お題「入道雲」
まるでインクを落としたかのように鮮やかに真っ青な空に、もったりと重そうな、ふわふわした雲がまとわりついている。それは、どんどんと大きく膨れていき、青をどんどんと白く塗り替えていく。
夏の風物詩だなぁと思いながら、ぼんやりと眺める。子供の頃には意識したことなどなかったけど、この年になってふと空を見上げるとあぁ夏だなぁと実感できる。それは知識が増えたからか、子供の頃にこうやって改めてまじまじと空なんか眺める機会なんてなかったからか。
どちらにせよ空を眺めてしんみり季節を感じる行為と言うのは、何と言うか自身の加齢も感じさせる。悲しいような、寂しいような。情緒的な風流と言うのは、感傷を孕んでいるものだ。
「さてと」
久方振りの晴れ間に意気込んで布団から洗濯物から洗って干せるもの全てをを外に干したのはいいが、そろそろ取り込まないと悲惨な未来を辿ることになりそうだ。
取り敢えずは最優先で寝床の確保をしなければ。干してある布団に触れると、ふわりと温かくいい匂いがする。取り込んで縁側へと運ぶ最中に、庭で何かと戯れていた君と目が合う。
「もう取り込むの?」
「うん、雨が降りそうだから」
「こんなにいい天気なのに?」
「入道雲が大きくなって来たから、多分もう少ししたら雨が降るよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「美味しそうだなとしか思ったことなかった」
空を見つめて何だか呆然と言う君が可笑しくて、笑ってしまった。感傷とは程遠い、子供の無垢さをいつまで経っても失わない彼女が眩しい。
「わたあめ食べたくなっちゃったな」
こんな感想が出てくる僕も、なかなかに君の朗らかさの影響を受けていると思うけれど、君に日向に連れ出して貰っているようで、気分が良い。
彼女ははっと弾かれたようにこちらを向いて、楽しそうに言う。
「だったらお祭りに行こう!一緒に!!」
僕の返事を待たずにわーいと声を上げて、ついでに手も万歳の形に上げる。その弾みに彼女の手に握られていた蝉が、ほうほうの体でひょろひょろと飛んで行く。
さっき何かと戯れているなぁとは思ったが、蝉とだったらしい。子供の無垢な残酷さも、彼女はまだ失っていないようだ。
哀れな、と蝉に気を取られている間に、彼女は家の中へと駆け上がっていく。直近の祭りの日程でも確認するのだろう。
彼女とのお出掛けの予定を楽しく立てるために、とっとと洗濯物を取り込んで、向後の憂いを絶つことにしよう。
6/30/2024, 12:21:59 PM