『優越感、劣等感』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『 優越感、劣等感 』
「私の好きだったあなたを返して」と君は言う。
今君に好かれている、昔の僕への劣等感。
今君の傍に居るのは僕だよと、昔の僕への優越感。
優越感、劣等感
自分の方が上だと思う優越感。
隣にいる子の可愛さに劣等感。
【優越感、劣等感】
それだけ感じてちゃだめだよ。
優越感に浸りたいとか、
劣等感で辛いとか。
疲れちゃうでしょ。
あなたはあなた、
誰かと比べる必要なんて無い。
テーマ:優越感、劣等感 #242
優越感、劣等感は反対。
でも私にとって紙一重な感情だ。
私は優越感に浸るとき、
必ずといってもいいほど劣等感に襲われる。
誰かに褒められたとき、
私はできるんだという優越感。
そして、
私より上手くできる人はいるのに……という劣等感。
こんな私だめだよね。
いつも思う。
でも、
それを感じると生きている感じがする。
私がそこに存在している意味を
証明しているかのように。
誰よりも人の気持ちがわかっているつもりだし、人の心に訴えかけているつもりだよ
でも結局、評価されるのは、しょーもないこと言ってるインフルエンサーとか呼ばれてる人たちなんだよね
さ、もう寝よ
劣等感はよく感じているので、せっかくなら優越感をピックアップしたい。
しかしながら優越感、浸ったことはあっただろうか。
全然思い付かないので今隣にいる友人に聞いてみた。彼女はおいしいお菓子を食べる時だと言った。
なるほど、そういうことなら優越感を感じる場面は多いのかもしれない。
例えば有給取得で自分だけ会社を休む時とか、自慢できる友達がいることだとか、じゃんけんに勝った時とか。ささやかなことばかりだがいずれも気分を少し上げてくれる。
そんなありふれた優越感が、日常に彩りを加えてくれているのかもしれない。
優越感、劣等感
オレはアイツよりもアタマがいい。こないだの算数だって100点だった。アイツのは、うしろからこっそりのぞきみしたら37点だった。ザマアミロと思った。
うんどうだってオレはとくいだ。50メートル走はクラスで1ばん。あのノロマは10ビョウいじょうかかってる。ジョシにもぬかされてて、ホント、ダサイヤツ。
今日の体育も走るのかと思ったけど、先生がみんなをビョードーに分けて4チームにわかれてタイコーリレーをしましょうと言った。クラスで1ばん早いオレは青チーム。あのノロマは……おなじ青チーム。なんでだよ。先生にコーギしたら、
「翔くんはクラスで1番早いけど、優くんは走るのあんまり得意じゃないの。だから同じチーム。これが平等」
さいあくだ。こんなオニモツいらない。チームであつまって走るじゅんばんを決めるとき、ノロマがオレにむかって「よろしくね」と言ってきた。けどオレはムシをした。
「いちについて、よーい、どん!」
「いけー!」
「がんばれーっ」
先生の声のあとにピストルがきこえて4人のソーシャがいっきに走りだした。オレのチームのヤツは、2ばんだ。オレのばんまでこのままいけば、かてる。さいごにオレがぬけばいいんだ。
「あっ」
オレのチームのヤツがバトンパスがうまくいかなくておとした。あのノロマだ。
「……なにやってんだよ」
いっきにオレのチームはペケになった。オレにまわってくるときにはものすごい差をつけられていた。めちゃくちゃがんばったけど、けっきょくリレーはそのままビリでおわった。アイツのせいだ。アイツがよけいな足ひっぱったせいで、まけた。
「あの、翔くん……」
うしろから名前をよばれた。ふりむかなくても分かる。オレはもっていたバトンを地面に思いっきりなげおとした。
「オマエのせいでまけちゃったじゃないかよっ」
「……ごめん」
ムカつく。コイツのせいでまけた。コイツがいなければぜったいにかてたのに。
「きゃー優くん!だいじょうぶ?」
ジョシの声にびっくりしてふりむいたら、やっぱりそこにノロマオニモツがいた。りょうひざが、血まみれだった。
「うわ、だいじょぶかよ、優」
「いたそう……」
「せんせーっ、優くんがケガしてまーす」
クラスのみんながノロマのまわりにあつまっている。はんたいに、オレのそばにはだれもいない。
「……んでだよ」
ソイツはヤクタタズだったんだぞ。イミ分かんねーよ。ムカついて、バトンをもう1回なげすてようと思っておちていたそれをひろった。大きい音だしたらだれかがこっち見てくれると思ったから。
でも、もうみんな保健室めざしてオレからずっとはなれていた。なんかもう、むなしくなってやるのをやめた。
ひろったバトンをじっと見ると、赤っぽい茶色っぽいよごれがついていた。ハッとした。アイツの血だ。
「……バカみてえ」
でもやっぱり、言ったオレがバカみたいでむなしかった。
お題『優越感、劣等感』
主様の担当執事として、これほど身に余る光栄はないと思う。主様は俺があやせばすぐに泣き止むことが多かったけど、喃語を卒業して少しずつお話ができるようになる頃には完全に俺にべったりで、他の執事たちが担当することはまずなかった。
——主様唯一の担当執事——
俺は、ずっとその優越感に浸っていた。
それなのに。
主様が11歳の誕生日をお迎えになる数日前のこと。
「おはようございます、主様」
てっきりまだねぼけまなこだろうと思っていたのに、主様は既に外出用のワンピースに袖を通していて、窓を少しだけ開けて外を見ていた。
「……決めた」
何を決めたというのだろう? 俺が口を開くよりも早く、主様はこちらを振り向いた。
「今日からしばらく担当執事はアモンにしてちょうだい」
あまりにも急なことすぎて思考が追いつかない。一体主様は今何とおっしゃった?
「アモンと街までお出かけしたいの! 今日からしばらくフェネスはお休みしてていいから」
主様は再び窓の外に目を向けた。視線を追うと庭の草花に水遣りをしているアモンの姿があった。
もしかして、これは事実上の更迭というやつなのか?
俺……主様に嫌われるようなことを何かやったかな? 記憶を探ってもこれと言って思い当たることが……うう、ありすぎる。というかそもそも俺なんかを今まで担当にしてくださっていたのが不思議すぎる。
暇を言い渡された俺は書庫の整理をしつつ、ふとバルコニーから外を窺った。
そこには、仲良く馬車に乗り込もうとしているふたりがいて、それ以上見ていられなくて書庫の奥に引っ込んで嗚咽を噛み殺した。
長けた人には劣等感を覚えて
劣っている人には優越感を覚える
お題
『優越感、劣等感』
私は他人より優れている。
私は他人より劣っている。
ピアノが弾ける。人に優しい。
可愛くない、話せない、消極的、赤面症、心配症、小さい、自信が無い、太ってる、面長、面白くない、頼られない、
自分のいい所が見つけられない。
井の中の蛙飛び込む大海に
揉まれて浮かぶことはなかった
/「優越感、劣等感」
「優越感と劣等感」
私は甘いものが好き。タルト シュークリーム アイス。甘いものは私に優越感を与えてくれる。幸せをくれる。
できることなら毎日甘いものを食べたい。
だから、ストレス発散としていっぱい買って優越感を感じる。
でも次の日になれば、劣等感へと変わる。痩せたい。
そう思ってても何度も甘いものを食べてしまう自分に
ストレスと劣等感が私を苦しめる。
ダイエットしながら、たまにご褒美として甘いものを食べてまたダイエットする。上手く自分をコントロール出来たら
いいのにな…。
昔から、自己肯定感が低く、逆に自己否定感が
根付いている。
優越感とは、他者より自分の方がすぐれている、と
思うことだという。
とんでもない、自分のしたことに自信など無い、
「私なんか」が常套句だ。
なぜ他者より自分の方がすぐれていると、そんな事
思えるんだろう。よほど自信があるのだろうか。
仕事で、「自分のした事はこんな程度なのか」と
自己嫌悪に苛まれた時期があった。
「他の人は、そういうやり方で出来るのに、自分はそれに気づかない」と落ち込んでいた。
相手は先輩なんだから、比べるのもおこがましいの
だけど、彼女の完成したものを羨ましく思っていた。
気づいていなかったけれど、これって劣等感なんだ
よな。
日頃から、「人それぞれ」と思っているわりには、
逆の事を考えている、明らかに矛盾だ。
「私なんか」は、自分を苦しめるだけ。なのに、
自分の中からは消えない。
まぁでも、全体的にみると、自己肯定感は低いまま
だけど、年月とともに、自己否定感は、少しやわらいできたように感じる。
自分をいたわるようになったという事だろうか。
先の事は分からないけれど、もし優越感を感じる
事があるとしたら、それは自惚れるよりも、自信が
ついた、として感じたい。
そして、人と比べて自分の方が劣っている、と思う
事があっても、ほどほどにした方が良いのだろうな
と、自分を楽にしてあげられますように。
「優越感、劣等感」
【 身長 】
私は高1の時、身長が低くて150cmの身長だった。
その当時、良く身長の高いヤツに見下され、いじられていた⋯。
中には調子に乗り私をバカにして優越感に浸っている人もいた。
私は劣等感を感じた⋯が、親からは『まだ成長期が来ていないからじゃないか?気にしなくてそのうち伸びる』と言われた。
内心、自分の体は成長期の来ない病気じゃなかろうかと思っていたが検査してもらったことは無い。
しかし、どう頑張ってもコレばかりはどうしょうもないので気にしない事に努めた⋯などと頑張っていが相変わらず一定数の同級生に何回も身長の事でバカにされた。
なんか腹たったので逆に身長の低さを活かして高いヤツにやり返した。
私を身長の事でバカにするヤツは大抵異性に対してカッコよく見られたいという感情の強い人だったので、女子とソイツがいる時にワザとソイツの近くにまで行って顔を見上げて『鼻毛、出てるぞ』と周りに聞こえるよう言ってやった。
ソイツは女子の前で恥をかいたので顔を真っ赤にしてトイレに行って鼻毛抜きに行っていた。
みんな爆笑してた。
その後ソイツに色々とやり返されたがまあ、お互い様だから仕方ないイーブンだ(笑)
でも、ソイツとは、それがきっかけで仲良くなれた…まあ凸凹コンビだ(笑)
でも2年生冬には凸凹コンビではなくなった。
なぜなら身長が爆上がりし173cmまで伸びたからだ。そいつと身長同じくらいになった。
凸凹じゃなくてフラットだ。
そんな感じで、めちゃくちゃ身長伸びるので、成長痛で痛すぎて寝不足気味になるくらいだった。
卒業する頃に183cmまでになっていた。
高校で3年で身長33cm伸びるとか、どれだけ晩成タイプの成長期なんのだろうかと思った。
学校で周りを見渡したら自分より背の高い人は、ほぼいなくなってた。
もちろん私をバカにしてた人は居なくなった…1人を覗いてわ。
その1人は私の隣に立って『鼻毛出てるぞ』と良く通る声で言うので『お前もな(笑)』と返して2人で良く笑いあっていた。
卒業した今でも付き合いのある鼻毛でいじり合う良き友人だ(笑)
え?私の今の身長?
身長…187cm
逆に高くなり過ぎて困ってます( ̄▽ ̄;)
⚠9割フィクションです 私の話ではありません(๑¯_¯๑)
テーマ【優越感、劣等感】
君を支配する優越感――。
貴方に支配される劣等感――。
「どうして何度言ってもわからないんだ!」
声を荒らげ手を上げる。
これは決して君が憎いからじゃない。「君を思ってやっているんだ」
「ごめんなさい」
震える声でそう返す。
全て私が悪い。わかってる。ちゃんと。「ごめんなさい」
その日も、ただ、いつも通り「躾」をしていただけだった。なかなか君が理解しないから。
それだけなのに、どうして、動かなくなった? 声をかけても何の反応もない。嘘だ、まさか。
徐々に冷たくなっていく躯。
反して、僕の呼吸は荒くなっていく。
僕は君を大切にしていた筈なのに。
君がおとなしく言うことを聞くから、いつしか優越感を感じるようになっていた。君を支配しているという優越感を。
聞こえる声がだんだん遠くなる。どうしてこうなったの?
最初はあんなに幸せだったのに。全てが嘘なら、良かったのに。
貴方に愛されて私は本当に幸せだった。
気付けばだんだんと苦しくなっていて、いつからか劣等感を感じるようになっていた。貴方に支配されているという劣等感を。
優越感なんて間違っていた。
劣等感なんて感じる必要はなかった。
お互いを想い合えれば、それだけで良かった。
こんな結末なら、何もいらなかった。
立ち尽くす男と横たわる女の間には、もう何も感じるものなどなかった。
『優越感、劣等感』
"優越感"
自分が他者より優れているという感覚
"劣等感"
自分が他者より劣っているという感覚
この二つの感情は似ている。
どちらも他者に抱く感情で
どちらも競争心から出来る感情だから。
人間は大抵の時間、この二つの感情を行き来しているのではないだろうか
私を含め他者と自分を比べ、それに対して何かを感じる
それは決して悪い事ではない。むしろ良い事だ
他者を気にかけて自分を前進させようと奮闘している証拠なのだから。
報われない努力は正直多いけれど
今を生きている人達が人生を終える時に良い人生だったと思えたとしたら
それはある意味報われたというのかもしれない。
想いは
いつも同じ場所で
微動だにしないというのに
時の流れだけが
あざ笑うかのように
駆け抜けて行きます
色褪せることのない想いを
これからもきっと
変わらずに抱きしめて
過ごす事でしょう
時折の
悲鳴にも似た溜め息や
溢れ零れる涙が
今のわたしの
せめてもの
生きている証なのかもしれないと
思うこの頃です
✩生きている証 (212)
勉強はどちらかというと好きだった。
知ることが楽しかった。
分かることが嬉しかった。
解けることが面白かった。
けれど、幼い私には勉強はやはり頑張ることだった。
ただ、それ以前に私を勉強に駆り立てたのは、
運動は出来なかった。
美しくはなかった。
可愛げもなかった。
長女ではあったが、長男ではなかった。
どうしても、
家族にとって私は弟よりも優れてはいなかった。
高二のクラス替え、私の今までとこれからが、担任の評価の対象にすり変わるのを感じた。
進学クラスに入れられた時、模試の結果は全国1桁だった。
それでも、弟のチームが1勝した日に勝てなかった。
おめでとうという祝福も、頑張ったなという労いも、私のものではなかった。
次もその調子で。
お前ならできる。
もう少しだったな。
そんな言葉が欲しいんじゃない。
どうすれば、
私はどこまで、
私の方が弟よりーーーー
私は勉強を頑張ることを止めた。
お題:優越感、劣等感
自分より弱そうな人に声かける。
欲しそうな言葉だけ並べて「僕もそうだよ」なんて言って。
優越感に浸ってる。
僕はまだ大丈夫だなって。
大丈夫なんて人それぞれと上から目線に言う道徳の教科書。
それをみて、思う。この作者も、生徒という弱者にこんなこと言って優越感に浸ってんだろうな。
劣等感が押し寄せて教室で吐いた。
僕はよわくない。
優越感と劣等感。それはコインの裏表だ。
昨日まで抱いていた優越感は、明日は劣等感に変わっているかもしれない。
薄氷の上に存在している優越感に縋ってなんとか毎日をやり過ごしている私は、さぞかし滑稽に見えるだろう。
ある人は「周囲と比べても意味はない、上にも下にもいくらでも人はいるんだから」と言う。
別の人は「自分は自分でいいと思えればそれで十分。人と比べる必要なんてない」と言う。
あなたたちは、とても強い人間なんだね。
私にとっては自分を支えにして歩いていくことはとても難しい。
自分を信じることはとても難しい。
「人は存在してるだけで価値がある」「誰もあなたの代わりにはなれない」
そんなこと、どうやって証明できるの?
誰かと比べた方が、手っ取り早く答えが手に入るじゃない。
「それじゃあ自分が苦しいだけじゃない」「自分を大事にしてあげなよ」と人は言うけれど、それはあなたが輝いているからじゃないの?
私みたいな弱い人間には、そんな言葉は眩しすぎるよ。