『暗がりの中で』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「わ、もうこんな時間だ」
「終電どう?間に合いそう?」
「うーんと、走れば、なんとか」
しかしそういう時に限ってエレベーターの到着が遅い。このフロアにいるのは私達の他には誰も居なかった。きっと、この建物の中にだってもう殆どの人間が残っていないだろう。なのにさっきから呼んでいるエレベーターはいつになっても来ない。
「……階段で降りようかな」
「20階以上あるけど、大丈夫?」
「ですよねぇ。あはは、やっぱ無理か」
冗談なのか本気なのか、言った自分でもよく分かっていなかった。とにかく急がないと帰る術が無くなってしまう。私も先輩も電車だけどお互いに乗る線が違う。私のほうが終電は30分以上も早い。これを逃したら間違いなく帰れない。それだけは絶対に避けたい。
「神崎さんさぁ」
ふいに先輩が私の名を呼んだ。つられて隣を見ると先輩は酷く真面目な顔をしていた。
「隣の部署の……なんて言ったっけ、こないだ中途で入ってきた男の」
「あぁ、瀬戸くん」
「そう、そんな名前。あの彼と付き合ってるの?」
「え?」
最近仕事の内容でわりと話すけど、そんな関係にてはない。何を突然先輩は言い出すのかと思った。
「付き合ってなんかいませんよ、ちょっと仕事でお世話になったりしてて」
「それだけ?」
「はい。そうですけど?」
「そっか」
良かった、という先輩の言葉と同時にポン、という音がフロアに響いた。ようやく来たエレベーターに2人乗り込む。さっきよりも視界が明るい。気になって、先輩の顔をもう一度見た。何故かホッとしたような顔をしている。まさか。もしかして、と思った。
「これで付き合ってます、って言われたらどうしようかと思ったよ」
「えと、あの」
「もしそうだったら、今日は君は家に帰れなかったかも」
にこりと。この小さな箱の中で先輩が笑っていた。いつものような優しい笑い方なのに私には不気味にしか映らなった。自分の心臓がびくんと跳ねたのが分かった。先輩から目がそらせない。この感情の名前は何だろうって考えながら早く1階に着くことを祈る。鼓動は物凄い速さになっていた。数秒前の、“もしかして”を思っていた私は何だったのか。ものすごく恥ずかしい。それよりも、今、怖くて仕方ない。
ようやく1階に着いた。けれど先輩はエレベーターを開けてはくれなかった。このままでは終電に乗りそこねてしまう。いや、その前にここから逃げ出したい。先輩の前から逃げ出したい。
「ねぇ、神崎さん」
先輩がボタンを押して扉を開けた。彼を超えたその先に暗がりの世界が広がっている。でも、そっちのほうがずっとマシだと思った。早くこの箱から出なくちゃ。でもこの人を押しのけて行くのは怖い。どうするべきか困惑する私に手が差し出された。
「俺を選んでよ。そしたらここから出ていいよ」
「……なんで」
そうなるの。意味が分からない。でも先輩の目は本気だった。命を握られているような気分になる。これでもし、彼の言う通りにしなかったら私はどうなっちゃうんだろう。もう終電に間に合うかどうかのレベルの話ではない。
「別に今は俺に興味なくてもいいよ。ゆっくり知ってもらえば。でも誰かにとられるのは嫌だから、一先ず俺のものになってよ。ね?」
ずい、と大きな手が私の鼻すれすれのところに伸びてきた。どうすれば。考えている時間なんてない。早くしないとまた扉が閉まってしまう。でも彼の話を両手広げて受け入れることなんてできない。だけどここにずっと居るのも無理だ。
どうしようどうしようどうしよう。泣きそうになりながら立ち尽くすしかなかった。やがて扉がゆっくりと閉まろうとする。外の世界から閉されてしまう。あぁ、神様、と咄嗟に思った。けれど何も起こることはなかった。完全に閉まる直前、彼の口元が怪しく歪んだのが見えた。
10/28「暗がりの中で」
もがいていた。あがいていた。短い手足で。か細い声で。
兄弟たちはもう動かない。凍える寒さの中、一番下にいた自分は彼らのぬくもりに助けられていた。だがそれも時間の問題だ。
何度目かの黄昏時を過ぎ、薄暗闇が路地を支配し始めた頃。その暗がりに灯る、緑色の光があった。
2つの瞳。
それはゆっくりと近づいてきた。母親、ではない。だがそれに似た匂いを感じた。
「…そうかい。母さんも兄弟も死んじまったんだね」
彼女は鼻をすり寄せ、体を横たえると、乳を与えてくれた。夢中でしゃぶりつく。温かな生命が流れ込んでくる。
彼女は子どもたちを奪われたのだという。子どもたちを探して路地を歩いていたのだという。
「あんた、あたしの娘になるかい?」
こうして、彼女との少し奇妙な親子関係が始まった。
(所要時間:9分)
月の出ない夜更け、使われなくなって久しい廃工場で、たくさんの動くものがあった。
タヌキである。
彼らは、暗がりの中にも関わらず、俊敏に走っていた。
夜目がきかない人間ではこうはいかないであろう。
タヌキたちは工場の真ん中ほどまで進み、そして停止した。
タヌキたちの視線の先には影が2つ。
影の正体は人間である。
背が高い女と背の低い男の二人。
人間たちは無表情でタヌキを見ていた
タヌキたちと人間は睨み合う。
「ブツは?」
タヌキが人間に問いかける。
「ここにある。おい、そのカバンの中を見せてやれ」
背の高い女が、背の低い男に命令する。
男は黙ってカバンを開ける。
その中にはたくさんの葉っぱが詰まっていた。
「最高級の柏の葉、10キロ。確認しろ」
貫禄のあるタヌキが前に出て、カバンの中を覗く。
「確かに。今までのものの中で一番良いものだ」
タヌキは笑みを浮かべる。
「素晴らしい。想像以上だ」
タヌキは変身する時に葉っぱを頭に乗せる必要がある。
葉っぱの良し悪しによって、変身の精度がかなり変わるのだ。
もちろん、普段は最高級品など使わない。
しかし日本中からタヌキが集まるイベント、ハロウィンがある。
そこで全力で化け物に化け、変身の技を競い合う。
去年は他のムレに王者の地位を奪われた。
名誉を取り戻すために、妥協は許されない。
女は、タヌキたちが騒めく様子を見ながら、冷ややかに言い渡す。
「当然だ。次はお前たちの番だ。対価は?」
そう言うと、群れから一匹のタヌキが出てきた。
そのタヌキからはオーラのようなものを感じ取れる。
只のタヌキではないのは明白だった。
「一ヶ月、という約束でよろしかったかな」
貫禄のある、タヌキが言う。
「ああ、問題ない」
女は答える。
「では取引成立だ」
そういうとタヌキたちは、一匹を残し闇に消えていった。
「では、こちらも帰るか」
二人の人間と一匹のタヌキは、タヌキたちと反対の方へ向かう。
工場に出て、外に止めてあった車に全員乗りこむ。
男が運転席に座り、車を発進させる。
「では、目的地につくまで、詳しい仕事内容を教えてもらおうか」
タヌキが言う。
「ああ、事前に伝えた通り、忍者たちの変身の術の講師をしてもらいたい」
「人間の身で変身とは大したものだ。厳しくしていいんだな」
「残念ながら、最近厳しくしすぎると怒られる。ほどほどで頼む」
「人間は大変だな。いや、俺たちもか」
タヌキは、名誉挽回といって燃えていた仲間たちを思い出した。
「一ついいかな」
女がタヌキを見ながら話しかける。
「これはプライベートなお願いごとで、報酬も別に支払う」
「なんだ。言ってみろ。化かしたいやつがいるのか」
女が首を振る。
「触らせてくれ。そのモフモフずっと気になってたんだ。」
【暗がりの中で】
最近、変な起き方をする。
こうやって起きるのが普通かもしれないけれど
変なんだ。
夢なのか、起きてるのか分からない。
でも目を瞑っているから当然真っ暗で、
ずっとここままでいたいくらい気持ちよくて
何もしたくないって感じる。
その時今日やることを思い出すんだ。
課題とか明日の準備とか。
その瞬間、
"ちゃんと全部やったか"って言葉と
"やってない"って言葉が頭を駆け回って
焦る。焦りまくる。
そこからハッと起きる。
それか先輩や友達に名前を呼ばれて起きる。
おかしいよね?これ。
力が抜けてないのかな、休めてないのかな。
どれだけ休もうとしても
やるべきことを思い出して疲れる
ずっと動いているのも疲れる
でも休むのも疲れる。
どうすればいいかな。
学生なんて毎日遊べる、毎日楽しいなんて
大人なったら存在するはずない毎日だ。
早く勉強しなきゃ テストまであと3週間だ
先輩に挨拶しないと 友達に言われたから行こう
疲れた。。
考えすぎは良くないよ
休むのが疲れるのはちゃんと休まってないから
何も気にせず休もう。
なんてできたら苦労しないかな。
お風呂入るとか音楽聴くとか
1人だから色々考えちゃって休まんないし。
―――――暗い暗い夢の中独り。
暗がりの中で目を覚ます。
ここはどこだ。
見覚えのない場所に戸惑いながら体を起こし、辺りを見渡した。
殺風景な部屋は真っ白な壁が四方を囲み、窓は開いていない。
もしかしたら何かしらの事件に巻き込まれたのか……そう思った僕は足元を見る。
そこには慣れ親しんだ、僕の想い人の姿があった−−
【お題:暗がりの中で】
ある人が
読み終えた話が
面白かったので
詳細を調べたら
児童文学の分類で
非常に驚いた
と話していた
主人公の家族が
心の問題を
抱えていたり
社会で
疎外されたり
という設定なのだそうだ
なるほど、
と聞いていたが
考えてみれば
子供が読む話には
案外 昔から
人間の社会を容赦なく
描いているものが
多いかもしれない
小川未明
「赤い蝋燭と人魚」
話の冒頭
人魚が住む、
海の様子が
目の前に浮かんでくる
人魚が住むのは
あたたかい南の海
ばかりではない
北の海、
冷たく青黒く
暗い海にも 住んでいる
ある 身重の人魚は
この暗がりの世界を
寂しく思い
地上という明るい世界、
人間の手に
生まれてくる我が子を
託すことにする
この物語の
面白さのひとつは
人間の弱さが
非情なまでに
明確に、
描かれているところ
だと思う
人の心を
持っていたはずが
あっという間に豹変し
鬼になる
人は欲を刺激され
また
恐怖感を煽られて
簡単に
自分の中の鬼を
目覚めさせてしまう
それは
人間が持つ一面であり
隠す必要もなく
いたずらに
恥じる必要もないだろう
むしろ 子供の頃から
そういった、
私たちの中に眠る
人の弱さを
物語で見せ
触れさせるのは
ゆくゆく
子供たちの助けに
なるのではないか
この世界が天界で
私たちも天人ならば
そんな必要もないだろうが
私たちは
地上に住む人間なのだ
人魚の母親は
自分の姿は
魚よりも人間に近く
きっと
よい繋がりを
持てるだろうと
人間の清浄さを
信じて疑わずに
我が子を
人間界に託したのだが
最後、
人魚の母親が
赤く塗られた蝋燭を
じっと見つめる様子は
息が詰まるほど
哀しく、また
おそろしいのだ
身近な暗がり、ズバリ布団の中
現代人らしく目を痛めながら液晶をベタベタ触ってる
起きたてからずっと布団に燻って、頭が少し疲れたなと思って画面を真っ暗にして、全身から力を抜くと死んだ気持ちになる
暗がりの中で、僕は泣き続けた。
ずっと夜が明けない。いつまでも暗いまま。
どうして、僕はこんな闇の中にいるの。
目を開けても、前が見えない。
怖い。
「もう! 何やってるの!」
空から光と声が降ってきた。
ダンボールの蓋が開けられた。
そうだった。
ママをびっくりさせようって、ダンボールの中に隠れたまま寝ちゃったんだ。
僕は安心して笑った。
『暗がりの中で』
2.暗がりの中で
就寝時に瞑ると兄の納棺姿を毎夜毎夜、思い出してしまう。
我が家は毒親に『教育』『私達の子ども』というだけで身体的・精神的に痛めつけられ、幼少期ながら肉体労働を強い、毒親の意にそぐわねば愚痴をこぼされた。テレビゲームをしている時は私達に聴かせるかよように、とってつけたような大きな溜め息を何度も何度も浴びせてきた。幼少期ながら刑務所にぶち込まれた気分で過ごす羽目になり、毒親の教育の成果が出て、晴れて精神疾患者の仲間入りだ。
「何で我が家の子だけがこんな風になっちゃったの?」
「仕方ねぇわ、ウチらの子だから」
残念な子ということか。ざまぁみろ。お前らの子は失敗作だ。そのまま毒親は苦しんでしまえばいい。
長男という重圧とDV、毒親の過干渉に行動制限で兄がどうなるのか見当もつかないのが阿呆な毒親の、本に載ってそうな程典型的例だ。勿論兄は最初こそ抵抗しようとしたのだが、この毒親である父が家庭を力で掌握するタイプの人間で過剰な圧と古き悪き頑固親父ならではの怒鳴り散らしをするもんだから、幼少期の頃から逆らう事をゆるされなかった。高校卒業と大学入学と同時に一人暮らしを始めた兄は毒親から離れたことで初めて自由と開放感を味わった。『我慢を強いられた人間が急に自由を与えられたら一体どうなるのか』という動画のサムネに取り上げられるような顛末を迎えることに………そう、兄の中で何かが切れた。
人生真っ只中で箍が外れ大学中退、社用車で物損事故、飲酒運転で現行犯、奨学金の延滞続きで山積みの催促状、セルフネグレクト、嘘で塗りたくるしか生存するしかない毒子第一号の出来上がりだ。
毒親の手で地獄の滑車に成り果てた兄は止まるところを露知らず、そして叱ると怒るの区別の出来ん毒親が車輪に暴言エキスの油を注ぎまくった。止まらない。もうどっちも止まらない。止めようとしない。
そして兄はダムから飛び降り自殺した。
身体はぐちゃぐちゃに複雑骨折しており、顔は辛うじて原型を留めていたが、右目が潰れたのかピンポイントに痣ができたのか、泣いているように見えた。それを見た遺族は余計に泣きじゃくる。
あれから毒親は気持ち悪いくらい萎らしくなり大人しくもなった。毒親から離れられるチャンスは今しかない。数ヶ月後、私も旅立った。さようなら。私達を散々苦しめた分まで永遠に苦しめ。
暗がりの中で、ただ1人たたずむ。遊び半分で訪れた「土合駅」。長い長い階段を下りホームに辿り着くと、まさにモグラ駅の異名に相応しいトンネルの中にある1面1線のホーム。「いやぁとんでもない所だ」思わず声を漏らす。その声がトンネルの中を反響すると同時に得体の知れない不安感に襲われる。「本当にこんな所に列車が来るのだろうか…」その不安感が無くなる国鉄型列車115系の汽笛が聞こえるのは………もう少し後の事である。
何も見えない恐怖、先の見通せない不安。そんなことはこれまでもそうだったし、これからもそうだ。千里眼なんて特殊能力もないし、神々だってそれは同じだ。いや、先が分かってしまえばつまらない。はりあいがない。素晴らしい未来が思い浮かべられないのだから、本当に先が分かってしまったら、絶望しかないだろう。そう思う。先が見たいだなんて思うのは、よっぽど満たされているか、盲目的に希望をもっているか、道理の分かっていない者だけだろう。
だから、この暗がりには希望の余地がある。安息がある。そう思う。これが病なら治らないでほしい。
そんなある日のある事件。生きて帰れただけましだった事件。それが転機になるとは誰が想像できたか――そんな事件。
混沌とした頭で思い返し、俺はごろりと転がって腹ばいになる。小柄な俺には大きすぎるベッドだ。
あの人はまだ戻らないのか。
無理やり起きあがってテーブルの上の飲みかけのグラスを手にし、中身を呷る。さらに継ぎ足して、ちょっとだけ口にする。安い酒だ。そんなには美味くないが、それでもなんだか楽しくなってきて、口もとが緩んだ。
――見ているか、じじいども。俺は今、とても幸せだぞ。
俺の貧弱さをあざ笑ってきた老人たちを思い浮かべて笑みを濃くする。
いつかお前たちが俺を捕らえにくるなら、教えてもらったこの力で。
「――燃やし尽くしてやる」
我ながら挑発的で、物騒な台詞だ。でも、俺の言葉だ。言わされたんじゃない。俺の意思だ。思わされたんじゃない。――違うか。
あの惨めな日々があったから俺はここにいて、彼らに牙を剥く気になったのだ。だから、やっぱり言わされたのだ。思わされたのだ。でも、そのあとにはきっと。
俺の「先」があるんだ。
暗がりの中で
明日も早いのにと思いながらでも、じーっとスマホの画面をみる。
部屋が暗い中、目が悪くなるのがわかっているのに見続ける。
後五分、後十分でやめて寝ようと心に言い聞かせるが、無駄だっだ。
暗がりの中で、ぼんやりとしたスマホの光が一つ。
ついつい、やってしまう。わかっているのにやめられない。
毒がどろりと流れ込んできて、身動きが取れなくなり、どんどんと底のない依存という沼の中へ堕ちてゆく――
あなたが眠ってしまって
寝息が聞こえる頃
スキンケアをしてから
遅れてベッドにもぐりこむ
どんなに熟睡していても
わたしがあなたに寄り添うと
腕をまわして抱きしめてくれる
手探りで、真っ暗な中
わたしを抱きしめてくれる
◇暗がりの中で◇
右も左も、それこそ上も下も分からないような環境に自分を放り込んだことがこんなにも自分自信を苦しめることになるとは思いもしなかった。自分を変えたい、変えなければならない、自立しなければならないとの思いをそのまま行動に移したのは十八歳のこと。
病気で自衛官を続けることが出来なくなった私の中に残ったのは、今後どのようにして生きていこう。何を目標に、どんな夢を描けばいいのだろうおいう虚無感だげだった。そんな時に唯一の肉親である母親が倒れ、私は強くショックを受けた。幸いにして母親の症状は軽く、治療を続けることで快方に向かうだろうとのことだった。しかし母が入院して家からいなくなったとき、何をしていいのか、どうすればいいのか分からなかった。結婚して九州に移った姉に連絡を取ると助けに来てくれたが、このときはとても心強く感じた。この経験を機に自立というものを強く考えるようになった。
ずっと憧れ、夢に見ていた自衛官という目標、夢を叶えた私は空挺部隊に入隊するという次なる目標を掲げ、そのために毎日鍛錬に励んだ。第一空挺団の中隊長視察があり、そのときに入隊希望者選考が行われ、口述試験などを受け、その場で採用の返事と励ましの言葉をかけてもらった。ミリタリー雑誌で見た第一空挺団、私はそこに行くことが出来るんだと嬉しくなったと同時に努力が報われた瞬間だった。母の昏倒と入院は、そんな自衛官の道を絶たれ消失感や虚無感が拭えないまま、ダラダラとすごしていた私に母を失うかもしれないと意識させた大きな出来事だった。
宮城県仙台市で初めて迎えた秋、広島県より肌を刺すような寒さを感じていた。仕事に出れば、悪口や暴力を受ける。社宅に帰れば、仕事のミスなどを理由に、車座に座ったみんなの真ん中で社長から見せしめとケジメに殴られ蹴られた。褒められることが増えてきたと思えば、他のメンバーのミスなどで同じようにケジメを付けさせられる。こんなのはおかしいと同僚に声をかければ、「 飯が食えて、温かい風呂に入れる。タバコを吸えて酒も飲める。布団の中で眠れて 仕事にも行けることの何がおかしい?お前の方が おかしいだろ」と反論され、社長にまで話が届く。夜にまた集められて、みんなの前で「お前は頭がおかしい。病気だ。俺らの悪口を口にして楽しいのか」と叱責され蹴り飛ばされた。
入社して暫くした頃、新しく付き合い始めた会社の応援で人夫で入った現場で元請けの親方や番頭に気に入られた。仕事が薄くても呼んで貰えるようになり、現場に出れば一日中を親方たちと過ごし、夜は酔っ払って寂しくなった親方と長電話をした。他の大きな現場が始まった時、真っ先に会社ではなく私に声が掛かった。社長にその話をすると「よくやった!お前は病気で頭のおかしいやつだと思っていたけど違ったな。悪かった」と手のひらを返されて、背中を押されて新しい現場へ送り出された。
新しい現場は、仙台の某高校の仮校舎建築の現場で割と規模の大きな仕事だった。初日は私と先輩三人の四名で入場して、番頭さん からの指示で手元作業をしていたが、私は番頭さんに個別で声をかけてもらった。「〇〇くん、△△の作業ってできる?」と聞かれ「教えていただければ覚えてみせます」と返事をして、一時間みっちりマンツーマンで教えこんでもらった。そして、「今日中には終わらないと思うけど、明日で終わらせてくれたら大丈夫だから怪我だけしないように安全作業で進めてね」と方を叩かれた。一番仲の良かった先輩に声をかけて、先輩にも仕事を教えながら二人で楽しく作業を進めていった。気がつけば夕方早くに全ての作業を終えていた。番頭さんが進捗を確認しに来た時とても喜んでくれて、とても褒めてくれた。それ以来どんどん本職さんの仕事を教えていただいて、入場から二ヶ月たった頃にはただの応援手元作業員では無くなっていた。番頭さんからの評価が上がったことで、私以下作業員の増員ができるようになったことを電話で社長に伝えると、入社以来初めて優しく 声をかけられ、とてもはしゃぎながら喜んでもらえた。
人員が増えるとこれまでのやり方では管理が行き届かなくなる。社宅に帰った時、社長に呼び出された。「電動工具は何を持っていってる?」と訊かれ、会社のインパクトドライバーなどを持ち込んでいると伝えると点検をしたいから持ってきてくれと言われ、車庫に確認をしに行くがどこにもない。車の中を見てもどこにもない。現場に忘れてきたのだと分かった途端二頭をよぎったのは「ケジメ」だった。社長にことの経緯を全て話すと案の定殴られ!蹴られた。その上で「他の奴らも呼んでこい」と凄む。「僕の責任です。ケジメは僕だけで十分です」と返すと、初めての反論に社長が驚いた顔を見せたあとで「分かった、もういい。すまんかった。ただ示しがつかないからみんなの前でもう一度お前だけ軽く締めるけど手加減するから我慢してくれ」と言われた。
皆の前で蹴り飛ばされながら叱責されるが、本当に手加減してくれていたようで全く痛みはなかった。解散になったあと、「今日はこっちで飯を食っていけ。酒も飲んでいけ」と夕飯をご馳走になった。その日を境に社長が暴力を振るうことが無くなった。
暴力と暴言、恐怖による支配のなかでいつの日か自由に外出して、好きな仕事をして、好きなものを食べて、恋愛をして、ゲームをして。そんな明るい日々を夢見ていた。社長の機嫌が良ければある程度のことが許される。それを知ってからは人一倍、現場で仕事を覚えた。元請けや他協力会社からのお褒めの言葉が社長の耳に届く度に、真っ暗でドブ臭い私の環境に光が刺していくのが手に取るように分かった。間違いや失敗をすれば必要以上の叱責やケジメという暴力を受けたが、褒められることが増えていき、暴力はなくなり叱責も無くなったときにはやっと地上に首が届いたような気がした。
どうしようもなく、あてもない毎日。縋るものも人もない状況で、それを変えられるのは自分自身ただひとりなんだと理解した時、私の真っ暗な世界に光明が差したんだ。
いま、広島県で頑張っている。ただただ必死に生きていると言ったほうが正確か。少額とはいえ借金もあるが、返そうと思えば数ヶ月で返せる額ではある。ただ母の治療費や私自身の治療費などに費用が嵩む。生きている、温かいご飯を食べられる。好きなものを買って好きに行動出来るんだ、今、私は世界一の幸せ者だろう。
人生に迷っている人、なにをどあしていいのか分からなくねっているひと、とにかく路頭に迷っている人。人の数だけ悩みがあるが、悩みを解決する方法も人の数だけある。そして、大抵の事はどうにでもなるし、何とかなるものだ。
そして最後に 、幸せの数も形も大きさも人それぞれだ。生きることに不安を感じた時は、広く目を向けてみるといい、暗がりの中で僅かに光るものが人生を導いてくれるだろう。暗がりの中で見出したものがガラクタだと思っても、そこに光が当たれば輝く宝石だったということは良くあること。大切なのは目を開いて、耳を澄まして、嗅覚を研ぎ澄ますことだ。そして、時に野性的であることだ。
理性を超えるほどの野心は人をどこまでも突き動かす。
暗がりの中で
きみに出会った
ここは、どこなのか
どうしてここへ来たのか
……思い出せない
ぼくは、理由も知らないまま、暗がりに立っている
わけもわからず立ちすくんでいると、声がした
やあ、
……だれ?
だれでも、いいじゃない
きみも、 光の扉を、くぐって来たんでしょう?
ぼくは、声のする方へ恐る恐る進んだ
ようこそ、よく来たね
ここには、痛みも、悲しみもない
ぼくが何も言い返さないでいると、きみは続けた
そういえば……
目の前が真っ白になって、それで……
でも、どうして目の前が真っ白になったのか、思い出せない
暗がりの中で(2023.10.28)
パラ…パラ…
薄暗く、静謐な書庫にページを捲る音だけが響いている。「書庫」とは言ったものの、いくつかの本棚が並んだ、こじんまりとした部屋だ。一つだけある小さな窓からは、盛りを過ぎた柔らかな陽光が薄く差し込んでいる。まるで、そこだけ時間が停滞しているような、穏やかな空間。しかし。
「あ、やっぱりここにいた!」
突然開いた扉と、静かな部屋に不似合いな元気な声。先ほどまでまったりと本を読んでいた少女は、諦念のようなものが混じったため息を吐く。
「……また来たの、柚子葉」
「え、だめだった?…あ、読書の時間を邪魔しちゃったのはごめんね…。でも沙耶香と一緒に帰りたくて…」
先ほどまで本を読んでいた少女、沙耶香は、目の前のもう一人の少女をじっとりと見る。申し訳なさそうに身を縮める少女は柚子葉、沙耶香の幼馴染だ。
「柚子葉、今日は委員会あるから遅くなるって言ってなかった?それに、帰るならあの陽キャたち…じゃなかった、委員会の人たちと一緒に行けばよかったんじゃ…」
「委員会は早めに終わったし、沙耶香はいつも放課後ここで本を読んでるから、今の時間くらいにここに来れば一緒に帰れると思ったの」
なるほど…と、返事になっているのかわからない言葉を返しながら、沙耶香は内心げんなりとした。こんな薄暗い書庫でひっそりと、一人で読書しているところからわかるように、沙耶香は日陰の者、要するに陰キャというやつである。対する柚子葉は明るく社交的で、友人も所謂陽キャが多い。まぁ、本人の性格は少し天然ながら温厚で優しいので、誰しも柚子葉のことは概ね好意的にみているだろうが。
「ねぇ沙耶香、読書なら図書室でもできるのに、どうしていつもここに来てるの?別にそれが悪いとかではないけど、ここ薄暗くて目が悪くなりそうだし…」
居心地の悪そうな柚子葉に対して、私は「やれやれ…」とでも言うように肩をすくめてみせた。ところでやれやれってどういう語源なんだろう。いや、話題が逸れた。
「図書室って、人の出入りが結構あるし、自習してる人も多くてなんだか落ち着かないんだよね。それに、目が悪いのは元々だからもう気にしないし」
「確かに、図書室の雰囲気は私も苦手かも…」
「あと、薄暗いところってなんか安心しない?ほら、布団の中に潜ると安心する、みたいな」
「うーん、それはちょっとわからないかなぁ…」
苦笑いする柚子葉と、私の感性は合わなかったようだが、それでも彼女は私のことを頭ごなしに否定することはない。柚子葉には、陽キャにありがちな(これは偏見でしかないが)真夏の強烈な日差しのような押し付けがましさがなく、同じ「陽」でも、あたたかな「陽だまり」のような性格だ。それが案外、薄暗い自分には心地よい。
気を取り直して色々と話しかけてくる柚子葉におざなりに、しかし気安く返しながら、帰り支度を済ませる。そして、いつまでもこんな関係が続けば良いのにな、なんて思いながら、今日も私は柚子葉と共に家路を辿るのだった。
僕はただ終わるのを待った
僕が寝たフリをしていることに気づかずに
あいつは湿った手で僕の服をめくる
僕の意識は遠くにあり
僕はただそれを眺めていた
真っ暗な部屋の中で
まるでトンネルのような暗がりの中を、途方もなく歩いているような気分だった。
真っ暗で何も見えない、光なんて全然見えてこない。そんな事に嫌気が差していた。
そんな時だった。
貴方君会ったのは。何もかも嫌になっていたときに、手を差しのべてくれた君は、暗がりの中で踠いていた僕のただ一つの光だと思えたんだ。
暗闇の中で姉は変な事をやっていた。
それは何というと...
変な踊りをしながら変なことを言っている
私はすぐさま頭の病院に行った方がいいのではないか
そう思ったのだけれども
こいつはかなり重症なのだ
とてもいい病院に行っても
この症状は治らないと改めて思ったその日でした
#22『暗がりの中で』
自販機に寄ってから化学室に行く。ドアを開けて入れば三角フラスコを振る白衣を着た彼の後ろ姿が。実験は順調?おー、おかげさまでな。アイス買ってきたからちょっと休憩しない?ああ、隣座れよ。振り返った彼は私の顔を見るなり眉を寄せたけど、気にせずアイスを半分にして渡す。コーヒー味が染ますなー。その間もジーッと見られていたようでどんな顔をすればいいかわからない。頭をガシガシ掻いたかと思えばため息を付いて、
「何があったか知らねーが、テメーのことだから頭ではわかってっけどやりきれねーんだろ?」
「私はそこまで合理的じゃないからさ。ちょっと今はメンテナンス中なの」
「…オーディション落ちたってところか」
わかってるんじゃん。傷口に塩塗り込まないでほしいよ、まったく。
「別に迷惑かけるつもりないし、話聞いてほしかったから来たわけじゃないよ」
アイスのプラスチック容器をプクッと膨らませて拗ねてみれば、不意に頭を撫でられてびっくりする。別に面倒見のいい奴でもないのに。
「まだ整理し切れてねーだけなのにその気持ちごとなかったことにすんなよ。お前の内面が感情的なのも人間味合っていーじゃねーか」
今日だけな、と言って抱きしめられば涙と抑え込んでいた気持ちが溢れる。
高校生活最後の舞台なんだから私も主演を、と願ったっていいじゃないか。でも結果はいつもと同じであの子の引き立て役。劇は誰か1人でも欠けたら成り立たない。特に主人公の相手役なんて物語を支える重要な存在ってことぐらいわかってる。でも、悔しくて悔しくて。自分が惨めでならなかった。彼に主演を務める私を見てもらえたらどれだけ良かったか。
「まァ助演女優賞間違いなしの演技、悪くねーがな」
は。いつか主演になったら観に行ってやってもいいって言ってたはずなのに。
「テメーにしかできない演技カマしてこいよ。少なくとも俺はファンだぜ」
ヤケに優しいからきっと後日、実験に付き合わされるんだろう。でもいいわ。アンタのために演じてあげる。なんだかんだ長い付き合いで、私をよく知るコイツにはいつも助けられてて、どこに迷っても正しい方へ導いてくれる。だいぶ落ち着いた。
下校時刻になって閉められる門をギリギリで抜けて並んで帰る。実験について独り言が聞こえる。
「てか、いっつもおんなじ女優は飽きんだよ。アイツ部長と付き合ってるらしーじゃねーか」
え、待って、そういうこと?ククッ知らなかったみてーだな、恋愛云々疎いお前らしいわ。疎くないもん。どうだか。
好きだと言わせてくれないのはそっちなのに。大きな目標があるから恋愛とかしてる暇はないんでしょ?応援したいし、できるだけ迷惑かけたくない。きっとこれ以上に甘えちゃうから。
また実験手伝いに行くね。ありがてー、頼むぜ助手様。……助手。あ゛ー支え役は嫌だっけか?ううん全然、喜んで。
助手だって。彼の隣にいられる正当な理由じゃないか。どこまでも付いて行くから、私にもっと知らない景色を見せて。