シャッターに貼った年末年始休暇の貼り紙をはがしたら、膝下で踏ん張りながらお店のシャッターを開ける。その奥に出てきた自動ドアも手ずから開けると、1週間こもっていた紙の匂いが私に向かって吹き抜けてくる。
「ふう」
思わず顔を背けて空を見上げると、たゆたう雲も薄い穏やかな冬晴れの陽気だった。
「今日も力仕事からスタートっスねぇ〜」
久しぶりに、いつもの独り言を漏らした。
店内に入り、雑誌の積まれたラックを外に出す。年末に入荷が止まってスカスカとはいえ、本は重たい。三つ目のラックを出して、それぞれを軒下に配置し終えると、店長がのっそりと現れた。
「おはようございます。あ、あけましておめでとうございます」
年末から会っていないことを思い出して言い直す。
「ああ、おはよう。今年もよろしくね。いつもありがとう」
足を悪くした店長は、杖をついて歩くことが多くなった。重たいものを動かせないから私が雇われていると言っても間違いではない。雑誌以外の新刊本の発注はすべて店長が行なっている。
「裏に雑誌があるから、並べておいてくれるかな」
「はい、わかりました」
バックヤードに行くと新刊雑誌が届いている。ここ数年の間に、この店に届く雑誌の部数は減っているという。廃刊で雑誌の種類も減っているし、個々の発行部数も減っている。それでも私には本は重たい。
たまに思うことがある。足の悪い店長を置いて、私がお金を持って逃げることを、店長は考えたことはないんだろうか。
「俺が面接して採った人間が、そんなことするわけねぇよ。そうだろ?」
気になったから直接聞いてみた。そしたらこの回答だ。
「でも私の居眠りには気づいてますよね?」
店長は大口を開けて笑った。
「自分から面と向かって言うかね。この子は。本屋なんてな、それぐらいぼんやりしてた方がいいんだよ。この街では」
正月明けの初日。駅前商店街もゆっくりと起き出した。まだお休みの人も多いかなと思ったけど、午前中からいつもよりお客さんは多かった。
「手帳を買い忘れてて」とか「お正月番組見てたら、今年の運勢、ちゃんと見ておかなきゃと思って」とか、色々な理由で本屋さんの開店を待ち望んでいた人たちが足を運んでくれた。
ちょっと先の栄えている駅まで行けば、手帳も処分価格になっているだろうに。この街に生きている人たちには、この本屋への信頼があるんだと感じた。
そんなことを口にしたら、店長はこんなことを言ってきた。
「立ち読みも万引きも大目に見てやってたからな」
「え?」
「いまのこの街を支えている連中は、ガキの頃にみんなここで立ち読みしてた。万引きしようとしたヤツには、ここで読んでいくなら金は取らねえ、万引きしちまったら警察に伝えるって言ってたんだ」
「それが信頼につながるんですか?」
いまは立ち読み禁止を掲げる本屋も多いけど、昔はそうでもなかったというのはよく聞く。
「金がないうちは立ち読みでも構わない。本を読まないで大人になるよりずっといい。大人になって金を払えるようになったら、その時に本を買ってくれればいいんだよ。あの子どもたちの内の何人かでもな」
「そういうもんですかねー。ずいぶんお人好しな気もしますけど」
強かな店長にしては人情じみた話だ。
「それが本屋を長く続けるコツってことだ」
そう言って店長はニヒルな笑みを浮かべた。
「だから、俺が続けなきゃならねぇんだよ」
1/6/2025, 3:34:17 AM