまりにも美しく、あまりにも現実離れし過ぎていて、「あ、死んだんだ」と気付くことができた。
最期は呆気なかったなぁ。でも、それなりに楽しかったから、未練はないかも。
それに、あの世がこんなに美しい場所なら、戻りたいとか思わないかも。この景色をずっと見ていたい。居心地が良い。
美しい花をじっとよく見てみる。
そして気付いた。この花一つ一つが、自分が過ごしてきた思い出でできていることに。
花びらの上に、綺麗に色付いた思い出が流れている。
これは親に褒めてもらった時。これは初めて自転車に乗れた日。弟ができた日。クリスマスにゲームを買ってもらえたこと。入学。卒業。就職。恋人ができた日。プロポーズされて嬉しかった夜。結婚。大切な子供が産まれた日。子供が成長していく様子……。
生きてきた長い時が、こんなにも色とりどりに、美しく咲いている。
「あぁ……戻りたくなっちゃったかも」
景色が涙で滲んだ。
『色とりどり』
色とりどり
みんな好きな色があって自由。
でも、男の子なのにピンク?とか女の子なのに青?
とか勝手に決めつけてどこの固定観念にとらわれてんだよ。
決まりとか決めつけって何?
そんなの人の自由を否定してるだけ。
色で他人に迷惑かけたこともないし、今後もかけることはない。
ニュースとかSNSとか道徳の授業とかで色が原因で問題になったとか聞いたことないし。
だから、みんな自信もって自分の好きな色を大切に。
もうテーマなしでいいやw!
皆さん学校は始まりましたか?私は今日(2024/01/09 )からです。
ダルいです。課題終わってないし。はい死んだ😇
「推しが頑張れるなら私も頑張れる。」
一言⤵︎ ︎
受験生頑張って!!お互い頑張ろ!!
バイトも出来たら推し活もできる量増えるんじゃね…?🥳
子どもの心は透明で
何色にも染ってしまうことを知った。
両親の色に染まって
色んな人に染まって
自分だけの心の色が生まれるんだと思う
だから私と貴方とでは色が違うの
皆,色とりどりで誰ひとりとして
同じ色がないって素敵じゃない?
私ももっと色んな人と関わって
私の心に色付けで行きたい。
─────『色とりどり』
子どもの頃、和柄が刷られた千代紙のセットを持っていた。私にとっては宝物で、取り出しては飽かずに眺めていた。
当時、家の中には母の制作物とおぼしき千代紙を貼った文箱や三段の小箱があったので、あるいは余った材料だったのかもしれない。
藍色、鴇色、茜色。
扇、手鞠、紅葉。
布として身にまとえば派手であろう色や柄も、千代紙の四角い世界の中ではお行儀よくまとまって見えた。
綺麗だなと見入っていた幼い自分の眼差しとともに色彩の記憶も蘇る。
『色とりどり』
数年前にネットで
180色の色鉛筆を買った
素人の落書き用だから
50色で十分なのに
それまで使っていた50色では
物足りない気がして
色鉛筆が届いた日は嬉しくて
片っ端から画用紙に
試し塗りをして遊んだけれど
ある日ふと気がついた
180色ある中で使う色は
結局は自分が好む色ばかりだと
いうことに
そしてその数の少なさに
色とりどりの色鉛筆を前にして
改めて自分自身を見つめ直した
ひとときだった
# 色とりどり
キレイな景色を探して
此処に辿り着いたよ…
たくさんの不揃いも
不器用な優しさも
繋いでくれた 大きな手…
あなたに恋した
あの日から
私の世界は
カラフルに染められてく…
隣で寝息をたてる
無防備な寝顔に
そっと 口づけを…。
幸せな景色を探して
此処に辿り着いたよ…
世界一 幸せな景色は
遠回りも涙も
たくさんあった
長い旅でした…
そして あなたでした…。
- colorful ~幸せな景色~ -
色とりどり
飾る花
隣の君は
頬染めて
まるで、桜のようだった
今年の春が、待ち遠しい
色とりどり
色とりどりの花が咲いた農園に黄色い声をあげる子供と赤い糸が見えるくらいのいちゃついているカップルと青天白日な空。
【色とりどり】
この世には何千、何万…何億もの色が存在している
中には人間の目では認識しずらいものや人間の目でしか見えない色もある
そんな中で僕が好きな色は純白だ
何故なら、何色にも馴染むことが出来て何色にもならないから。
勿論、この世に存在する色なら、茶色でも紫でも何でも好きだよ?
ただ、純白が飛び抜けでというわけではないが何色が好きかと聞かれた時パッと出てくる色が白色だからだ。
色とりどり
今日は成人式だった。
それぞれの選んだ色、形が入り混じる。
同窓会には素敵な大人の顔になった友人達がいた。
昔は仲良くしていたはずなのに、着飾ってお化粧もしているからか、何だか尻込みしてしまって話しかけられない人も多くて。
そして見た目だけでなく、話すととてもしっかりとしていて。
みんな将来のことをしっかり考えていて。
なんだか少し置いていかれているような、劣等感のようなものが心の何処かに出たり消えたり。
また、当時は話さなかった人に話しかけられることもあった。
飲み物をカウンターで店員さんに頼んで待っている時に、その人に何を頼んだのか聞かれた。
男子だったので、少し前まで飲んでいた白ワインを頼んでこいつやるなと思わせたかったなと密かに後悔しつつカシスオレンジと言うと、同じものを、と店員さんに頼んだ。
男子には少し甘いのではないかなと思いつつ、謎にかっこつけたくなってしまった私は、甘い、などと呟きながらその場を離れたような気がする。
お酒に強いマウントをとりたかったのかもしれないけれど、今落ち着いて考えると恥ずかしい。
そういえば、その人は小1では私を虐め、小6の雪の日には男子の集団で私に向かって雪を投げ、中学では偶然ハエにたかられた私を嘲笑ってきたやつだったことを思い出した。
私は何かされると萎縮するタイプだったので、クラスのムードメーカー的なその人のことは苦手だった。
そんな忘れたと思っていた思い出もぽろぽろ出てきて、その人とは恐らく今後話さないだろうけど、色々な思い出を思い出すことは良いことだなと感じた。
昔とあまり変わらない人、全然違う人。
色々いたけれど、この人達がそれぞれの分野でこれから活躍していくのだろうなと想像すると、少し不思議な感じがした。
普段、ふざけているが真面目な話をしたい。
先日の地震、自分のところも震度5強で強い揺れが襲ってきた。その時自分はコンビニのファミマでバイトをしていて、例年は1月1日なんてお客さん全然こないから「今日は後、楽ですねー笑」なんて話しながら。
そんな時に地震を知らせる音が事務所のロッカーに置いてあったスマホから流れてきた。その時はまず音に驚き、またすぐに店内全体を震度5強の地震がきたんだ。その時は先輩と俺で焦りに焦り、事務所の中で大人二人が体を縮こまらせて頭を隠して凌いでいた。
(自分はパニックになりすぎて、揚げる前の冷凍ファミチキで頭を隠していた)
揺れが収まり事務所からでると、電子レンジが棚からとびでていたり、時計が落ちていたり、モニターが傾いたりとても悲惨な状況になっていた。
地震がきてからは近くのライフラインがここだけだったり、他の店では閉めているところもあったりで、永遠とお客さんが店に流れ込み、長蛇の列が出来上がるくらいだ。コンビニはスーパとは違い袋を購入して頂いたら、商品を入れるところまでもサービスとしてやらなければならなかったので、正直そこが1番きつかった。(3から4時間ほど永遠にレジと袋詰め)
店内は地震の揺れでカップラーメンがメチャクチャになったりお酒などの缶がとてつもなく凹んでいたり、カオスな状態になっていたが、大変だよね、とか頑張ってねというお客さんの声にとても救われた。家族は同様に地震に起きた地域へ旅行へ行っていたが、安全を確かめることができ、バイト終わりに自分の家へ恐る恐る帰ったが少しものが落ちていたりするぐらいで特に何もなかった。
人生18年、初めて命の危機をそばに感じた瞬間だったと強く思う。
しかし、この地震で心底自分に失望する瞬間があった。
地震から3.4日経った頃、東日本大震災の時の映像などを見て勉強をしていたところに、ふとテレビを見ていると、画面の端で行方不明者が二百人以上という情報が自分の目に入ってきた。その時は自分は、一瞬でも(割と少ないんだ)と思ってしまっだ。それを思ったと同時に大きな自己嫌悪が自分を襲った。確かにxやインスタなんてクソだと今まで手を出してこなかったり、世間に対して偏った思想がある捻くれ者の自分でも流石に一定の道徳心は自分にあるだろうと思っていたのだ。
もちろんたくさんの人が被害を受けてほしいとかそーゆーことではなく、直前に東日本大震災の被害や映像を調べていたこともあり、今回の地震はそこまで酷くないのかな、という圧倒的に無知で阿保な発想を一瞬でもしてしまった。
自分の周りには尾を引くような被害がなく安全な所にいるからどこか他人事でこのような考えが起きるんだととても反省しています。
自分が少しでも変われるようにどれだけ歩幅が短かろうと一歩ずつ必ず足を踏み出そうと思います。
最後にこの文を最後まで読んでくれた人が日本のどこかにいるのかも知れませんが、本当にありがとう。
あなたにとって幸せな今日でありますように。