『伝えたい』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
お題《伝えたい》
言葉を綴ることは命を繋ぎ止めること。
物語を綴ることは命の煌めき。
私にとって、この世界はちっともやさしいものじゃないから。
だから物語を幻想化しちゃうのだろうか。
だから物語に夢を見てしまうのだろうか。
たとえ《最果て》に今いたとしても。
誰からも理解されなかったとしても。
――だから《今》の自分がいいんだ。
その先に答えがあるよ。
伝えたいありがとう
素直に言えなくて
感謝で心が溢れてる
舞華
どんな言葉も、芯にはその想いがあるだろう。
もしかしたら、自覚はされないかもしれない。思ったものと違う感情や情報が伝わるかもしれない。
それが、嫌で。
より正確に、より複雑に、言葉を編んで、誤解のないよう、正しく意図する所が伝わるよう、慎重に、臆病に、一語一語紡いでいく。
──ああ、神よ。
その願いの果てに、我々はバベルを建てたんだ。
それはそんなに、悪い事でしたか。
【伝えたい】
この気持ちを伝えたい
君に伝えたい
でも伝わったらダメだから
こんな世の中じゃなかったら
君を抱き寄せて今すぐ僕の愛を
囁いてあげるのに
愛を込めても込めなくても、届かなくても、ちゃんとここにあったもの
『伝えたい』
君が近くを通る度に、
きみの香りを感じる。
あぁ、伝えたい。
僕がどれだけ君を想っているのか。
たった1度の告白だけでは伝えられない、
でも君は振り向いてもくれない。
いや、考えすぎか。
でも、そう思ってしまうんだ。
(※百合かもしれないので苦手な方は飛ばして下さい)
伝えたい、伝えたくない。
伝えたい、伝わって欲しくない。
伝えてしまいたい、伝わったらどうしよう。
何度も何度も、気持ちを右往左往させながら、
美味しい洋菓子屋さんに並ぶこと1時間。
ショーケースの中に宝石のように並べられた、
甘い茶色や柔らかい白色、光るような黒色…
色取りどりのそれらを一粒ずつ選んで、
まるで宝箱のように素敵な小箱に詰め込んでもらう。
仕上げに手触りの良いリボンで結ばれた、
上質な紙に包まれたそれを眺めながら考える。
どう言って渡そうか。
自分の分を買ったついでに?
いや、ついでにしては流石に立派過ぎる。
ずっと前から好きでした!って冗談混じりに…
いや、本気で取られた時が怖すぎる。
いっそ渡さないでおく?
いや、それは嫌だ、渡したい。
こないだ貰った誕生日プレゼントがすごく嬉しかったから…。
…よし。これで行こう。
方向性が決まったところで、眺めていたそれを大事に鞄にしまい、明日渡すまでの算段を立てながら歩き出す。
私とあの子は、そんなんじゃないのだ。
特別に仲良くしているとは思うけど、
2年生になって初めて同じクラスで、隣の席になった、
ただのクラスメイトで…。
大好きだけれど、この想いは伝えるつもりはない。
それこそ、墓場までもって逝くつもりだ。
願わくば、このままずっと。
何も悟られることなく、1番近い場所で側にいたい。
何かの間違いで私の気持ちが伝わってしまって、
今までの関係でいられなくなったらと思うと…。
とてもこわい。
---伝えられない気持ちを込めて。
---伝わらないでと願いながら。
---精一杯の親愛を込めた笑顔の奥に、
特別な想いを秘めて。
---明日、あなたに手渡す、
とびっきりの気持ちの代わり。
根拠のない自信があなたを強くする。
1度きりの人生を思い切り楽しんで。
『伝えたい』
あの渦巻く黒塗りの翼達は
いつからそこに居たのだろう
時に黙し
時に叫び
矮小な人間の感情を嘲笑い
貪欲なる死をもって生を貪る
あの雪の下に倒れ伏す過日は
ただ静かに恨んでいた
「伝えたい」
恥ずかしい失敗をたくさんした方が
いい大人になれるらしい
職員室だけがいつも暖かい学校
その温度管理に異議をとなえる人はいない
だってそこに行くとみんな忘れてしまうから
わたしたちは席替えで暖房の近くになってラッキーだねとおしゃべりをする
中庭をのぞむ教室
ここはどこかの縮図
伝えたいことなんて思いつきもしなかった
雪の月曜日
#伝えたい
どれだけ言葉で表しても
本心は隠れたままで
何を感じているかは
本人にしか分からない
それでも伝えたいことがあって
すれ違う思いがあって
難しさに頭を抱えるその日々も
交わした分だけ価値になる
お題「伝えたい」
「これからあなたは彼らの娘として生活していきます」
あたしは、赤ん坊の姿をしたあたしを抱えている男の人の声に耳を傾けていた。
目の前にいる男女に見覚えはない。おそらくあたしを作るように依頼した人たちだろう。
赤ん坊の姿のあたしは言葉を話せない。だから、んあと動物が鳴くように返事をする。
返事を聞くと、男の人はあたしの親になる人たちに目を向けた。
「ご存知のとおり、いまは電力不足で『人形』の販売は禁止されています。ですので、くれぐれも周りに知られることがないよう、ご注意ください」
彼の言葉に、ふたりは真剣な顔で頷く。
「充電は、充電器であるこの板に仰向けで寝かせればできます。充電器と『人形』の間に何かあっても充電可能ですので、シーツなどの下に充電器を設置してください。また、小学校に上がるまでは独自の教育を施して人間に近い言動をできるようにします。日程は追って連絡します」
彼はあたしを『両親』に差し出す。男の人の方……『お父さん』があたしを優しく受け取った。
『お父さん』と『お母さん』があたしを見下ろす。
その目には涙が浮かんでおり、きっと待望していた『娘』だったんだなと思った。
差し出された指を小さい手で握ってやれば、『お母さん』は嬉しそうに笑いながら泣いていた。
あたしは人形なので食事も排泄も要らないが、『人間』として生きていけるように、『人間』の普通の生活を学んでいった。
さらに親の希望は「元気で優しい娘」だったので、それを満たせるような行動も学んだ。
小学校からは人間だらけの環境になる。人間は「違い」に敏感だから気をつけなさい。気づかれたらあなたの『両親』もあなた自身もタダじゃすみませんよ。
何度も何度も言い聞かされた。
そらで言えるくらいには言い聞かされた。
そもそも人間とは違って物忘れというものができないので、言われたことは全て覚えているのだけど。
小学校の入学式。
あたしは緊張している素振りを見せていた。
堂々としすぎていると目立ってしまうから、という指導だったから。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
『お母さん』があたしの手を握って歩いていく。
一応体温も再現しているので、触った感じで『人形』だとバレる心配もないらしい。
周りには、あたしと同じ背丈の子達がたくさんいた。
きっとみんな人間の子供なのだろう。あたしみたいな『人形』の子供はもういないのだと話を聞いている。
「ねえねえ! トモダチになろ!」
突然投げられた言葉に辺りを見回すと、新入生と思しき女の子があたしを見ていた。
隣にいるお父さんらしき人は苦笑して、『お母さん』に「すみません……この子はやく友達がほしいみたいでずっとこんな調子なんです……」と謝っていた。
「名前、なんていうの?」
「チヒロ! そっちは?」
「ハナ。よろしくね、チヒロちゃん」
挨拶をすると、お父さんらしい人が驚いたように「しっかりしてる子ですねえ」と言った。
『お母さん』は、「自慢の娘なんです」と誇らしげだった。あたしとしては、年相応に振る舞えなかったことについて焦りを感じていた。
「さっきトモダチになったみっちゃんとよーちゃんと写真とろーよ!」
「みっちゃん? よーちゃん?」
「つれてくる!」
チヒロちゃんは台風のようにどこかへ去っていった。
取り残されたお父さんは屈んであたしに笑いかけた。
「ちょっと元気すぎるけど優しい子なんだ。よかったらチヒロと友達になってあげてね、ハナちゃん」
あたしはそれに頷く。そうこうしているうちにチヒロちゃんが女の子二人を連れてきた。
「パパ! 写真!」
「じゃあみんな、ここに並んで」
ひっそりとみっちゃんとよーちゃんに自己紹介を済ませて、あたしたちは、チヒロちゃんのお父さんの指示に従う。
みんなでピースして一枚撮ってもらったあと、みっちゃんが言った。
「みっちゃんのランドセルも撮って!」
みっちゃんのランドセルは綺麗な桜色だった。お気に入りらしく、さっき自己紹介してたときもしきりに見てたがっていた。
「かわいいランドセルだね。じゃあランドセルをこっちに向けて、振り向いてくれるかな?」
みんなで並んでランドセルをカメラに向ける。
これがトモダチというものなんだな。
あたしは少しワクワクしていた。
よくわからないけど写真をたくさん撮らせて、大人をニコニコさせて。
あたしも、『お父さん』と『お母さん』にとってそんな存在になれるだろうか。
『子供の先輩』を観察しながら、あたしはどうにか人間の子供として生活していった。
事件が起きたのは、高校生の頃だ。
初めて、家に友達を招くことになった前日。
『お父さん』も『お母さん』も喜んでくれて、『お父さん』なんかはその日にわざわざ休みをとったくらいだ。
あたしも楽しみだった。そして、バレないかの不安もあった。
ソワソワしながら布団に入ると、違和感があった。
給電されない。角度の問題か、シーツの問題かと試してみたが、全く変わらなかった。
慌てて『両親』に報告に行く。
部屋は真っ暗だった。
停電、というものだと『お父さん』が言った。
『お母さん』が手回しラジオと懐中電灯を持ってくる。
ラジオでは、深刻な電力不足のため停電の復旧めどはたっていないという話だった。
『お父さん』はポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話をかける。
「娘の充電はどうすればいいんですか。……え? 復旧まで待てって……いつになると思ってるんですか、下手すると半年とか言ってたじゃないですか!」
『お父さん』が怒っている。
あたしの隣で『お母さん』が不安そうな顔で『お父さん』を見つめている。
あたしは現状のバッテリー残量を確認する。32%。明日の午前中まではもつかもしれないが。
「とりあえず、スリープモードにして極力動かないようにするね。友達にも、風邪ひいちゃったって言っとくから大丈夫だよ!」
あたしは二人に笑顔で言った。
二人の沈黙を、了承の意味と取って、あたしは部屋に戻った。
友達には風邪の連絡をとり、布団に横になる。給電されないのは初めてなので、なんだか落ち着かない。
布団に入ってもあったまらない。給電されなくても、自分の体温で布団をあったかくできる人間は便利なものだなと思った。
脇腹にあるカバーを外す。そこにはシャットダウンボタンとスリープボタンとリセットボタンがある。
スリープボタンであれば、少しゆすられれば起きられるはずなので、『両親』が来ても問題ないはずだ。
スリープボタンを押して、あたしの意識は闇に沈んでいった。
あたしを呼ぶ声がした。
体が揺れている感覚があり、目を開く。
体は動かない。スリープモードでもそれなりに電池を消費してしまったらしい。
首を動かさない範囲で辺りを見回すと、困った顔の『お母さん』と、呼ぶ予定だった友達がいた。
「ハナちゃん、なにしてるの」
女の子は言う。もともと笑顔の少ない子だったが、今は感情という感情が見えなかった。
「風邪だから寝てるんだよ」
あたしが返すと、彼女は苦い顔をした。
もしかして話したのだろうか。チラッと『お母さん』を見ると、目を逸らされた。
「ただのお見舞いのつもりだったのに……お父さんたちの慌てぶりがおかしくて問い詰めたの」
あたしが『お母さん』を見たことに気づいたのか、彼女はつまらなそうに言う。
きっと会わせたらバレるという不安が先行して追い出すことに重きを置きすぎたのだろう。風邪くらいでそんな剣幕で追い出す家などきっとないのだろう。
あたしは笑った。
「どう? あたしの部屋。この抱き枕とか可愛いでしょ?」
「うん、似合ってる」
「あそこに飾ってある写真はね、小学校の入学式の時に友達と撮ったんだ。可愛くて片付けられないの」
「そうだね、左がハナちゃん?」
「そうそう、隣がチヒロちゃん、よーちゃん、一番右の可愛いランドセルの子がみっちゃん」
「この子達は人間?」
「うん、あたしが作られた頃には、『人形』は違法だったから」
「……そっか」
彼女は写真を見つめている。
「その隣にあるオコジョは、ずっと前に『お父さん』が出張のお土産に買ってきてくれたんだ」
「……廊下にもたくさん写真あったね」
「うん、『お父さん』も『お母さん』もお出かけも写真も好きだからね」
彼女は静かにぬいぐるみを撫でていた。
あたしも静かに天井を見つめていた。20%を切ると、もう体は動かすことはできない。口だけはギリギリ動かせるが、口が動かなくなるのも時間の問題だ。
「『お母さん』、『お父さん』は?」
「下で……電話を……」
「あたしはもう時間ないみたいだから、呼んできてもらってもいい? 最期に話したいなって」
『お母さん』は俯いたまま部屋を出た。
きっとあたしを買わなきゃこんな気持ちにならなかっただろうに。あたしは『両親』を哀れに思った。
「来てくれてありがとね、最期に話せてよかった」
「本当に最期なの?」
「充電できるようになれば最期じゃないけど、その時にはデータ飛んでるかもしれないし」
「ロボットだもんね」
彼女は小さくわらう。「他の子と何も変わらないのに」と写真を見ている。
「あたしはね、違法の存在だけど、人形だけど、愛されて育ってきたの。だから……この家のこと、この人形のこと、覚えててほしい」
「私が覚えてたって何にもならないよ」
「ううん、あたしが人形だって知ってる人に、伝えたかったの」
「……知ったのついさっきだけど」
「うちの『親』がごめんね?」
彼女は黙った。悲しそうな顔をしているように見えたが、わからなかった。彼女は、『両親』と入れ違いに帰っていった。
「あの子ならきっとあたしのこと言いふらさないから大丈夫だよ」
あたしが言うと、『両親』は「そんな心配をしてるんじゃない」と呟いた。
「もう声が出づらくなってるから、急いで言うね。『人形』のあたしを、ここまで大事にしてくれてありがとう。すごく、楽しかった」
「大丈夫だ、ハナ。いつか必ず、復旧したら、戻ってこれる」
「そうよ、たとえデータが消えても……あなたは私たちの娘なんだから」
言葉とは裏腹に二人は滝のように涙を流し続けていた。そんな彼らに触れられないのは少し惜しい。
「またね、『お父さん』、『お母さん』」
頭の中で鳴り響く警報。電池残量5%。視界も暗転し始め、音も遠ざかっていく。きっと二人はあたしの名前を呼んでいるのだろう。
こんな人形じゃなくて、人間として、二人の娘になりたかったな。
今まで過ごしてきた時間を頭で振り返りながら、あたしは眠りについた。
おわり。
#伝えたい
僕は趣味で探偵をやっている、今日も殺人事件の解明に取り組んでいるわけだ、
今までいくつもの難事件をその場で解き明かしてきた、
しかし事件に取り掛かる前に伝えたいことがある
この事件の犯人は、僕だ
厳密にはこれまで僕が関わった事件は全て僕の犯行だ
子供の頃から探偵に憧れていたが、同時に殺人衝動やトリックを作りたい欲求があった
結果的に僕は全部をやることにした、
トリックを考え、殺して盛り上がりそうな人物を殺害し、動機をもちそうな人物に罪をなすりつける
考えたことはないかい?「どうしてあの名探偵がいるときに必ず、事件が起きるんだろう」ってさ
ここだけの話、多分あいつらヤッてるよ、僕が言うから間違いない。
さて事件に取り掛かろう、今回のトリックはなかなか手が込んでる、でも心配はいらない僕が来たからにはこの事件は解決したも同然だ。
辛いこと、学校に行きたいこと、
伝えたいけど伝えれない私はきっと弱虫。
貴方のその素振りは
いつも穏やかで
上品で
ゆったりとしていて
無駄に話さず
暖かく
優しくて
安らぎを与えてくれている。
と、思ってた。
本当の貴方は
寂しくて
なんの波乱も立てたくなく
孤独で
虚無だった。
今までどうして気付いてあげれなかったのか
悲しさや
苦しみや
虚しさ
知ってしまった。
これからどうやって
貴方は孤独じゃない。
ひとりじゃない。
味方がすぐそこに居ると
伝えれば良いのかな。
伝えれない立場だから
難しい。
でも人生は常に幸せばかりじゃないし
これから起きる辛いことは
少しずつ乗り越えて。
味方は居る。
信じる勇気もちょっと持てるように。
雨の日に買い物なんて行くものではない
食料品と生活必需品を買いに行っただけなのに
ウザったい雨のせいでほとほと疲れてしまった
田舎らしいマナーが欠けた人混みと雨にうんざりした私と母は、早々に戦を切り上げて帰宅し、
戦利品らを机に並べ、
片っ端から収納している最中である
ー
「これ、安かったよね」
母が指さしたのは
コンビニにもスーパーにも
どこにでも置いてある相場100円の菓子パン
それが今日は90円で売り出されていた、
まあ確かに安いが、
私はもっと安く売り出されている所を知っているから共感できなかった
都内の競争が激しいところだと、
最安50円の時だってある
そう言おうとして口を噤んだ
母は知らないのだ、
その景色を、その世界を
ー
私は久しぶりに実家がある田舎へと帰省していて
母の顔を見たのは数年ぶりだった
私の頭の中では若いままの母親だったが、
実際会ってみると、
体は一回り小さくなっていて、
幼い頃から変わらない香水とタバコの匂いに紛れて
少しだけ湿布の匂いがした
たまに出る空咳が私の不安を煽る
別に、
私が都内の方が安いよ、と言ったところで
母はああ、そうなんだ、いいね東京は、
と何の気ない返事をして、特段何も思わないだろう
それでもその言葉が出ず、
スムーズな会話の流れを止めてしまったのは
こちらの問題だ
母はこの地を出たことの無い人だった
生まれてからずっとこの地に根を張り、
この地が好きでもあり嫌いでもあるようで、
ときたま遠くを羨みはするけども、
行動には移さない人だった
そんな母とは正反対に
私は成人を迎える前にこの地を出た
外の世界の広さに孤独と感動を覚えた私は
真っ先にそれを母に伝えたいと思った
こんな田舎よりももっと広い世界があるのだと
楽しいけれど危なくて、
でもそれは自分が気をつければいい話で
スーパーもコンビニも近く、
より住みやすい土地があるのだと
でも言えなかった
そう伝えたところで
半世紀に渡り、
ビクともしなかった母の足腰はブレないだろうし、
なにより
認めたくなかったし知りたくなかったからだ
私が、
母の腹から生まれた私の方が
この世界を広さを知ってしまっていること
私がもう完全に大人であること
そして母はもう
この世界の広さを知るには遅すぎるということ
私は買ってきた絹豆腐を冷蔵庫の3段目に入れた
冷蔵庫の2段目には初めて見る薬が
私を品定めするように見つめていた
返事をしない私を不思議に思ったのか、
母が私の名をよぶ
私はゆっくりと冷蔵庫の扉を閉め、
母の顔を見ずに大きく頷いた
そのまま抱えて
歩いて行けばいい
重くなったら
そっと腕を下げて
引き摺りながらまた
歩いて行けばいい
そのうち擦り切れて
軽くなって
掴んでいた事さえ
忘れてしまうから
大丈夫
そうやっていつの間にか
忘れていった事
覚えているでしょう
知っているでしょう
「伝えたい」
「ねぇ、あんたにお願いがあるんだけど」
バレンタインデー前日、俺はクラスの女子兼幼稚園の頃からの幼なじみのミナに声をかけられた。
いつもツンツンしている子だが、今日は明らかにツンにプラスしてもじもじが追加されている。
「なに?」
「あんたの部活の先輩、二年生のウエダ先輩……あの人に、明日、バレンタインデーのチョコ、渡してくれない……?」
そんなことだろうと思った。
窓際の席の俺は、小さくため息をついて頬杖をつく。
外はあいにくの雨。雪ではなく、雨粒が窓を伝っていた。
「やっぱりだめ、かな……お、お礼として、あんたの分のチョコもあげるから!」
そういう話の問題ではない。
俺は先日、その本人、ウエダ先輩から相談を持ちかけられていたのだ。
「お前のクラスのミナちゃん? だっけ? あの子、最近……」
伝えたいけど、伝えたらミナは--
「渡すだけ?」
「う、うん! その他諸々はメッセージカードに書いとくから、ただ渡すだけ! 私からってことも言わずに、ただ渡すだけ!!」
「それだと、なんか俺がウエダ先輩に逆友チョコ渡してるみたいなんだが」
あう、と、ミナは固まった。
「じゃ、じゃあ、クラスの女子から、ウエダ先輩に、って」
「はーい」
本当のことは、今日のところは伝えないでおこう。
俺は可愛くラッピングされたチョコを託され、それをぼんやりと見つめた。
伝えるのは、チョコを先輩に渡して、どうだった!?、とか聞かれた時の方が精神衛生的にもあってるだろうし。
外は冷たい雨が降りしきっていた。
【伝えたい】
その駅にある伝言板は、一文字書くたびにすぐ消える。だから伝えたいことは、届かない。届かないから毎日書いてる。