『入道雲』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
(入道雲)(二次創作)
絵具をそのまま零したかのような青空に、真綿のように真っ白な雲が浮かんでいる。木陰の涼しい場所を陣取って仰向けに寝っ転がっていた牧場主シャリザーンは、一言、呟いた。
「パンティーしたい」
「頭沸いてるのか」
冷ややかな声が耳に届くが、肝心な姿は見えない。とはいえ、どうせ近くにはいるだろうと踏んで、シャリザーンは続ける。
「つれないな。マイスイートハニーなら、『はっはっは!良き哉良き哉』と褒めてくれるのに」
「おお、そなたこんなところにいたのか」
イオリがやってきて、シャリザーンの隣に腰を下ろす。冷ややかな声の持ち主は、そのまま音も立てずに気配を消した。近くにいるかもしれないし、いないかもしれない。後者だな、とシャリザーンは判断した。何故ならば、今からイオリと甘々な時間を過ごすからである。
「え、てかハニー、僕を探していたの?」
「うむ。書の整理もひと段落ついたゆえ」
イオリの顔を下から見るのも乙なものだ。真正面から見ることが多く、次点が横。どの角度から見ても整った凛々しい若君の魅力を余すところなく味わえる。最高だ、と声に出さずに呟く。青い空、真っ白な入道雲、涼しい木陰、愛しい伴侶。大親友の儀を交わして正解だった。
「やっぱこんな晴れた日はパン(のパー)ティーしたいな」
「そういえば、ドウセツから米粉を譲り受けておった」
「コメコ?」
小麦粉でなくてもパンが焼けるとは初耳だ。降ってわいた有益情報に、シャリザーンは思わず跳ね起きた。イオリによれば、作り方自体もドウセツが教えられるとのこと。
「へぇ!お米パンティー、いいかもね!」
そうと決まれば善は急げだ。牧場主は、一路、庵を目指して駆け出す。やや遅れてイオリも立ち上がり、後を追った。
「…………」
あとは、意味のわからない会話をただ聞かされたマツユキが残るのみであった。
『入道雲』
夏になり、気温は高く、反対にテンションは低くなる。
あと3週間もすれば大体の学校は夏休みに入るだろう。期待に胸を躍らせ今日も学校への道を歩く。
天気は晴れ。前方を見てみると積乱雲が出来ていた。こうしてみると、夏に近づいているのがわかる。
さあ、夏休みまで後少し。頑張ろう!
【入道雲】
入道雲。
それが僕の呼び名だった。
夏の風物詩って言われているが、落雷や大雨を降らせることがあるから僕を嫌ってる人も少なくないし、何かと特別扱いを受けることが多かった。
「入道雲って何て言うか…特別、だよね」
「わかるー。私等みたいな普通の雲とじゃ天と地の差、って感じ?」
昔聞いた他の雲たちの何気ない会話。
それが僕は凄く嫌だった。
好きで入道雲になったんじゃない。
「特別」なんかになりたくなかった。
もっと、「普通」になりたかった。
入道雲としての仕事が多い「夏」は自分を見失わないように、生きるためにバリバリと働いた。
他の季節は時々入る仕事だけで済ませ、極力引き籠もるようにした。
そんな生活をしていたある時、先輩の入道雲から呼び出された。
ここ数年、僕は先輩の補佐入道雲として仕事をしていたが先輩が引退することで正式に引き継ぎすることになった。
僕が生まれるより何十年と前からバリバリに働いていた彼はもう「入道雲」とは呼べないぐらい小さくなっていて、もう寿命も長くないようだった。
「なぁ、後輩。俺たちは『入道雲』って名前がつけられてるけど、実際は図体だけデカいただの雲よ。ちょっと感情の波が強いから落雷大雨を引き起こしちまうだけで、普通の奴等と何も変わらない。特別な存在なんかじゃないんだ」
先輩はカラカラとグラスの氷を回しながら語る。
真面目な話をする時の先輩の癖だ。
「だってさ、こんなちっさくてヨボヨボの身体になっても俺は『入道雲』なんだぞ?名前なんて飾りに過ぎないんだから、お前も『普通の雲』らしく頑張れよ」
先輩はそう言い残して煙のように消えていった。
…僕は雲。
それ以上でもそれ以下でもない。
「おや?ずいぶんと懐かしい。よくあの子らが許したものだね」
奥宮へと続く石段に腰掛け、空を見上げている珍しい子に声をかける。
本当に珍しい。雨に隠されたはずの子が、一人きりで現世に戻っているとは。
「誰?」
「酷いな。藤《私》を忘れてしまうなんて」
確かに最後に会ってから、数多年月が過ぎているが。しかしかつては愛でてくれていたのだから、覚えていないはずはない、と。半ば期待するようにそう告げれば、雨の愛し子は藤《私》を暫く見、納得したように頷き守り藤か、と呟いた。
「雨の愛し子」
「その呼び方は好きじゃない」
「そうか。では娘。こんな所でどうした?迷子か、それとも家出か?」
藤《私》を覚えている事に気分を良くし、問いかける。どちらであっても、少しばかりは力になるつもりだった。
「分かんない。少し考えたくて、気づいたらここにいたんだけど…どうしたらいいか、分からなくなった」
呟いて、膝を抱えて蹲る。
思っていたよりも深刻なその様に、どうするべきかと暫し悩む。
面倒な事は嫌いではあるが、致し方ない。
見上げた空に、遠く成長する白い雲を認め。迎えが来るまでと、雨の愛し子の隣に腰を下ろした。
「何かあった?話したくないなら、無理にとは言わないよ」
「上手く言えないんだけど」
「それでも構わないさ」
苦笑する雨の愛し子に笑みを返し、その頭を撫でれば、顔を上げ僅かに目を見張り泣くような笑みを浮かべる。
意外な反応に思わず手が止まるが、途端に寂しげな顔をされ、それならばと気にする事なく頭を撫で続けた。
「今まで知らなかった、知ろうとさえしなかった事がたくさんあって。どうするのが良かったのか分からなくなって…私のせいで死んでしまった人がいて。私がいたから悲しむ人がいて。それが選択肢を間違えたからだって思っていたのに、本当は生まれた時からどうしようもなかったんだって…色々考えて、何で私なんだろうとか。私が生まれなければって、思って」
知ってしまったのか。
最初から決まっていた結果とその過程で失われたもの。元は人であったこの娘には、それらは重すぎるのだろう。
抱えた膝に顔を埋め、声を殺して泣く姿に憐憫の情が湧く。
「雨の龍が憎い?」
問いかける言葉に返答はない。
だが微かに振られた頭を見て、それ以上は何も言えなくなる。
見上げた空に広がる雷雲は、まだ遠い。
それでも然程時間をかけず、この地に激しい雨と雷を呼ぶのだろう。
雷を纏うとは、よほど怒りが強いのか。その怒りは娘が逃げ出した故の事なのか。逃げ出したその意味を考えてはいないのか。
少しだけ、怒りが湧いた。
「もうすぐ迎えが来るようだね。でもその前に、雨の龍に仕置きをしようと思う」
「…え?」
驚いたように顔を上げた娘の涙を拭い、そのまま抱き上げる。
刹那、雨が降り出し。
雷を伴い激しく降る雨の向こう。人の形を取る雌雄の龍を見て。
「さて、仕置きの時間だよ。童ども」
龍が口を開く前に、大蛇の尾が二匹を打ち据えた。
20240630 『入道雲』
「入道雲」
入道雲を見ると、なぜかすごく明るい気分になる。
うおー!夏が来たー!!とか、前に見た映画みたいで綺麗とか、綿菓子やソフトクリームみたいで美味しそう!!とか、もうすぐ夕立が来るかも……とか、いろんなことを考える。
昼間はあんなに晴れていたのに、夕方が近づくにつれて蝉は静かに、空は薄暗く、遠くからは雷鳴が迫ってくる。
入道雲を見上げているうちに大きな雨粒が降ってきて、急いで近くの建物に駆け込んで外を見つめていると、遠くが全く見えなくなって、たまに雹が降ることもある。
このご時世、こんな大雨を見てそんな気持ちになるのはよくないのかもしれないけれど、小さい頃と変わらず、今でもすごい雨が降ると非日常を感じてわくわくしてしまう。
それよりも好きなのは、大雨のあと、サーっと晴れて明るく照らされる街を見ること。
水たまりに映るサルスベリ。
羽を乾かすツバメたちの鳴き声。
そして、東の空に見える虹。
入道雲も、そのあとの静かな輝きもいいなぁと思いながら、今年もまた夏を迎える。
お題「入道雲」
まるでインクを落としたかのように鮮やかに真っ青な空に、もったりと重そうな、ふわふわした雲がまとわりついている。それは、どんどんと大きく膨れていき、青をどんどんと白く塗り替えていく。
夏の風物詩だなぁと思いながら、ぼんやりと眺める。子供の頃には意識したことなどなかったけど、この年になってふと空を見上げるとあぁ夏だなぁと実感できる。それは知識が増えたからか、子供の頃にこうやって改めてまじまじと空なんか眺める機会なんてなかったからか。
どちらにせよ空を眺めてしんみり季節を感じる行為と言うのは、何と言うか自身の加齢も感じさせる。悲しいような、寂しいような。情緒的な風流と言うのは、感傷を孕んでいるものだ。
「さてと」
久方振りの晴れ間に意気込んで布団から洗濯物から洗って干せるもの全てをを外に干したのはいいが、そろそろ取り込まないと悲惨な未来を辿ることになりそうだ。
取り敢えずは最優先で寝床の確保をしなければ。干してある布団に触れると、ふわりと温かくいい匂いがする。取り込んで縁側へと運ぶ最中に、庭で何かと戯れていた君と目が合う。
「もう取り込むの?」
「うん、雨が降りそうだから」
「こんなにいい天気なのに?」
「入道雲が大きくなって来たから、多分もう少ししたら雨が降るよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「美味しそうだなとしか思ったことなかった」
空を見つめて何だか呆然と言う君が可笑しくて、笑ってしまった。感傷とは程遠い、子供の無垢さをいつまで経っても失わない彼女が眩しい。
「わたあめ食べたくなっちゃったな」
こんな感想が出てくる僕も、なかなかに君の朗らかさの影響を受けていると思うけれど、君に日向に連れ出して貰っているようで、気分が良い。
彼女ははっと弾かれたようにこちらを向いて、楽しそうに言う。
「だったらお祭りに行こう!一緒に!!」
僕の返事を待たずにわーいと声を上げて、ついでに手も万歳の形に上げる。その弾みに彼女の手に握られていた蝉が、ほうほうの体でひょろひょろと飛んで行く。
さっき何かと戯れているなぁとは思ったが、蝉とだったらしい。子供の無垢な残酷さも、彼女はまだ失っていないようだ。
哀れな、と蝉に気を取られている間に、彼女は家の中へと駆け上がっていく。直近の祭りの日程でも確認するのだろう。
彼女とのお出掛けの予定を楽しく立てるために、とっとと洗濯物を取り込んで、向後の憂いを絶つことにしよう。
なーんかさー
むくむく立ち上ってるヤツを見るとさー
こう
ぶち破りたくなんね?
真っ白でさー正義面っつーかさー
ぶち破りたくなんね?
立ちはだかる姿がさーでっかくってさー
ワクワクしてくるくね?
あれぶち破ってやるぜーってな!
“積乱雲”
《巡り逢うその先に》
第2章 ③
登場人物
桜井華 (さくらいはな)
高峰桔梗(たかみねききょう)
樹 (いつき)
葛城晴美 (かつらぎはるみ)
犬塚刑事 (いぬづか)
足立 (あだち)
黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
高峰桔梗は警察学校に入校し、初めての寮生活を過ごしていた。
同室のパートナーは、ふたつ年下で高卒の葛城晴美という活発な子だ。
1ヶ月も経つと晴美は桔梗に打ち解けていた。
「葛城さんはひとり暮らしで寂しくないの?」
「私の実家はど田舎で農家なんですけど、周りには田んぼと畑しかないんですよ。コンビニだって自転車で20分もかかるんですよ。おまけに休みの日は畑の手伝いさせられるし、脱出できてよかったですよ」
「友達とも離れちゃったんでしょ?」
「それが、仲のいい友達はみんなこっちの大学や会社に就職したから、またに会ってるんです」
「そうなんだ。それなら寂しくないね」
「高峰さんはどうして警察官になろうと思ったんですか?」
「実は数年前から婦警さんの家に居候してて、その人に勧められたのが一番の決め手かな」
「その人にいろいろ教えてもらっているんですか?」
「まあね」
「今度の休みにお邪魔してもいいですか、私も教えてもらいたいです、お願いします」
「うん、大丈夫だと思うよ」
そして、次の休みに葛城晴美を連れて自宅へ戻った。
「おかえり桔梗、いらっしゃい葛城さん。私が桜井です」
「初めまして葛城晴美です、いろいろと教えて下さい。よろしくお願いします」
「ここは署じゃないんだから、そんなに固くならないで」
その後、女子会が始まった。
そして、
「桜井さんは、どうして警察官になったんですか?」
桔梗はビックリした、以前聞いた時は(今は話せない)と華さんは言っていたから。
「私の父も警察官だったんだ。
10年前に巡回中に殉職したんだ。犯人はまだ捕まっていない。私はこの手で犯人を逮捕するつもりだ」
「そういうことって、映画やドラマだけかとおもってましたけど本当にあるんですね」
葛城は他人事のように興奮している。
「それで犯人の目星は付いているんですか?」
「おおよその見当は付いているんだが、証拠も確証もないんだ」
「私、無事に警察官になれたらお手伝いします」
「ありがとう、でも危険過ぎるから、気持ちだけ有難く受け取っておくよ」
その後、葛城は友達に会うからと言って帰っていった。
桔梗はストレートに華に聞いてみた。
「華さん、何か隠してますよね」
「何の事だ?」
「警察官になった理由です」
「やっぱり桔梗は鋭いな。この際だから話しておこう。警察官になった理由はさっき言った通りだ、だが続きがある」
「それは?」
「父は巡回の途中で言い争っている声を聞き、声のする方へ向かい、応援要請もした。ふたりを見つけ声をかけようとした時、ひとりの男がもうひとりを刃物で刺した。それを偶然通りがかった一般市民が目撃してしまったんだ。そして目撃者を始末しようと男が襲いかかった時、父が間に割って入り、犯人と揉み合いになり胸をひと突き、即死だったよ。その時、応援が駆けつけたので、犯人は逃げて行った。その時の警察官が桔梗も会ったことのある犬塚刑事だよ。
犬塚刑事は父の後輩でバディだったそうだ」
「その目撃者って、もしかして私達ですか?」
「桔梗は覚えていたのか」
「私は父に抱っこされて寝ていたので、夢かと思っていたんです。父も母もその話しはしませんでしたから」
「そうか。犬塚刑事は犯人を遠目でしか見ていないので顔もハッキリとはわからなかったそうだ。桔梗のお父さんたちも協力してくれたのだが、モンタージュを作れるほどではなかった。それに、犯人に狙われる可能性もあるので、身を隠すようにしてもらったそうだ」
「それで、引っ越しをしたんですね。わかりました。話してくれてありがとうございます。私も犯人を逮捕するの手伝います」
「この話はまだ終わらないんだ。
桔梗の両親を殺害した足立を操っていたのが、父を殺害した容疑者によく似ていると、犬塚刑事が言うんだ」
「それって、目撃者である私の両親を殺害する為に足立を使ったってことですか」
「私と犬塚刑事はそう思っている」
「その容疑者のなまえは?」
「黒鉄銀次だ」
つづく
澄み切った天色の空に、“入道雲”が浮かんでいる。
日陰にいても暑い日……
(入道雲、未完)
坂を上る
目の前は一面雲だ
足は地面についている
だけど心は空を飛んでいる
この雲は青春の雲
もくもくもく
空はどこまでも真っ青で
雲はどこまでも真っ白で
私の心を明るくしてくれる
ふるさとは入道雲が美しく 山と潮騒 それだけの町
題目「入道雲」
『入道雲』
夏になるとよく見る、あの雲。
ときに、あの雲のおかげで
たくさんの人が苦しんでいることを、
あの入道雲は知っているのだろうか。
力強そうだが悪天候になる
やはり普通の雲の方が良い
夏の空に浮かぶ
白銀の山
「入道雲」
あの雲はなんだか猫に見える
あっちの雲は魚かな
見る人によってはまた別の形に見える
どんな形をしていても雲は雲
人も同じ。
ぼくはぼくなんだ
そのままのありのままのぼくを見てほしい
『子供じゃないんだから』
そんなのわかってるよ
あなたから見たぼくは子供っぽいんだね
でもぼくはぼくなんだ
今のままのぼくをすきだよって抱きしめて
あぁ、なんだかあの雲の上に
いってしまいたいな
入道雲
入道雲
今は梅雨真っ盛り
梅雨が明けてから見られるのよね
夏の風物詩でもある入道雲
夏を感じるわ
近年の夏はまるで熱帯地方だよ
そのうち、バナナが食べられるかもね
夏だけに訪れるんだよな。
雲も、君も。
俺は、君に会うのは夏だけじゃ物足りない。
そう思ってしまうのは俺の我儘なんだろう。
好きな人なんだから会いたいに決まってる。
今でもその想いは変わってないから、また会いにきてよ。今年は夏だけじゃなくて、冬にも来てよ。
「私以外の人にも目を向けて。
あなたは賢くてこれだけかっこいいんだから、モテるんだよ。女の子選び放題だよ。
あ、でも顔で決めないでね。
私だって会いたいよ。
会えるけど会えないんだよ、一生」
去年の夏に君は、そう言っていた。
お盆に帰って来る君を想う。
入道雲のように現れる君を。
#2024.6.30.「入道雲」
創作恋人
なにも考えずに浮いていられる.まるでいきてないみたい
入道雲
少し離れた場所に、不安が集合している。
その不安が的中したら雨や雷のようなものが降ってくる。
まるで入道雲のよう。
降ってくるものは、私を笑うように強く、激しくなってくる。
早く不安が無くなって、空も心も晴れてくれないかな。
早く雲も心も軽くならないかな。
ここからは違います(o・ω・o)
こんにちは!!nononeです!!今日のは詩!!と、言うことで!
創作の続きでも、実話とかでも無いです!考えにしたら詩っぽくなったんで、詩にしました✨
なんかよく分からないんですけど、海水が蒸発して雲になるじゃ無いですか、それがめっちゃ集まって入道雲になって重くて落ちて雨になるって祖母に聞いたんで、最後の文で使いました。
どうでしょうか!!✨
夏の暑い日のことだった。
風を通すためだろうか、屋敷中の襖が開けられていた。古めかしい日本建築のお屋敷は、襖を開け放ってしまえば、まるで大きな一つの部屋のようだった。
屋敷の中は薄暗くて、縁側の方から差し込む太陽の光が強い逆光を生む。そのせいで、夢花は自分の前に立つ彼が、本当に彼なのか強い確信が持てなかった。
「夢花?」彼が小首を傾げる動作をした。その声音は紛れもなく彼で、不思議そうな色が見え隠れする。「どうかしたのかい」
夢花は首を横に振った。こうすることで、悪い夢からも醒めることができるような気がした。
「何でもない。大丈夫だよ」
「そうかい?」彼女の言葉に返答する彼の声音は、心配げだった。「何だか、顔色が悪いようだけど……」
夢花は微笑を浮かべると、彼の手を取った。
「それはね、部屋の中にいるからだよ!」彼の脇をすり抜けて、ぐいぐいと引っ張る。「松緒さんも籠ってばっかりじゃ駄目。たまにはお日様に当たらないと」
そう言いながら夢花は縁側に向かって歩き出す。彼女の為すがままにされながら、彼は苦笑を浮かべた。
「日の光は、僕みたいな陰の者にはきついんだよ」
「陰だろうが陽だろうが知らないけど、人間だったらお日様に当たっても平気でしょ?」夢花はつないだ手を握り締めた。「わたしより、松緒さんの方が顔色悪いよ。蒼白いもん」
彼がそっと手を握り返してくれたので、夢花は立ち止まると振り返った。今度は彼の顔がよく見える。自分を見る眼差しは穏やかで優しい。
売り言葉に買い言葉という感じで口にしてしまったが、こうやって見ると、本当に彼は蒼白い顔をしている。人の寝静まった夜中に何かをしているせい――寝不足だろう。日中も起きているのに、夜中も起きているからそういうことになる。どちらでも何をしているのか、夢花はよく知らないが、せめてどちらかだけにして、どちらかで眠ったらいいのに。
「夢花?」
ううん、と彼女は再び首を横に振ると、前を向いて歩き出した。
縁側には燦々と日光が降り注いでいる。日が当たらないせいで、薄暗くほんのり冷えた部屋から縁側に出ると、むっとした熱気が顔に当たった。
その熱気に彼はたじろいだ。
「あっつ……」思わずといったように洩らす。「冷たいお茶でも持ってこさせようか?」
外の眩しさに目を細めながら、夢花は頷くと、彼の手を離した。彼は遠くから様子を窺っていた使用人に手を振る。そそくさと使用人が近づいてくるのが見えた。
夢花は縁側に座り込むと、足をぶらぶらとさせた。目の前には庭園が広がるものの、直射日光に当たっていて、いかにも萎れているように見える。小さな池があるが、その池だって干上がりそうだ。
ぎっと床板が軋んだ。夢花がそちらの方に顔を向けたとき、彼が両手に水滴のついたグラスを持って、座ろうとするところだった。彼は夢花と同じように縁側に座ると、持っていたグラスの片方を渡す。
受け取ってすぐに夢花はグラスの中身を飲み干した。中見は麦茶だった。
ことりと背後で音がしたので振り返ると、先ほど彼と話していた使用人が、二つの器を載せた盆を二人の後ろに置いた。その人は夢花ににこりと微笑みを向けると、小さく頭を下げて、空になったグラスと共にまた暗がりの中に去っていってしまった。
「ねえ、松緒さん」
夢花は盆を引き寄せて、器の中身を確かめる。器にはゼリーとシャーベットが盛られていた。彼の指示なのか、使用人の好意なのか、夢花にはわからない。わからないがこれはとても嬉しい。
「何だい?」
夢花は彼に器を渡した。きょとんとしたようにこちらを見る彼に、彼女は言った。
「さっきの人がこれも持ってきてくれたの」
「ああ……あとで礼を言っておくよ」
「松緒さん、どっちがいい?」夢花はもう一つの器の中身を彼に見せながら言う。「こっちはシャーベット、そっちはゼリー」
彼はやわく微笑んだ。
「僕はこちらにするよ。君はシャーベットの方が好きだろ?」
夢花は目をぱちくりさせてから、嬉しそうにはにかんだ。
「えへへ、ありがと! 松緒さん」
どういたしまして、と彼は答えながら、ゼリーを口にした。夏蜜柑のゼリーだった。凍らないように、しかししっかりと冷やされたそのゼリーは、ほんのりと苦かった。