『好きじゃないのに』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
好きじゃないのに
心うばわれるのは
やっぱり好きだからなのかな
きみが得意なのは熱々なクラムチャウダー。
隠し味はオイスターソースとめんつゆなんです。貝類の旨味を表現できるんですよ。ってエプロンの紐を見せながら振り返るの。
もちろん、ぼくにだって得意料理はある。
なんてったって、きみのために練習したしレパートリーも増やしたんだから。
大事な日にきみはクラムチャウダーをつくってくれる。とってもおいしい。
今日という日を、きみと過ごすためにぼく、いろいろと頑張ったんだからね、そういうご褒美があってもいいと思うの。
小さめなダイニングテーブル。
きみとぼくとの距離が縮まるから、って。鍋敷きを忘れて焦がしたり、お茶の入ったガラス製のピッチャーを落として凸凹だったり。
あのね、ぼくはね、この傷たちの由来をぜんぶ覚えてるんだよ。
「エッ、わたくしの失敗をぜんぶ?」
「だめ?」
「ヒトとして忘却機能が働いていないのは由々しき問題ですよ?」
「んふ、意図的に繰り返して覚えるのは、学生のうちに練習してきたでしょ?」
なんて。
だってぼくはね、忘れたくないんだよ。
だんだんと日が翳ってきた。
今日はきみとずっと一緒にいられるのがうれしい。当たり前じゃなくなっちゃったけど、それが戻ってきたみたいで。
きみとうれしいもたのしいも共有してね、そうたって生きてゆくんですねってきみは笑顔。
そうだね、って。
そう言った瞬間だったの。
バチンッ‼――――きみがね、ぼくの頬をはたいたのは。
笑顔だったきみがまばたきをした瞬間、顔が表情が変わった。ぼくを見て、捉えて、怯えた。それから恐怖が怒りに変わってね。
人ってそういう生き物。
怖いと鼓舞して大きくなるの。
「誰ですあなた」
「……うん」
「どこです、ここは」
「あのね、ぼくの家だよ」
「わたくしはどうしてここに」
きみが座っていた椅子がガタンッて音を立ててひっくり返ってね、そのまま。キッとぼくを睨むきみは荷物も持たない――もしかしたら忘れてるのかも。
どっちにしろ、いまのきみにぼくのことなんか眼中にもなくて。タツノオトシゴもその卵も、ぜんぶ初期化されちゃったみたい。
ご馳走を残して。
「食べないの」
「食べられるわけがないでしょう!」
家から出て行っちゃった。
キッチンにはきみがつくったクラムチャウダー。テーブルにはぼくがつくった最後の一品。きみが好きなデザートだったのに。
ぼくはね、もうちょっとだけ一緒にいたかった。
だって、昨日は一日一緒だったから。予行練習だと思ったの。きみは本番に強かったでしょ。
なのに。
なのにこんなの。
ひどいと思わない? ぼくの気持ちはなかったことにされちゃう。せめて、きみが思い出してくれたらちょっとは救われるのに。
「……ひぐっ、ぅえ……ぐす、うぅ」
ぼたぼた、テーブルに新しい跡。
追いかけて病室に連れてかなきゃいけないのに、どうしても動けないの。
せっかくの今日という日。
あのね、ちょっとくらいきみを恨んだっていいでしょ? こんなひどいことするきみなんて、好きじゃないのに。何回、何回、ぼくはきみに傷つけられたと思う?
何回、きみを好きじゃないって思ったと思う?
何回、やっぱり惚れちゃうって。
何回、何回、何回も、好きじゃないきみを好きになって追いかけて、きみに嫌われる。
きみってばひどい。
きみはぼくのことを本気で嫌うときがあるのに。
ぼくは本気で嫌いになり損ねる。ぼくを心底嫌うきみなんて好きじゃないのに、次にはね、好きになってるの。きみしかいないんだ、って。
「……追いかけなきゃ」
ギイィ、椅子はいやな音。
重い足取りはだんだんと急ぐの。はやく追いつかなきゃ。どんなに嫌がられても腕を掴まないと。
でもね、でも、まだ、きみのこと好きじゃないのに。なのに――――ほんと、きみってばひどいよ。
#好きじゃないのに
好きじゃないのに
「ねぇ、私のこと好き?」
自分の欲しい言葉を言わせようとして、媚びるように少し潤んだ上目遣いで訊ねてくる君は、もう少し大人になったほうが良いと思う。
だけど、指摘されて膨れっ面になるような、そういうところ。好きではないけど、嫌いでもないよ。
きっと、多分。
アナタは、わたしのコト
好きじゃないのに
どうして構うの??
何で、そばにいるの?
わからない‥
でも、アナタの側が心地良くて
聞けない
わたしは弱虫‥
知らんぷりしてれば
関係は変わらない
そう思う、わたしは最低だ。
「アナタが好き‥」って
言葉がどうして伝えられないんだろう
、
好きじゃないのに、私ばかりすきで。
答えてくれるわけないのに。
聞きたくも無い、知りたくもない、本音。
あなたの口から出ないように耐えるしかない。
いつか誰かに本音を言ってしまうんだろ。
それが私じゃなくても喜べる?
喜べれる人になりたい、
こんな時はあなたの笑顔見るとまた好きになって、
バカな女だって、思われて、終わる。
暖かい声をかけて欲しい。そんな切ない気持ちは届きやしない。泣いたって、思いを綴っても、届かない。
私だけが暖かいスープ飲んで、あなたは冷たいスープを飲んでるみたい。
それをなんで君に言えないんだろ。
大好きが壊れたくないから、壊れないようにしたいから。
ねぇ、あなたのスープはいつ暖かくなるの。
――好きじゃないのに――
大好きだよ!
私も!
反射的に飛んだ言葉
数え切れない嘘
好きじゃないのに
ごめんね
好きじゃないのに
好きじゃないのに
好きじゃないのに
好きじゃないのに
そう考えてる時点で
とっくに好きだった
「今回も素晴らしい戦果でした。
あなたがいれば、我々の勝利は確実でしょう。
これからもよろしくお願いします」
「……はい。皆の、笑顔の為に」
敵の、絶望の表情が。目に焼き付いて離れない。
—————————
好きじゃないのに
好きじゃないのに、
休憩からもだったらもうお昼ご飯頼まれてた
もう頼んじゃったお前はこれ好きだよね?
うん、としか言えなかった
これはご飯以外にも
服、アクセサリー、文房具
どれも"好き”とは言えないものしかない
けど断ることができない気持ちを台無しにしちゃったら嫌だから
…別に大嫌いな訳じゃないから言い出しにくいんだよなぁ
『好きじゃない』
仕事は好きです、だってお金が貰えるから。
笑うのは好きです、だって皆が笑ってくれるから。
起きるのは好きです、だって朝日を見れるから。
私は、ワタシが好きです。
でも…本当にそうなのかと自分を疑う時があります。
私の人生が、何をするにも理由が必要になったのは一体いつからだったでしょうか。
考えるたびに行き着く場所は決まっているのに
私は愚かだから考えてしまうのです。
変えられない事実、それは"他人"を意識するようになった時からワタシは何をするにも理由が必要になってしまったのです。
好きだったあの遊びも、好きだったあの洋服も
"他人"という存在が私を歪な存在にしてしまったのです。
好きじゃない、こんなワタシは好きじゃない
心の中でそう唱えようとも私はワタシのままでした。
過去が眩しい、幼い頃の私が無邪気に笑えたあの瞬間
私は心の底から幸せだったのだろうと
大きくなってしまったワタシには、とても辛く泣きたくなるような過去そのものになってしまったのです。
仕事なんてしたくない、愛想笑いなんかしたくない、
朝だって起きたくない
それでも、生きているかぎりそれらは逃れられない物でした。
憂鬱な朝を起き、笑い、仕事をする
あぁワタシは今日も健全だ
だけど…健全だけど満たされない
満たされないこの思いを胸にワタシは今日も叫ぶんです
"こんなワタシは好きじゃない"
別に
好きじゃない
そう
好きなわけじゃないのに
ひょっとして
何の能力も無い
こんな私でも
もしかしたら
いつか
って
暗い部屋の中
一人想像しながら
ずっと見てる
モニターに流れる
心霊番組
「好きじゃないのに」
好きじゃないのに
以前、知り合いの魔女たちに愛と恋の違いについて尋ねてみたことがある。
皆、恋から愛に変わるものだなどと恋の延長線上に愛を置く、そんな前提で私に答えてみせた。
だが、ただ1人。境界の魔女は少しの間言葉を選ぶように視線をさ迷わせて、皆違う自分の正解を持っているだろうけども、と前置きしながら
「僕はね、愛の本質は捧げるもの、恋の本質は求めるものだと思っているよ。愛はどんな見返りも必要ないくらい、相手の幸せを願い求めるアガペーと言われる感情。逆に恋は相手からも同量同質の感情を欲しいと願ってしまう…そう、見返りを欲する捧げもの。そんなイメージが強いかな」
「愛は与えるだけで、恋は与えた分欲しがるもの…」
境界の魔女の言葉を反復すると「僕にとってはね」と魔女はころころ笑った。
「蛇足だけどどちらも相手を想うという意味では並々ならぬエネルギーが込められていてね。そういうものは強い呪いになりやすい。実際僕の店にもかなり持ち込まれているよ、愛や恋の成れの果てってやつ。うん、そういう意味ではベクトル…込める気持ちの方向性や意味合いはほぼほぼ似通ったものかもしれないな。…どちらにせよ等しくエゴさ。自分の持っているものを相手に押し付けるという面で見ればね」
だから違うとも言えるし同じとも言える。そう締めくくって境界の魔女は紫水晶のような瞳を細めながら侍従が持ってきた紅茶に口をつけた。
私はなるほどと今言われた言葉を咀嚼する。そうして、境界の魔女の隣に立つ端正な顔つきの男…はたから見ていても並々ならぬ感情を魔女へと向けるシキと名付けられた男を見ながら、この男の想いは愛なのだろうか恋なのだろうか、それともまた別の何かなのだろうか、とそんなことを思っていた。
さて、それでは。「好き」とは果たして愛の言葉だろうかそれとも恋の言葉だろうか。
好きですと伝えるという行為時点で相手に自分の想いを認知して欲しいという感情が少なからず含まれるということはそこに受け入れて欲しいというエゴイズムがノイズとして紛れ込むだろう、それならやはり恋の言葉なのだろうか。
相手から同量同質の心を奪うことを考えない愛の言葉にはなれないのだろうか。
それは嫌だな、と思う。私はあの人からそんなものを与えてほしくはないのだ。
私は瞼を閉じてあの橙に透ける赤髪を、男にしては長い睫毛に縁取られたペリドットの瞳を、少し甘やかに私の名前を呼ぶ声を、アガットと旋律の魔女という一人の男を思った。
あの魔女の心に遥か昔から住んでいる女性を知っている。そこに入れ替わりたいとも自分を差し込みたいとは思わない。あの魔女のなりたい姿や目標を知っている。それを邪魔したいとも思わないのだ。
だから、これは恋ではない。故に、この気持ちを言葉にしたとして「好き」ではない、はずなのに。これは「好き」じゃないのに。
どうして周りの人たちは私の感情に恋だ好きだと名前をつけるのだろうか。
それとも周囲には、私自身気付いていない、浅ましい求める心とやらが透けて見えているのだろうか。
彼に笑っていて欲しい、幸せであって欲しいと思うこの気持ちは、大多数の者が言う恋の延長線上にあるという愛には昇華されないのだろうか。
そんなことをぐるぐる考えているうちに仕事の時間がやってくる。
当然、ビナーとして担当の魔女たちに会いに行かなければならないわけで。
その中にはアガットと旋律の魔女も含まれているわけで。
「私はアガットさんを好きじゃない、すきじゃない、よし」
そう自分に言って監督官の顔を作り、私はいつものようにゲートを開いた。
目の前には、まっさらなキャンバス。
かれこれ2時間、この忌々しい白とにらめっこをしていた。
右手に持った鉛筆を上げては下ろし、また上げては下ろしの、完全に無駄な2時間である。
それもこれも全て、このキャンバスが悪いと私は確信していた。
大体からしてサイズが大き過ぎる、「ちょっと大きいかな?」なんて呑気に電車に揺られて帰ってきたがF20は流石に邪魔だった。
膝の上に立てて持っていたが、電車の外からソレを見たら、足だけの幽霊かと一瞬ギョッとして、隣の車両に移動するだろう。
実際、最寄り駅て降りるまで、誰一人乗ってこなかった。
そのF20のキャンバスを自宅の趣味部屋の壁に立て掛けて、「やっぱデカすぎたかー」と苦笑いしたのが2ヶ月前のこと。
年末年始の忙しなさに感けていたら、気付けば、あと数日で4月に入る頃だった。
下絵はとうに出来ていて、後はソレをキャンバスに描き写していくだけなのだが、なかなか踏ん切りがつかない。
昔から、何も描かれていないところに黒で線を引く行為に、何故だか罪悪感が湧くのだ。
我ながら難儀なことだ、とキャンバスに向かって鉛筆を高速連打するのであった。
テーマ「好きじゃないのに」
【好きじゃないのに】
【創作】【宵(よい)と暁(あかとき)】
3/25 PM 0:10
「――あ。雨が降りだしたね。
宵ちゃん、傘持っていった?」
「さっき、雨宿り兼ねてバスケ部の
メンバーとお昼をスイパラで
済ませて帰るってLINEが来た」
「お~、女子会っぽい!
じゃあ、お昼は真夜(よる)くんと
2人っきりだねぇ」
「ミートソース作ってあるけど、
今日は肌寒いし、パスタより
ミートドリアにでもする?」
「うわぁ、何その魅力的な提案!
ぜひお願いします!」
「分かった。焼けるまで少し時間
かかるから、ゲーム続けてていいよ」
「いやいや、料理は真夜くんにおまかせ
だけど、耐熱皿にご飯よそったり、
ミートソースかけてチーズ散らしたり
するのは、お手伝い出来るから~」
「じゃあお願いしようかな。
すぐホワイトソースも作るよ」
「はーい」
「……そういえば、暁。
こないだ攻略出来ないキャラがいて
不条理って言ってたけど」
「うん」
「隠し攻略キャラがいて、そのために
全キャラ攻略を強いられることは
不満じゃないのか?」
「あー、このキャラ好きじゃないのに、
面倒だなぁって思わないかってこと?」
「まぁ、平たく言えば」
「うぅ~ん……正直に言えば、ちょっと
面倒って思うこともあるんだけど、
第一印象でそんなに好きじゃなくても、
攻略してみたらいいシナリオで好きに
なれたってパターンもあったりするし、
なかなか難しいとこかなぁ」
「なるほど」
「某ゲームで、ヒロインが他のキャラと
付き合ってることにヤキモチ妬いた
推しのキャラが、今カレから奪いに
来てくれるルートが見たいって理由で、
フるの確定で好きじゃないのに
他のキャラを攻略した時には、
さすがに罪悪感にかられたりもしたよ」
「乙女ゲーなのに、そんな泥沼な展開に
なることがあるのか……」
別に、好きじゃないのよ。
ちょっと猫背なところとか
(ゲームのしすぎ!本の読みすぎ!)
首筋にある縦に2つ並んだほくろとか
(あなたは多分気づいていないんでしょ?)
絹のように透き通った肌とか
(スキンケアなんにもしてないんですって、ムカつく!)
私よりいくらか大きい背丈とか
(首が疲れるのよ、まったく。)
キャラメルポップコーンが好きなところとか
(私は塩派なのに!)
超が付くほどのお人好しで損ばかりしてるところとか
(いい加減にしてよね、ほんとに)
私が泣くとすぐ貰い泣きして私以上に泣くところとか
(呆れて涙も引っ込むわ)
ハグするとき絶対に背中をトントンしてくるところとか
(子ども扱いするな!)
無駄にいい声とか
(あなたの声聞くと眠たくなるのよ!)
すぐ頭撫でてくるところとか
(寝てると思ってるでしょ?私、気づいてるからね!)
寝癖が鳥の巣みたいなところとか
(あれはひどい)
好きじゃないのに。
好きじゃないの。
好きじゃないのよ。
好きになっちゃいけなかったの。
好きになりたくなかったの。
ねぇ、
笑ってないで一緒に泣いてよ。
#好きじゃないのに…
なぜなんだ?
気になるあいつ…
いつも視界の端にちょこんといる
何するわけでもなく
視界の端にちょこんと…
だから変に気になるんだ
別に好きでもないんだけど…
変なやつ…
どうでもいいようなヤツと踊った。酒を食らった。
キスをした。好きじゃないのに、何度も何度も。
さっきまで最高に聴こえた音楽が煩わしくなって、二人で抜け出し、ラブホ街へ駆け出した。
夜風は僕らの汗を冷やしたが、これから起こることに背徳を感じ、身体が火照り返す。
それが心地良かった。
酔ったフリでもなんでもいい。
今日ぐらいは一夜限りの愛を語ろう。
僕も君も寂しいのだから。
好きじゃないのに
好きじゃないのに目で追う。
好きじゃないのに姿を探す。
好きじゃないのに考える。
好きじゃないのに名前を見て。
好きじゃないのに浮かれる、
好きじゃないのに会話をして。
好きじゃないのに笑う。
好きじゃないのに隣がいる噂を聞いて。
好きじゃないのに落ち込む。
好きじゃないのに真実を聞いて。
好きじゃないのに安心する。
好きじゃないのに。
好きじゃないのに。
好きじゃないのに。
好きじゃない"はず"なのに。
要領が良くない、というのは個性なのでしょうか。
個性とは、即ち個人の持っている性質や特性の事です。
昔から要領の悪い子どもでした。物事が効率良く進められず周囲の力を頼る事が多く、反応や行動が人より遅い事でもどかしい思いもしました。
親や親しい友人に話して、勉学や運動は人並みはあるのだから気にするなと励まされたこともありましたが、どうにも釈然とせず周囲と比較しては頭を悩ませ、そして、少しずつ自分の事が好きではなくなっていきました。
けれど、そんな私にも転機が訪れました。
結婚することになったんです。
1年半前から式場を決めて、御料理、披露宴会場のコーディネートや曲、映像、それに披露宴の内容や結婚式の招待状の手配まで――本当にたくさんの決め事を彼と共有して、ここまでたどり着くことができました。
物腰柔らかで、穏やかで、ちょっと不器用なかわいい人です。
今身につけている花嫁衣裳は、彼と二人で二時間も悩んだ末に選んだものでして、このドレスを着るために痩せなきゃと友人にまで宣言したのに、結局そのままで着ることになってしまいました。
もうすぐ挙式がはじまります。
チャペルの扉の向こう側には参列してくださった方が待っていらっしゃるんですね……ああ、緊張してきました。
繋いだ指先から彼に震えが伝わってしまいそうです。
こんな不甲斐ない私ですが、今日は、いえ、これからは自分の事が好きになれるような私でありたいと思います。
今日参列してくださった方や、お世話になった方々、なにより――私を好きになってくれた彼のために。
「好きじゃないのに」
―本当に誘えちゃった。―
時計を見ると8月16日17時20分を指している。私は10分前に着いた待ち合わせの場所でそわそわと相手を待つ。こんな機会しか着れないと張りきって着た浴衣の裾を小さく揺らす。
「気合を入れすぎちゃったかな、引かれないかな…」
少し不安がよぎり、目を伏せながらため息をつく。
「有凪、ごめん、待たせた?」
急に聞こえたそんな声に心臓が一気に跳ね上がる。
「青雲!全然、ちょっと前に私も着いたの」
「ならよかった。じゃあ行こっか」
私は頷くと、青雲と一緒に歩き出す。青雲とは同じ学校で、ずっと憧れていた。そして今回勇気を出してこのお祭りに誘ったら、いいよと言われ現在に至る。
―そう、今日私は、好きな人と一緒にお祭りに行くのだ。
青雲と歩幅を合わせて歩く。浴衣で歩きにくいのが分かっているのか、青雲はゆっくりとしたペースで軽く会話をしながら歩いている。私は少しぎこちないながらも一瞬一瞬を焼き付けるように答える。
「さっき言いそびれちゃったんだけど、有凪、浴衣凄く似合ってるね。声を掛けるとき緊張しちゃった」
そう笑う青雲。…もしかしたら今日、心臓が持たないかもしれない。
お祭りの会場は凄い人で隙間を縫って歩くのがやっとなくらいだった。不意に誰かの肩が当たりよろける。すると青雲が私の肩を抱き、自分の方に引き寄せた。
「大丈夫?有凪」
「だ、大丈夫!ちょっとよろけただけだから」
どうしよう、青雲の何気ない行動に私の心臓が爆発しそうになる。するりと肩から手が離されて、手を優しく握られた。
「危ないから手を繋いでもいいかな?嫌だったら振りほどいていいから」
「ヨロシクオネガイシマス…」
キャパオーバーしてついカタコトの言葉になってしまったが、青雲はよかったと言ってまたゆっくりと歩き始めた。本当に今日、私の命日になるかもしれない。
屋台を見ながら、りんご飴が目にとまる。青雲に買ってくるから待っていてと、少し小走りで買いに行く。一つりんご飴を買い、戻ろうと振り向くと青雲がいて、ふいに私の耳に触れた。
「ああ、やっぱり。君に似合うと思った」
青雲はそう言いながら私の耳からゆっくり手を離した。右手で自分の耳を確認してみると、そこにはさっきまでなかったイヤリングがついていた。急いでスマホを取り出しカメラモードにして見てみる。金の縁取りをされた小さな赤い蝶のイヤリングがしゃらりと動いた。私は顔が熱くなった。屋台で見かけたと言う青雲の声が少し遠く感じた。辛うじて
「ありがとう、大事にする」
という言葉が出た。きっと声は掠れて震えていたと思う。本当に勘違いしてしまいそうだ。
だけど、私は知っているんだ。青雲が私に興味すらないことを。私にだけじゃない。何事にも一歩引いたところで見ていて、踏み込もうとするといつの間にかいなくなっている。けれど、人当たりがいいから、滅多なことでは断らない。だから分かっていた。お祭りに誘えば笑顔で、了承してくれることも。先に誰かに誘われているかいないかはカケだったけど。
「そろそろ花火が上がるみたい、どこかで座って見ようか」
「うん、そうしよう」
私は青雲に手を引かれゆっくりと歩き始める。土手の空いているところを見つけて、ここにしようかと言われる。私は頷き、座ろうとすると止められた。なんだろうと思っていると、青雲は自分のハンカチを引いて、手を差し出した。私がきょとんとしていると、青雲は自分の頬をかきながら、少し照れたように微笑んだ。
「私のハンカチじゃあ、気休め程度かもしれないけど、せっかくの浴衣が汚れたら悲しいからさ」
「で、でも青雲のハンカチが汚れちゃう」
「大丈夫だよ、ハンカチなんて洗えばすぐ綺麗になるからさ。ほら私の手を使っていいからゆっくり座って」
私は息を呑み、青雲の手に自分の手を重ねながら、ゆっくりと腰を降ろす。それに合わせて青雲もゆっくり地面に膝を落としていく。座り終わったところで私は青雲の手を離した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言って青雲も私の隣に座り直す。まだ心臓のドキドキがとまらない。するとタイミングよく一発目の花火が打ち上がり、それに続き色々な種類の花火が大きな音を上げて打ち上がる。
私は青雲の横顔を気づかれないように横目で見つめる。時間が止まってしまえばいいのに、という思いと、時間が止ったらきっと私のこの想い苦しくなるだけだという思いでいっぱいになる。好きじゃないのに勘違いさせるくらい優しくされるのは、どんなことよりも残酷で、でもやっぱり私は青雲のことがどうしようもなく好きだった。だってこんなに私のことを見てくれる。花火がまた一つ大きな音を立てて爆ぜる。そして終わりを告げるアナウンスが流れた。
終わりは案外あっけないものなんだと知った。
祭りの帰り、一人で帰れると言う私に、一人じゃ危ないからと青雲は家の側まで送ってくれた。帰るときも取り留めのない話やら、私を案ずる言葉やらをかけてくれて、最後まで優しくて、少し涙が出そうになった。
「じゃあ、有凪、また学校で」
「うん、今日はありがとう」
手を振りあって、私は家のドアを開ける。そしてドアが閉まった瞬間にその場に蹲る。この祭りで青雲への気持ちを諦めようと思った。だけど、気持ちは膨らんでいく一方で自分が情けなくなる。
「本当に、どうしたらいいの…」
青雲から貰った赤い蝶のイヤリングが光に反射しながら揺れた。
***
「ただいま」
「おかえりなさい、青雲。遅かったですね」
海想はゲームから目を離すことなく、答える。青雲は肩をこきりと鳴らして、息を吐いた。
「今日、お祭りに行ったんでしたっけ?もしかしてデートとかですか」
「…ちょっとね」
青雲がそう言うと、海想はゲームをする手を即座に止め、目を輝かせた。
「へえ。青雲も隅に置けないですね。で、どんな子なんですか」
「ははは、違うよ。…本当にそんなんじゃないんだ。少しベランダに行ってくるよ」
青雲は冷蔵庫から缶酎ハイを取り出して、階段を登る。二階のベランダに出ると生暖かい風が青雲の頬を撫でた。手すりに肘を乗せ空を見上げると、夏の大三角形が見え、それを缶酎ハイを飲みながらぼおっと眺めていた。今日のことを思い出す。祭りになんて久しぶりに行った。有凪に誘われなければ、今回も行くことはなかっただろう。しかし、…有凪の自分を見つめる瞳を思い出し、小さくため息をつく。
「私を好きになるなんて可哀想な子」
その声は夏の虫たちの声にかき消されて、溶けていった。