時計の針
それはとあるアンティークショップだった。何気なく立ち寄った国で、なんとなく惹かれて入った店だった。
中には変わった形をしたランプやこだわって作られたであろう地球儀、異国のガーデンに置いてありそうなイスに、錠のない無数の鍵たちなどが所狭しと並んでいる。
わくわくとする感情のままに、店内を見て回っていると奥から一人の男性が出てきた。すらりとした高い背、少し長めの髪は一つにくくっていて、ステンドグラスの光に照らされて瞳がキラキラと輝いていた。
目が離せなくなるような存在感のある人だった。そのくせ纏う雰囲気が儚げだから、どこかちぐはぐなアンバランスさがあった。
「いらっしゃい。どうぞ、好きなように見ていってよ」
少し低めの通る声が心地よくて、どこか幻想的なこの店によく合っていた。
すると、カチ、とどこかから時計の針の音がした。辺りを見渡せば、小さな懐中時計が無造作に棚に置かれていた。
古そうなそれは年季こそ入っているが、決して古くさい感じではなかった。デザインだって今持っていてもおかしくないような、むしろお洒落だと思われるようなものだった。
なんとなく気に入ってしまい、その懐中時計を買うことにする。若い店主は時計を包みながら、話し出した。
「この時計はきっと君とこれからを旅する。嬉しいことも、楽しいことも、もちろん悲しいことや辛いことも。君と一緒に経験することになるだろう。積み重なった時はいつか君の宝物になる。もし、この時計が時を刻むのを止めたら、もう一度ここへ来てごらん。直してあげるからさ」
優しくそう言った店主は包袋を手渡す。それを受け取り、礼を言ってから店を出た。
もう一度この店に、いや、この国に来るかどうかすらも決まっていないが、不思議とまた訪れたくなるような店だった。
それから、旅を続け、確かに楽しいことも辛いこともたくさんあった。時計の針はそれに左右されることなく時を刻み続けた。
でも、それから何年か経って時計は時を刻むのを止めた。カチ、カチ、となるあの音がしないだけでなんだか静かすぎるような気がした。
進路を変えて、あの店主が待つあの店へ、国へと目指した。
国に着き、記憶を辿るように歩いてあの店へとたどり着いた。相変わらず置かれているものは多く、どこか変わっているものばかりだった。
懐かしさに浸りながら店を見て回っていると奥から一人の男性が出てきた。
「いらっしゃい。君が来るのを待っていたよ」
もう何年も経っているのに、年を取ったことを感じさせないようなその若々しい店主はにっこりとどこか妖しさを含むような笑みで迎えてくれた。
2/6/2023, 2:40:32 PM