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雨の日に買い物なんて行くものではない
食料品と生活必需品を買いに行っただけなのに
ウザったい雨のせいでほとほと疲れてしまった

田舎らしいマナーが欠けた人混みと雨にうんざりした私と母は、早々に戦を切り上げて帰宅し、
戦利品らを机に並べ、
片っ端から収納している最中である



「これ、安かったよね」

母が指さしたのは
コンビニにもスーパーにも
どこにでも置いてある相場100円の菓子パン
それが今日は90円で売り出されていた、
まあ確かに安いが、
私はもっと安く売り出されている所を知っているから共感できなかった
都内の競争が激しいところだと、
最安50円の時だってある
そう言おうとして口を噤んだ

母は知らないのだ、
その景色を、その世界を



私は久しぶりに実家がある田舎へと帰省していて
母の顔を見たのは数年ぶりだった
私の頭の中では若いままの母親だったが、
実際会ってみると、
体は一回り小さくなっていて、
幼い頃から変わらない香水とタバコの匂いに紛れて
少しだけ湿布の匂いがした
たまに出る空咳が私の不安を煽る


別に、
私が都内の方が安いよ、と言ったところで
母はああ、そうなんだ、いいね東京は、
と何の気ない返事をして、特段何も思わないだろう

それでもその言葉が出ず、
スムーズな会話の流れを止めてしまったのは
こちらの問題だ


母はこの地を出たことの無い人だった
生まれてからずっとこの地に根を張り、
この地が好きでもあり嫌いでもあるようで、
ときたま遠くを羨みはするけども、
行動には移さない人だった

そんな母とは正反対に
私は成人を迎える前にこの地を出た
外の世界の広さに孤独と感動を覚えた私は
真っ先にそれを母に伝えたいと思った

こんな田舎よりももっと広い世界があるのだと
楽しいけれど危なくて、
でもそれは自分が気をつければいい話で
スーパーもコンビニも近く、
より住みやすい土地があるのだと
でも言えなかった

そう伝えたところで
半世紀に渡り、
ビクともしなかった母の足腰はブレないだろうし、
なにより
認めたくなかったし知りたくなかったからだ
私が、
母の腹から生まれた私の方が
この世界を広さを知ってしまっていること
私がもう完全に大人であること
そして母はもう
この世界の広さを知るには遅すぎるということ



私は買ってきた絹豆腐を冷蔵庫の3段目に入れた
冷蔵庫の2段目には初めて見る薬が
私を品定めするように見つめていた

返事をしない私を不思議に思ったのか、
母が私の名をよぶ


私はゆっくりと冷蔵庫の扉を閉め、
母の顔を見ずに大きく頷いた

2/13/2023, 2:42:52 AM