『愛があれば何でもできる?』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「愛?そんなもの、とうの昔に置いてきてしまったよ」
一人の魔女が薄らと目を細めて言う。対面に座っていた客人は驚いたように目を見開いたが、すぐにもとの顔に戻った。
「いやいや……北の魔女さん、あなたは愛にまつわる魔法が得意だったのでは?」
「あー……はいはい、確かにそうだったね。でも、今は違うんだよ。愛はそんなに万能なものじゃないって、気づいたから」
魔女自らが一から作ったブレンドティーをほんの少し啜る。それから視線を逸らして、ほぅと小さくため息をついた。理由は……聞かない方がいいだろう。直感でそう感じた。
「そう……ですか。では、僕の恋は……」
「あー、他のとこでやってちょうだいな。ワタシはもう、何にも分からなくなってしまったから。愛なんて、知らないんだから」
〜愛があれば何でもできる?〜
愛があれば何でもできる?
勉強以外なら……うん……できると思うわ!!!!
最近忙しくて疲れる……テスト嫌だぁぁぁぁぁ!!!!
【愛があればなんでもできる?】
かぐや姫に求婚した公達、トゥーランドットに求婚をしたカラフ、我が子を愛した千匹皮の王。
「だからぁ、私は太陽くんが好きだから!」
その太陽くんとやらはアイドルで、君のことなんか一ミリも知らなくて、コンサートのチケットも外れたって、言ってたじゃないか。
「日暮くんのことは嫌いじゃないけど、そーゆーのはない!」
「じゃっ」
声が上ずる。
「じゃあ、僕が、アイドル……いや、芸能人なら、付き合ってくれるの?」
プッ、と笑ったのは彼女じゃなかった。近くにいたらしい、友達の一人。
「うっそでしょ、ヒョロガリ勉の日暮が、芸能人とかなれるわけないじゃん!」
「わ、分かんないだろ!」
確かに今までの人生では興味なかったけれど、でも、彼女の為なら。
「うーん」
佐崎さんは少し考えて、それからクスッと小さく笑った。
「芸能人なら、考えてもいいかもね」
「えっそれって」
「太陽くんと共演して、サイン貰ってきてよ!」
キャハハハ、と笑い声。からかわれたんだと嫌でも分かる。笑いながら遠ざかっていく背中を見送って、スマートフォンを取り出した。
芸能人。アイドルは勿論、俳優、歌手、バンドマン、ダンサー、その他諸々。僕の取り柄なんか真面目で勉強が苦にならない事くらいだ。
「……かぐや姫の公達って、凄かったんだな」
佐崎さんへの愛の重さと、芸能人になるなんて言った自分の軽薄さ。何が何でも火鼠の皮衣を手にしてきた公達のことを思ったけれど、僕にそこまでの勇気も度胸もなかった。だって、かぐや姫は冷ややかに見送ったけれど、佐崎さんには馬鹿にされてしまったから。
「百年の恋って、こうやって冷めるんだなあ……」
【愛があればなんでもできる?】
それは、出来るんじゃないだろうか。
愛を原動力に可愛くなれるかだとか、かっこよくなれるかだとか気にし出す人もいるし、その人のタイプになろうと変わろうとする人もいる。長続きするかと聞かれればそうではないが、好きであればあるほどそれを長く続けていくのだろうし、愛尽きるまで諦めれない人が多いはずである。
僕が中学生の頃、母親に謝罪された事がある。
「非凡な私の娘だから、貴女も何も才能がないの。
ごめんね。」と。
当時の僕は、というか今もだけれど、
これと言った才能がない事は何となく理解していたから
まぁそんなものか、と自分の胸に不自然に空いた
大きな穴を見て見ぬ振りをした。
本当は泣きそうなほど悔しかった。虚しかった。
とはいえ僕は絵を描く事は好きだった。
母親に見せても「自分には美的センスがないので
良さが分からない」と褒めてはもらえなかった。
ある日部活動(僕は文化系の部活に入っていた)の時間に
絵を描いていると、彼女がひどく気に入ってくれた事があった。
それは初音ミクのイラストで、背中に羽が生えたイラストだった。ただ、まだ色は塗っていない線画の状態だった。
彼女はその線画を譲って欲しいと言い出した。僕は軽い気持ちで描き始めたので当初色を付ける予定は無かったが、どうせ貰ってもらえるなら色を塗ったものを渡したいから1日待ってくれと申し出た。彼女は笑顔で快諾した。
僕はその日の夜、その線画をペンでなぞり色鉛筆で着彩した。おそらくこれが、初めて1人のために作り上げた作品だった。
翌日、部活動の時間に約束通り彼女に着彩したイラストを渡した。彼女は一瞬驚いたような顔をして、「塗った方が凄く素敵!」と褒めてくれた。その後も言葉を尽くして褒めてくれたのを覚えている。僕は面映かった。
才能がないとわかっていても、結局僕は未だに絵を描き続けてしまっている。描き続けられている。
愛があれば何でもできるとは思えない。
思えないけれど。
愛があるからできることは確かにあると僕は思う。
愛があれば何でもできる?
何でもはできないけど、できるようになりたい
自分にはそのくらいの愛があるのかも
愛があれば何でもできない。
スーパーマンじゃないし
私の場合は、疲れちゃうと思う。
相手が困った時に、1番に駆けつけられる
存在でいられたらいいなって思う。
「愛があればなんでもできる。」
いかにも漫画の主人公が曇りなき眼で言いそうなセリフ
愛があれば何でも出来る? そんな事がある物なのか?
そう思った。
私の母も父も私の事を心から愛してくれていると感じられなくなったのはいつからだろうか。もう覚えていない。 愛ってなんだっけ、どういうやつだっけ。
ザラついた記憶の中を探すけど、蟠りが全てを隠そうとして、あたたかい記憶から順に黒くしてしまう。
学校
ふと 君が 「○○ちゃん」
落ち着いた優しい笑顔で その声で
私を呼んだ。
君は何をしていても花みたい可愛らしい。
花みたいに凛としていて、あどけなさの抜けない童顔で、繊細なのに芯のある優しい性格の雰囲気を漂わせている。たまにクシャって笑うよね。 優しい笑い方をする。 1日少ししか話さないけど、
それでいい。君が楽しそうならそれで。
満足だよ。
初めての感覚だった。その人のことを思うと体の中からじんわりぃ と暖かくなる。
その人の幸せをひたすら願う
私なんかどうでもいいのだ。
これが 愛 なのかもしれない。まだ分からないけど、それでいいと思った。というか、それがいいと思った。
私の思う愛はこれがいい。
お題 「愛があれば何でも出来る?」
愛があれば何でもできる、
わけではなく、
何かがいつもよりできそうな気がする、
な気がする
『可能性の音楽』
或る少女の16ビートが響く午後 バスケットシューズがきゅんと泣く朝 遠く遠く背の高いフェンスまで伸びる影があなたの長所に見えたんだ 優しさをたくさんもらった私はきっと誰かに妬まれる それでもいいと関係ないやと思えるほどのドキドキを私はちゃんと持っている 今この瞬間何でもできる 付点四分音符浮かんだ初夏だ そうだ、何でもできる
『元気ですか〜!!』
本日のお題を目にして思い出した
確かに愛があればなんでも出来る期間
とでも言いますか
3食毎日考えて作ることだって
眠い目擦りながら家事をこなしたり
仕事終わりに座りたいが我慢することだって
ぜーんぶ
愛があればこそですね
かつてのパートナーへの思いが
完全に覚めてしまった瞬間から
本当にご飯を作る気力が無くなったのを
思い出しました
与える愛は勿論ですが
貰う愛の方が効力が高めですかね
愛があればなんでもできる?
できないけど、愛は原動力にはなるんじゃないか?
ちなみにここで言う愛は、広い意味での愛ね。
友愛、家族愛、恋愛、自己愛、趣味やアイドルへの愛。
愛を人として良い方向の力に向けたいよね。
なんでもと言って、悪に走る人もいるから怖い。
なお愛があっても力になるけど、愛がないのもそれはそれで影響があるよな。良くも悪くも。
愛の有無・多い少ない、さまざまな経験を通して、いろいろ起きる。
なんであれ優しさを発揮して、人に手を差しのべる人もいたりする。
人として生きる限り、愛とは切っても切り離せないよな。行動の端々に、見えない力として存在してるようだ。
愛を育てたりコントロールするのも、一種人間力なのかも。
愛があればなんでもできる
人それぞれだけど
それが家族だったり
恋人だったり
友人だったり
私が何でもやってやるって思う時は
家族の時が多い
過ごしている時間が長い分
一番愛がある
家族にだけは無償の愛なのかもしれない
愛があれば何でもできる?わけではないけれど
お金さえあれば大抵のことは解決する
愛を守るにはお金が必要
衣食足りたら愛あるひとになれるかな
守れる人になるために
明日もみんなと働こう
(愛があれば何でもできる?)
愛があれば何でもできる?
お金があれば
時間があれば
カッコ良かったら
美人だったら
可愛かったら
勉強ができれば
スポーツができれば
才能があれば
センスがあれば
○○があれば
できない理由を探して
安心したいのかもしれない
多分、○○があってもなくても
何でもできる人はできるし
できない人はできない
愛は
やっぱりあっても、できないことはできないし
愛を盾にして
自分や相手をはかること自体
ナンセンスだと思うのよね
そんなことはない
愛があっても
それを守れなければ意味がない
守る力が
資金が
無いものにはなんにも守れはしない
愛だけでは、何もできない
愛があればなんでもできるというのなら
崩壊寸前の家庭を
いつ遭うかもわからない事故から
ありとあらゆる危機から
守れるのだろうか
救うことはできるのだろうか
そんなことはないだろう
愛なんてものはあまりにも弱すぎる
金が、力がなければ
何もできないほどに
それでも、愛がないと守るための力をつけようがないが…
お題:愛があればなんでもできる?
タイトル:矛盾
朝、いつものように起きると母が既に忙しそうにしていた。
顔を洗ってから朝食を食べる、シャケ、玉子焼き、味噌汁にアツアツのご飯。
全て母が作ったものだ。
パジャマから制服に着替える。
パリッと糊の効いたブラウスとスカート、アイロンをしてくれたのも母だ。
早くしなさい遅刻するわよ、母に急かされ玄関へ。
きっちり揃えられた革靴、つるつるピカピカに磨かれていた。
駅まで一緒に行こう、父が先に玄関で待っていてくれた。
つるピカの革靴を履いて父と玄関を出る。
いってきます。 いってらっしゃい。
お見送りの母に父がチューをする。
母は、何だかとっても嬉しそうだ。
テーマ「愛があれば何でもできる?」
貧しい恋人たちがいた。クリスマスの夜、彼らは食べ物でも服でもなく、聖なる夜にふさわしい、真っ赤なポインセチアを買う。
ふたりは凍えて飢え死にそうになりながら、自分たちに不釣り合いなほど立派なポインセチアにうっとりとして、温かな微笑みをかわしあうのだ。
そんな物語をどこかで読んだことがある。
愛があるというだけではいずれ死んでしまうだろうと、その時思った。
どれだけ恋人を想う清らかな心を持っていたとしても、ポインセチアだけで真冬の夜を越えられるわけがなく、生きていくことはできないのだ。
でも、彼らにとって、クリスマスの夜にポインセチアのない人生など、生きている意味がないに等しいものなんだろう。
それに、白い聖夜にひっそりと燃える深紅の花びらのあたたかさを知るのは、きっと彼らしかいない。
愛を食って生き長らえている。
それは他者から自分に与えられた愛であり、あるいは全く別の方向へ向けられる愛から零れ落ちた破片だった。
それを栄養とし、愛だと認識することはなかった。
「この世は愛が全てなんです」
盲目的に渦巻く目を細め、正面に座るその人は吐き気を催すほどの多幸感を振りまきながら言った。
「愛によって生まれ、愛に振り回されて生き、愛のせいで死を迎えるのです」
いくら耳を塞ごうと、反論の言葉を捻り出して突き刺そうとも、その人は聞く耳など持たず、いかれた声でこちらの思想を塗り潰そうと笑っている。これでさえ愛だとほざくのはその人があまりに無知で純粋な証拠なのだろうか。
「愛されないというのは自分の方へ矢印が向けられていないというだけの話です。そう嘆き、憤っている間にも誰かから別の誰か、もしくは何かへと愛は向けられています。愛されたいと願ったあなたはそれらの愛の副産物で構成されているのです。」
「愛が、愛から派生した感情が生命を巡らせて、世界を回しているのです。それに、気が付けていないだけ」
万病に効く薬などありはしない。精神論なら尚更だ。
ただ、愛という感情・状態への愛に全身を浸けたその人は、これこそが万能であると信じて疑わない。
目の前で湯気を立ち上らせるティーカップの中、幾重にも色が重なり合った、濁る透明な液体が毒々しく甘い香りを漂わせていた。
人が定義付けしきれない愛のようだった。
「愛が人によって、人のためだけに存在するものだと誰が証明できるでしょう。ひとりの持つ愛がたった一つだと誰が言ったでしょう」
「自身の歩んできた道に顔を覆う誰かは不幸に愛されているのでしょう。その生命を呪う誰かは死と孤独に愛されているのでしょう。あなたが何者であろうと愛はついて回ります。だからこそ世界は変化するのです。愛にはそれだけの力がある」
宗教じみている。しかし神となる者さえ話に聞くには愛に掻き乱されているのだから、何も間違いではないのかもしれない。強いて言うならば途方もないその感情に名前をつけたことが間違いだった。
その人は自分の手元にあるティーカップを優雅に傾けた。得体の知れないその中身をよく見知った風に口内で転がしては、至上の美味を味わい目を伏せた。
「私はあなたを愛しています」
驚きはしなかった。心のどこかでそう言われることを勘づいていた。
「恋愛、親愛、敬愛、友愛、慈愛……何と分類しようとこの事実だけは変わりません。私は他ならぬあなたを生かし、殺す愛の一部でありたいのです」
愛でいかれているからこそ、その願望はどこまでも純粋だった。深く曖昧で信用の置けない感情はもう拒否することさえ馬鹿らしい。そもそもこの告白に返事など必要なかった。ただ、その人はこちらに向けた愛を持っているという事実の宣言でしかないのだから。
どんなに微細だろうと関わりを持った以上、その人は、その人の愛は、こちらの生に影響を与えるのだろう。それが自分にとって利益になりうるかはまだ分からないが。いや、きっと一生気が付くことはないのかもしれないが。
愛という概念を何よりも愛しているその人ならば、愛が引き起こす可能性のある、全ての事象を可能としてしまうのだろう。そこに倫理や道徳など関係は無い。
愛のみがある。
意を決してカップの中身を流し込む。
無意識に消費し続けた、数多の誰かの愛の味は思い出せなかった。知らなかった。
結局は断言できないものなのだ。
世界を構成し続ける全ての要素が愛に関連していると信じるその人にとって愛は万能に違いなく、そんな風に考えたこともない自分には、愛というものはせいぜい生きる手助けをする程度のものに思える。
ただ、それだけ。
【愛があればなんでもできる?】
「僕のためになんでも出来ちゃうの?」
「そっすね。はい。愛の力でやってやりますわ」
「きゃー!頼もしー!」
信じていないという様子の君。
でも、私は本当に何でも出来るよ。君が欲しいといった物はなんでもあげちゃう。君がキライといった人は、みんなの君から遠ざけちゃう。君がもし、もし私に死ねといったら死ねてしまう。
そのくらい君を愛してる。