『真夜中』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『今日は風が気持ちいいですね。』
私は何を言わず、彼の声に耳を傾けていた。
『夜更かしは健康に悪いですよ。』
彼が私を心配そうに見つめながら言う。今の時刻は丑三つ時。皆が眠りに就いている時間だ。そんな中、私はベランダに立っている。彼と話すために。
「大丈夫だよ。私は頑丈だから。」
無理やり笑顔を貼り付ける。いつからだろう。眠るのが怖くなったのは。そうだ。あれは確かー。
私と彼は恋人同士だ。私達の間には確かな愛があった。これからも一緒。そう思っていた矢先に、彼が死んだ。不慮の事故だった。私の世界が音を立てて崩れていった。私は毎日泣いた。しかし、どんなに辛くても日は昇り、世界は回る。その事がより、私を苦しめた。死にたい。その言葉が頭に浮かぶ。気付いた時には、私は自宅のマンションのベランダに立っていた。しかし、飛び降りる事はなかった。白い翼が生えた彼が居た。彼は静かに月を見ていた。
あの日から私は、眠るのが怖かった。眠っている間に彼が消えてしまいそうだから。でも、少し疲れたよ。
「死にたいって言ったら、どうする?」
彼に聞く。彼は微笑みながら答えた。
『逢いたいって言います。』
涙が零れる。彼は昔から、私を肯定してくれた。今でも、私への逃げ道をくれる。誰よりも優しい、私の彼氏。
「ありがとう。私も逢いたい。」
私達の目には涙が溜まっていた。
私は今日、死ぬ。自らの命を断つ。でも、自然と恐怖はない。彼が見守っているから。
「月が綺麗だね。」
『これからも、一緒に見ましょうね。』
私は、皆が寝静まった真夜中に、永遠の眠りに就いた。
ご紹介に預かりました、高枝です。
新郎とは幼馴染というやつで、小中高とすべて一緒のクラスでした。
そんなわけで、彼には運命を感じていて『彼と将来結婚するのでは?』と思っていたのですが、まさか別の相手を見つけるとは……
彼と結婚する羽目にならず、心の底から安堵しております。
とまあ自己紹介はここまでにしまして、
お二方、ご結婚おめでとうございます。
今日という日が来たことを、心から祝福いたします。
二人の未来にたくさんの困難が待ち受けているでしょう。
ですが、きっと力合わせて乗り越えられると信じています。
しかし油断してはいけません。
愛さえあれば何でもできる
それは事実ではありません。
もちろん愛とはすばらしい物です。
愛があれば大抵のことは出来るでしょう……
ですが、愛があってもどうしようもない事があるのです。
それは『高い木の剪定』。
身長より高い場所にある枝の剪定は、どんなに二人に愛が強くても不可能です。
意地になって、愛の力と称してオンブをしても駄目です。
上の人間がバランスを崩して、二人とも怪我するのがオチ……
たとえ愛があっても無理なものは無理なのです。
こう言うと、二人の未来には希望がないと思われるでしょう。
ですがご安心ください。
そんなお二人にある物を用意いたしました。
コチラ、『高枝切りはさみ』。
これを使えば、ちょっと上の方の枝の剪定ももちろんの事、伸ばすことで高さ5m先の枝も着ることが出来るんです。
コレを使えば高いところの枝もらくらく剪定。
アルミで作られているので、女性でも軽々使えます。
この枝切りはさみ、私が改造してたもので取っ手がとても長いので、夫婦二人で握って剪定することが出来ます。
是非、夫婦仲良く庭のお手入れをしていただければと思います。
今回、この特別製の『高枝切りはさみカスタム』、ずばり1万円でご用意しました
のですが、今回お二人が結婚という、実にめでたい場所ということで……
価格1万円がなんと――
驚かないでくださいね
なんと、お二人に無料でプレゼントいたします
ですが――これだけではありません。
今回だけに限り、もう一本プレゼント。
これでお庭の高い木を選定し放題です。
さあ二人とも。
この高枝切りはさみを差し上げますので、お持ちになって下さい。
はい、それでは皆様、ご覧ください
この二人は高枝切はさみを手に入れたことで、何でもできるようになりました。
もう一度言いましょう。
愛があれば何でもできるか?
いいえ、できません。
しかし、二人の愛と高枝切りはさみがあれば、何でもできます
高枝切りはさみを持ったお二人は、文字通り敵なし。
さあ皆さん、お二人の幸ある旅立ちにに盛大な拍手をお願いします。
◆
新郎、新婦が座る高砂《たかさご》席にて。
「高枝さんって面白い人ね、いつもあんな感じ?」
「うん、見ての通り『高枝切りはさみ』愛のとても強い人。 メーカーにも努めてる」
「へえ」
「ちなみに本名は鈴木。 好きすぎて、『高枝』に名前を変えた」
「マジで」
「あと、高枝切りはさみを高みに導きたいとか言って、東大入ったのは同級生の間で伝説だな。
ほかにもいろいろ逸話がある」
「頭のいい馬鹿かあ……」
「でもすごい奴だよ。 『愛があれば何でもできる』っていうのを証明したんだからね」
今日も1人、ベッドの中ですすり泣く。
どうしてこんなに上手くいかないかなぁ。
昼間は頑張って「私」でいる。笑顔で、明るくて、頼られるような。
ただ、夜になると…「私」が「わたし」になる。
自分の足りないところを見つけては泣き、他人の嫌なところを思い出しては泣き、努力に見合わない結果を考えては泣き。…未来を考えては泣き。
これがわたし。弱いところだらけ。
こんなわたしを人が許さなくても空は、夜だけは、許してくれる気がする。
優しく包み込んでくれる。認めてくれる。
太陽の沈んだ世界で今日もわたしは密かに自分を曝け出す。
真夜中よ、どうかこのまま「私」を闇に飲み込んで。
『真夜中』
10年間の真夜中
いたくて、さむくて
こわくて、つらかった
苦しみから逃れたくて
死んでしまいたかった
死へ向かう為の苦しみに
耐える勇気どころか、
その苦痛を想像すらできないのに
今わたしを苛む辛苦から逃れようと
死にたい死にたいとみっともなくわめく
誰か助けてくれ
誰でもいい、
この苦しみから救ってくれ
などと世迷いごとが溢れてやまない
体が動かなくて
胃の腑も足先も冷えてひえて
ろくに動けやしないのに
口からこぼれる呻き声と
涙が濡らした顔が気持ち悪い
つらいなあ
こわいなあ
もう、やめたいなあ
恩知らずがうたう
そしてあなたは
そんなわたしに
今だけだと
いつか苦しみは去る時が来るのだと
わたしを暖めながらいうのだ
今に押し潰されそうなわたしの嘆きに
未来への希望を指し示すのだ
そうするしかできないと
少し悲しそうに
やさしくて苦労ばかりのあなた
あなたにすがるばかりのわたし
わたしがわたしでなければ
あなたはもっと幸せになれたのか
否定されなければ傷つくくせに
嗚呼、
わたしは、本当は、
あなたを助けられる、
あなたを幸せにできるひとに
生まれてきたかった
「真夜中」
〖真夜中〗
この時間が1番好き
何を考えても何をしても
誰かに何かを言われることは無い
このまま時間が止まればいい
ずっとこの時間帯の中でボーッとしたい
真夜中って魔法の時間帯だよね
人目を気にせず自分が主人公になれる
本当の自分が出てくるのもこの時間
この時間だけは何もしなくてもいい
幻想的なこの時間帯が1番好き
真夜中は
完全に1人になれる時間でもあり
考えすぎの不安が溜まっていく時間
真夜中
こどものころは夜8時には寝て
目が覚めるのはもちろん朝
あの熟睡の日々よ
たぶん夢なんか覚えていなかった
しっかり眠れることは当たり前で
今はどう?
真夜中に目が覚める
眠りが浅くなったからなのか
トイレに行きたくなるせいか
なんにせよ時計を見て
ああまだ眠れる
そしてしっかり寝るけど
そのうちここから眠れなくなるのかな
親なんか見てるとそう考えちゃいます
というわけで
真夜中に目が覚めてもいいように
電気はナツメ球つけたままです
真夜中のトイレまでの道のり
転倒注意!
「おねーさん、こんな夜中にどこ行くの?」
トレンチコートを着た長い髪の女が佇んでいる。その傍らにはおかっぱ頭の女の子。
「·····私?」
「おねーさんしかいないじゃん」
女が振り返る。大きなマスクで口元を隠した女は、声の主を探して視線を下げた。
「なんだアンタか」
「久しぶりなのにひでー言い草」
人の顔をした犬はそう言って女を見上げる。
犬はみるみる伸び上がり、女とそう変わらない背丈の男の姿になった。膝の辺りまで隠れる、血のような真っ赤なマントを羽織っている。
「で、マジでどこに行くの? 貴女の時間はもうちょっと早い〝夕暮れ時〟だった筈でしょ?」
女はしばらく夜空を見上げ、ポツリと呟いた。
「そろそろ潮時かなと思って」
「みんなスマホに夢中で少し前の暗がりに誰がいるかなんて気にも留めない。見知らぬ人に声を掛ければ不審者扱い、おまけに夏にトレンチコート着てようが、ワンピース着てようが構いやしない」
女はいつの間にか白い帽子に白いワンピース姿になった。背丈も男より遥かに高くなっている。
「ぽっ」
「トイレだってそうだよ」
おかっぱ頭の女の子が声を上げた。
「センサーで電気がつくから綺麗で明るいトイレになって、私が隠れられるところなんか無くなっちゃった」
白いブラウス姿だった女の子は、真っ赤なベストを羽織っている。この姿なら「ちゃんちゃんこ」と言うべきだろう。
「まあねえ·····」
男は答えて、羽織っていたマントをばさりと翻した。
「イマドキ〝赤マント〟なんて怖がられるどころか〝ぶっ飛んだファッションセンスの人〟で済んじゃうからなぁ」
「私達の居場所はもう本の中だけになるかもね」
「ほっといてくれよ」
犬の姿に戻った男が呟く。
「昔は俺の専売特許だったんだけどなぁ·····」
「アンタも身の振り方考えた方がいいよ」
トレンチコートに戻った女が見下ろしながら呟いた。
「あ、みんなでタクシー乗る?」
「タクシーも今はドライブレコーダーでみんな録画されてるよ」
「ダメかぁ」
「·····ところで、なんで付いてくるの?」
「いいじゃん、みんなで行こうよ」
女と、女の子と、犬。
真夜中にそぞろ歩く二人と一匹。
彼等がどこに行ったのか、誰も知らない。
END
「真夜中」
社畜はつらすぎるマジでやめたい開放されたい、開放されてから2次元に行って二次元の女の子たちとあんなことやこんなことをしまくりたい、なんであんなに辛いことを毎日繰り返しでやらなければならないの頭がおかしすぎるわ社畜クソすぎる、労働もクソすぎる!!毎朝胸が苦しくなるし、体がプレッシャーで重いしもう色々と限界すぎるわ、あと今の話とは関係ないけど俺はいつになったら童帝卒業できるだよ〜〜とにかく美女と汗だくセックスしたい全身を舐め回したい全てを支配したい
真夜中に、だいたい起きている。
カチカチと時計の秒針の
音だけが部屋に響く
1秒また、1秒時を
刻む音
アレ??
ホーホケキョと外から
聞こえたような
真夜中の
アイス高める
背徳感
ねも上がる
気温と値札
蝉の声
道半ば
途絶える大人
向暑へと
薬手帳
酒による怪我
思い出し
湿布処方が
頭痛もたらし
知らないと
白を切る顔
青くなり
ポンタくん
立体でべそ
いとしすぎ
ゾンビたち
燃やす機能を
所望する
「…お腹空いたな…」
学校をズル休みした日の夜。
昼食すらふいにして夕方まで惰眠を貪った私は
晩御飯である風邪ひき用の素うどんだけでは
朝まで眠ることは出来ず、胃も目も
真夜中のおやつ時には冴えてしまっていた。
後ろ目がたい気持ちとは裏腹に
階段へはトントントンと軽快に足を下ろしてゆく。
「…やっぱりね」
「えっ…」
暗くなったリビングへと踏み入る前に
不意をつくように背後から諦観の声が上がる。
「お母さん…」
「晩御飯…足らなかったんでしょう」
頗る気まずいが、背に腹はかえられぬとは
正によく言ったものだ。
身体は無意識に胃で答え
観念して肯定の意で首を振った。
━━━━━━━━━━━━
「なんで、分かったの?」
「わからいでか、何年母親やってると思ってんの
アンタ、本当は熱もないんでしょ」
「………」
「ここでの無言は肯定としか思えないわね?
うどんに入れるか迷った具材があるから
それでお腹にたまるもの作ったげる
ほら!コレにご飯よそって、健常者は手伝う!」
「はぁい
ところで…その、怒らないの?」
よそったご飯に手早くお酢を回しがけ
作り置きの金平ごぼうを荒く刻み入れた後
ソレを黙々と混ぜていた母に問うと
応えは呆気からんと軽めに返ってきた。
「別に行きたくない日は行かなきゃいいのよ
その理由も言いたくないから隠したんでしょう
そりゃ、ずっと行かないなら話は別よ?
私だって相談しにくい親になっちゃったのかって
その時のアンタときっと同じくらい
不安になって聞いちゃうだろうからね
でもね、休憩くらいは良いじゃない
母さんだって晩御飯を休む時はあるんだから
アンタが少し休むだけで責めるなんてのは
なんか、親としてもちょっと違うじゃない」
うどんに入り損なったであろうお揚げさんは
次々と手頃な大きさのいなり寿司へと変わり
視線を此方に送る中でも作る手を止めない主婦は
顔だけはよく知った優しい親の顔で笑っていた。
「…」
はくはくと控えめに口は開けど
返すべき言葉を胸は押しきれず
最後には、口に詰め込まれた
いなり寿司と共に胃まで落ちてしまった。
「けどね、それは私が味方として
アンタの近くに居れる内だけよ
世間でズル休みがバレたら
そうは問屋が卸さないからね
だから、今の内にやったらいいのよ
学費や生活費が なんて言う親も居るだろうけど
私がアンタにあげたもんなんだから
アンタが使い方を決めたらいいのよ」
お揚げさんにジュワリと甘やかされた口内に
後を押すのは穏やかな塩気とご飯に香るお酢
忘れた頃に、きんぴらの辛味が駆けてくる。
その一筋縄ではいかない味に
そうか、親ってこうなんだ と
子供ながらに母を重ねてしまった。
「ねぇ、お母さん
あのね…」
堪らず吐露した学校での不満や不安に
夜食は、ちょっぴり塩気を帯び始めていた。
ー 真夜中 ー
真夜中、眠れない布団の中、頭の中は、
きっと宇宙よりも広い。
真夜中
真夜中に目が覚めてしまうことがある
そういう時はたいてい暗闇を見つめて
空想にふけることにしている
もし明日世界が終わるとしたら?
そしたら仕事なんてサボって一人旅でもしよう
行ったことのない観光地にでも行ったらいい
そこで味噌ラーメンでも食べてのんびりしたい
なんて、無意味な空想はなかなか面白い
明日が来ればすぐに忘れてしまうだろうけど
他人の成功で
自分の嫌なところが思い浮かんで
他人の失敗が
自分のせいな気がしてくる
世界の不条理を
解決できない自分が憎くて
世界の平穏に
自分は加えられていない気がする
真夜中の思考回路は
人生も心の中も
真夜中に変えてしまうらしい
藍色の空に半月が浮かんでいる。とうに日を跨いだ時間、私たちは終電で最寄駅に到着した。
今日というより昨夜だけど、仕事終わりに高校時代からの友達とサシで飲みに行っていたのだ。
場所は私たちの勤務先のちょうど真ん中で、焼き鳥が美味しい大衆居酒屋だった。席だけ予約していたからすんなりと通されてからは、かなりハイペースに時間が経過した。
食べて飲んで喋って飲んで。時間を忘れて何を頼んで、飲んで、喋ったかなんて記憶が追いつかない。危うく予約していた二時間をオーバーするところだった。いや少しオーバーしていた。酒に強い私たちはまだほろ酔い程度だけど一旦セーブしよう、という本人たちにもよくわからない決定をして店を移した。
居酒屋の目の前にあったファミレスに入り、ドリンクバーとやみつき唐揚げを一皿注文していた。いやどんだけ鶏食べるんだよ、明日鳥になるよ私たち、ギャハハ。まるで女子高生の時みたいにふざけ合って喋り続けた。
でもコーヒーを飲んだからか、やみつき唐揚げの高カロリーフードを食べ切ったからか、ファミレスという素面の客が大半を占める店に来たからか。だんだんとテンションが落ち着いてきた。冷静になるにつれて終電が気になってきた。お互い調べれば、あと十五分で出発してしまう。でもまだ話し足りない。
「今日うち泊まる?」
「行く」
恐る恐る口に出した誘い文句は、たった一言で承諾された。私の家に来るとしても、あと十五分の電車には乗らないといけない。急いでお会計を済ませて(泊まるからと奢ってもらった)慌てて店を出た。ファミレスから駅までは徒歩五分くらいだけど、私たちは駅まで走った。
アルコールとコーヒーを飲んで、たらふく食べて走るもんじゃない。
電車に乗った私たちだけ汗をかき肩で息をしていた。カバンに入っていた飲みかけの水を回し飲みして錯覚した。
「なんか部活みたいじゃね?」
「思った」
高校時代、硬式テニス部で学校を外周していた頃のことが頭をよぎった。
体育館のそばにしかない水飲み場まで行くのが面倒だったり、水じゃなくてスポーツドリンクみたいな味がついた飲み物が飲みたかったりした時。テニスコートから離れた位置にしかない自販機までわざわざ寄って一本買い、二人で回し飲みしていたのだ。まぁ、先輩にバレてこっぴどく怒られたから何回もできなかったけど。
座席に腰を下ろして高校時代の懐かしい話をしているうちに、最寄駅に着いた。駅のホームに降りて、今度はゆったりした足取りで階段を下る。一、二時間経ったとはいえ、まだアルコールは十分に抜けてないから、転げ落ちないように気をつけた。
改札を抜けて、コンビニだけが灯ったロータリーを歩き出そうとして、後ろに引っ張られた。
「コンビニ寄りたい」
引っ張られた方向へ顔を向けると、友達が私のジャケットの裾を掴んでいた。服もクレンジングも全部貸すのに。
「歯ブラシ」
表情に出ていたらしい。確かに歯ブラシは新品に替えたばかりで予備がない。私は大人しく、コンビニに向かう友達の後を追った。
コンビニに入ると、照明の明るさに一瞬目が眩んだ。目を細めながら日用品の棚の辺りを見渡す。友達は歯ブラシとブレスケアを持っていた。私は入り口のそばにあったカゴを手に取って、彼女の元へ向かった。手にしていたものをカゴに入れてもらい、店内を物色する。ついでに明日の朝ごはんを買おうと思ったのだ。
「スポドリ買う?」
「いらない」
「えーでも懐かしいよね」
「日頃運動してない私たちには糖質が高すぎる」
「急に現実突きつけないでよ」
じゃあお茶がほしい、と緑茶のペットボトルがカゴに入った。ゴロゴロとカゴの中を転がったから一瞬バランスを崩した。手に力を入れてカゴをしっかり持ち直す。
ドリンクコーナーを通り過ぎてパンのコーナーへやってくると、友達は何かを見つけて目を輝かせた。
「あ、ねぇ、唐揚げパンあるよ。あ、こっちはサラダチキンパンだって」
「どんだけ鶏食べんのマジで」
「待って。見て、てりたまパン!」
パンの棚でしゃがみ込んだ友達が鶏肉を使った惣菜パンを見て大はしゃぎしている。今日は鶏肉に興奮する日なのだろうか。
惣菜パンもいいけど、私は明日以降の朝ごはんもついでに欲しい。そう思って友達に食パンを見せると嫌そうな顔をした。
「厚切りの食パンにレトルトの照り焼きチキンとチーズ、マヨネーズと海苔もかけるのはどうでしょう」
「採用」
カゴには五枚切りの食パンと、レトルトの照り焼きチキンを入れた。他は家にあるもので足りる。使わなかったら私の夕飯になるだけだ。
もう買うものはないのかと思ったら、ハイボール缶が二本とショートケーキの二個入り一パックが追加された。デザートは別腹としてまだ飲むのか。明日は休みだけども。
あえて何も突っ込まず会計をして(寄って集ってお金を出し合ったのでいくら出したか覚えてない)コンビニを出た。駅の灯りが消えて車通りもない。辺りはしんと静まり返っていた。
街灯の明かりを頼りに歩き出した。最寄駅から自宅までは徒歩十分にも満たない。ケーキを崩さないよう、袋を慎重に持ってゆっくりと足を動かす。
友達は目の前をフラフラ歩いていた。何度も泊まりに来ているから道は大丈夫とはいえ、いつもと違う様子が気になった。いつもならお酒を飲んでも私以上にケロッとしている。コンビニへ寄ってもお酒しか追加で買わないのに、今日はケーキまで買った。何か心境の変化でもあったのか。
何でもない道の途中で、友達が急にピタリと止まった。後ろを歩いていた私も条件反射で止まった。
「何? どうした?」
もしかして今日はいつもより疲れていたり、体調が悪かったのではないか。それで酔いが回ってしまったのかもしれない。いつもと違う、初めて取る友達の挙動に焦ってしまう。
吐くのであれば何かビニール袋が欲しくて、私はコンビニで購入した品物を自分の鞄へ移した。まだ、まだ吐かないで。そんな思いでようやくケーキを一番上に乗せると、友達が振り向いた。待ってました、とビニール袋を両手で広げて構えた。
「結婚する」
「は?」
「結婚するの!」
「誰が?」
「私が!」
「……誰と?」
「ユウトくんと!」
誰だよソイツ。
私のその言葉は声にならなかった。私はアルコールの抜けない頭の中でユウトくんを必死に検索する。居酒屋やファミレスで彼氏の、ましてや結婚を前提にお付き合いしている人の話題にはならなかった。友達の歴代の推しにユウトくんはいない。共通する友達にも存在しない。最近ホストにハマったという話題もなかったはず。
散々考えて導き出された検索結果は、
「イマジナリー、ユウトくん?」
「ユウトくんは存在しますーーー!!!」
彼氏だもん、と友達は口を尖らせた。私はその友達の様子に目を剥いた。想像上ではなく、実在するユウトくん。
「は、早く言えよソレーーー!!!」
本当に彼氏がいて、しかも結婚するとなればビッグニュースである。そんな大切な報告を、深夜のコンビニ帰りの道端で、ビニール袋広げたまま聞きたくなかった。もっとこう、昼間のビュッフェ的な、ちょっといつもとは違うプチ贅沢なランチ会で聞くものじゃないのか、普通。
私が驚きの声を上げると友達はふふん、と得意げに笑ってみせた。
「祝ってほしいからケーキ買ったの」
「居酒屋でもファミレスでも鶏ばっかでデザート回避したの、これが理由かよ!」
「さぁ、早く私を祝ってちょうだい!」
「あぁ、もう、くそ! 帰ったら覚えてろよ。今日は寝かせないからな!」
近所迷惑なくらいギャーギャー騒ぎながら帰路を歩いた。友達は先程までと打って変わってしっかりした足取りだ。
私はカバンから崩れ落ちそうなケーキだけそっとビニール袋に戻し、ひっくり返らないよう慎重に持つ。三十にも満たない短い人生の中で、一番長い夜になりそうだと感じた。
『真夜中』
今日のお題:真夜中
夜が深まるほど、街は静寂に包まれていく。
日中の喧騒が嘘のように、呼吸音や自然のもたらす音など、普段なら別段気にならない些細な物音がやけに大きく感じられる。
風の吹く音。少し遠くで鳴くカエルの音。屋外の給湯器が動く音。
夜は普段では感じ取れない様々なものが飛び込んでくる。
だからなのかもしれない。夜にお化けを見ると言われているのは。
高校の頃に現代文の授業で読んだ評論文で、強く印象に残っているものがある。タイトルや細かな内容などは忘れてしまったが、現代は妖怪が棲みづらい世の中になっているというものだ。確かにそうなのかもしれない、と少し思う。
昔は、夜が長かった。野良仕事などを早々と終え、夜は早くに床に就く。人の与り知らない夜という領域は深く広がっていて、闇はそこかしこにあった。故に、妖怪などの文化が根付く土壌があった。当時は医学も進んでいないので様々な未知の病もあったであろうし、そういうものに直面したら、得てして人は妖怪や鬼など、何か恐ろしい存在のもたらした禍であると思おうとするものであろう。
人が亡くなった後、何かしらの禍が起これば、それはその人の祟であると思われていた時代などがいい例である。
また、様々な学問もまだ現代ほど深まっていなかったので、分からないことの多さゆえに、何かを殊更恐れるということは当然あってしかるべきであると言えるだろう。
しかし現代はどうであろうか。夜になっても眠りにつかない人々や街、昔に比べて遥かに進歩した医学や様々な学問。これらが、妖怪などの不思議な存在の棲みつくための「夜」や、夜のような未知の領域を悉く奪い去っていると言えるのではないだろうか。
むやみやたらと恐れるような対象が減ったのは、悪いことではないと思う。ただ、目に見えないけれど確かにあるものに対して抱く畏敬の念のようなものが薄れていくのは、少し寂しいことのように思えてしまうのは、自分だけだろうか。
こういう現代においては、妖怪や鬼はもはや畏怖の対象ではなく、寧ろ子どもを大人の都合で動かす際に丁度いい「脅し役」などになり下がることが多い。スマートフォンのアプリで、「悪い子には鬼から電話がかかってくるよ」などと持ち出されたり、「いい子にしていないとお化けに連れて行かれてしまうよ」なとと切り出されたりしたことのある現代の子どもは一人や二人ではないだろうと思う。
こういう人々の傲慢さに、すみかを奪われた肩身の狭い闇夜の住人たちは怒りを覚えているのではないだろうかと、勝手ながら思ってしまう。
夜の底の縁をなぞるほんのひと時、そういう不思議な存在たちのことを思い浮かべることをしてもばちは当たらないんじゃないだろうか。
●追記(2024.05.18)
最近では、新型コロナウイルス感染症が世界中を席巻した折に、日本ではアマビエという妖怪が大きくクローズアップされたのが記憶に新しい。
疫病の流行をアマビエが鎮めてくれるのでは、と何となく期待されていたのは、やはり未知の病ゆえに人々の心に不安が渦巻いていたことの証左なのだろうと思う。
「この世界でふたりきり」
多くの人が眠っている時間は落ち着く。
世界でたったひとり。
時計の秒針。
パソコンの稼働音。
キーボードを叩く音。
マウスをクリックする音。
時々聞こえてくる、暴走するバイクの音や救急車のサイレン。
多くの人が勉強したり仕事をしている時間に、雨戸を閉めた部屋で毛布をかぶっている私。
罪悪感に苛まれる昼間。
だけど、私は多くの人が眠っている時間に起きている。
背徳感と優越感の間。
こんな生活、もうやめるべきだとわかっているのに。
彼がログインした音に心臓が跳ねる。
この世界でふたりきりになる時間を手放す覚悟は、まだ出来ない。
────真夜中
真夜中は、外に出ちゃだめなんだよ。
おにーさんみたいな人がうろうろいるから。
警戒しなきゃねw
真夜中の世界は、美しいし綺麗だし
楽しいし儚いし神秘的
だけどそれ以上に
残酷なんだよぉ?
眠れない、眠れない、眠れない
身体を何度も転がす
疲れて、やがて目を開けたとき
窓の外には明るく輝く月が浮かんでいた
そのうち眠気がこみ上げてきて、 ゆっくり目を閉じる
瞼の裏にも、その光は残っていた