奈都

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お題「時計の針」



時計屋さんが好きだった。
壁掛け時計、目覚まし時計、腕時計、鳩時計……など、たくさんの時計に包まれ、秒針の音に包まれているのが好きだった。

使うことだけを考えるならソーラー電池の電波時計が断然好きだ。だが、電波時計しか置いていない店は好きではない。

私が好きなのは、好き勝手に自由な時間を刻む時計が溢れた時計屋さんが好きだから。

今日もそんな時計屋さんに足を運ぶ。




「あら、また来てくれたのね」

店に入ると店主のおばちゃんが声をかけてくれた。
そんなに大きな店でもないので、何度も来ていると覚えられてしまうものだ。

「いつも買わないのに入り浸ってすみません」
「いいのよ、学生さんに無理やり買わせたら、天国の旦那に怒られちゃうわ」

店主さんはケラケラと笑う。旦那さんが亡くなったのはずっと前なのだろう、表情も声も、亡くなった旦那さんの話をするにはだいぶ明るい。

「あたしもウィンドウショッピング好きよ。服とか眼鏡とか、見てるだけで楽しいものね。いくらでも見ていってちょうだい」
「ありがとうございます」

店主さんは満足そうに微笑んで、手元に視線をやる。
店主さんは、お客さんの出入りがあった時と声をかけられた時以外は、ずっとこうして本を読んでいる。

レジの横には本がたくさん積んである。前に尋ねたときは「積読ってやつよ」と笑っていたので、たぶんまだ読んでない本なのだろう。
時計のカタログもあるが、最近人気の小説や旅行雑誌など、仕事関係以外のものもある。
新しい情報をキャッチするのが大好きなのだと話していた。

私は店主さんから時計に目を移す。
レトロなデザインなものも、お金持ちの家にありそうな高級感のあるものも様々だ。
そして、どれもこれも好きな時間で動いている。

鳩時計のうさぎバージョンの時計は、5時23分を指している。
その隣にある振り子時計はちょうど6時になって鐘を鳴らし始めた。
向かいにあるローマ数字の時計は3時15分。

いろんなタイミングで、いろんな音が聞こえてくる。
カチカチという秒針の音。動物の鳴き声や音楽、鐘の音。カチン、と長針が動く音。
自由気ままに、時計たちは時間を刻む。

時間なんて、こんな不確かなものなんだ。
気にしたところで疲れるだけだ。
どの子も、自分の中での正確な時間を刻んでいるんだから。

時計の群れの中で、私は安心感に包まれていく。
おまえも好きなように生きなさい、気ままに自分の時間を刻みなさい。時計たちに、そう言われている気がする。好き勝手に生きることを、許される気がする。

私は、時計たちの中から、手頃な価格の手巻きの腕時計を手に取った。
手頃と言っても、この時計たちの中では手頃なだけで、お小遣い制の中で生きている私にとってはまあまあ痛い額だが。

店主さんのところに持っていくと、店主さんは「あら」と目を丸くした。

「買ってくれるの?」
「はい、このためにお小遣い貯めてきたので」
「ありがとね、この子も喜んでるわ」

店主さんは嬉しそうに私の手の中にある時計を撫でる。
私がお金を出すと、店主さんはその半分だけ手に取った。

「この子のために頑張ってくれたんだもの、少しだけまけてあげるわ」
「でも……」
「いいのよ、その分、大切にしてあげてね」

店主さんは腕時計を私につけてくれた。
私はお礼を言って、腕時計に触れる。
ずっと欲しかった時計が、いま私のものとして腕にある。
踊り出したくなる気持ちを抑えて、私は店主さんに小さい声で言った。

「実は私、ここみたいに、自分の部屋を時計でいっぱいにするのが夢なんです」

店主さんは笑って、小さい声で「すごい素敵な夢ね」と言ってくれた。

自由な時計たちに包まれて過ごす生活。
ずっと憧れていたその生活に、今日、私は一歩だけ近づいた。

またお小遣い貯めなきゃ。次はどの子をお迎えしようかな。
小躍りしそうな気分で、私は帰路に着いたのだった。



おわり。

2/6/2023, 2:19:58 PM