わたあめ

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「見えてきたぞ!」
先頭を飛んでいたリーダーのタングが声をあげた。
行く先には緑の草原がその先には広大な湖が広がっている。
大きなどよめきとともに群れはゆっくりと高度を下げていく。
湖にはすでに他の群れや水鳥の姿が見える。

「すごい!あんな大きな湖は見た事がない」
「どこまで続いているんだろう」
今年産まれた若鳥たちははじめての光景に歓声をあげる。
長老は今年も無事に目的の地に辿り着けた事を喜ばしく思う。

この湖を見つけたのは長老だった。
長老がまだ若い頃、群れは別の地で冬を越していた。しかし、ある年を境に湖はどんどん小さくなっていった。食糧も少なくなり、他の群れとの諍いも増えていった。
当時のリーダーは新天地を探す事を決めた。群れの中から優秀な数羽が偵察隊として選ばれた。長老はその中で一番若かったが、その洞察力と先見性を買われたのだった。
偵察隊は各方角に数日間かけて、群れが休める場所を探し求めた。
数回目、偵察隊は南東に向かった。そこで見つけたのが今の場所だ。湖の周りの草地には充分な食糧があり、広い湖には群れのみんなが寛げるスペースがあった。その上、見晴らしがよく群れが安心して過ごすことができそうだ。
長老たちは群れのいる場所まで急いで戻り、リーダーに報告した。報告を聞いたリーダーや幹部たちが新たな湖に向かった。
「素晴らしい。よくやった」
リーダーの声に、長老は群れに貢献できた事を誇らしく思った。
再び群れに戻り、群れのみんなを引き連れて新天地を目指す。
緑の草地の奥に広大な湖を見た群れの仲間が歓声をあげた。
「すごい!」「あんな大きな湖は見た事がない!」
今年の若鳥と同じように、そしてこれまでも毎年その歓声を聞くたびに、長老は体中が震える程に嬉しくなるのだった。

長老は自分の命が永くない事を悟っていた。
今回の旅で傷を負った体では、春の山越えは難しいだろう。次の渡りまでに仲間に看取られるか、仲間が旅立ったのを見送ってひとり静かに死を迎えか。
いずれにしても思い出深いこの地で命が尽きるのをまとう。
そう長老は心に決めたのだった。

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お題:理想郷

11/2/2024, 11:21:14 AM