『太陽のような』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
太陽のような元気にしてくれる恋人がほしい
太陽のような沢山笑顔で生きたい
太陽のような毎日元気に生きたい
太陽のような燃える自分になりたい
自分らしく生きて楽しい人生にしたい
現実では厳しくて中々自分らしくはできないかもだけど
そこをうまくコントロールできる行動になりたい
でも、苦痛を感じて自分ではできない
誰かの力を貸してください
ボディタッチで触れると苦痛は和らぐみたい
優しく声をかけてくれると苦痛は和らぐみたい
なんでこんな風に生まれて来たんだろう、、、
太陽のようなポジティブになりたい
ついネガティブになりガチ
次世代の人はこれからどんな風に生きていくんだろう
自分もいつか転生したら次世代の仲間に入るのかな
それは分からないですよね
生きたい 生きたい 生きたい
太陽は元気をくれるよ 救ってくれる
「あなたは太陽のようだ」と言われてがっかりしたり激怒したりする人はいるだろうか。太陽に例えらることにポジティブな感情を抱くのは日本で生まれた、もしくは日本で育ったがゆえの感覚である。
例えばアラブ首長国連邦で同じ言葉を誰かに言ったとしよう。相手はがっかりしたり激怒したりするだろう。それはこの国の人々にとって、太陽はあまりにも暑く、酷に感じるほどの日差しが降り注いでいるからだ。彼らにとって、太陽ではなく、月こそが最高の褒め言葉であり、最高の比喩である。
太陽はひとつしかない。しかし「太陽のような」という言葉には複数の捉え方があるのだ。
太陽みたいなロウくんはわたしの宝物。
学校にいくときも、かえってきたときも玄関まで迎えにきてくれます。その顔がかわいくてわたしのこころはいやされます。学校でいやなことがあっても忘れてしまうほどに。
おねね
いつも、笑顔で、
笑顔の絶えない、あなたは、
太陽のような存在だった。
あの日までは。
ある日突然、
亡くなってしまった。
優しくて、
誰からも、好かれるあなたは、
いつも、人気者。
私を、愛してくれたよね。
ありがとう。。。
太陽のような君の笑顔。
もう一度、見たかったな
#太陽のような
マミーハンター
第一話太陽のような 作者新田るな
私は、太陽に出会いました。私が月であなたを支えるからあなたは私を照らしてくださいと誓いました。彼は、太陽のような満面な笑みをして私と誓いのキスをみんなの前でしました。味は、甘くて濃厚で六年経った今でもあの味を忘れない。それぐらい、ダイナミックな味だったということ。
「ママ!ママ!遠足に遅れちゃうよーー!」
「あぁ!ごめんね!そうだったねー今日は遠足だったねー大丈夫!ママねー足の力はすごいからママチャリでこぎまくるからーー!!」
4歳ぐらいの男の子と二十代前半の女性の大きな声が近所にいきわたっていました。
「あのねー力南さん何回言ったらわかるんですか?本当に近所迷惑なんですよ!お子さんにもちゃんと注意してくださいよ!注意できなかったら私から注意します!お子さんいますか?」
呆れたように怒っている主婦。
「あのーすみません。今日は家の子遠足でいないんですよ。本当にすみません。」
涙目になりながら謝る若い主婦。
「はぁ〜、もう出ていってもらいます!」
「へ?」
「お願いします!それだけはやめてもらいたいんですけど、私には息子のアユムと夫のイオリがいるんです!それだけは…」
と土下座をしながら泣く女性。
「しょうがないですね。では、力南さんこのアパートの主婦全員で秘密の仕事があるのでそれの手伝いをしてくれませんか?」
怖くて重い雰囲気が辺り一面に広がっている。しかし、若い主婦のところだけふわふわとした柔らかい空間がある。
夢のような展開
ふたりの視線が交わったなら
君のせいにして
目をつむってしまうよ
_太陽のような
空に太陽のようなものが出現した。
太陽のようなものは太陽と同じように輝いており、空に太陽が2つになったように見える。
その招待は光り輝く虫の集合体だった。
それを知った人々は、その太陽のようなものを放っとくことにする。
なにせ、その姿は台所によく出現するあの害虫に似ていたから……。
太陽のような君に灼かれてしまいたいけど、灰になった僕を愛してくれるほど太陽は孤独じゃない。わかってる。
それでも唯一無二の君の光で、骨すら遺らないように、灼き尽くしてほしいと願ってしまう。
今日は祝日、天皇陛下の誕生日だとか。
天皇家の祖神は天照大神で、今もなお、生きて世界を照らし続けて下さっているらしい。ありがたいことである。
私は落語ファンなのだが、桂米朝が大好きだった。(故人です)
その米朝が最も影響を受けた人は誰かという質問に対して「チャップリンです」と答えている。
桂米朝は若手の頃から上方落語界で大事にされていたし、東京の落語家達も大切にし目を掛けられてきた。当時まだそうそうたる名人、上手が生きていたのに、彼らを差し置いてチャップリンと答えたのである。
米朝も、苦しい時、チャップリンを観て笑ったのでしょう。
チャップリンの幼少期は悲惨だったようで、芸人夫婦の間に生まれるが、父はアルコール依存症ですぐに他界し、母も精神病院に収容されるほど消耗していた。
極貧生活の中で、けれどチャップリンは笑いを探し求めた。どんなに過酷な生活にも、笑いがあれば人は救われ、安らげるのである。
チャップリンは喜劇王の称号を得たが、彼の映画は反戦主義だというので国外追放の憂き目に遭う。酷い話しだが、時代の流れは恐しい。
さらに時代が流れて名誉回復したチャップリンは『ライムライト』を作った。
その中の私の好きなセリフは、
「星に何ができる?何もないさ。ただ居座っているだけさ。 そして、太陽、28万マイルの高さから炎を放っている?それがどうした? 資源を無駄遣いしているだけさ。太陽が考えるかい?意識があるかい? ないさ」、だけど君にはあるんだよ。」
チャップリンは太陽のように皆を笑わせ続けた。
でも、太陽に対しては罰当たりな発言をしていたようだ。
友人で
おしゃべりで
影響力があって
いつでも
人の輪の
真ん中にいる
ような人がいた。
でも
常に
テンションが
高くて
ずっと
一緒にいるのは
しんどい時もあって
結局
今も繋がってる
友人たちは
落ち着いた
【月】
みたいな
人たちばかり。
きっと、
わたしには
ちょっと
眩し過ぎたんだよね。
#太陽のような
太陽のような、暖かくて居心地のいい
そゆう恋をしてみたい。
出逢いたい。
私は、男として見たこと、一度もない。
感じたこともない。
当たり前の日常だから、ただ、感謝しかない。
それしかない。
自分がいいようにしたいだけで、満足したいだけで、相手なんか求めてない。
そゆう男とは、一度も合わせられない。
結局ほしいのは、プライドだから。
だから、出来ないのだ。
やりたいことや、したいことできるのは、
独身だからできることで、家族なんで厄介だ。
嫌われても、いいじゃないか。
自分が良ければ。
人の心なんで、そう簡単に型がつくわけじゃない。
だから、求めているんだ。
暖かくて居心地のいい恋は、なにかに求めて
癒されたくて、あるのだから。
太陽のような人になりたい。
でも上手くは行かないよな
太陽のような(2月23日)
太陽のような人
そう例える人がいるけれど
実際 太陽のような人 って
どんな人のことだろう
明るい人のこと?
優しい人のこと?
人によって捉え方が違うだろう
太陽のような人 と言われ
嬉しい人もいれば
嬉しくない人もいるだろう
僕は言われたら嬉しいけれど
他の人に言うときには
言い方には気をつけようと思う
『太陽のような』
言葉にするのも憚られるぐらいに酷く惨たらしい有様だった。焼ける臭いと腐る臭いを嗅ぎながら、足元に斃れる夥しい遺体を踏み抜いて歩いた。あの日のすべての感触と光景が脳におそろしく焼き付いている。空に輝いた閃光がすべてそうさせたのだ。あの光をひとときでも美しいと思ってしまったことは長く私を苦しめた。
太陽のような
私の好きな人は太陽みたいに笑う人だった。
明るくて優しい人だった。
彼とはしばらく会えてないが元気にしてるだろうか?元気ならまた会って話したい。
太陽のような。太陽に例えられるとなると笑顔とか人柄か?笑顔は太陽じゃなくてひまわりだったような気もする。
なんにせよ太陽は明るい、温かいといったポジティブなイメージだな。だから太陽のようなと言われれば基本誉め言葉だろう。
しかし夏場の太陽には憎しみさえ覚える。冬にその暑さを分けてもらいたいものだ。
太陽の恩恵と言えば洗濯物もあるな。特に天気のいい日に干した布団は太陽の匂いがするという。あれは実にいい匂いだ。
でもあれって太陽の匂いじゃなくて死んだダニの匂いってどっかで見た覚えがある。考えてみれば太陽の匂いって意味わからんフレーズだよな。
今思い出したけど太陽の匂いじゃなくてお日様の匂いか。そっちも結局意味わからんフレーズだけど。
調べたら日干しした布団の匂いはダニの匂いじゃないみたいだな。布団の材質やらシャンプーやらが熱でどうたらであの匂いになるらしい。
太陽のような子だと言われた。
言った本人は、褒め言葉として言ったのだろう。実際、私も褒め言葉と思っている。
暖かくてなくてはならない。人々の暮らしを包み込む星。
だけど、私にはどうしても、素直に受け止められなかった。もし、これが他の子が言われていれば、そうかと納得できたのに。
私は私を明るい子だなんて一度だって思っていない。
笑顔でいないと、笑顔でいることで、私は私を守っているのだよ
あなたに憧れていた。みんなの中心で輝く、まるで太陽のようなあなたに。
あなたは所謂陽キャ。明るくて面白い、それでいて誰にでも親切。対して私は陰キャ。クラスの隅にいるような、小さく縮こまって、周りに怯えている人間だ。
あなたは太陽だから、遠くから見ているだけでいい。それだけで良かった。
何を間違えてしまったのか。
たまたま二人きりになった教室。その時も親切にしてもらえた私は、思わず言ってしまったんだ。「好き」と。
元から手に入るなんて思っていなかった。太陽は空高く、みんなを平等に照らしているものだから。
あなたはにっこりと笑った。
忘れていた。
太陽に近付き過ぎてはいけない、蝋で固めた翼が溶けて落ちてしまうから。そんな神話があったということ。
憧れは憧れのままでいた方がいいこともあるって、今までの経験からも知っていたのに。
『太陽のような』
太陽のような笑顔ってよくいうけど、真夏の太陽だったらギラギラで暑苦しくてうざいし冬だったらもっと頑張ってくれんか?って嫌味言いたくなるし春秋くらいの丁度いい太陽を想定した比喩になっております。知らんけど