コチコチと一定のペースで時を刻む音。普段ならば気に求めない微かな響きは,されど一旦気にしてしまえばそう簡単に耳から離れない。
壁に掛けられた小さな小さな歯車。狂うことも無く動くその針にがんじがらめに支配されているようなそんな錯覚に陥る。否,錯覚ではないのかもしれない。
余裕も感情も,描かれた数値と廻る2本の棒によって左右される。仮にその動きが早くなっても気づくことすらなく,ただ時の流れに驚愕するだけであろう。
---
手に持った本から視線を上げ落ちる自身の分身を見つめる。正午を過ぎてから本を手に取って気が付けば随分と時が経っていたらしい。部屋を照らす橙は,ゆらゆらと不可思議な影を作り出していた。
目線を上にずらし見えた短針はちょうど120°の角を示している。思わず振り返った夕焼けはただ赤くて妙な気分に陥った。
どう考えたって七つ下がりには遅すぎる,逢魔が時を目前にした妖しい輝き。噛み合わない視界の情報にくらりとする。妙に静かな空間は落ち着かない。
……妙に静か。その原因が聞きなれたはずの音がしないからだと気が付くまでに数秒の時を有した。
その針が止まったのがどれほど前なのかも,今が何時なのかすらわからない。利便性の代償は己がいる時空の流れすらも歪ませることらしい。
「たまにはいいか」
幸いにも明日は休みで予定も特にない。忙しない近代の呪縛から解き放たれてみるのも悪くないだろう。
動かない針の指すその時に思いを馳せながら,もう一度本を開いた。きっと次に顔を開ければまた違う世界が出迎えてくれるから,電池を変えるのはもう少し後で。
テーマ : «時計の針»
2/6/2023, 2:36:43 PM