奈都

Open App

お題「伝えたい」



「これからあなたは彼らの娘として生活していきます」

あたしは、赤ん坊の姿をしたあたしを抱えている男の人の声に耳を傾けていた。
目の前にいる男女に見覚えはない。おそらくあたしを作るように依頼した人たちだろう。
赤ん坊の姿のあたしは言葉を話せない。だから、んあと動物が鳴くように返事をする。

返事を聞くと、男の人はあたしの親になる人たちに目を向けた。

「ご存知のとおり、いまは電力不足で『人形』の販売は禁止されています。ですので、くれぐれも周りに知られることがないよう、ご注意ください」

彼の言葉に、ふたりは真剣な顔で頷く。

「充電は、充電器であるこの板に仰向けで寝かせればできます。充電器と『人形』の間に何かあっても充電可能ですので、シーツなどの下に充電器を設置してください。また、小学校に上がるまでは独自の教育を施して人間に近い言動をできるようにします。日程は追って連絡します」

彼はあたしを『両親』に差し出す。男の人の方……『お父さん』があたしを優しく受け取った。

『お父さん』と『お母さん』があたしを見下ろす。
その目には涙が浮かんでおり、きっと待望していた『娘』だったんだなと思った。
差し出された指を小さい手で握ってやれば、『お母さん』は嬉しそうに笑いながら泣いていた。



あたしは人形なので食事も排泄も要らないが、『人間』として生きていけるように、『人間』の普通の生活を学んでいった。
さらに親の希望は「元気で優しい娘」だったので、それを満たせるような行動も学んだ。

小学校からは人間だらけの環境になる。人間は「違い」に敏感だから気をつけなさい。気づかれたらあなたの『両親』もあなた自身もタダじゃすみませんよ。

何度も何度も言い聞かされた。
そらで言えるくらいには言い聞かされた。
そもそも人間とは違って物忘れというものができないので、言われたことは全て覚えているのだけど。

小学校の入学式。
あたしは緊張している素振りを見せていた。
堂々としすぎていると目立ってしまうから、という指導だったから。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

『お母さん』があたしの手を握って歩いていく。
一応体温も再現しているので、触った感じで『人形』だとバレる心配もないらしい。

周りには、あたしと同じ背丈の子達がたくさんいた。
きっとみんな人間の子供なのだろう。あたしみたいな『人形』の子供はもういないのだと話を聞いている。

「ねえねえ! トモダチになろ!」

突然投げられた言葉に辺りを見回すと、新入生と思しき女の子があたしを見ていた。
隣にいるお父さんらしき人は苦笑して、『お母さん』に「すみません……この子はやく友達がほしいみたいでずっとこんな調子なんです……」と謝っていた。

「名前、なんていうの?」
「チヒロ! そっちは?」
「ハナ。よろしくね、チヒロちゃん」

挨拶をすると、お父さんらしい人が驚いたように「しっかりしてる子ですねえ」と言った。
『お母さん』は、「自慢の娘なんです」と誇らしげだった。あたしとしては、年相応に振る舞えなかったことについて焦りを感じていた。

「さっきトモダチになったみっちゃんとよーちゃんと写真とろーよ!」
「みっちゃん? よーちゃん?」
「つれてくる!」

チヒロちゃんは台風のようにどこかへ去っていった。
取り残されたお父さんは屈んであたしに笑いかけた。

「ちょっと元気すぎるけど優しい子なんだ。よかったらチヒロと友達になってあげてね、ハナちゃん」

あたしはそれに頷く。そうこうしているうちにチヒロちゃんが女の子二人を連れてきた。


「パパ! 写真!」
「じゃあみんな、ここに並んで」

ひっそりとみっちゃんとよーちゃんに自己紹介を済ませて、あたしたちは、チヒロちゃんのお父さんの指示に従う。
みんなでピースして一枚撮ってもらったあと、みっちゃんが言った。

「みっちゃんのランドセルも撮って!」

みっちゃんのランドセルは綺麗な桜色だった。お気に入りらしく、さっき自己紹介してたときもしきりに見てたがっていた。

「かわいいランドセルだね。じゃあランドセルをこっちに向けて、振り向いてくれるかな?」

みんなで並んでランドセルをカメラに向ける。
これがトモダチというものなんだな。
あたしは少しワクワクしていた。


よくわからないけど写真をたくさん撮らせて、大人をニコニコさせて。
あたしも、『お父さん』と『お母さん』にとってそんな存在になれるだろうか。

『子供の先輩』を観察しながら、あたしはどうにか人間の子供として生活していった。



事件が起きたのは、高校生の頃だ。
初めて、家に友達を招くことになった前日。
『お父さん』も『お母さん』も喜んでくれて、『お父さん』なんかはその日にわざわざ休みをとったくらいだ。
あたしも楽しみだった。そして、バレないかの不安もあった。

ソワソワしながら布団に入ると、違和感があった。
給電されない。角度の問題か、シーツの問題かと試してみたが、全く変わらなかった。
慌てて『両親』に報告に行く。
部屋は真っ暗だった。

停電、というものだと『お父さん』が言った。
『お母さん』が手回しラジオと懐中電灯を持ってくる。
ラジオでは、深刻な電力不足のため停電の復旧めどはたっていないという話だった。

『お父さん』はポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話をかける。

「娘の充電はどうすればいいんですか。……え? 復旧まで待てって……いつになると思ってるんですか、下手すると半年とか言ってたじゃないですか!」

『お父さん』が怒っている。
あたしの隣で『お母さん』が不安そうな顔で『お父さん』を見つめている。
あたしは現状のバッテリー残量を確認する。32%。明日の午前中まではもつかもしれないが。

「とりあえず、スリープモードにして極力動かないようにするね。友達にも、風邪ひいちゃったって言っとくから大丈夫だよ!」

あたしは二人に笑顔で言った。
二人の沈黙を、了承の意味と取って、あたしは部屋に戻った。





友達には風邪の連絡をとり、布団に横になる。給電されないのは初めてなので、なんだか落ち着かない。
布団に入ってもあったまらない。給電されなくても、自分の体温で布団をあったかくできる人間は便利なものだなと思った。

脇腹にあるカバーを外す。そこにはシャットダウンボタンとスリープボタンとリセットボタンがある。
スリープボタンであれば、少しゆすられれば起きられるはずなので、『両親』が来ても問題ないはずだ。
スリープボタンを押して、あたしの意識は闇に沈んでいった。



あたしを呼ぶ声がした。
体が揺れている感覚があり、目を開く。
体は動かない。スリープモードでもそれなりに電池を消費してしまったらしい。
首を動かさない範囲で辺りを見回すと、困った顔の『お母さん』と、呼ぶ予定だった友達がいた。

「ハナちゃん、なにしてるの」

女の子は言う。もともと笑顔の少ない子だったが、今は感情という感情が見えなかった。

「風邪だから寝てるんだよ」

あたしが返すと、彼女は苦い顔をした。
もしかして話したのだろうか。チラッと『お母さん』を見ると、目を逸らされた。

「ただのお見舞いのつもりだったのに……お父さんたちの慌てぶりがおかしくて問い詰めたの」

あたしが『お母さん』を見たことに気づいたのか、彼女はつまらなそうに言う。
きっと会わせたらバレるという不安が先行して追い出すことに重きを置きすぎたのだろう。風邪くらいでそんな剣幕で追い出す家などきっとないのだろう。

あたしは笑った。

「どう? あたしの部屋。この抱き枕とか可愛いでしょ?」
「うん、似合ってる」
「あそこに飾ってある写真はね、小学校の入学式の時に友達と撮ったんだ。可愛くて片付けられないの」
「そうだね、左がハナちゃん?」
「そうそう、隣がチヒロちゃん、よーちゃん、一番右の可愛いランドセルの子がみっちゃん」
「この子達は人間?」
「うん、あたしが作られた頃には、『人形』は違法だったから」
「……そっか」

彼女は写真を見つめている。

「その隣にあるオコジョは、ずっと前に『お父さん』が出張のお土産に買ってきてくれたんだ」
「……廊下にもたくさん写真あったね」
「うん、『お父さん』も『お母さん』もお出かけも写真も好きだからね」

彼女は静かにぬいぐるみを撫でていた。
あたしも静かに天井を見つめていた。20%を切ると、もう体は動かすことはできない。口だけはギリギリ動かせるが、口が動かなくなるのも時間の問題だ。

「『お母さん』、『お父さん』は?」
「下で……電話を……」
「あたしはもう時間ないみたいだから、呼んできてもらってもいい? 最期に話したいなって」

『お母さん』は俯いたまま部屋を出た。
きっとあたしを買わなきゃこんな気持ちにならなかっただろうに。あたしは『両親』を哀れに思った。

「来てくれてありがとね、最期に話せてよかった」
「本当に最期なの?」
「充電できるようになれば最期じゃないけど、その時にはデータ飛んでるかもしれないし」
「ロボットだもんね」

彼女は小さくわらう。「他の子と何も変わらないのに」と写真を見ている。

「あたしはね、違法の存在だけど、人形だけど、愛されて育ってきたの。だから……この家のこと、この人形のこと、覚えててほしい」
「私が覚えてたって何にもならないよ」
「ううん、あたしが人形だって知ってる人に、伝えたかったの」
「……知ったのついさっきだけど」
「うちの『親』がごめんね?」

彼女は黙った。悲しそうな顔をしているように見えたが、わからなかった。彼女は、『両親』と入れ違いに帰っていった。

「あの子ならきっとあたしのこと言いふらさないから大丈夫だよ」

あたしが言うと、『両親』は「そんな心配をしてるんじゃない」と呟いた。

「もう声が出づらくなってるから、急いで言うね。『人形』のあたしを、ここまで大事にしてくれてありがとう。すごく、楽しかった」
「大丈夫だ、ハナ。いつか必ず、復旧したら、戻ってこれる」
「そうよ、たとえデータが消えても……あなたは私たちの娘なんだから」

言葉とは裏腹に二人は滝のように涙を流し続けていた。そんな彼らに触れられないのは少し惜しい。

「またね、『お父さん』、『お母さん』」

頭の中で鳴り響く警報。電池残量5%。視界も暗転し始め、音も遠ざかっていく。きっと二人はあたしの名前を呼んでいるのだろう。

こんな人形じゃなくて、人間として、二人の娘になりたかったな。

今まで過ごしてきた時間を頭で振り返りながら、あたしは眠りについた。



おわり。

2/13/2023, 4:00:09 AM