『声が枯れるまで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ステージから降りてきた先輩は俺を見つけると嬉しそうに走ってきた。爽やかな汗を流しながら、さっきまでファンに向けていた笑顔を俺だけに向けてくれている。声が枯れるまで歌い続けてたのに、カスカスの声で必死に話しかけてくれている。この瞬間を見れるのは俺だけ、そう思うと幸せが込み上げてくる。
「今日のライブどーだった?格好良かった??」
「めちゃくちゃ格好良かったですよ。」
“ 声が枯れるまで ”
私事ですが、今日でこのアプリを始めて1年になりました。皆さんの【もっと読みたい】には、何時も温かい気持ちをいただいています。
……と、い・う・わ・け・で!
自分がこのアプリに投稿した第1作目、そのリメイクを書かせていただきました!
楽しんでいただけたら幸いです。
それではどうぞ!
『声が枯れるまで』
子供の頃は良かった
「楽しかったなぁ」
周りの大人が優しかった
「嬉しかったなぁ」
責任なんて無かった
「気楽だったなぁ」
それが今はどうだろう?
「…………あぁ」
周りの人は信用出来ず
「……そうだよなぁ」
責任だけが伸し掛る
「……もういいよなぁ」
──ガタンッ
足下の椅子を蹴り倒した
──────────
『──ギィィ』
子供の頃は良かった
「──ギィィ」
周りの大人が優しかった
「──ギィィ」
責任なんて無かった
「──ギィィ」
それが今はどうだろう?
「──ギィィ」
周りの人は信用出来ず
「──ギィィ」
責任だけが伸し掛る
「──ギィィ」
……どうして声が出ないのか?
「──ギィィ」
……あぁ、枯れたのか
目が覚めた僕は狭い窓から光を見つめる。
ここに閉じ込められはや三日。
眠気と空腹、そして行き場のない怒りだけが今の僕である。
今日だって自主的に起きたわけではない。鉄格子の向こう側から大きな音によって起こされたのだ。
正直に言えば限界だった。
たかだか三日とは言え全てを疑われ試すような物言いばかり。いい加減にしてくれ、うんざりだ。そう怒鳴り散らしたい。だがここでそれをすればますます立場が悪くなるだけ。
それでも諦めてはいない。
この声が枯れようと無実を訴え続けなければ。
「来い」
無機質で大柄な態度の看守が呼びつける。
今日こそ。すり減る神経と毟り取られる希望に目を凝らすように後に続いた。
もうすぐ半年。
彼女が此処へ来てから、殿の御前はもとより我々下々のむさ苦しい酒盛りにも大輪の花が咲く様になった。
今夜も、歌に舞はいかがと姿を表した彼女に部下たちは手を叩いて大喜び。日頃の労を労う席なのだから、今日ばかりは好きに盛り上がるといいさ。節度は持ってね。
彼女の歌は、ほとんどが聞いたことのないものばかり。
巡る星と陽、喜び、痛みや悼み、童の戯れ、そして恋。彼女の声で様々な詩を聞いた。詩に混ぜられた異国の言葉も、幾らか覚えた。時々ズキリと胸を刺すのに、聞き逃すまいとしてしまう。
『おお、いっちょやるか!』
部下の一人が立ち上がり、木札か何かを拍子木代わりに打ち鳴らし始めた。別の年若い部下が何人か、無理な裏声を出して歌に沿い始める。呵呵と笑いが起こり、彼らと彼女は親指を立てて合図を交わした。
……ふーーーん?
お前たちは、この歌を知っているんだね。
とやかく言う理由はないが、なんとなく彼らの名前を記憶に留めた。美しい歌声を騒音で遮ってくれちゃって、彼女が笑っていなければ減給したよ。
人の営みを、咲いては散り種を落とす花に例えて。
人生は無駄ではないと、光る奇跡だと彼女は歌う。
そんな風に、声を枯らして。
影に生きる私たちを、そんな詩で笑わせ、踊らせ、自分の事だなんて錯覚させて。……来世にまで、期待なんかさせて。
まったく、罪な女とは君のことだよ。
もうすぐ半年。
殿からは『構わん、好きにせよ』とお言葉を賜った事だし、それまでには何としてもものにするよ、君を。
【声が枯れるまで】
そのころころとした声が枯れるまで僕と遊び回ってよ。
【声が枯れるまで】
声が枯れるまで
声なんて
潰れてしまえ
明日
学校で
会社で
笑われてもいい
最愛の推しの名を呼べる今この時
心臓が痛い
手が震えて
足もがくがくするのに
名を叫ぶのを止められない
もう
声なんて
潰れてしまえ
今
この時
この時だけ
ねぇ…お願い…
声が枯れるまで抱いて…
ねぇ…お願い…
抱いてて…
すべて消えないように…
心遠く飛ばされないように…
あなたのすべてで…
お願い…
抱きしめていて…
声が枯れるまで抱いてて……
……
ねぇ…
僕のすべてで抱きしめるから…
離さないから離れないから…
ねぇ…泣かないで…
お願い泣かないでくれ…
永久に抱きしめるから…
お願いだから笑ってよ…
笑ってくれ…
笑顔をみせてくれないか…
腹の底から頭が爆発しそうなくらい怒ったことがある。
今思うと笑っちゃうくらいブチ切れてて、普段穏やかなわたしを知っている人にこれを話しても誰も信じてくれない。
頬の表情筋が痛いくらい楽しかった日々がある。
あんなに接客が楽しくて仕事仲間ともふざけあってて、それだけで成り立ってた日々が懐かしい。年を重ね淑女となった今、人と多く触れ合う接客は天職だと思ってた当時の自分は可愛かったなと思う。
少し前に、わたしは大切な人を亡くしてしまって四六時中泣いていた。
悲しみの表現として"涙が枯れるまで"というのがあるが、あれは嘘だ。涙は枯れない。枯れないどころか鼻水まで垂れてくる。鼻が詰まって息ができなくなって鼻をかんでも鼻呼吸ができなくて仕方なく涙は止まるのだ。そして鼻の具合が落ち着いた頃にまた涙は落ちる。
つい先日パートナーとカラオケでしこたま歌った。彼は喉で歌うので声量はあるがすぐにガラガラ声になる。
わたしはというと歌い出したら止まらない質なので、お気に入りの曲をたくさん歌ってしまう。それこそフリータイムの終盤は声が飛んで裏声なんて出ない。それでも可愛い曲が歌いたくて、意気揚々と挑むのだが気持ちのいいくらいどこかに飛んでいく。
ここぞ、の音程が外れてふたりで笑い転げる。言わずもがなその笑い声も飛んでいる。スナックのママみたいな笑い声だ。
これまで酸いも甘いも経験してきて、数え切れないくらい春も夏も、秋も冬も越えてきた。そこらへんの小娘よりは豊かな経験をしていると自負している。
でも世のスナックのママたちはわたしなんか比じゃないくらい沢山のことを経験して、色んなことを知ってるんだと思う。
たかがカラオケで声が飛んだ小娘と一緒にしてほしくないと思うが、人生経験豊富なスナックのママ風情になった夜、わたしは無敵モードに突入してそこらへんの小娘にくだを巻きたい気分だった。
◇声がかれるまで◇
その日はとても静かで、月明かりさえなかった。
夜更けの街は家々の明かりさえも少なく、それこそ何も遮るものはなかった。
そんな夜に、わたしは星空を眺めている。
なにか、故があった訳ではない。ただ、ふと見上げた星があまりにも綺麗だったものだから、部屋の明かりを消しベランダに立っていた。
普段は、気付かないものだけれど。星を眺めていると、その一つ一つが瞬きを繰り返している。
それこそが星の煌めきという言葉が生まれた理由なのかもしれないと、わたしはぼんやり考えた。
これが、もし、星の声なら。
彼らは何を、誰に、伝えようとしているのだろう。
何億年前の声は、伝えたい相手を失っていることにさえ気付くことはできないのだろう。
されど星は、死んでもその光を、余波を遺していく。
そうまでしてまで、一体、何を求めているのだろう。
その光さえ消えた時、わたしは何を思えばいいのか。
一筋に流れ星が、わたしの目に飛び込んだ。
きょうのおだい『声が枯れるまで』
声が枯れるまで
遠ざかる車…君を乗せた車が、どんどん小さくなる…そして私は、ただただそこに突っ立たまま、君の名前を呼び続けた…
何時も一緒にいて、何時も笑いあって、何時も同じものを見ていた…ずっとずっと、この時間が、永遠に続くと信じていた…だから、突然の別れに、理解できない私は、君を乗せて消えて行った車の行く先を見つめ乍ら、声が掠れても君の名を…
声が枯れるまで
頑張ることはイイことなのに
許容量をオーバーして、心身が壊れた。
エネルギーが枯れて声も枯れて。
枯れてヒビの入った心は、脆く壊れた。
笑い声も泣き声も、息が抜ける音だけ。
空耳でしょうか。
私を呼ぶ、あなたの声が聞こえる。
声が枯れました。今日の行事で。
たくさん緊張したし、たくさん怖かったし、
色々とトラブルがあったけど、なんとか終えた。
声が枯れ枯れになって、口から水分がなくなってしまったけど、
どこが唇で歯なのか分からなくなったけど、
喋り続けたよ。
いろんなことを考えていたよ。
不出来な自分がこんなことしていていいのか、とか、
自信を持つにはどうしたらいいとか、
人の目が怖いとか、結果が怖いとか、
人を傷つけたとか、
人生詰んでるし、関わってくれている人を落胆させたな、とか。
いろんなことがあって、いろんなことがあった。
今日だけじゃない。
本当は今も息していていいのか分からないくらい、だめな人間だと思ってる。
仕方ない、そのこと全て一旦置いといて、一旦忘れて、
次のために計画を立ててみよう。そして、落ち着いて行動しよう。
って言ってくれるけどさ、どれだけの人間がそんなに優しくしてくれるんだろうか。
正直言って、全部自分の責任だし、自分のことなんだから、
ってことは分かってるけど、やっぱりこの身一つで困難や、叱りや否定、怒りに立ち向かうのは、ロボットじゃないし怖いんだよ。
毎日死んだ顔してしまう。
確かにそうなって当然なのかもしれない。
でも、そのせいでもっと自分が堕ちていくのは知ってるじゃない?
だから、まだ頭も心もごちゃごちゃしてるけど、やれることをしなくちゃ。
そして、落ち着かなきゃ。
怖いね、怖い。
声が枯れるまで泣いたところで涙が私たちの喉を潤すことはない。声が枯れるまで怒ったところで音にならなかった震えた空気は激情を捨てやしない。声が枯れるまで笑ったところで私たちのかすれた笑い声はきちんと互いの耳に届く。応えてよ。
声が枯れるまで何かを主張したことはない。いつか声を枯らす時が来るなら、その自分はきっと歌っているんだ。音楽しかないから。
自分がこんなかっこ悪い姿で生きてること、死ねない理由を叫んでやる。
今はまだ、そのための準備中。
何年か前、迷子を警察に届けた。何度かその経験はあるけど、このときは少しの出来事があって、印象に残っていた。幼稚園の年長ぐらいの男の子だった。
その男の子はずっと大きな声で泣いていて、ひどく怯えていた。話もできなかったほどだ。
警察から説明やら命令やらを受けているときに、私はふと、なんとはなしに周りを見渡したんだ。そうしたら、この一連を、少し遠くから眺めている中年の女性がいた。子供が話していた特徴とぴったり当てはまるもんだから、いろいろ疑問はあるんだけど、きっと母親だ、そう思った。
だから私はその場をメグミに任せて、その女性の元へと向かおうとしたんだけど、目があった瞬間、その人は後ろを振り返って逃げ出してしまったもんで。私は近年稀に見る全速力を出すことになっちまったんだよな。そんな行動をするんだから、関係があることは目に見えていた。私は若いし、運動も苦手じゃないから、割とすぐに追いついた。だいぶ長く走ったけどね。乱暴に腕を掴んで、振り払われそうになったけど、お母さんですかって叫んだらその人は少し落ち着いた。ひとりの知らない子供のためにここまでするなんて、ばかげてると思ったよ。でもこの頃は今よりずっと感情的で、繊細だったんだ。そして少しばかり、自分と重なったから。なんで逃げるんですかって泣きそうになって叫んだ。そしたら、その母親はこう言ったんだよ。安心したの、あの子がちゃんと保護されて、私なしで生きていけるようで、って。そう、泣きやがりながら言ったんだ。その言葉で、いろいろと想像はできた。それはいいものだけじゃなかったよ。私はたまげちまって、泣いてるその母親を眺めてる間、ずっと痒くもない首を掻いてた。なんて自分勝手で子供思いなお母さん。もうすぐで殴りそうだったけど、手を離して、すぐに後ろを向いてメグミたちの方に戻っていった。振り返りはしなかった。でも移動をする足音や草の音なんて聞こえなかったから、きっとずっとあの人はあそこに突っ立って泣いていたんだと思う。
あのとき、私はどうすれば良かったかまだ分かってない。私は結局知らないふりをして、警察に急に走り出したことを適当に謝罪して、子供に感謝をもらった。教えてやろうとは思わなかった。事実を教えないことに罪悪感は芽生えたけど、小さい子供がその事実を引きずるのは目に見えていた。教えたという後悔よりかはマシだと思った。君のお母さんは愛と称して君を捨てたんだよ、なんて言えるわけがなかった。もちろんもう少し言葉は選べるだろうが。(言葉を濁して愛を強く主張したって、事実は変わらないし、本当に愛ゆえ、それだけの行動だったのかもしれなかったけど、あの母親の様子を見ていると私にはそうは思えなかった。)
声が枯れるまで、母親を求めていた少年を、あの子の人生のためって、自分の人生のために勝手な判断で捨てたんだ。主観から見た客観視とかで、そう考えたんだと思う。子供をわざと迷子にさせるのはどんな気持ちだったんだろう。きっと辛いんだろうな、そんなのは安易に想像できる。子供のためだと言い訳をして、自分も解放されると希望を持って。少し後ろから、見つからないように、お母さん、どこ、怖いよと泣き叫ぶ子供を見守っていたんだろうな。本当に結果論としては子供にとって正しい行動だったのかもしれないけど、そうだとは認めたくなかった。私はあの子供の人生が失敗してほしいと思った。嫌になった。
この話をこっそりメグミに教えたら、あいつ、全然興味なさそうだったな。ただ一言、面白いねとだけ言って、メグミとのその話題は終わってしまった。
声が枯れるまで、君に愛してると伝えたかった
っていうのはありきたりでしょうか
声が枯れるまで
歌いたい。
叫びたい。
喋りたい。
声を出したい。
でもその願いは叶わない。
お題 : 声が枯れるまで #33
私は叫び続ける。
誰かの声が届くまで、叫び続ける。
本性を隠していたい。
だけど、気付いてほしい。
(辛くて、心が破裂しそうなの。)
(痛い…苦しい…誰か気付いて…。)
誰にも言えない『秘密』がある。
そう思って居る人は、きっと何億人も居る。
自分や他の人も、現実を向かないといけない。
だから人は儚くて、ガラスのように作られてる。
それが……例え、命が尽きようとしても。
人は願って、求めて、隠して行動する。
まるで、光と影のようになってるみたい…。
🫧声が枯れるまで🫧
声が枯れるまで、
今の不満をぶつけたい。
夢の話をしたい。
肯定しあいたい。
信じ合いたい。
中学生のとき、合唱部に入っていた。合唱部というと「文科系の部活」というイメージがあるかもしれない。とんでもない。実際の活動はバッキバキに体育会系だった。とりあえず、私の学校はそうだった。
放課後、木造の旧校舎へ続く渡り廊下に入るとき、音楽室からピアノの演奏が聞こえない日は、恙無く部活が終わる。
始まる前に腹筋運動と背筋運動を60回ずつ。毎日のことだ。その後発声練習。それから各パート(ソプラノ・メゾソプラノ・アルト)に分かれて、取り組んでいる楽曲の練習。進度によってそれだけひたすらだったり、合唱練習したり。最後に再び腹筋運動と背筋運動を60回実施。このルーティンが基本である。
これが、渡り廊下に入った時点でピアノ演奏が聞こえると、私達部員は緊張感が爆上がりする。「演奏」と書いたが、聞こえてくるのは「魔王」を「ぶっ叩いてる」不穏な怒りの響きなのだ。この響きが音楽室から轟くときは、顧問の機嫌が悪い。立て板に水。部活の基本メニューが割り増しになる可能性が高く、指導に対する反応・反射が遅いと、いとも簡短に腹筋・背筋運動が倍増する。あなおそろしや。
ある日、長めに魔王をぶっ叩きまくっている顧問に、のんびり屋の1年生がのんびりと訊いた。「先生、どうしたの~?」と。その勇者に顧問の答えて曰く、「職員室で面白くないことがあったんだ!!」と。大きな声だった。
顧問は若い女性教諭だった。当時27歳。その時代は現在ほど「女性同僚も尊重するのはデフォ」という空気は無かったから、職員室で不愉快な思いをすることも少なくなかったろう。彼女の見た目はとても可愛らしかったから尚のことだったろうと、今になって解る。
もちろん、彼女は立派に音楽教師であり、部活での指導はきちんとした声楽の訓練だった。「どのくらいの声量が必要か」と部員に問われて、「大きな川の向こう岸に声が届くようになれ」と答えたので、私は近くを流れる一級河川へ、近くに住む部員友達と出かけて行き、両岸に分かれてそれぞれ発声した。ファルセット発声で、双方とも声は届いた。面白くなってしまって、長時間の間、音階を変えながら発声していたら、二人とも声が枯れてしまった。
今、そんな風に思い切り大きく声を出すことは、まず無い。腹筋はシックスパックじゃなくなったし、出せる音域も狭くなってしまっている。
家の中で楽しく歌うのも、今の御時世では苦情が来そうで遠慮してしまう。
声が枯れるまで声を出したのは、おおらかだった昔の、よろしき思い出の中だ。