郡司

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中学生のとき、合唱部に入っていた。合唱部というと「文科系の部活」というイメージがあるかもしれない。とんでもない。実際の活動はバッキバキに体育会系だった。とりあえず、私の学校はそうだった。

放課後、木造の旧校舎へ続く渡り廊下に入るとき、音楽室からピアノの演奏が聞こえない日は、恙無く部活が終わる。
始まる前に腹筋運動と背筋運動を60回ずつ。毎日のことだ。その後発声練習。それから各パート(ソプラノ・メゾソプラノ・アルト)に分かれて、取り組んでいる楽曲の練習。進度によってそれだけひたすらだったり、合唱練習したり。最後に再び腹筋運動と背筋運動を60回実施。このルーティンが基本である。

これが、渡り廊下に入った時点でピアノ演奏が聞こえると、私達部員は緊張感が爆上がりする。「演奏」と書いたが、聞こえてくるのは「魔王」を「ぶっ叩いてる」不穏な怒りの響きなのだ。この響きが音楽室から轟くときは、顧問の機嫌が悪い。立て板に水。部活の基本メニューが割り増しになる可能性が高く、指導に対する反応・反射が遅いと、いとも簡短に腹筋・背筋運動が倍増する。あなおそろしや。

ある日、長めに魔王をぶっ叩きまくっている顧問に、のんびり屋の1年生がのんびりと訊いた。「先生、どうしたの~?」と。その勇者に顧問の答えて曰く、「職員室で面白くないことがあったんだ!!」と。大きな声だった。

顧問は若い女性教諭だった。当時27歳。その時代は現在ほど「女性同僚も尊重するのはデフォ」という空気は無かったから、職員室で不愉快な思いをすることも少なくなかったろう。彼女の見た目はとても可愛らしかったから尚のことだったろうと、今になって解る。

もちろん、彼女は立派に音楽教師であり、部活での指導はきちんとした声楽の訓練だった。「どのくらいの声量が必要か」と部員に問われて、「大きな川の向こう岸に声が届くようになれ」と答えたので、私は近くを流れる一級河川へ、近くに住む部員友達と出かけて行き、両岸に分かれてそれぞれ発声した。ファルセット発声で、双方とも声は届いた。面白くなってしまって、長時間の間、音階を変えながら発声していたら、二人とも声が枯れてしまった。

今、そんな風に思い切り大きく声を出すことは、まず無い。腹筋はシックスパックじゃなくなったし、出せる音域も狭くなってしまっている。
家の中で楽しく歌うのも、今の御時世では苦情が来そうで遠慮してしまう。
声が枯れるまで声を出したのは、おおらかだった昔の、よろしき思い出の中だ。

10/21/2023, 2:54:46 PM