『時計の針』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
この進んでしまった時を
巻き戻すことはできない
チクタクと円を描きながら
カッカッと縁を切る
この音に何度も悩まされ
わたしは秒針をもぎとった
耳障りだった物が無くなっても
心のどかで響いていた
あー
うるさいな
時計の針を進めても
懐かしかったあの頃には
戻れない
#時計の針
ーあの頃に戻りたい
それは、後悔から?
今が、楽しくないから?
あの頃が、良かったから?
時計の針を巻き戻してやり直すことも
時計の針を先に進めて未来を見ることも
それはできない。
全ては今に繋がり、これから先に繋がっていく。
そして、
時計の針のように止める事も、止まる事も
できない。
出来る事は
「思い出」を持ち、
今を笑い、
「これから」を思い描く
アナタの時計は動いてますか?
時計の針
Way Back Home / SHAUN
時計の針を巻き戻すように
眠ったままの君に会いに行く
長い長い旅を今終わらせよう
君という名の家に帰る
Way Back Home
時を刻むのか巻き戻すのか
刻むということは終わりがあるということだ。
では、巻き戻すというのはどういうことだろうか
時計の針
それはとあるアンティークショップだった。何気なく立ち寄った国で、なんとなく惹かれて入った店だった。
中には変わった形をしたランプやこだわって作られたであろう地球儀、異国のガーデンに置いてありそうなイスに、錠のない無数の鍵たちなどが所狭しと並んでいる。
わくわくとする感情のままに、店内を見て回っていると奥から一人の男性が出てきた。すらりとした高い背、少し長めの髪は一つにくくっていて、ステンドグラスの光に照らされて瞳がキラキラと輝いていた。
目が離せなくなるような存在感のある人だった。そのくせ纏う雰囲気が儚げだから、どこかちぐはぐなアンバランスさがあった。
「いらっしゃい。どうぞ、好きなように見ていってよ」
少し低めの通る声が心地よくて、どこか幻想的なこの店によく合っていた。
すると、カチ、とどこかから時計の針の音がした。辺りを見渡せば、小さな懐中時計が無造作に棚に置かれていた。
古そうなそれは年季こそ入っているが、決して古くさい感じではなかった。デザインだって今持っていてもおかしくないような、むしろお洒落だと思われるようなものだった。
なんとなく気に入ってしまい、その懐中時計を買うことにする。若い店主は時計を包みながら、話し出した。
「この時計はきっと君とこれからを旅する。嬉しいことも、楽しいことも、もちろん悲しいことや辛いことも。君と一緒に経験することになるだろう。積み重なった時はいつか君の宝物になる。もし、この時計が時を刻むのを止めたら、もう一度ここへ来てごらん。直してあげるからさ」
優しくそう言った店主は包袋を手渡す。それを受け取り、礼を言ってから店を出た。
もう一度この店に、いや、この国に来るかどうかすらも決まっていないが、不思議とまた訪れたくなるような店だった。
それから、旅を続け、確かに楽しいことも辛いこともたくさんあった。時計の針はそれに左右されることなく時を刻み続けた。
でも、それから何年か経って時計は時を刻むのを止めた。カチ、カチ、となるあの音がしないだけでなんだか静かすぎるような気がした。
進路を変えて、あの店主が待つあの店へ、国へと目指した。
国に着き、記憶を辿るように歩いてあの店へとたどり着いた。相変わらず置かれているものは多く、どこか変わっているものばかりだった。
懐かしさに浸りながら店を見て回っていると奥から一人の男性が出てきた。
「いらっしゃい。君が来るのを待っていたよ」
もう何年も経っているのに、年を取ったことを感じさせないようなその若々しい店主はにっこりとどこか妖しさを含むような笑みで迎えてくれた。
時計の針
いつも身近にいるきみは、チクタクチクタク、チクタクと、私に、ワクワクを、くれる。
いつも身近にいるきみは、チクタクチクタク、チクタクと、いつもの幸せに、ちょこっと砂糖をかけてくれる。
私は今日も、きみをみて、チクタクチクタク、チクタクと、大好きな、ただいまの声を、待ってるの。
コチコチと一定のペースで時を刻む音。普段ならば気に求めない微かな響きは,されど一旦気にしてしまえばそう簡単に耳から離れない。
壁に掛けられた小さな小さな歯車。狂うことも無く動くその針にがんじがらめに支配されているようなそんな錯覚に陥る。否,錯覚ではないのかもしれない。
余裕も感情も,描かれた数値と廻る2本の棒によって左右される。仮にその動きが早くなっても気づくことすらなく,ただ時の流れに驚愕するだけであろう。
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手に持った本から視線を上げ落ちる自身の分身を見つめる。正午を過ぎてから本を手に取って気が付けば随分と時が経っていたらしい。部屋を照らす橙は,ゆらゆらと不可思議な影を作り出していた。
目線を上にずらし見えた短針はちょうど120°の角を示している。思わず振り返った夕焼けはただ赤くて妙な気分に陥った。
どう考えたって七つ下がりには遅すぎる,逢魔が時を目前にした妖しい輝き。噛み合わない視界の情報にくらりとする。妙に静かな空間は落ち着かない。
……妙に静か。その原因が聞きなれたはずの音がしないからだと気が付くまでに数秒の時を有した。
その針が止まったのがどれほど前なのかも,今が何時なのかすらわからない。利便性の代償は己がいる時空の流れすらも歪ませることらしい。
「たまにはいいか」
幸いにも明日は休みで予定も特にない。忙しない近代の呪縛から解き放たれてみるのも悪くないだろう。
動かない針の指すその時に思いを馳せながら,もう一度本を開いた。きっと次に顔を開ければまた違う世界が出迎えてくれるから,電池を変えるのはもう少し後で。
テーマ : «時計の針»
あ、腕時計の針が止まってしまった。
でも、もういいかな。
時計なんていらない。
自分の時間を過ごすだけだから。
「気がつくと」
気がつくと、同じ時刻に目が止まる。
気がつくと、腕時計の針が止まってた。
気がつくと、同じお店のあの人と顔合わしてる。
気がつくと、同じ時刻の同じ電車に乗っている。
気がつくと、同じ道を歩き、会社へ向かっている。
気がつくと、夜になっている。
…私の毎日はこれで良いのか?
気がつくと、同じ自販機の前に立ち
気がつくと、いつものミルクティーを買って飲んでいる。
…毎日同じ事の繰り返し。ため息も漏れてくる。
気がつくと、休憩スペースのイスに座ってる。
「お疲れ様です。」
気がつくと、笑顔でクッキーを差し出す後輩。
気がつくと、隣に腰掛けている後輩。
「先輩。たまには、愚痴って良いんですよ。」
「えっ…??」
気がつくと、後輩に優しくされている。
…初めて、しっかり顔を見た気がする。
「頼りないけど、たまには頼って下さい。」
気がつくと、後輩君が笑顔で頭を撫でている。
気がつくと……とくんと音がして
気がつくと、止まってた腕時計の針が動いてて
何かいつもと違う事が起きそうな予感がする。
過去に戻りたい人間はたくさんいる。
みんな色んな後悔があって、色んな気持ちがある。
人生をリセットしたいんだよね。
分かるよ。私もそうだから。
だけどみんな本当は分かってる。
過去になんて戻れやしないって。
時計の針は反対には回ってくれないって。
だけどそう思ってないと生きていけないんだ、人間は。
儚くて、愛おしい顔をして、みんな朽ちてゆく。
こうはなりたくないと思うけど、私もきっとそれに近い。
楽しい時間
まだまだ足りない
もっともっと遊びたい
だけどもう ばいばい
あっという間に
進んでる
退屈な時間
まだまだ終わらない
ずっとずっと逃げ出したい
なのにまた はじまるよ
何度も見ても
進まない
/時計の針
お題「時計の針」
時計屋さんが好きだった。
壁掛け時計、目覚まし時計、腕時計、鳩時計……など、たくさんの時計に包まれ、秒針の音に包まれているのが好きだった。
使うことだけを考えるならソーラー電池の電波時計が断然好きだ。だが、電波時計しか置いていない店は好きではない。
私が好きなのは、好き勝手に自由な時間を刻む時計が溢れた時計屋さんが好きだから。
今日もそんな時計屋さんに足を運ぶ。
「あら、また来てくれたのね」
店に入ると店主のおばちゃんが声をかけてくれた。
そんなに大きな店でもないので、何度も来ていると覚えられてしまうものだ。
「いつも買わないのに入り浸ってすみません」
「いいのよ、学生さんに無理やり買わせたら、天国の旦那に怒られちゃうわ」
店主さんはケラケラと笑う。旦那さんが亡くなったのはずっと前なのだろう、表情も声も、亡くなった旦那さんの話をするにはだいぶ明るい。
「あたしもウィンドウショッピング好きよ。服とか眼鏡とか、見てるだけで楽しいものね。いくらでも見ていってちょうだい」
「ありがとうございます」
店主さんは満足そうに微笑んで、手元に視線をやる。
店主さんは、お客さんの出入りがあった時と声をかけられた時以外は、ずっとこうして本を読んでいる。
レジの横には本がたくさん積んである。前に尋ねたときは「積読ってやつよ」と笑っていたので、たぶんまだ読んでない本なのだろう。
時計のカタログもあるが、最近人気の小説や旅行雑誌など、仕事関係以外のものもある。
新しい情報をキャッチするのが大好きなのだと話していた。
私は店主さんから時計に目を移す。
レトロなデザインなものも、お金持ちの家にありそうな高級感のあるものも様々だ。
そして、どれもこれも好きな時間で動いている。
鳩時計のうさぎバージョンの時計は、5時23分を指している。
その隣にある振り子時計はちょうど6時になって鐘を鳴らし始めた。
向かいにあるローマ数字の時計は3時15分。
いろんなタイミングで、いろんな音が聞こえてくる。
カチカチという秒針の音。動物の鳴き声や音楽、鐘の音。カチン、と長針が動く音。
自由気ままに、時計たちは時間を刻む。
時間なんて、こんな不確かなものなんだ。
気にしたところで疲れるだけだ。
どの子も、自分の中での正確な時間を刻んでいるんだから。
時計の群れの中で、私は安心感に包まれていく。
おまえも好きなように生きなさい、気ままに自分の時間を刻みなさい。時計たちに、そう言われている気がする。好き勝手に生きることを、許される気がする。
私は、時計たちの中から、手頃な価格の手巻きの腕時計を手に取った。
手頃と言っても、この時計たちの中では手頃なだけで、お小遣い制の中で生きている私にとってはまあまあ痛い額だが。
店主さんのところに持っていくと、店主さんは「あら」と目を丸くした。
「買ってくれるの?」
「はい、このためにお小遣い貯めてきたので」
「ありがとね、この子も喜んでるわ」
店主さんは嬉しそうに私の手の中にある時計を撫でる。
私がお金を出すと、店主さんはその半分だけ手に取った。
「この子のために頑張ってくれたんだもの、少しだけまけてあげるわ」
「でも……」
「いいのよ、その分、大切にしてあげてね」
店主さんは腕時計を私につけてくれた。
私はお礼を言って、腕時計に触れる。
ずっと欲しかった時計が、いま私のものとして腕にある。
踊り出したくなる気持ちを抑えて、私は店主さんに小さい声で言った。
「実は私、ここみたいに、自分の部屋を時計でいっぱいにするのが夢なんです」
店主さんは笑って、小さい声で「すごい素敵な夢ね」と言ってくれた。
自由な時計たちに包まれて過ごす生活。
ずっと憧れていたその生活に、今日、私は一歩だけ近づいた。
またお小遣い貯めなきゃ。次はどの子をお迎えしようかな。
小躍りしそうな気分で、私は帰路に着いたのだった。
おわり。
時計の針
時間という概念を作ったのは誰なんだろうって、ふと思うことがある。
時間帯を表す言葉も、1日を24時間で決めたことも、一ヶ月がおよそ30日なことも、1週間や1年の括りも。
時間という目に見えなくて、でも確かに存在しているもの。
人間が生きるうえで共通認識としていられるように、こういう感じでやっていきますと取り決められた手段なのだろうか。
いや、もっと天文学的で自然的なことで、この世界の始まったときからすでに決められていたことなのかもしれない。
時間の共通認識はとても分かりやすくて便利だ。
たとえば、2時と言えば、誰だってああ2時ね、となる。太陽が頂点を過ぎて、少し傾いた頃なんて言おうものなら、そこに見方の相違が生まれて、待ち合わせは難しいものになると思う。
便利なものは、人間を窮屈にしているなと少し感じることがある。
人々はいつも時間に追われている。
それはこの世に人が生まれたときから定められている死へのタイムリミットの存在も大きい。
いつまでも身体が若いままではいない、いつか来る老い、そして死があると分かっているから、急いでいるのか。
腕時計や掛け時計、ビルのデジタル時計、スマホの画面、生活の至るところに時間を意識させるものがあって、まるで急かされているかのような錯覚を覚える。
もう何時だ、打ち合わせが始まる。休憩時間が終わる。約束の時間に遅れる。
生きるもの全てに時間は平等にあるのに、人間だけが時間に囚われているーーーーように見える。
『時間はある』のに、『時間がない』が口癖。
これはあくまで一方的な見方で、窮屈に感じさせているのは私自身かもしれない。
いつも世界を悲観的に見ている。全部を悲しい出来事だと思えば、変な期待も無駄な気持ちの高鳴りで、心を傷付かせずに済むから。
チクタク、チクタク。
今日も時計の針は進む。
時間が過ぎることは、少しの切なさを感じさせることもあるけれど、救いにもなっている。
憂鬱な気分のときがあっても、死にたいほど辛い日があろうとも
止まることなく規則的に止まることなく進む。
進んで、進んで、時間は進んで、いつの日にか、ああ、そんなこともあったかと懐かしんで見るときが必ず来る。
自分の気持ちの問題か、いや、人の心は変わるから、そのきっかけが時間ということもあるだろう。
楽しくない時間は来るが、必ず終わる。
そう心に思うだけで、憂鬱な気持ちもいくばかりか軽くなる。
楽しい時間もいつかは終わってしまう?
憂鬱なときもあるのなら、
楽しい時間もいつかは終わってしまうと考えてしまうのは自然なこと。
でも、時間が巡っている限り、きっとまた楽しい時間は来る。
そう思えば、楽しい宴会の終わりも寂しくなく終われるでしょう?
あれ。結局のところ、自分次第だったってことか。
時間は前にしか進まないから、ポジティブ思考だな…なんてね。
余談だが、この世界を支配できるほどの力を持てたなら、
世界から時計を全て無くしてみたい。
太陽が昇り、沈む。自然があるままの世界では、今の現代人はきっと暮らせないんだろうな。
時間のしがらみから解放されたい。
こうあるべきという固定観念。思い込みから解放されたい。
心が自由になりたい。
何もしない無駄な時間
息をしているだけで
鼓動を支えているだけで
有償の時間は減っていくの
代金は意志
心がなくても減っていくわ
ならいっそ私から時間を奪ってくれない?
その時計はもういらないの
時を刻む美しい針で
私の時間も刻んで頂戴
もしも、もしも時計の針を戻せるのなら
あなたと離れる前に戻すのではなくて
あなたと出会う前に戻したい
あなたを知ることなく出逢わない針を選ぶ
どうしたって……
一緒の秒針を過ごすことができないんだから
【時計の針】
時計の針を戻したい?
それとも進めたい?
今のままにしておく?
でも、どっちにしても
あなたの隣にいるのは私だよ!
どんなに疲れてても
どんなに学校に行きたくなくても
勉強したくなくても
仕事が嫌でも
人生の時計の針は止まってはくれやしない
少し人生に疲れたからと言って
時計の針を止めて休憩は出来ない。
少しづつ死へ向かっていく
【時計の針】
―――
毎度病んでいるようですみません🙇♀️
お題:時計の針
※グロテスクな描写、暴力を示唆する表現があります。
苦手な方は飛ばしていただけると幸いです。
※また読んでいただいている方、ありがとうございます。
続き物の話ではありますが、1話でも楽しめるようにと思い書いているため是非読んでいただければ嬉しいです。
うつらうつらしていた頭に、真っ赤な鮮血がフラッシュバックする。
ハンマーに殴られたかのような衝撃が胸に来て、バクバクする心臓を押さえながら体を丸めた。
昨日からずっと同じことの繰り返しだった。
昨日の夜、刃物に刺された少年を見てから。
不審者の持ってる刃がサクッと体に飲み込まれる光景。
蹴り飛ばされた少年の、壊れた弦楽器のような悲鳴。
何度も刺されるたび、骨と刃物がぎりぎりとぶつかって不快な音を立てる。
肺がダメになったのか、もう死んでしまったのか、いつのまにか聞こえなくなった少年の音。
突き刺されるたびに、だらんと垂れた腕が小刻みに動いていた。
「うっ……」
口を押さえトイレに駆け込む。
体がだるくトイレまで行くのだけでしんどかった。
昨日の夜から何も食べていない胃の中からは胃液しか出てこない。
その不快感で脱力してトイレに寄りかかる。
口元を拭く気力さえなかった。
「海鈴。いつまで寝てるの?ピアノ教室も行けないの?」
1階から母の呼ぶ声が聞こえる。
そうだった。
17:00からピアノだったんだった。
行かないと。
そう思って手を動かそうとしても、動かない。
声も出せなかった。
「はぁ……。
1日でも休むと、元に戻るのに3日はかかるわよ。」
それっきり足音は遠ざかっていった。
トイレットペーパーで口元を拭い、トイレを流す。
動けない自分の体が悔しくて涙が出てくる。
きっと自分が弱いからこうなってるんだろう。
……強くならなくちゃ。
そう思った。
次の日は学校に向かおうとした。
着替えに袖を通し、朝ごはんを食べて、吐いた。
歩きながら座って授業を受ける自分を想像して、気分が悪くなった。
道端に座り込む。
道ゆく人は奇怪なものを見る目をしながら横を歩いていく。
誰も助けてくれない。
当然か。
もし自分が同じ立場でも助けない。
座っていると、あの時の光景がフラッシュバックする。
とにかく、動いていたい。
ふらふらとあてどなく走ることしかできなかった。
いつのまにか河川敷についていた。
風が気持ちよく、少し座っていても平気だった。
呼吸を整えながら伸びをする。
ずいぶん長いこと伸ばしていなかった身体はバキバキ音を立てた。
その音で一瞬思い出しそうになった光景も、風が運んでくれる。
落ち着く場所だった。
突然、怒声が聞こえた。
近くに不良がいるらしい。
驚いて少し後ずさろうとした時、コートのポケットが重いことに気がついた。
何度も失敗しながらようやくポケットの中に手を入れて重い何かを掴み出す。
金色の懐中時計だった。
リューズを押してみる。
綺麗な装飾を施したそれは、律儀に針を進めている。
思い出した。
あの夜、必死に走り続けた道の先で、おじいさんにもらったのだった。
80過ぎくらいのヨボヨボのおじいさんだった。
赤いマフラーを巻いているのが特徴的だった。
街灯の下で、私を待っていたかのようにこれを手に握らせた。
そして掠れた声で言ったのだ。
「リューズを引け。
時間が戻る。」
そしておじいさんは一度だけ私を抱きしめると、ふらふらとどこかへ消えたのだった。
そんな時計が今、私の手元にある。
リューズをひく。
時間が戻る。
正直本当だとは思っていない。
でも引いたらきっと何かが起こる。
それは怖かった。
リューズに手をかける。
……手が震える。
リューズをつまんだその手は、ぴくりとも動かなかった。
そうだ。
一旦おじいさんに話を聞こう。
そうすればきっと、何かわかるはず。
……一昨日の晩の場所に、もう一回行こう。
覚悟を決めて立ち上がった時だった。
「ちっ。あのジジイ、なんも持ってなかったっすね。」
左前方の方で声が聞こえた。
「……うるせぇ。
今日中に10万揃えられなかったら、どうなるか分かってんだろうな。」
「……すんません。」
声が遠ざかっていく。
風がざわざわと頬を撫でる。
背中が冷たくなった。
関係ない。
頭ではそう思っていても最悪の想像が頭から離れない。
震える足を動かしてゆっくりと男たちがいた場所へ歩いていく。
橋の下。
川の流れも穏やかで、ほぼ無音と言って差し支えないその場所はかえって不気味だった。
ゆっくりと覗き込む。
……人が倒れていた。
一目ですぐわかった。
赤いマフラーが見えたのだ。
足や腕は肌が露出してところどころ内出血で青くなっていた。
身体は服で隠れて見えなかったが、この服の乱れを見ると何度殴られたかわからない。
そして、顔は歪んでいた。
右側の上唇がめくれて、歯が見えていた。
頭蓋骨が一部歪んで、顔の形が歪に見える。
吐き気が込み上げてくる。
必死で耐えた。
外だから。トイレがないから。
路上で吐くわけにはいかないと思って我慢した。
涙が溢れてきた。
私が何をしただろう。
……もしも天罰だというのなら、私の犯した罪を教えてほしい。
もう散々だ。
何かが変わるなら、なんでもいい。
私は乱暴にコートから懐中時計を引っこ抜き、リューズに手をかける。
そして思いっきりひいた。
【カチリ】
途端に音が消えた。
そしてさっきまでの吐き気が、嫌悪感が、悲しみが、怒りが、嘘のように消え去った。
時計の針が左向きに回り出す。
カチリ、カチリと1秒ずつ。
ゆっくりと時を戻すのだ。
……本当に戻っている。
驚きもあったが何故かとても冷静だった。
私も少しずつさっきまで座っていた場所に戻っていく。
歩いていないのに不思議な感覚だ。
そして。
不良たちが後ろ歩きに橋の下まで戻っていく。
……助けるべきだ。
真っ先に思った。
でも、あの不良たちには敵わない。
きっと行っても共々殺される。
それにあの人が襲われる前に逃しても、ホームレスなら帰る場所がない。
どこにも逃すことができない。
私は目を閉じて、橋に背を向けた。
なら、もう1人の方を。
刺されたあの少年は、高校の制服を着ていた。
きっと帰る家がある。
あの子が助けに来る前に、あの道を通らないようにすれば。
きっと私たちは助かる。
「逃げてっ。」
そう言った少年の声が想起される。
助けてくれてありがとう。
今度は私が、あなたを助けるから。
カチリ。
カチリ。
時計はゆっくりと動き続ける。
……橋はどんどん、遠ざかっていった。
関連:旅路の果てに こんな夢を見た
カチ、カチ、カチ。
聞き慣れた針の音が、静かなセカイで時間を送ってる。
がらんとしたこの部屋で、一番価値があるのはこの時計かもしれない。
価値って言うか、”生きてる”って意味ならそうかもね?
くるくると回り続ける針は、まるでボクみたい。
決められたセカイで抜け出すことも、戻ることも、立ち止まることも出来ないんだから。
あ、でも1つだけ違うか。針は、ちゃんと”未来”に進んでいるから。
それはそれで、大切なことなんだろうけどねぇ。
”未来”へ価値を見いだせなくなったボクにとっては、単なる絶望でしかないんだよなぁ。
ーーーでも、君にとっては違うんだろうねぇ。
「”過去”に捕まったままのボクと、”未来”を見ている君の違いかな?」
だとしたら、ボクの結末は君にとっての”始まり”で”終わり”になるんだろう。
時計の針
時計の針
チクタクチクタク。
私の目覚まし時計は、入学時のプレゼントに
もらったもの。
大人になっても、ずっと大事に時計の針は、
時間を刻んでくれています。
これからも、大切な時間を刻んでくれると、
信じています。
ありがとう。