『永遠に』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「ほどきましょうか」
聞こえた声に、反射的に距離を取る。
視線を向ければ、同じ顔をした童女が二人。朱殷《しゅあん》色した紐であやとりをしていた。
「その苦しみをほどきましょうか」
「その痛みをほどきましょうか」
唄うような声音。幼い指が紐を手繰り、引き抜く。
ただの紐が形を様々に変え繰り返されていく度に、紐に赤が塗り重ねられていく。
それに呼応して、空気が蠢いた。
「永遠に続く、その呪いをほどきましょうか」
「姉ちゃんっ!」
姉の背後。形を持った暗闇が、彼女を呑み込もうと牙をむく。
姉の手を引き抱き上げる。一瞬遅れて、どぷり、と重たい泥に似た黒が彼女がいた場所を覆い尽くした。
「離れるなよ、姉ちゃん」
「分かっている」
周囲の蠢く闇を警戒しながらも、視線は童女らから逸らす事なく。
赤が重なり、最早黒に近い色に変わったあやとり紐に向け符を放つが、すべて闇に呑まれ、あるいは不可視の壁に阻まれ届かない。
「その永遠は苦しいのでしょう」
「その呪いは痛むのでしょう」
「終がほしいのでしょう」
童女が唄う。あやとりが繰り返される。
襲いかかる闇を避けながら、唄うその言葉に呑まれぬように声を張り上げた。
「必要ねぇよ!もう必要ねぇ。兄姉がいる。約束がある。やるべき事を成さずに終わるわけにはいかねぇんだよ!」
離してしまわぬよう姉を抱く腕に力を込め、符を放つ。
「俺たちの邪魔すんなっ!さっさと消えろ」
「落ち着け、寒緋《かんひ》。後ろだ」
「っ!悪ぃ、助かった」
姉の言葉に反射的に身を逸らす。掠める闇に舌打ちして、童女らを睨み付けた。
術師であろう童女らに符は届かない。姉を抱いている今、下手に近づくのは危険だ。
追い詰められる焦燥に、ぎり、と歯を食いしばる。このままでは消耗していくばかりだ。急く意識に集中が途切れ、最早姉の指示なしでは闇を躱す事すら出来ない。
「ほどきましょう」
「煩い!やめろっ!」
「寒緋!」
姉の声すら遠くなる。呑み込まれてしまう。
受け入れてしまう。
――終を。
「弟が嫌がってんだ。やめてくれ」
静かな、それていて強い響きを持つ声。
煌めく、白銀の一筋。遅れて響く、甲高い悲鳴。
「悪ぃな、遅れた。大丈夫か?」
「兄、ちゃん」
抜き身の刀が携えた兄が、童女らがいた場所に佇んでいた。
その足下には切れたあやとり紐。童女らの姿は何処にも見えない。
紐が切れた事で蠢く闇も形を無くし、静寂が訪れる。
「ごめん、助かった。兄ちゃん。姉ちゃんも」
安堵に気が緩み、膝をつく。
深く呼吸をすれば、冷えた空気が肺から全身に回り、冷静さを取り戻していく気がした。
「いい加減に離せ。さすがに痛い」
「あ、わりっ」
慌てて緩めた腕から抜け出した姉が、兄の元へと歩き出す。
ついて行こうにも体は言う事を聞かず。心細さに手が伸びる。
「姉ちゃん」
伸びた手を姉はするりと躱し、振り返り呆れを乗せた表情で溜息を吐く。
「まったく。しっかりしないか。男だろうに」
「明月《めいげつ》。それくらいにしてあげてくれ。きっと怖かったんだ」
歩み寄ってきた兄が宥めるように姉を撫でる。そのまま近づいて姉と同じように頭を撫でられた。
「兄ちゃん」
「怖かったな。もう大丈夫だ」
大丈夫だ、と繰り返す兄に手を伸ばし、縋る。震える己の手が視界に入り、兄の言うとおり怖かったのだと他人事のように思った。
「ごめんな、紐しか切れなかった。追っても良かったが、寒緋が心配だったんだ」
「ん。来てくれただけで十分だ。ありがとな、兄ちゃん」
「兄さんは寒緋に甘すぎる」
そう言いながらも側に来た姉が背を撫でる。二人の優しさに、ともすれば泣いてしまいそうだ。
「寒緋」
姉が呼ぶ。
「私の言葉がお前を縛り付けてはいないだろうか」
静かな声に、顔を上げる。
姉を見れば淡く微笑みながらも、後悔の滲んだ目と視線が交わった。
「少し考えていた。あれらが本当にお前を人として終わらせる事が出来るのなら、その方が幸せではないかと。人の身で永遠に近い時を生きるのはさぞ苦しいだろう」
優しい手つきで頬を撫で、目尻に浮かんだ涙を拭われる。
兄は何も言わない。ただ優しく頭を撫でている。
どうして、と純粋に思った。
どうしてそんな残酷な事を言うのだろうかと。
己が他の兄姉と異なり、人の血が濃いからだろうか。
一人彷徨っていた昔の事を気にしているのか。人のように脆弱な精神しか持ち合わせていないからか。
或いは、ただ人である己が煩わしくなってしまったのか。
「寒緋」
今度は兄に名を呼ばれた。
静かで優しい響きのそれに、目を閉じる。
必要とされないのであれば、せめて兄姉達の手で終わらせてほしい。知らないナニかの手ではなく、愛しい兄姉の手で。
「いらないなら、そう言ってほしい」
「いらないなんて、誰も思ってないよ。寒緋は大事な大切な俺達の弟なんだから。明月もそんな事を思って言った訳じゃない。ただ寒緋が大好きだから、苦しんでほしくないんだ」
「俺、まだ兄ちゃん達に必要とされてるのか」
呟けば、答えの代わりに頭を撫でる手が少しだけ強くなる。目を開けて兄を見上げ、そして姉を見る。
珍しく泣きそうな顔をした姉に片手を伸ばせば、擦り寄られ。そのまま引き寄せれば、嫌がられる事もなく腕の中にその小さな体が収まった。
「寒緋は何を望む?」
兄の言葉に、腕の中の温もりを抱きしめて笑う。
望むのは、一つだけだ。
「兄ちゃんや姉ちゃん達と一緒にいたい。一緒にいられるなら、それが永遠でも俺は幸せだ」
永遠が苦しいのは、一人残されるからだ。
愛する者は皆、己をおいて逝ってしまう。変わらぬ己を怖れ近づく者はなく、孤独を強制される。
いつだって失う事は、怖いものだ。
「そうか。それなら、ずっと一緒にいようなぁ」
兄が笑う。
頭を撫でる手を止め、一歩だけ離れて小指を差し出す。
その指に、縋り付いていた手を離し、小指を絡めた。
「約束だ。寒緋と一緒にいる。離れてても寒緋が呼ぶなら、こうやってすぐに来ると約束するよ」
「ん。約束」
「本当に兄さんは寒緋に甘いのだから」
腕の中で身じろぐ姉が、呆れたように呟く。だがくるりと向きを変えた姉は、腕の中から抜け出す事なく腕だけを伸ばし、兄と絡めた小指をその小さな手で包み込んだ。
「だがまあ、酷い事を言ったのは悪かったと思っているからな。私も約束しようか」
どこまでも素直でない姉に、思わず笑う。
包む手に僅かに力が加わるが、痛いほどではない。
約束し、手を離す。
もう大丈夫だと頷けば、兄はもう一度頭を一撫でし、離れていく。
それを見送って、立ち上がる。強く地を踏み締める。
「そろそろ行こうか、姉ちゃん」
「そうだな。さて、次はどこへ行くか」
「嬢ちゃんの方も探さないとな」
「探しものばかりだな。黄《こう》の眼も頼りにならんから、骨が折れる」
疲れたように姉が息を吐く。
取りあえず、と姉が指さす方に向かい歩き出す。
腕に抱いた姉を離さぬように、少しだけ抱く腕に力を込めた。
20241102 『永遠に』
「見えてきたぞ!」
先頭を飛んでいたリーダーのタングが声をあげた。
行く先には緑の草原がその先には広大な湖が広がっている。
大きなどよめきとともに群れはゆっくりと高度を下げていく。
湖にはすでに他の群れや水鳥の姿が見える。
「すごい!あんな大きな湖は見た事がない」
「どこまで続いているんだろう」
今年産まれた若鳥たちははじめての光景に歓声をあげる。
長老は今年も無事に目的の地に辿り着けた事を喜ばしく思う。
この湖を見つけたのは長老だった。
長老がまだ若い頃、群れは別の地で冬を越していた。しかし、ある年を境に湖はどんどん小さくなっていった。食糧も少なくなり、他の群れとの諍いも増えていった。
当時のリーダーは新天地を探す事を決めた。群れの中から優秀な数羽が偵察隊として選ばれた。長老はその中で一番若かったが、その洞察力と先見性を買われたのだった。
偵察隊は各方角に数日間かけて、群れが休める場所を探し求めた。
数回目、偵察隊は南東に向かった。そこで見つけたのが今の場所だ。湖の周りの草地には充分な食糧があり、広い湖には群れのみんなが寛げるスペースがあった。その上、見晴らしがよく群れが安心して過ごすことができそうだ。
長老たちは群れのいる場所まで急いで戻り、リーダーに報告した。報告を聞いたリーダーや幹部たちが新たな湖に向かった。
「素晴らしい。よくやった」
リーダーの声に、長老は群れに貢献できた事を誇らしく思った。
再び群れに戻り、群れのみんなを引き連れて新天地を目指す。
緑の草地の奥に広大な湖を見た群れの仲間が歓声をあげた。
「すごい!」「あんな大きな湖は見た事がない!」
今年の若鳥と同じように、そしてこれまでも毎年その歓声を聞くたびに、長老は体中が震える程に嬉しくなるのだった。
長老は自分の命が永くない事を悟っていた。
今回の旅で傷を負った体では、春の山越えは難しいだろう。次の渡りまでに仲間に看取られるか、仲間が旅立ったのを見送ってひとり静かに死を迎えか。
いずれにしても思い出深いこの地で命が尽きるのをまとう。
そう長老は心に決めたのだった。
———————-
お題:理想郷
永遠に
永遠ってなんだろう
果てしなすぎて想像がつかない
太陽だって爆発するし
人間もいつか絶滅する
「僕の傍にずっといてくれるでしょ?」
そんな一言を呟いた彼は私の服を掴んで離さない。
なんでこうなったんだっけ……
私はそっと現実の頭を無視して遠くを見つめた。
遡ること3時間前。私と彼は一緒にテレビを見てダラダラとそれぞれのことをしていた。
たまたま2人とも仕事が休みで行きたいところもない日は必然とどちらかの家に行くのがここ数年のルーティンとなっていた。
「昨日は定時で帰れたの?」
「うーん…絶妙かなぁ。後輩ちゃんが最後にちょっとミスしちゃっててねぇ」
そんな他愛もない会話をしていたはずだ。
2人で見ていたのは恋愛リアリティ番組。最近流行ってると高校生の従姉妹から「福野さんと見てね」とラインで言われ見てみようと提案したのだった。
『ずっと、ずっと大切にするので付き合ってください』
そう震える手で画面の中の男の子が女の子に手を差し出した。甘酸っぱぁ……という少し照れ恥ずかしい感情と懐かしいなぁというノスタルジックな気持ちを思い出していた私は私たちの高校時代を思い出していた。
私たちはたまたま同じ小中高同じの顔見知りだった。小中はお互い仲のいい同性がいたし、まぁ席が近かったら話すみたいなクラスメイトの距離感だった。
変わったのは高校から。書道科に入った私たちは必然的によく話すようになった。名前も[福野][福原]と前後で3年間クラス替えがなかったのもあり。
話してみると普通の字が上手い男の子という印象は変わらなかったが、だんだん福野について知らないことが減っていった。
例えば甘いものが好き。例えば犬より猫派。例えば小さい子が好き。書道は小学校1年生からやっていて辞め時がわからなくなったから続けていること。
ちはやふるに影響されて百人一首をサンタさんにもらったこと。
些細なことだったけど私が彼を知るたびに彼も私を知っていった。近すぎず遠すぎず気軽に話せる彼にいつしか私は心を奪われていた。いつの間にかの恋の始まりだった。まぁそれが序盤に過ぎないのだけど。
書道科ということもあり女子が多くて男子の肩身は狭かったはずだけど、以外に福野はかわいいーと無害扱いされていた。書道がとてもうまかったし、福野自身落ち着いて穏やかだったということもあいまっていた気がする。
そんなこんなでライバルもいないわけではないが姿を秘めた者たちばかりだったので、私はそこまで焦らずじっくり進展させていってみた。
先生の展覧会に誘ってみたり、小学校の同級生の演奏会に誘ったりお互いの好きな本を貸し合ってみたり。
デートの口実を作ってドキドキさせようとしたら返り討ちを食らったり。そんな懐かしい日々を思い返していた。
「……ねぇ……ねぇえ…陽光ったら僕の言葉聞いてた?」
はっと隣を見るとどこか呆れた瞳で春樹がこちらを見ていた。ポコンと軽く頭を押される。
「あぅーごめん。高校時代にタイムスリップしてたわ」
「もーその夢中になると何も聞いてないのやめようよ…心臓に悪いんだよねぇ」
私の悪い癖を嫌がらず苦笑いで返してくれる春樹はいい意味で高校の時から変わっていなかった。
「いやぁいつもごめんだわ。ねぇ、春樹ってだいぶいい男だよね」
「ええ何急に?」
少し驚いたように目を見張りそして笑いを堪えた春樹は聞いてきた。
「そりゃ可愛くていい彼女がいるからね。いい男になっちゃうでしょ」
その瞬間私の春樹への思いは最高点を突破した。
「もう好きぃぃずっと一緒にいよぉ離さない離せないやめられない渡せない」
彼は楽しそうに瞳を輝かせていった。
「ならずっと永遠に一緒にいようね。僕と結婚してくれませんか?」
「……はぇぅぁい?」
春樹は嬉しそうに私を抱きしめたのだった。
後日談
「え?福コンビやっと結婚すんの?」
「思ったより福野粘ったね。大学卒業したらすんのかと思ってたわ」
「それな。何気にずっとナチュラルにいちゃついてたよね」
「結婚式のパフォーマンスで何の文字おくる?」
「「「「おめでとう」」」」
『ねぇ、おじいちゃん。おばあちゃんのどこが好きなの?』
『んーそうだねぇなんだかんだ全部好きみたいだよ』
『もー春樹ったら。私もよ』
『ふふ。おばあちゃんもおじいちゃんもラブラブだね』
#永遠に
永遠に
推せないかもと
考えて
グッズをポチる
手をふと止める
友達と他愛のない話で笑い合う休み時間。
〝暑いね〟なんて言いながら頑張った体育祭。
最優秀賞が取りたいと全力を出した合唱コンクール。
ずっと続くと思っていた中学校生活もあと半年で終わる。
永遠なんてないんだよね。
永遠に 〜n回目の別れ
子どもの頃は
学校の卒業式で
感動的な雰囲気にのまれて
「この時間が永遠に続けばいいのに」
と思ったりしたものだ
大人になれば
もう卒業式くらいでは
感動しなくなるさ
【永遠に】
永遠、なんてないと思う。
私が中学校の3年間を捧げたアイドルたちは、目にも止まらないスピードで辞めていった。
大好きな人がいなくなる感覚。
別の道に進む彼らを応援する気持ちはあっても、素直に「いってらっしゃい」は言えなかった。
帰ってこない「いってらっしゃい」なんて、悲しすぎる。
でも、「おかえり」を言う私たちを残してくれているのが明日デビュー日を迎える彼らだ。
この数年間、私は待つのが得意になった。
帰ってきてくれるのがわかりきっているから。
痛いだけのオタクかもしれないが、信じている。
信じて、「おかえり」を言うことだけが使命だと思う。
fin.
永遠に続く
そう思っていた
自分にどんどん自信がなくなって、
いつの間にか
貴方と疎遠に
どこですれ違っちゃったんだろうね
ずっと貴方に素直になれなくて
ごめん
そして
ずっと伝えたかった
ありがとう
" 今でも ずっと 大好き だよ "
永遠の 愛は証明 できずとも
永遠の 別れがでんと あるのはなぜ
______________
地球さえ、宇宙さえ、永遠にはないって話なのにね。
______________
私へ
落語の千早振るを時間ある時に読め。
永遠さんが本名の花魁さんが出てくるらしい。
《永遠に》
不壊 久遠 不磨 不滅 永久 不尽 不朽 不死 無窮
……似たような意味のことばをあげようとしたら、ほとんどに「不」がついちゃうんだよな(_ _;)
今日は私の誕生日だ。今年で14歳になる私は、家族や
親戚に祝われていた。「〇〇ちゃん誕生日おめでとう」
私が前から欲しがっていた、イヤホンがプレゼントだと分かったときはとても嬉しかった。ああ、この時間が永遠に続けばいいのに…
「先生!私の娘が目開ける日はいつ来るんですか。」
彼女は涙を流したまま、私の胸の中で顔をうずくませた
ままそう言った。彼女の娘は笑顔が絶えない子だったらしい。しかし、不運なことに交通事故に遭ってしまった。しかも誕生日の前日に。奇跡的に一命は取り留めたが、今は植物状態になっている。もしかしたら永遠に目を開けないという可能性はあるが、だが私は目を開けることを信じていなければならないのだ。
男は山で生まれた。男はマオリと名付けられた。
正確には山に囲まれた小さな村だ。
マオリの記憶の一番はじめの時から、山はそこにある。
大小さまざまな山があり、女たちは木の実や山菜を採り薪を集め、男たちは狩りをして動物の肉を村にもたらした。慎ましくはあったが、村での生活に必要なものに事欠くことはなかった。質素だが、美しい村だった。
ただ一番高い山には誰も近づくものはいない。
その山は、『聖なる山』で神や神獣が住むとされ、立ち入る者に死をもたらすと恐れられていた。
その男が成人したその日までは。
マオリは、小さな頃からずば抜けて丈夫な足をもち、身体も大きく勇気もあった。周りの大人は、彼は将来さぞかし立派な大人になるであろうと、褒めそやかした。
マオリは小さな頃から周りの大人が自分に何を求めているのかを理解していた。
そしてそのとおりに、時にはそれ以上に振る舞い、彼は自らの自尊心を十分に満たしたのだ。
しかしそのうち、男たちの賞賛も嫉妬も、女たちの熱い眼差しも彼にとっては、退屈な日常の延長線としか感じられなくなった。マオリは、自らの力を試したくて仕方がなかったのだ。
そしてそれは『聖なる山』に登ることを意味した。
成人となった翌日の朝、マオリは山へ向けて出発した。村は大騒ぎになるだろうが、そんな事はどうでもよい。騒ぎたいやつは騒がしておけばよいのだ。
山は薄気味悪いほどしんとしていた。
慣れ親しんだ動物たちは一匹も姿を見せず、かわりに見たこともない植物がこれ以上の侵入を拒むように生い茂っている。誰かがこっそりとこちらを見ているような気がした。(俺の勇気を試しているのだ)とマオリは思った。
後ろを振り返ってもすでにそこに道はなく、前に進むしかなかった。男は恐怖心や誘惑と闘いながら、時には大きな決断をし、自らを奮い立たせながらも、頂上を見失う事はなかった。
そして苦難の末、とうとう山頂に辿り着いた。
マオリは歓喜した。
『聖なる山』を征服したのだ。
山頂には霧がかかっていたが、下を見下ろすと蟻の巣穴ほど小さくなった村が見えた。
「あぁ、なんてちっぽけな村なんだ!あそこの連中ときたら俺の今見ている景色など、一生かかっても見ることなんか出来ないだろうよ」
マオリは手頃な平たい岩を見つけ、そこにごろんと寝転んだ。そして目を瞑って、自分がここまでやってきた仕事の価値を一つ一つ確かめて満足気にうなずいた。神でさえ俺を賞賛しているだろうよ。
マオリはさすがに疲れて、その場でうとうと眠りこんでしまった。
「おい!あんた、こんな所で眠ってちゃ危ないよ」
突然、人の声がしてマオリは飛び起きた。
「ここは夜になると凍りつくほど寒くなるんだ。あんた、見かけない顔だがどこから来たんだい?」
辺りはすっかり霧が晴れ、そこに村の入り口が現れた。
マオリが山頂だと思っていたところは、山の中腹にある村の入口の展望台だった。
とにかく村に入って身体を温めないと、という親切な村人の案内でその村の村長の小屋に行くことになった。
部屋に入り、一通り今までのいきさつを話すと、村長は驚いていたがやがて静かに言った。
「ここに下の村から来た人はこの村が始まって以来、一人もいない。あなたは大変勇気がある人だ。この先まだ上に行くつもりならこの村の人間を何人か共として連れて行ってほしい。この村の男たちにしても大変名誉なことだろうから」
マオリは当然のごとく、この話を受け入れた。
マオリは部下を引き連れ、旅を続けた。
さらに村を通るたびに部下の数は増え続け、今では数え切れないほどの人数になっていった。
だが、しばらくたったころから徐々に人数は減ってきた。
皆過酷な旅についてこられなくなっていた。病気や怪我で途中の村で旅を終える者が増えたのだ。
最後の一人になってもマオリは旅を諦める事はなかった。俺はまだ山頂に立っていないのだ。そこからこの世界全てを見下ろす日を、マオリは夢見続けた。
辺りはどんどん霧が深く立ち込め、一寸先も見えなくなってきた。足はがくがくし、空気は薄くなり、肺はぜいぜいと息苦しく音を立てた。
マオリは最後の力を振り絞って山頂の岩に手をかけた。
これが、私が夢見続けた『聖なる山』の頂だ!
マオリが顔を上げると、そこにあったのは懐かしい我が村であった。
「おい!マオリじゃないか!みんな、マオリが帰ってきたぞ!」
マオリは混乱してふらふらとしながら霧の中にいる村人に叫んだ。
「どういうことだ!おれは頂上を目指して上へ上へ登って来たんだ!なぜここにおれの村があるんだ!」
震える手を必死に抑えながら、マオリは杖を支えに立ち尽くした。
しばらくして村人をかき分けて、村長が現れた。
そして自分の娘に手鏡を持ってこさせた。マオリの肩にそっと手をかけてこう言った。
「マオリ、お前は上へ上へと登っていると思っていただろうが、実は途中から下に向かって歩いていたんだ。よく聞くがいい。あの山に頂上なんてものはないんだ。お前は自分が永遠に山を登れると思っていたのか?」
村長はマオリに手鏡を手渡した。そこには一人の老いさらばえた老人がうつっていた。目は白濁し、頬はこけ長い切れ切れになった白い髭が汚く張り付いていた。自慢の足は見る影もなくただの骨と皮になっていた。
「あぁ、哀れなマオリよ。山になんて登ろうと思ったお前が悪いのだ。村で暮らしていればお前程の男だ、今頃立派に家族も作り幸せになっていたものを」
「せめて余生は静かにくらすがいい」そう言い残して村長は去っていった。
マオリの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
なんということだ…おれはなんという愚かなことを。
マオリは失意の日々と穏やかな日々を交互に過ごし、一年後に静かに息を引き取った。
『永遠に』
永遠に生きていたい。
最初にそう思ったのは初めてだった。不老不死は辛い、むしろ産まれてから10数年で死にたいと説くものもいる。
でも僕には到底理解できないことだ。
寧ろそう思う人がいるなら、今の僕に寿命を分けて欲しいまである。
今まではそんなこと考えたことはなかった。
確かに長生きはしたいけど、代わりに誰かが死ぬんなら、そんなものはいらない。でも今は誰かが死んでもいいから自分は生きたいと考えてしまう。
もし永遠の命があるのなら、今僕に与えてほしい。
まあ、もう手遅れなんだけどね。
僕にはこれから永遠の死の牢獄が待っているから、永遠に生きることはできない。
#永遠に
~永遠に私のモノになって下さらない愛おしい貴女の話~
私はあなたのモノなのに、あなたは私のモノにはなって下さらないのです。
何度となくあなたに想いを告げても、曖昧に笑うだけで、私に振り向いて下さらないあなたの事が憎いと思ったこともございました。しかし、それでも貴女を失ったら私は私であれないのです。
もう一度、これで最後にいたしましょう。
貴女への想いを告げさせてください。
永遠に続いていくトロイメライ
沈む感覚こわい位に
舞い散る桜ひらりはらり
昔、この王国にはとある物語があった
悪しきを欺き、そして滅ぼした慈愛の女神の伽話だ
その身を堕とし、英雄に自らを貫かせ
人々に誤解を受け、憎まれてなお
光が尽きるその時まで、世界の安寧を祈ったという
随分と杜撰な物語だ
その命を犠牲にこの地を護った女神も
想いとともに彼女を貫いた英雄も
彼らに非情な仕打ちを、虚空の賞賛を送った民衆も
愚かで哀れで虚しくて
誰も救われない物語でしかないのだ
だから、私は真実を語る
彼らの本当の物語が、永遠に語り継がれるように
敬愛なる光の女神の微笑みと
かつて英雄と呼ばれた先祖の涙に誓って
『永遠に』
産直市場に山きのこが沢山並んでいる、きのこ好きの娘の為に買い求め、短い手紙を添えて送った。
「おばあちゃん、山きのこをどうもありがとう」珍しい、孫の優希が電話をかけて来た。
「で、ちょっと聞きたいことがあるんだけどね。手紙に松しめじって書いてあったでしよう?調べたらこれ、毒きのこだって…」
あ、そうだ!
書き間違えた手紙をそのまま入れてしまった!
本当はショウゲンジ。食用だから安心して食べてねと説明すると、優希のホッとする様子が伝わってきた。
ところでお母さんは?と聞くと「今、きのこ鍋を美味しそうに食べてるよ」
娘は昔から細かいことを気にしない子だった。今回の手紙だって読んでいるのかも怪しい。もし、送ったきのこが毒だったら永遠の眠りについてしまったかもしれないのに。
まあ、そんな娘だから孫の優希がしっかり者になるのは当然の成り行きだろう。
永遠に
ふとこんな事を思う。
私が死んだらどうなるのか。
存在している事すらわからず何処かをさまよっていくのか。
転生して新たな生命体になるのか。
天国や地獄のどちらかに行き神と共に生きるのか。
そんな事誰にもわかりはしない。
ただ一つだけ確かだと思う事がある。
きっと私が死んでも全てが無くなる訳では無い。
永遠に彷徨い続けるか永遠に生き続けるか。
そんな事考えながら。
私は今日も生きていく。
貴方の心に永遠に残るにはどうしたらいいか、ずっと考えてたの。
「九条、何してんだ!早まるな!こっち来い!」
せんせいが必死でこちらに叫んでる。
ここは、せんせいの住むマンションの屋上。私はその柵の外に立っている。8階建ての屋上から足元を見れば、ずーっと下に地上が見える。
「ああ、くそっ、こういうときは110か!?119か!?わかんねえ!」
せんせいが1人で、スマホを片手に慌てふためいている。
「あら、だめよ。“先生”なら、生徒1人くらい自分で止めてみせて。」
私がそう言うと、せんせいは酷く困惑した表情になった。
すごく愉快だ。
私とせんせいは、高校の生徒と教師だ。1年生の途中から周りに内緒でお付き合いをしている。
アプローチはせんせいから。1年生の私は、大人の男の人にそういう目で見られたことに戸惑ったけれど、嬉しくて、教師と生徒の恋という禁断の関係に心惹かれて、せんせいとお付き合いをはじめた。
学校では内緒の目配せをするだけで、私達のお付き合いはせんせいの家でだいたい完結していた。
せんせいの休みの度にこのマンションを訪れた。たくさん愛の言葉を囁きあった。たくさん抱き合った。最初は軽い気持ちだったのに、いつからか、この関係が永遠に続けばいいのにって思っていた。
でも、長く過ごすうちに分かってきたことがあって。せんせいは、“生徒”の私に価値を感じていること。卒業したら、私はきっと捨てられて、忘れ去られて、次の“生徒”に手を出すんだってこと。
私はもう3年生で、卒業も目前に見えてきた。もうすぐせんせいに捨てられる。せんせいに忘れられる。そんなの耐えられないから。
「せんせい、私の気持ち、舐めてたでしょう?」
私はせんせいへ笑った。せんせいはまだ訳が分かってないみたい。
「おい、九条、本当にどうしちゃったんだよ。頼むから、こんな悪ふざけやめてくれ。俺に何か悪いところがあったんなら直すから」
せんせいが懇願してくる。万が一が怖いのか、私に触れてくることはない。
『悪いところがあったら直す』なんて、よく言うわ。
でも私は、こんな人でも、好きで好きでしょうがないの。
「せんせい、大好きよ。愛してる」
告げて、マンションの縁から足を離し、空中へ飛び出した。せんせいが必死で私の方へ手を伸ばしているのが見えたけれど、それも間に合わない。
絶望的な表情のせんせいの顔が、さいごに見えた。
これで、貴方の一生消えない傷になれたかしら。
ねえ、永遠に私を忘れないでいて、せんせい。