『冬晴れ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
今日は1/6。季節は冬。君の笑顔は冬の寒さを吹き飛ばす、温かく優しい冬晴れのようだ。
冬晴れの日は
気持ちも緩む
縄跳びの宿題
まだやってない?
公園に行こっか
やりますよ~
数のカウント係🤭
✴️263✴️冬晴れ
「去年は『冬晴れって4種類あんねん』っていうネット知識のネタを書いた、気がする」
東京は今日も含めて、当分の間、「晴れ」の状態からは縁遠い天気が続くっぽいわな。
某所在住物書きはスマホで天気予報を確認しながら、ぽつり、ぽつり。
リアルタイムの天気予報、時事情報等々を投稿内容に反映させがちな当アカウントにおいて、
「晴れ」のお題の投稿日に物語舞台の天気が「くもり」というのは少々書きづらいものだが、
まぁ、まぁ。しょうがない。
「いざとなったらお題に適当な文字くっつけて、『今年の冬、晴れの夜空を巡る大冒険が始まる!』とかにすりゃ、別に天候関係ねぇしな」
お題の第一印象から、どれだけ離れた視点を持てるか。どれだけ切り口を増やせるか。
「書く習慣」開始3年目を間近に控えた物書きは、お題への文字追加で、ネタ枯渇の回避を目指す。
――――――
「冬晴れ」で思い出すのは……といっても、私の「冬晴れ」の使い方が合ってるか、ぶっちゃけサッパリなのは、気にしない方向で申し訳ないけど、
ともかく、去年の晩冬、2月の丁度終わりの頃に、
雪国出身の先輩の里帰りに同行した日に見た、一面の白と見渡す限りの青だ。
先輩自身が「雪国の片田舎」って説明する故郷の景色は、東京と違って空を区切るビルが無い。
東京で空を見上げると、だいたいどこかに建造物が映り込むけど、先輩の故郷はそれが無い。
満天の青。限りなく少ない人。静かな日中。
「冬晴れ」って言葉を聞いてパッと浮かぶイメージに、一番近い光景。
「田舎に移住したい」って人は、きっとコレを求めて、東京の利便性を手放すんだと思う。
ちょっと分かる(なお「ちょっと」の模様)
メッッチャ寒かったけど、あの冬晴れの青は、都心じゃゼッタイ見られない。
ちょっと、分かる(大事二度宣言)
私は、都内でゲリラ開催される、推しゲーの小さなオフ会を捨ててまで、その冬晴れを日常的に欲しいとは思わない派閥だけど、
去年里帰りに同行した「2月」が近づいてくると、
ぼんやり、あの冬晴れの青を思い出す。
大量の人からも、大量の建造物からも離れた、
静かで広い雪国の空を、思い出す。
要するに何が言いたいって、今年も先輩、同時期に里帰りしないかなっていう。
更に突っ込んだハナシをすると、
先輩の故郷のエモい喫茶店で食べた
エモいミルクセーキと、
エモい冬季限定スイーツを、
可及的すみやかに、摂取したい衝動が、
ごにょごにょ、もにょもにょ。
非常に、湧いてきたと。
スイーツ摂取欲登場の理由は簡単だ。
2025年早々、私が一時的に勤めてる私の職場の支店から、貴重な人材が離職してったのだ。
そのひとは、お菓子作りがトレンドだった。
そのひとは、自分でたくさん作っちゃうから、作った分のほとんどを支店に無償で提供してくれた。
私と支店長と、それから真面目で引っ込み思案な新卒ちゃんと、その他2人の従業員は、
お菓子作りがトレンドの「そのひと」のおかげで、
程度の差こそあれ、大なれ小なれ、癒やされてた――だってバチクソ美味しい無料スイーツで心の健康が常に維持されてたから。
え?
最終的なハナシとして、「冬晴れ」と関係無い?
いやいや。美味しいスイーツは、美しい冬晴れと美しい自然、それから静かな環境の中で食べるのが、
多分、一番、美味しいのです。
知らんけど(突然の責任放棄)
そんなこんなで。
「うぅー。ミルクセーキ。スノーケーキ……」
「冬晴れ」といえば思い出すのが、職場の先輩の故郷の青で、職場の先輩の故郷のスイーツなワケで。
「今年、来月、食べれるかな……」
去年の2月に食べた甘さと冷たさを、自分の職場の昼休憩中に思い出しては、
その先輩に対して、グルチャなどしてるのでした。
冬晴れ。
冬晴れは気持ちいいよね!
寒ーいなか日差しが差し込んでるとぽかぽかして。
ありえないほどの眩しさで目を覚ました。
カーテンの隙間という隙間から、白い光が漏れ出している。
起き上がらずとも、吸い寄せられるように手を伸ばし、カーテンの裾を捲る。
久しぶりの青空。
最近はずっと曇りだったので少し心が跳ねる。
今度こそ起き上がりカーテンを思い切り開けた。
雲一つないスカイブルー。
窓をゆっくり開ける。
一晩中エアコンをつけて温めていた空気が逃げ出し、代わりに水蒸気をはらんだツンと冷たい空気が前髪を濡らした。
息が白く染まる。
ベランダに出ると地面が光っていた。
雪が積もっている!
遠くの公園から甲高い声が聞こえてきて、心が弾む。
さすがにパジャマで長時間耐えることはできず、早々に部屋の中に退散したが、まるで春が来たかのように弾んだ心は暖かかった。
冬晴れの雨の日。
ちらほら雪が舞う地面に。
冷たさを感じて雪が溶けた。
吐く息は白く…濁って固まった。
晴れてくると何もなかったようね。
私の始まりは冬晴れの日。
✡
お題『冬晴れ』
また悩むお題だ。なので再びGeminiに頼ってなんかヒントがないか探すことにした。
それにしてもGeminiは有能である。
冬晴れの定義から、魅力、過ごし方、豆知識、写真、さらには冬晴れを題材にした俳句まで出てくるのだ。
聞いたことに対して、求めていた回答以上のものを出してくれる。すくなくとも長い会話が苦手で、ある程度のところで止めがちな私よりも有能なのでは?と思う。
さて、気を取り直して、「冬晴れの時のおすすめの過ごし方」のところを読む。ふむふむ、ピクニック、読書、温かい飲み物を飲む、か。
ピクニック、読書は無理だ。日中は仕事している。だが、温かい飲み物を飲むならすぐに実現可能だ。幸い在宅勤務だからいつでも好きな飲み物が飲み放題なのだから。
とはいえ、仕事初めの今日、接続先の会社のサーバーが落ちたので休んで正直ピクニックやら読書やらに興じたい気持ちではある。でも、さすがに無理なので仕事に戻ることにする。
「冬晴れ」
雲ひとつない空は気持ちいい。
冬晴れは正に雲ひとつない。
空気がピーンと張っているような、シャキッとした気持ちになるね。
都会の空は小さいけど、それでも絵の具で塗ったような綺麗な空を魅せてくれる。
この季節だけの空を堪能しよう。
冬晴れ
生命の誕生は、いつになっても「神秘」だと思う。
この子で三人目。だというのに、いや。
きっとどれだけの子を迎えても、こんな感じだろう。
子供二人のほうが、落ち着きさえ感じていて。自分が父親だというのに、これでは示しがつかないような。けれど「慣れる」気はしない。
まったく、なんと言えば良いやら。
だって。
早くに産まれることで未熟児どころか「超」の未熟児になるでしょう。
そんなことを言いわたされたのが数時間前。妻の、苦しむ声の先。
長く、永く感じた時間の末に。
――おめでとうございます、女の子ですよ。
声は、なかった。そのまますぐ、どこかへ連れていかれてしまった。今腕に抱くには、あまりに小さすぎるから、と。
一瞬見えた。小さい。とっても。手のひらサイズもいいところだ。
名前は、決めていた。
冬の晴れまと書いて「冬晴れ」、今日のような日に。
――ひより、と。
最近まで体調を崩し、ずっと家にいた2歳になる娘。
体調が良くなり、大事をとってもう1日家にいようねと言ったのに、仕切りに外へ出たがり、ぐずぐずしたので外出。
玄関を出るなり空を指差し、あお!あお!と嬉しそう。
生まれてこの方、好きな色がコロコロ変わり赤、緑、黄色と見ると喜ぶ色が変わる娘。
最近は青が好きなようで、服もタオルもみんな青色で、買ってくると喜びはするけど、久しぶりに見た冬晴れの空の青色には敵わなかったようだ。
次は何色が好きになるのか楽しみではある。
お題『冬晴れ』
伊多孝雄(いだたかお)の兄、藤雄(ふじお)が住むNZL(ニュージランド)を訪れて2日目の朝を迎えた。
孝雄は洗面所で顔を洗いリビングに行くと。藤雄がキッチンで朝食を作り、リビングテーブルに並べていた。
孝雄「おはよう」
藤雄「おう、おはよう。よく眠れたか?」
孝雄「ま、まぁまぁかな」
孝雄は数年前から不眠症に悩まされている。医者によれば精神的なストレスが原因だろうと診断され、どうしても寝付けない時は睡眠薬を服用するように処方された。ストレスの原因は解っている。しかし対処法が難しい。だから少しでもストレスを軽減させる為に日本を離れ藤雄のいるNZLへ訪れたと言っても過言ではない。
孝雄「兄さんが朝食を用意しているのかい?」
藤雄「朝食だけじゃないぞ。平日は俺が家事を担当している。フィラは忙しいからな、孝雄が起きる前に仕事へ行ったぞ」
藤雄の妻、ミクロフィラ(愛称はフィラ)は観光案内所で働くキャリアウーマンである。
藤雄が子供たちを起こしに行った。子供達は日本と違い学校に通っているようだ。
孝雄は1人で黙々と朝食を食べた。食べ終わった食器は流し台へ置くように言われている。その後孝雄は部屋に戻り、出かける準備をしながら、観光で訪れる場所の天気を携帯で調べていた。すると嬉しいことに今日の昼間は冬晴れであると表示されている。だが、NZLの天気は変わりやすい。雨具をボディバックの底に入れるのだった。
End
シャッターに貼った年末年始休暇の貼り紙をはがしたら、膝下で踏ん張りながらお店のシャッターを開ける。その奥に出てきた自動ドアも手ずから開けると、1週間こもっていた紙の匂いが私に向かって吹き抜けてくる。
「ふう」
思わず顔を背けて空を見上げると、たゆたう雲も薄い穏やかな冬晴れの陽気だった。
「今日も力仕事からスタートっスねぇ〜」
久しぶりに、いつもの独り言を漏らした。
店内に入り、雑誌の積まれたラックを外に出す。年末に入荷が止まってスカスカとはいえ、本は重たい。三つ目のラックを出して、それぞれを軒下に配置し終えると、店長がのっそりと現れた。
「おはようございます。あ、あけましておめでとうございます」
年末から会っていないことを思い出して言い直す。
「ああ、おはよう。今年もよろしくね。いつもありがとう」
足を悪くした店長は、杖をついて歩くことが多くなった。重たいものを動かせないから私が雇われていると言っても間違いではない。雑誌以外の新刊本の発注はすべて店長が行なっている。
「裏に雑誌があるから、並べておいてくれるかな」
「はい、わかりました」
バックヤードに行くと新刊雑誌が届いている。ここ数年の間に、この店に届く雑誌の部数は減っているという。廃刊で雑誌の種類も減っているし、個々の発行部数も減っている。それでも私には本は重たい。
たまに思うことがある。足の悪い店長を置いて、私がお金を持って逃げることを、店長は考えたことはないんだろうか。
「俺が面接して採った人間が、そんなことするわけねぇよ。そうだろ?」
気になったから直接聞いてみた。そしたらこの回答だ。
「でも私の居眠りには気づいてますよね?」
店長は大口を開けて笑った。
「自分から面と向かって言うかね。この子は。本屋なんてな、それぐらいぼんやりしてた方がいいんだよ。この街では」
正月明けの初日。駅前商店街もゆっくりと起き出した。まだお休みの人も多いかなと思ったけど、午前中からいつもよりお客さんは多かった。
「手帳を買い忘れてて」とか「お正月番組見てたら、今年の運勢、ちゃんと見ておかなきゃと思って」とか、色々な理由で本屋さんの開店を待ち望んでいた人たちが足を運んでくれた。
ちょっと先の栄えている駅まで行けば、手帳も処分価格になっているだろうに。この街に生きている人たちには、この本屋への信頼があるんだと感じた。
そんなことを口にしたら、店長はこんなことを言ってきた。
「立ち読みも万引きも大目に見てやってたからな」
「え?」
「いまのこの街を支えている連中は、ガキの頃にみんなここで立ち読みしてた。万引きしようとしたヤツには、ここで読んでいくなら金は取らねえ、万引きしちまったら警察に伝えるって言ってたんだ」
「それが信頼につながるんですか?」
いまは立ち読み禁止を掲げる本屋も多いけど、昔はそうでもなかったというのはよく聞く。
「金がないうちは立ち読みでも構わない。本を読まないで大人になるよりずっといい。大人になって金を払えるようになったら、その時に本を買ってくれればいいんだよ。あの子どもたちの内の何人かでもな」
「そういうもんですかねー。ずいぶんお人好しな気もしますけど」
強かな店長にしては人情じみた話だ。
「それが本屋を長く続けるコツってことだ」
そう言って店長はニヒルな笑みを浮かべた。
「だから、俺が続けなきゃならねぇんだよ」
晴れていても、空が青くても雲が薄くて真っ白でも、それでも私の髪をなびかせる風は冷たくて悲しい
〚冬晴れ〛
子供たちが久しぶりに集う
お正月だった
お正月が終わっても
冬晴れの暖かい日が続く
朝からシーツを洗い
お布団を干し
部屋の掃除をする
午前中の方が日差しが良い
小さな頃から
20歳になったら一人暮らしをと
推奨してきた私たち
そのことに後悔はないけれど
子供らは いないのに
今日は おでんを
大量に作ってしまった
冬晴れ
いつも雪が降る日々とは反対に、今日は太陽が出ている。この降り注ぐ太陽の光が身体にあたっていつもより暖かい。
太陽の光が当たってきらきら光る雪はまるで宝石みたいだ。普段は散歩などしないし、家でゴロゴロしているだけなのだが、なんだか今日は晴れているので冬に誘われるように外へ出たのだ。
かといって、寒いものは寒い。いくら太陽が出てようが少し暖かろうが、風がなかろうが、寒いものは寒いのだ。
(少し暖かいものが飲みたいな)
なんて、そんなこと思いながら指先が真っ赤な自分の手を必死に温めていると、近くにおばあさんが近ずいて、
「お嬢ちゃん」
と言われた、まさか私?と言わんばかりに私がキョロキョロしてるとおばあさんが
「ふふふ、貴方だよそこのキョロキョロしているお嬢さん」
と少し笑ってそう言ったんだ、私は、ごめんなさい、と謝り、何かと聞くと
「貴方寒いのでしょう?私おしるこつくりすぎたのでおすそ分けしようと思ってね、おしるこは嫌いかい?」
私は喜んで「好きです!大好きです!貰ってもいいんですか!?」と食い気味に言うとおばあさんはまた笑ってぜひ貰って!作りたてだからあたたかいよ、と言ってくれたんだ、お礼にお金を払おうとしたんだけど
「いらないよ、私はおしるこで喜んでくれただけで十分だよ」
そう言ってくれたんだ、なんだかそんな言葉をかけられ、1口おしるこを口の中に注ぐと、つくりたてというのもあり身体の中からじんわり温まっている感じがして、心がとても暖かくなった。
あぁ、今日は外へ出てよかった。
いや、晴れいてくれて、良かった。
私はたまには外へ出るのもいいな、そう思えた日だった。
ふっ、と息が漏れる。
やけに冷たい朝を見つめ、伸びきった袖で結露で見えない窓を撫でる。窓越しに濁った空が見える。
今日は曇りかな、なんて思いながら
ぼーっとする頭をなんとかしようと玄関で靴を鳴らす。
外はまだ薄暗い。
いつもの公園にいこうとしたのがまずかった。
もうすぐ公園に着く、というところで奇妙なかたちをした看板を見かけた。「」。それには何も書いていなかった。
冬ということもあって余計に冷える。今日の昼の予報は
晴れなのだが、それが嘘なのではないかと思うほど。あ
れには意味があったのだ、今思えば。
にんげんである以上、知識欲には逆らいがたいもので、
はーっと白い息を吐き、口の前に手をあて温める。
看板をたくさんの方向から眺めてみる。やっぱり、看
板には何か書いてあるどころか傷一つない。不気味
に思ったが、なぜか逃げる気になれない。あのまま、ぼ
おだちしてどれだけたったろう。どれだけにげたくても
きもちが、きもtが。kmtggggいきさえとまりそうd。
をあうおあいえいいいまはそらのひかりがこkちいい。
ついでにいいあうええおえお、かんばんはりせいすら
けしさってしまうよう
て゛
。
冬晴れの予報の日の早朝、空が濁っていたら昼まで外にでないことを強く勧めます。
ところで、気づきました?語り手は寒さを訴えていたときから貴方に忠告があるそうです。
是非、縦読みしてみて下さい。
ね。
いま起きた。勉強しないと。理科と国語以外捨てるしかない。
やっぱり一週間やそこらで二年、いや三年?の勉強取り戻して課題全部するとか無理だよな。塾なしだもんな...
まぁツケが回ってきただけか。
今日は理科のワークの内容と社会のワークの内容、英単語を徹底的に叩き込む。
というか、理科ですら怪しいな。とりあえず理科の教科書読んでテスト範囲をノートで纏めて課題でアウトプットを繰り返すしかない。
社会のワークは30ページやそこら全部暗記!!英語はワークを進めてわからないところは姉に聞く!
今日一番しんどいのは社会かな。今から社会を一周して勉強の間にまた一周して、夜に徹底的に叩き込むか。
理科は今日のメインどころやな。姉曰く理科の先生は実力テスト、課題のワークからしか出さんらしいからな。
今からぶっ通しで6時まで勉強しても六時間...そっから夜12時まで勉強しても十二時間...時間が足りん!
昨日も8時間かそこら勉強したけど全く進まんかった!!
徹夜で行くか?でも、今日徹夜で行って明日のテスト大丈夫か?それに、テストは明日だけじゃない。明後日もテストなんやぞ。明後日は英、数、国か?数学ボロクソやろ。0点やろ。
とりあえず勉強してくる。コーヒー淹れる間にも単語帳めくらなあかんくらいやし!今も英語聞き流ししてるし!
冬晴れ
今日は確かにいい天気だ。冬の晴れた日は空気がすんでいて気持ちがいい。
ただどれだけ気持ちのいい天気でも冬は寒い。こうも寒いと外出する気は起きないな。
今日の朝もエアコンの暖房つけちゃったしまだまだ冬だね。寒くてしかたない。
話は変わるけど口内炎が治ってきた。前は治るのにもっと時間がかかった気がするんだけどな。これは薬のおかげかな?
場所が舌だったからパッチが張りにくいし唾液ですぐ剥がれるしで散々だったけど効果があるならこれからも買おうかな。
最もこれからなんてないにこしたことないけど。痛いし苦しいし口内炎はもうできないでほしいものだ。
冬晴れ
なんという冷たく清浄無垢な空気、なんという美しい青い空!こういうのを冬晴れというのだろう。
見渡す限りの白い雪だった。ウィンタースポーツ嫌いの夫に無理やり「スキーやスノボーしたいんじゃないの。雪が見たいの」と、連れてきてもらったので、スキー場ではないのが良かった。小さな温泉場から少し登ったらこの景色だ。
「来て良かったぁ、ありがとう」「俺も久しぶりに雪山に来たけど、きれいだなあ」夫もこの景色に満足そうだった。
結婚30周年の記念に、どこか旅行しようと相談して、いろいろ調べてここにした。私ももう長くないかも知れない。最後の思い出になるかも知れないと、半ば強引に持っていった。
長くないかも知れないのは事実だ。血液の病気で、貧血がどんどん進む。貧血の治療は輸血しかない。輸血をすると、身体に鉄分が溜まりすぎる。鉄分は、人間にはもちろん必要だが、多くなると腎臓に影響を与える。鉄分を排出する薬を飲む。要するに、貧血と輸血のせめぎ合い。それが崩れると今度はもっとひどい貧血になるという、ロンドみたいな病気だ。
「来年も来たいなぁ」と、思わずつぶやく。「来たばっかりなのに、来年もって欲張りだ」「来年あるかな」「何を言ってるんだ。来年も来るんだよ」私は空を見上げた。夫もつられて上を見る。なにはともあれ、冬晴れの空と雪は綺麗だった!
救急車で1時間もかかる遠くの市民病院で受け入れられた。京都大学を出た若い脳神経外科医師と脳神経外科の部長が優秀だと噂の病院だった。
病院に搬送されて、すぐ父は手術をするか否かの選択決定を母が独りでしなければならなかった。
手術をしたとしても、意識が回復する保証は無い。手術をしなかったとすれば命は無い。そのように提示された。母は手術を選んだ。私が京都市内からその日の授業を欠席し、病院へ駆けつけたときに既に手術は始まっており、終わったのは9時間後だった。
担当の脳外科医はフラフラになって手術室を出てきた。ひとまず命は取りとめたものの、意識がいつ戻るかと言うことについては、全くもってわからない。そのように告げられた。
当時は介護保険制度と言うシステムも言葉もなく、入院期限は3ヶ月と言う縛りもなく、父の病状からすると退院の目処どころか、リハビリ開始の目処すら立たなかった。意識がなく、首の座らない幼児のように目をつぶったまま、車椅子に座らせ頭部ががっくり、後部に落ちそうなほど傾いている状態であっても、