何も見えない恐怖、先の見通せない不安。そんなことはこれまでもそうだったし、これからもそうだ。千里眼なんて特殊能力もないし、神々だってそれは同じだ。いや、先が分かってしまえばつまらない。はりあいがない。素晴らしい未来が思い浮かべられないのだから、本当に先が分かってしまったら、絶望しかないだろう。そう思う。先が見たいだなんて思うのは、よっぽど満たされているか、盲目的に希望をもっているか、道理の分かっていない者だけだろう。
だから、この暗がりには希望の余地がある。安息がある。そう思う。これが病なら治らないでほしい。
そんなある日のある事件。生きて帰れただけましだった事件。それが転機になるとは誰が想像できたか――そんな事件。
混沌とした頭で思い返し、俺はごろりと転がって腹ばいになる。小柄な俺には大きすぎるベッドだ。
あの人はまだ戻らないのか。
無理やり起きあがってテーブルの上の飲みかけのグラスを手にし、中身を呷る。さらに継ぎ足して、ちょっとだけ口にする。安い酒だ。そんなには美味くないが、それでもなんだか楽しくなってきて、口もとが緩んだ。
――見ているか、じじいども。俺は今、とても幸せだぞ。
俺の貧弱さをあざ笑ってきた老人たちを思い浮かべて笑みを濃くする。
いつかお前たちが俺を捕らえにくるなら、教えてもらったこの力で。
「――燃やし尽くしてやる」
我ながら挑発的で、物騒な台詞だ。でも、俺の言葉だ。言わされたんじゃない。俺の意思だ。思わされたんじゃない。――違うか。
あの惨めな日々があったから俺はここにいて、彼らに牙を剥く気になったのだ。だから、やっぱり言わされたのだ。思わされたのだ。でも、そのあとにはきっと。
俺の「先」があるんだ。
10/29/2023, 4:02:34 AM