黒山 治郎

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「…お腹空いたな…」

学校をズル休みした日の夜。

昼食すらふいにして夕方まで惰眠を貪った私は
晩御飯である風邪ひき用の素うどんだけでは
朝まで眠ることは出来ず、胃も目も
真夜中のおやつ時には冴えてしまっていた。

後ろ目がたい気持ちとは裏腹に
階段へはトントントンと軽快に足を下ろしてゆく。

「…やっぱりね」

「えっ…」

暗くなったリビングへと踏み入る前に
不意をつくように背後から諦観の声が上がる。

「お母さん…」

「晩御飯…足らなかったんでしょう」

頗る気まずいが、背に腹はかえられぬとは
正によく言ったものだ。
身体は無意識に胃で答え
観念して肯定の意で首を振った。

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「なんで、分かったの?」

「わからいでか、何年母親やってると思ってんの
アンタ、本当は熱もないんでしょ」

「………」

「ここでの無言は肯定としか思えないわね?
うどんに入れるか迷った具材があるから
それでお腹にたまるもの作ったげる

ほら!コレにご飯よそって、健常者は手伝う!」

「はぁい
ところで…その、怒らないの?」

よそったご飯に手早くお酢を回しがけ
作り置きの金平ごぼうを荒く刻み入れた後
ソレを黙々と混ぜていた母に問うと
応えは呆気からんと軽めに返ってきた。

「別に行きたくない日は行かなきゃいいのよ
その理由も言いたくないから隠したんでしょう
そりゃ、ずっと行かないなら話は別よ?
私だって相談しにくい親になっちゃったのかって
その時のアンタときっと同じくらい
不安になって聞いちゃうだろうからね

でもね、休憩くらいは良いじゃない
母さんだって晩御飯を休む時はあるんだから
アンタが少し休むだけで責めるなんてのは
なんか、親としてもちょっと違うじゃない」

うどんに入り損なったであろうお揚げさんは
次々と手頃な大きさのいなり寿司へと変わり
視線を此方に送る中でも作る手を止めない主婦は
顔だけはよく知った優しい親の顔で笑っていた。

「…」

はくはくと控えめに口は開けど
返すべき言葉を胸は押しきれず
最後には、口に詰め込まれた
いなり寿司と共に胃まで落ちてしまった。

「けどね、それは私が味方として
アンタの近くに居れる内だけよ
世間でズル休みがバレたら
そうは問屋が卸さないからね

だから、今の内にやったらいいのよ
学費や生活費が なんて言う親も居るだろうけど
私がアンタにあげたもんなんだから
アンタが使い方を決めたらいいのよ」

お揚げさんにジュワリと甘やかされた口内に
後を押すのは穏やかな塩気とご飯に香るお酢
忘れた頃に、きんぴらの辛味が駆けてくる。

その一筋縄ではいかない味に
そうか、親ってこうなんだ と
子供ながらに母を重ねてしまった。

「ねぇ、お母さん
あのね…」

堪らず吐露した学校での不満や不安に
夜食は、ちょっぴり塩気を帯び始めていた。

                  ー 真夜中 ー

5/17/2024, 3:07:52 PM