『意味がないこと』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
#意味がないこと
意味を探してる。
行動に、言葉に、芸術に、人生に、一体どんな意味があるのだろう。
空白になった解答欄は、今も埋まらなくて、白紙のままだ。
時々、いいなって思った言葉を当てはめて、消して、失って、また白に戻る。
正しい解答も、ぴったりと当てはまる言葉も、納得するような価値も得ることがないまま、心臓だけが止まらずに動いてる。
何かを前にしたとき、心より、頭が先だったの。
「それって、意味があるの?」
思考を司る私が問いかける。
怒ってるような、悲しんでるような、複雑な表情で見つめていた。
「さあ、どうだろう?」
感情を司る私は笑った。
「意味なんて、あるもんか。私が好きだから。楽しいから、ハッピーになるから。これ以上に意味なんて必要かな」
物事に対して、私たちが意味を勝手に与えて、考えて、納得したいだけ。
この地球上にあるものたちすべては、ただ『存在している』なのだから。
どんなことも、誰かにとっての意味であるのかもしれないって、
ただそれだけ。
〚意味がないこと〛
意味のない争いはしない。
私は、そう心に誓っている。
人の心…ひいては命などは、簡単にもてあそんではいけないのだから。
私はこれからも、意味のないことをしないように、気を付けて生きていこう。
意味がないこと
(お題更新のため本稿を下書きとして保管)
2023.11.9 藍
【意味のないこと】
「あぁ〜、なくなってるぅ〜」
同僚の熊谷が急に大声を上げたので、周りにいた連中の視線が一気に熊谷に集中した。
ここは、とある小さな地方のラジオ局。クマこと熊谷はここの社員であり、パーソナリティーとして深夜の生番組番組を担当している。
「クマさん、おっちょこちょいにも程がありますよ。今度はいったい何を無くしたんですか?」
3ヶ月前に配属された新人ADの犬飼が、皆が思ったであろうことを代弁してくれた。
「なくしたんじゃなくて、なくなってんの。ほれ、今日健康診断の問診票もらったろ?あれ見てみ」
そう言うと熊谷は1枚の紙をヒラヒラと見せながら、ある部分を指差した。
「ここ! ここにあった性別欄が今回なくなってんの。何か革命的じゃね?」
「っていうかクマさん、よく気づきましたよねぇ。性別欄なんて惰性で書くもんだから、あってもなくても意味なくないですか?俺、クマさんに言われるまで全っ然気づかなかったし」
犬飼はそう言いながら、あらためて問診票を確認している。熊谷はその様子を見ながら、そりゃそうだろうなぁ…と小声で呟いた後、こう言った。
「俺みたいに、持って生まれた性別と今現在の姿にギャップのある奴にとっては結構ありがたいもんだよ。毎回、ビミョーに悩む項目だったんだから」
「えっ⁉︎ クマさんって、男性だとばっか思ってたけど違うんですか?」
「あぁ、そっか。犬飼はここに来てまだ3か月だっけ。じゃあ、まだ知らないことも多いよなぁ」
熊谷は、動揺を隠せない犬飼の姿を面白そうにニヤニヤ眺めている。他の連中は皆、番組の立ち上げ当初から携わっているので、熊谷がどういう人物であるかある程度は承知している。番組の聴取者には性別不詳ということにしているので、まだ付き合いの浅い犬飼が知らないのも当然だ。
「ま、いいじゃんどっちでも。俺は俺なんだから、今までと何ら変わりないよ」
熊谷は、ニコニコしながら犬飼の頭をポンポンと触った。彼は「俺、犬じゃないんですけど…」と、多少ふてくされてはいたものの
「そうですよね。今更どっちだって何も変わらないですよね」
と最終的には納得し、皆と同じように自分の持ち場へと戻っていった。
熊谷も今日の放送の準備に取り掛かろうとして、ふと自分に向けられた視線を感じていた。番組のメインディレクターである、八田の姿があった。
「何、八っつぁん。何か変更あった?」
熊谷が八田の方へ歩み寄ると、八田は熊谷の耳元でこそっと呟いた。
「俺は意味あると思ってるけどな、性別」
どゆこと? と熊谷が聞き返すと、八田はめったに見せない笑みを見せた。
「だって、お前が男性だったらこないだ提出した婚姻届、受理されなかっただろ?」
たしかにね、と熊谷も思わず笑った。2人が家族になったことは当分、ここだけの話だ。
意味がないこと
他人と自分を比べること。
雲の数を数えること。
意味がないこと。
そんな物は、あるのだろうか。
それとも全てに意味は無いのだろうか。
時の流れから見たら全てに意味がない。
だから、もっと楽に自由に。
だけど、今日も生きづらさを抱えて。
周りの人との時間をやり過ごす。
上手くいかなくても。
意味がないこと
意味がないことって何だろう。
試してみなきゃわからない。
でも世の中にはたくさんの物事があるから、
たとえ百万回生きたとしても、全部を経験するなんてできやしない。
私には意味がなくても、誰かにはとても大事なことだってあるだろう。
だから少なくとも『自分には』意味がないことと、限定しないといけないんじゃないかな。
そして誰かを故意に傷つけない限り、それは意味がないと決めつけないでおこうと思う。
まず自分は何が好きで、何をしたくなくて、どんな風に生きたいのか。
それがわかれば、自分にとって意味がないことがよくわかる気がする。きっと身軽になれる。それには自分をよく知るしかない。
でも意味がないと思うようなことが、すっごく楽しい時もあるから困るんだなあ。
#82
意味がないこと
いやな気持ちになるニュースを流し続けてたこと
辛い記憶を蘇らせるだけの記念日を忘れないでいたこと
倉庫に溜め込まれた、見るたびにウッとなるモノたち
ただただバッドエンドの物語が詰まった本棚
これらの物と思い出を
そういうものだからと大切に
または単に無造作に
ぎゅっと握りしめてたこと
もういいんだ
もう手を離してもいいんだよ
ありがとう
さようなら
「はい、かれこれ10年間、こうして意味がないことをしております」
楽しそうに語る彼は、トイレの便座に釣り糸を垂らしている。
私は、世にも奇妙な意味がないことをしている男がいるときき、インタビューをするため山奥の病院までやってきた。
彼は噂に違わぬ、意味の無さである
「子供の頃本で読んでからずっと頭に残っていたのです」
そう言って、垂らした釣り糸を見る。
「なんの本なのかもう覚えていません。作者が知り合いの医師から、精神病院では釣りをする患者がいることを聞いたそうです」
「それを真似たのですか?」
「ええ。ですが、面白いのはここからです。
ある時、担当の医師が“釣れますか”と聞いたところ、“トイレで釣れるわけがないでしょう”と返していました。
患者は釣れないと分かってて釣りをしていたのです」
「世の中色んな人がいますね。しかし、その人は実在するのでしょうか?」
「そこまでは分かりません。
でも子供の頃の私は感銘を受けました。人は自由なのだ、と。
私も自由な人間で在りたいと思い、こうしてトイレで釣りをしています」
「なるほど。私もその気持ちは分かります」
私は彼が羨ましい。
私も自由な人間になりたかった。
しかし現実は厳しく、こうして不自由な人間になってしまった
「私は死ぬまで意味がないことをすることにしました。人生は夢のようなもので、全て意味がないものですから」
「なるほど。深いお言葉です。とても有意義な時間でした。‥あれ、釣り竿引いてますよ」
「馬鹿な。釣れるはずがっ」
彼は驚いて立ち上がろうとすると、服に釣り竿が引っかかる。
その勢いで釣り竿が跳ね上がり、獲物が釣り上がった。
そこにあったのは、一匹のドジョウであった。
近くにいた病院の職員が、それを見て驚く。
「こいつは‥十年前からこの便器のつまりの原因が分からなかったのですが、コイツが犯人だったんですね」
職員は彼の方を見る。
「十年間、あなたはつまりを直そうとしてくれてたんですね。我々は、あなたを勘違いしてました。職員を代表してお詫びいたします」
職員は綺麗な謝罪のお辞儀をした。おそらく本心なのだろう。
しかし彼の顔は絶望に染まっていた
無理もない
なぜなら彼が続けてきた意味がないことが、ここに来て意味を持ち、彼の十年間が意味がないことになってしまったのだから。
「意味のないこと」
生まれて死ぬまでの間意味のないことなんてないと
信じたい。
でも、自分のことを過度に責めたり
他人と比較して何も手につかないくらい落ち込んだりすることは意味のないことだと思う。。
Theme:意味がないこと
今日は久々に姉と食事に行くことになった。場所は私の大学近くのレストランだ。
年の離れた姉はベテランと呼べる社会人、一方の私は講義よりサークルが楽しい大学2年生だ。
頻繁に会うわけではないけれど、ある意味で両親より近い存在が姉だ。
将来や恋愛なんかの相談も率直に乗ってくれるし(回答が生々しすぎることもあるが)、とても親身になってくれる。
ふと、後ろの席から唐突にディスカッションが聞こえてきた。
「人生の意味?そんなものないよ。存在しないものを求めて苦しむ動物なんて人間くらいだよ。あー、来世は絶対に大金持ちの家の水槽で掃除屋してるエビに生まれ変わりたい~!」
「確かに人生の意味って生物学?それとも科学全般?では定義されてないのかもしれないけど、でも本当に存在してないものなら、それを探すように人間が行動するのはおかしくない?意味を探しながら成長することで自己実現を果たすのが人間なんだよ。私は来世も人間がいいな」
学生御用達のこのレストランでは、稀にこんな熱心な議論が繰り広げられることがあった。
「就活が始まって自己分析とか始まると、人生の意味を真剣に考えちゃう子もいたな~。懐かしい」
姉が微笑ましそうに後ろのテーブルを眺めている。
「お姉ちゃんは人生の意味ってあると思う?」
「あの二人には悪いけど、人生に意味があるかどうかを議論する意味はないと思うな」
「どうして?」
「だって、意味があろうとなかろうと、次の日は必ず来るし忙しい日々は続いてく。だから、そんなこと考えてる暇ないし」
「…大人って大変なんだね」
「大人になる前だからこそ、大変なことだっていっぱいあるでしょ。…でも、純粋に自分のためだけに使える時間ってどんどん貴重なものになっていくから、ああやって議論するもよし、自分に向き合うもよし、好きなこと好きなだけ勉強するもよし。今の時間は大事にしなよ」
いかにも年上っぽい台詞を言いながらも、姉は後ろの席の二人を少し羨ましそうに見ていた。
私の行動には、全て意味がある。
夜に早く寝るのは、朝早く起きる為。
朝早く起きるのは、仕事前に自分の好きな事をして、仕事の効率をあげる為。
出社を一時間早くするのは、仕事環境を整えストレス無く仕事に集中する為。
他にも沢山あるが、私の行動一つ一つは未来の自分のために意味がある。
むしろ、意味もなく行動することは私にはできない。
『おはよう。』
「おはよう〜…。」
少しボサつき気味の髪の毛を手で整えながら、同期が出社してきた。
『ギリギリね。寝坊?』
「いやいや、違うよ。」
カバンをガサゴソと彼女は漁り、タンブラーを一つ机の上に置いた。
「これ買いに行ってたら遅くなっちゃって。期間限定の飲み物だったから、買いたかったんだ〜。」
えへへ、と笑顔にしながら私に見せてくる。
『何も遅刻寸前になってまで買わなくても。明日だって買えるでしょうし、そもそもいつもその店の飲み物飲んでる訳じゃないじゃない。』
「んー。まぁそうなんだけどさぁ?」
彼女は話しながら、カバンから手帳やら筆記用具を取り出す。
「なんとなく、今日飲みたかったから!」
パチッとウインクをこちらに決める。
男性社員ならときめくかもしれんが、私には生憎響かない。
『まぁ、どちらにせよ、始業ギリギリはどうかと思うけど。』
「ありゃ、手厳しい。」
彼女との会話を終え、パソコンに向かった。
『部長、頼まれた資料、完成しました。チェックお願いします。』
午前で作り終えた資料を渡す。
上司はペラペラと見て、んー、と唸る。
『何か?』
「もう少し見やすさ、というか遊び心?が欲しいかな……」
『はぁ。文字はハッキリめ、レイアウトはまとめてスッキリするようにしてみたと思うのですが、まだ見づらいですか?』
「いや、スッキリは間違いなくしているんだ。ただ、堅苦しさがあるというか、もう少し気を抜いた感じに……」
オブラートに包むように言われているからか、上司が何を言いたいのか分からない。
真面目に取り組むべき職場で使う資料に、遊び心とは。
頭の中でぐるぐる考えていると、後ろから肩をポンと叩かれた。
「まぁまぁ。とりあえずお昼休みだし、ランチに行こうよー。」
叩いたのは同期。
気づけば、朝買っていた飲み物は秒速で飲み終わっていた。仕事しながら、あのボリュームを飲めるのはある意味才能な気がする。
『いや、でも資料の修正が』
「ご飯食べなきゃ、力も出ないでしょ。変な資料になっても知らないぞー!」
失礼な、と思ったが一理ある。腹が減っては戦ができぬとも言うし、頭も使うだろう。
糖分補給のために、同期について行く事にした。
「だいたい、君は考えすぎなのよ。」
お昼ご飯であるパスタを口に運びながら、同期に言われた。
『そりゃ、仕事なんだから考えはするでしょ。』
「仕事に限った話じゃなく!日常生活でもさ、常に考えてない?意味だとか。」
もぐもぐさせながら話しかけられる。いやどれだけ器用なんだ。なぜそんなにもぐもぐしてるのに、聞き取れる言葉を喋れるのだろうと思いつつも、彼女の質問に答える。
『意味の無いことは嫌だし、無駄だから。あなたの飲み物もただの余分な糖分摂取だし、部長の言う資料の遊び心も必要な意味が……』
淡々と言うと、彼女のフォークを動かす手が止まる。
「そうだなぁ、確かに私の朝のコーヒーは余計な糖分かも。でもそれは、君からはそう見えるだけでしょ?」
『まぁ……それは、』
「私からすれば、朝のコーヒーはやる気スイッチを入れるルーティンなの。その人にしか分からない意味だってあるんだよ。」
彼女はニコニコしながら、そばにあったお冷を飲み干す。
「……会議ってさ、眠くなるんだよ。」
『え?』
「集中出来ればいいけど、お昼の後だとどうしても眠気が来てしまう。これは生き物誰しもがそうだと思う。そういう人が、堅苦しい資料を見たら余計に眠くなると思わない?」
『でもそれは、相手の、』
「もちろん相手の都合。かと言ってご飯を食べるな、とは言えないでしょ?それに堅苦しいと意見も出づらい、そこに少しでも遊び心がある何かがあると、少しは参加しやすいんじゃないかってことじゃないの?」
確かに重要度の高い会議であれば、緊張感が必要だろうが私が任された資料は、社内レクリエーション向けの資料。そう言われてみれば、私の資料は堅苦しすぎたのかもしれない。
「意味を変に決めてると、凝り固まって行動もしづらくなっちゃうよ。少しはゆるく行かなきゃ。」
そう言って彼女は机に備えついてるタッチパネル操作する。
どうやら、パスタだけじゃ足りなかったらしい。
周りを見渡す。
子供連れできている家族。
カップル。おひとり様。
それぞれ来ていて、ご飯を食べたり、本を読んだり時間を潰している。
そして目線がある男の人で止まる。
見たところつまんなそうにスマホをいじっていた。
『あの人は、どうなんだろう。』
「んぇ?」
『あの、スマホを弄っている人。あの人はなんでスマホをいじっているんだろう。』
「さぁ?まぁでも時間潰すためか……」
彼女は私の指した相手を見て、考え込む。
「もしくは何も意味無くいじってるんじゃない?」
『えぇ……』
呆れた顔で彼女を見ると、満足したのかタッチパネルを戻していた。
「意味なんて行動してる本人じゃないとわかんないんだって、あとはあくまで憶測なの。」
『なる……ほど。』
「お待たせしましたー。いちごパフェ二つになります。」
コトリ、とパフェを二つ置いてウエイトレスが去っていった。
『……二つも食べるの?』
「いや?一個は君の。私からの応援のパフェ。」
『…………。』
彼女は付属のスプーンで早速食べ始めていた。
口に運ぶ度に、幸せそうな顔をする。
『……いただきます。』
ぱくりと、上に乗っていたいちごをスプーンで口に運ぶ。
酸味の効いたいちご。パフェのクリームがついているおかげで、柔らかい酸っぱさになっていた。
「……どう?あなたにとっては意味がありそうです?」
『……正直、余計な糖分だと思う。……けど。』
なんだか小さな頃に食べた、いちごパフェに比べて美味しく感じたからか、笑みがこぼれる。
『こういうのも、悪くないかも。』
ならよかった、と彼女も笑う。
二人でパフェをつつきながら残りの休憩時間もすごした。
#意味がないこと
ある事柄に対して、それが意味のあることなのか、それとも無意味なことなのか、そんなことを考えている瞬間が、一番意味がないことなのかもしれない。
(意味がないこと)
「少し違うが、『積み重ねた努力は裏切らない』に対して、『縦に積み重ねるな。平面に並べろ』っつった人なら知ってるわ」
今日も今日とて難題続き。なんなら自分は実は執筆自体が苦手じゃないか。連日の超苦戦に対し、某所在住物書きは己の得意不得意を疑い始めた。
実は俺、そもそも他人からのお題でハナシ書くの、バチクソ苦手?
「一点突破で努力を積むと、その一点が崩れたら全部やり直しだけど、意味ある努力も意味ない努力も等しくズラッと並べておけば、崩れる心配ないし、いつか『意味ない努力』が役立つ日が来るかも、だったか」
懐かしいな。あの先生、今何してるだろう。
物書きは自室の窓から、空を見上げため息をつく。
――――――
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、お餅を作って売って絶賛修行中。
子狐のお餅は不思議なお餅。狐のおまじないをたっぷり振った、神社のご利益豊かなお餅。ひとくち食べれば心の中の、痛いのも苦しいのもペッタリ絡め取って、たちまちちょっぴり、癒やしてくれます。
今日も今日とてコンコン子狐、葛のツルで編んだカゴに、つきたてホッカホカのお餅をどっさり詰めて、リンドウの明かりをよいしょと担ぎ、
たった1人のお得意様の、アパートの某階某室へ、しっかり人間に化けて行きます。
インターホンを、ピンポンピンポン。
コンコン子狐、お得意様の部屋の前で、元気な声で言いました。
「おとくいさん、こんばんは!」
「すまない。今、手が離せない」
お得意様は、名前を藤森といいました。
「代金なら、そこのテーブルの上だ。いつものやつを、いつもの個数欲しい」
代金と一緒に、昨日私の実家から届いた食用菊で、いなり寿司と天ぷらを作って置いてある。
食いたければ食って構わないし、気に入ったらくれてやる。持っていけ。
藤森は子狐にそう言って、珍しく、椅子に座りテーブルに向かって、なにやら書き物をしておりました。
なんだなんだ。お得意様、なにかお絵描き中かしら。
子狐コンコン、据え膳食わぬは狐の恥、美しい菊の天ぷらをサクサク、かわいらしい菊ごはん入りのおいなりさんをチャムチャム。
キレイにペロリンたいらげて、お得意様の作業を、見物しに行きました。
「おとくいさんも、ととさんみたいに、かかさんに反省文書かされてるの?」
「反省文ではない。来週か再来週、あるいは3週間後あたりのための、喧嘩のカンペだ」
「乾パン?」
「カンペ」
「はんぺん!」
「……意味がないことだと、思うだろう」
はんぺんの匂いを探してスンスンスン、息を吸う子狐に、小さなため息ひとつ吐いた藤森が言いました。
「仕事なら、こんな準備、要らないんだ。言葉は簡単に組めるから。なのにこういうケースに限って、どうにもうまく話せない」
テーブルの上のシンプルな便箋を、つまみ上げて、文字を視線でなぞって、またため息。
「何年も昔、好きだったひとが居たんだ。そのひとの言葉で、私はすごく傷ついてしまったんだけれど、『傷ついた』とも何とも言わず、逃げてしまって。そしたらその人が今になって私に会いに来た。
今書いているのは、そのひとに向けた、8年越しの絶交申請。言いたいことのメモなんだ」
ゼッコーシンセーって、なんだ。
子狐コンコン、子供なのでちんぷんかんぷん。
けれど子狐、不思議な不思議な狐のチカラで、実はよくよく知っていました。
可能性としての数日後、お得意様は職場の後輩と一緒に、「因縁の相手」と対峙して、
何か言おうとするけれど、そのとき指が震えてしまって「言いたいことのメモ」をポケットから出せず、アドリブで言うことになる、かもしれないのです。
つまり、事実として、お得意様のこの作業は「意味がないこと」になる、かもしれないのです。
すべては確率、可変の未来。お題次第でどうとでも。
「ケンカ、勝てればいいね」
コンコン子狐、ひとまずコンコン言いまして、お得意様に真っ白なお餅を差し出しました。
「必勝祈願おもち、ぜーこみ200円です」
さぞかしモテる男性の武勇伝になるんだろうが、何人の女性を抱いたかを競う千人斬りというのは意味がないと思う。
意味がないこと
台風の時の折りたたみ傘。
スマホばかりを使用している人の家電。
我が家の愛犬の、オシャレな服(直ぐ脱ぐ)。
シャワーしか使わないのに、入浴剤。
三日坊主のバランスボール。
「使えないな〜」と上司に言われっぱなしの私の高学歴。
旦那との無言の時間。
「来年までに10キロ痩せる」と書いて貼った決意表明の紙。
などなど、、、。
意味がないこと
幼い頃から長い髪に憧れてから、ずっと肩から少し伸びた位の髪の長さを維持している。幸い髪のくせが少ないため、どうしようもないくらい絡まってしまったり跳ねてしまうなんてことはあまり無かったが、代わりと言わんばかりに髪に結び目が出来ることが多かった。それが幼い私には気に食わなずに、いつも髪を根元から引き抜いていた。それを見かねた母に言われた言葉が今でも記憶に残っている。髪に結び目が出来るのは、神様や妖精さんの悪戯なんだよ、って。それを聞いた私は何故か少し嬉しくて、髪に結び目が出来てしまうのは嫌な出来事だけど、悪戯なら仕方ないとこれまでの不満が嘘のようにすとんと腑に落ちたのだった。
時は流れて大学生のグループワークの時のこと。四人グループであったが、どうやら私以外は交流があったらしく、少し居心地の悪さを味わいながら、それでも場に馴染もうと会話に勤しんだ。
「最近髪が絡まりやすくてさぁ〜」
「まじぃ?めちゃやじゃんw」
居ないもののように扱われつつも、髪が絡まるという悩みには私も乗れる話題だ、とふと思い出した髪を結ぶ妖精の話をした。
不意にこれまで此方を一瞥もしなかった三人の目線が私に集まり、値踏みするように視線を投げかれたかと思えば、ぶ、と可笑しなものを目にしたように噴き出した。
「なにそれぇ、きいたことなぁいw」
「妖精さんてw」
「ちょっとぉー、妖精さんに悪戯されたらしいよぉ」
けらけらと三人で身を寄せて笑う姿は、此方を明確に揶揄するもので、場に馴染もうとした自分の努力は徒労であったことを悟った。馬鹿にされている。不調のないはずの心臓に針が刺さったような感覚があったが、それよりも、何だか大切な宝物を踏みにじられてしまったような、やりきれなさにすぐさま目の前の人のかたちによく似たバケモノたちから逃げ出したくなった。
@意味がないこと
私は仮面ライダーになりたい。
「ほらプリキュア可愛いでしょ?」
私の将来の夢は消防士さん。
「女の子はお花屋さんだよ」
私はボーイッシュな髪型がスッキリしていて好き。
「女の子なんだから少し長くてもいいんじゃない?」
私はサッカーが好き。
「女子なのにサッカー部なんだ。」
私は好きなものを沢山食べるのが好き。
「もっと女子らしい量を食えよ」
私はかっこいい服を着たい。
「自分よりかっこいい奴の隣を歩くのはちょっと…」
いつか隣を歩いてくれる人が見つかるって信じてた。
今もまだ信じてる。
人類は八十億人もいるんだから。
でも、信じなくてもいい。
私は一人で歩くのも好きだから。
「意味がないことって言葉をよく使うけどさ、全部に意味がないといけないのかな。いや、責めるつもりじゃない。説教するわけでもないから、むすっとすんなって。んー、なんて言えばいいだろう……素朴な疑問っていうか……俺の中にある話をただ聞いてほしいんだよ。聞いてくれる? 俺、思ったんだ。なんとなく退屈だなーって思っちゃう授業中とか待ち時間に、他愛もない考えごとや誰かに対しての思いを巡らせることは意味がないことではないなって。月日が流れて、そんなふうに思う場面に遭遇することが増えたんだよ。ふと気づくんだ。この感じって、あのぼんやりした時間に胸の中で揺蕩ってたことの答えなのかもしれないって。上手く説明できないけど、そんな感じ。歳を重ねたからこその発見なのか、もしくはこんなふうに気づくための過程として組まれていたのか……どちらも定かではないけれど、意味がないことなんてなかったんだと思う。今に繋がるすべてだったんだって。あー、やっぱり、納得できないか。んー、そうだなぁ……大人になってからふとこの会話を思い出したとき、気づくことがあるかもしれないとしか今は言えない。……まあ、なにも気づけないかもしれないし、そもそも俺を忘れてる可能性もあるけどね。ごめん、聞いてほしいとか偉そうなこと言って、曖昧になっちゃった」
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記憶の片隅にある言葉。発してくれた一語一句から温もりを思い出せるのに、彼の顔を思い出せない。彼のことはとてつもなく大切だったような気もするし、そうでもなかったような気もする。よくわからない。彼に関することは僕の中で靄がかかっている。僕がかけた靄なのに、それを払おうとすることを僕が許さない。許してくれない。いつか消えてしまうだろうと思っていたのに、なかなか消えないし、忘れることすらできない。僕の中で得体の知れない彼がずっと息づいている。
僕はいつからか意味のないことという単語を使うのも、思うのも、やめた。それは彼を覚えていることを意味がないことだと肯定することができないから。
例え顔を思い出すことができなくても、意味がないことだとは一蹴できない。得体の知れない彼を忘れないことが、彼のくれた言葉を覚えていることこそが、すべてを失ってしまっても、呼吸を続ける僕の生きる意味なのだと思う。
今この瞬間も呼吸をし、思いを綴っていることを意味がないことだなんて思えない。だって、彼にもう一度会いたいと願う心を諦めることができないから。僕にとっての唯一の、一筋の光なんだ。
青き頃に憧れた彼という若葉にいつまでも思いを馳せながら、余生を過ごしている。きっと、なにか意味があるはずだ。解明できるのは、死ぬ間際なのか、死んだ後なのかわからない。けど、彼にもう一度会うことができるのなら、答え合わせがしたい。
彼の言葉や教えを素直に受け止めれなかったことを謝りたい。本当はあのとき、気づいていた。すべてに意味はあって、中身がなさそうな事柄こそ意味がつまっていることに。
ねえ、██。こんなに遅くなっちゃったけどさ、改めることができたよ。もう遅いかな? だったら、あのときのように説き伏せてくれないかな。そうじゃないと諦めきれなくて、死ぬことすらできないんだよ。もう、素直に言うけどさ、意味のないことなんてなかったたろ?って、██に言ってほしい。あのときに戻れなくても、もう遅くても、来世で上手くやるからさ。約束してほしい。██の顔を見つめながら、██の声で、聞きたいんだ。
もうそんなときは訪れないとしても、そのときをずっと待っている。この真っ白くて無機質な病室の冷たいシーツに包まれながら。
私にかけてくれる、
暖かい声援。
期待の声。
歓声。
全部全部私には無意味なこと。
……ファンの人の前に出て、輝いた笑顔を見せる。
今日も私は見つける。
私だけに振り向いてくれる運命の恋人に。
他の女なんていらない。
私だけで十分。
あなただけの「アイドル」になってみせるから。
だからお願い。
また私の元へ現れて、
素敵な笑顔を見せて。
〜意味がないこと〜