「意味がないことって言葉をよく使うけどさ、全部に意味がないといけないのかな。いや、責めるつもりじゃない。説教するわけでもないから、むすっとすんなって。んー、なんて言えばいいだろう……素朴な疑問っていうか……俺の中にある話をただ聞いてほしいんだよ。聞いてくれる? 俺、思ったんだ。なんとなく退屈だなーって思っちゃう授業中とか待ち時間に、他愛もない考えごとや誰かに対しての思いを巡らせることは意味がないことではないなって。月日が流れて、そんなふうに思う場面に遭遇することが増えたんだよ。ふと気づくんだ。この感じって、あのぼんやりした時間に胸の中で揺蕩ってたことの答えなのかもしれないって。上手く説明できないけど、そんな感じ。歳を重ねたからこその発見なのか、もしくはこんなふうに気づくための過程として組まれていたのか……どちらも定かではないけれど、意味がないことなんてなかったんだと思う。今に繋がるすべてだったんだって。あー、やっぱり、納得できないか。んー、そうだなぁ……大人になってからふとこの会話を思い出したとき、気づくことがあるかもしれないとしか今は言えない。……まあ、なにも気づけないかもしれないし、そもそも俺を忘れてる可能性もあるけどね。ごめん、聞いてほしいとか偉そうなこと言って、曖昧になっちゃった」
・
・
・
記憶の片隅にある言葉。発してくれた一語一句から温もりを思い出せるのに、彼の顔を思い出せない。彼のことはとてつもなく大切だったような気もするし、そうでもなかったような気もする。よくわからない。彼に関することは僕の中で靄がかかっている。僕がかけた靄なのに、それを払おうとすることを僕が許さない。許してくれない。いつか消えてしまうだろうと思っていたのに、なかなか消えないし、忘れることすらできない。僕の中で得体の知れない彼がずっと息づいている。
僕はいつからか意味のないことという単語を使うのも、思うのも、やめた。それは彼を覚えていることを意味がないことだと肯定することができないから。
例え顔を思い出すことができなくても、意味がないことだとは一蹴できない。得体の知れない彼を忘れないことが、彼のくれた言葉を覚えていることこそが、すべてを失ってしまっても、呼吸を続ける僕の生きる意味なのだと思う。
今この瞬間も呼吸をし、思いを綴っていることを意味がないことだなんて思えない。だって、彼にもう一度会いたいと願う心を諦めることができないから。僕にとっての唯一の、一筋の光なんだ。
青き頃に憧れた彼という若葉にいつまでも思いを馳せながら、余生を過ごしている。きっと、なにか意味があるはずだ。解明できるのは、死ぬ間際なのか、死んだ後なのかわからない。けど、彼にもう一度会うことができるのなら、答え合わせがしたい。
彼の言葉や教えを素直に受け止めれなかったことを謝りたい。本当はあのとき、気づいていた。すべてに意味はあって、中身がなさそうな事柄こそ意味がつまっていることに。
ねえ、██。こんなに遅くなっちゃったけどさ、改めることができたよ。もう遅いかな? だったら、あのときのように説き伏せてくれないかな。そうじゃないと諦めきれなくて、死ぬことすらできないんだよ。もう、素直に言うけどさ、意味のないことなんてなかったたろ?って、██に言ってほしい。あのときに戻れなくても、もう遅くても、来世で上手くやるからさ。約束してほしい。██の顔を見つめながら、██の声で、聞きたいんだ。
もうそんなときは訪れないとしても、そのときをずっと待っている。この真っ白くて無機質な病室の冷たいシーツに包まれながら。
11/9/2023, 8:41:53 AM