『仲間』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
仲間
僕の仲間
それは
「ヴァンパイア」
僕たちは「血」を好む
でも人間達は「パン」や「ご飯」を食べる
それがとてもまずい
だから「血」を吸いたいけど
人間はヴァンパイアのことを嫌う
ヴァンパイアはばれると
殺される
だからうまく人間に溶け込む
まずいものも食べて
学校も行って
仕事もする
でもやっぱり
「血」はやめられないけど
「お前なんの血が好き?」
「俺A型」
「えっ、B型だよ」
「O型に決まってるじゃん」
「AB型でしょ」
"仲間"とは
ぼくの中で儚いものだと思っている。
一旦"仲間"と呼んでも
其の属するコミュニティーから
離れて仕舞えば"仲間"ではなくなる
相手の興味が無くなれば"仲間"ですらなく
"赤の他人"だ。
自分から“仲間"を探しに行くのにも
エネルギーを消費し、
"仲間"から外れれば多少なりの
ダメージをも喰らってしまう。
なのに、人は何故"仲間"を探してしまうのだろう。
"仲間"という言葉で安心するのであろう。
しかし、其れは"縛る"物でもあるのだろう。
後者の考えを持ってしまった、ぼくは
もう"仲間"には、"仲間"をつくる事にも
戻ることはできないのだろう。
其れは"孤独"の始まりでもあるのだけれど…
近くて遠い一枚ガラスの電気橋
望遠鏡みたいなソサエティ
踏破なんて絶対できない間違い探し
頭から先までディファレント
同じ道で同じ存在で同じ時間
一ナノまで合わせるなんて無理
心は何個あってもひとつに纏められない
どこに居たってアイソトープな僕ら
――サメの言うことにゃ、
仲間
仲間
って、ドラマや映画などでよく描かれているけど、良いなって思うけど、いざ自分がそんな仲間の一員になろうったってそう上手くはいかない
人付き合いって難しい
そういうの、卒無くこなせる人になりたい
無理だろうけど
仲間が大事という価値観
仲間がいない人からすると、仲間がいる人は楽しそうにみえる。家族がいない人からすると、家族がいる人は楽しそうに見える。
更に、娯楽作品系の漫画やアニメや映画などでは、仲間を大切にするのが何よりも優先される気がする。仲間のために命をかけてとか、仲間至上主義みたいなのは多い。
なんでこんなに仲間なのかなとしばらく考えた、現実はそうじゃないのに。
その結果、「現実はそうではないのはわかっているから、娯楽の世界ぐらいは、わかりやすい価値観に浸ってリラックスしたい」のかな。
実際の自分が体験している世界をそのまま体験しても、気分転換にもならないし、リラックスもできないし。まず見たくない。
気まぐれな上司や先輩に振り回され、要領の良い同僚は出世し、パートナーはわかってくれないし、子供は言うことを聞かない。自分が生きている意味もあまり感じられない日々。
そんな日々には、仲間を思うわかりやすい倫理観で貫かれた物語は、一種の癒しとなるだろう。だから色々な物語は、大体は勧善懲悪で、仲間を大切にし、パートナーを大切にし、慈愛を持つ人が勝利する。実際はそんなことはなかなかないのだが、ないからこそ、そういう世界を描く意味がある。希少だからこそ意味がある。
私には基本仲間はいないので、ついつい仲間というのは都市伝説ではないかと疑っているが、でも仲間と楽しそうにしている人を見ると、いいなぁと、ちょっとだけ思う。
仲間ってなんだっけ。
分かんなくなっちなったよもう。
何も思い付かないや。
─仲間─ #137
仲間
この言葉が一番嫌い。
すみません。
未熟者でごめんなさい。
いい年してだめだね。
居ないことはなくて、必要不可欠な仲間も有り難い事に近くにいます。
助け合い頼り合い学び合い、何でも話せる信頼できる仲間です。
仲間のいない人間は早死にするそうです。動物の世界でも証明されていますが、その中でも孤高の動物はいるものです。
試されているのでしょうか?
責められているのでしょうか?
人と上手に付き合えない私を…。
何を学び、どう活かしていくのか?
又同じ過ちを繰り返すのかと。
仲間…私の人生の課題でしょうか。
仲間だった。
仲間だと思っていた。
ちょっとヘマをやらかしただけなのに、彼らは俺を許さなかった。
口々に俺を糾弾し、ケジメをつけろとナイフをよこしてきた。
これで命を捨てろということだろう。
だが、こんなことで人生終わらせたくねえ。
だから逆に彼らの人生を終わらせてやった。
辺り一面に広がっていく赤と、その上に横たわる肉の塊たち。
俺の手も心ももう汚れきっているから今更何も思うことはない。
まあでも……仲間だった奴を手にかけたのはこれが初めてだな。
願わくば次が来ないことを祈っておこうかね。
彼女は由美と弘子の傍を離れると夢の世界へ行ってしまう。まるで僕なんて、公園に打ち捨てられたプラスチック容器と同じだとでも言うように、彼女は僕を知ろうとしない。
ありふれたカフェに彼女と僕は向かい合って座っている。彼女はにっこり笑いながら、黙りこむ。
「何を考えているの?」
僕が声をかけた途端、彼女は口を横に結び、憮然と僕を見た。裏切った人間を非難するように素っ気なく呟く。
「由美のことを。」
「弘子のことは?」
彼女は答えない。
仲間って裏切らないから好き
きっとなにがあっても根に持っても
優しくしてくれるのが仲間なんだろうな
仲間
いつも一緒にいた4人組
3人は結婚して子供もいて
1人は独身
月に1回は子供も揃ってだれかの家に集まったり
半年に1回は大人だけで集まれる
いつ集まっても楽しくて時間がすぐ過ぎるけど
集まる予定を決めることが大変
ステータスが変わればみんなの予定も変わる
それはわかるけどそれが本当に寂しい
子供が大きくなって気軽に出かけれるようになったら
またみんなが独身の頃のようになるんだろうな
それまでは細くつなぐ
縁を無くしたいわけじゃない
今がこの仲間じゃないだけ
大切だからこそ
簡単に切りたくない
そんな仲間がいる
仲間は友達とは違う絆があると思う
みんながみんな友達や仲間ができますように
【仲間】
1つの目標や事柄を
一緒に目指したり行う人
それが“ 仲間 ” だと思っている
“ 仲間 ” って
年齢は関係ないよね
取り組み方や協力の在り方で
関係が出来上がっていく気がする
自身の捉え方次第
一緒に居るからだけじゃない
仲間は、電車に偶然乗り合わせた関係ぐらいがちょうど良い。
私の真向かいに座っている人は、熱海駅からずっとそこにいる。20の駅を通り過ぎたが、まだ一緒だ。
向こうはスマートフォンを触らず、本も新聞も読まず、膝に置いたパックバックを抱えて、私の背中にある窓を眺めている。
私は、静岡から神奈川まで見られる相模湾を肩越しで眺めた。波の輝きさえも望めなくなったら、向かい側の窓に映る秋映えの丹沢山を仰いだ。
だんだんと家々が増えてきたから、読書を始めるも、電車の揺れと暖房の暖かさに二度も舟を漕いだ。帰路を急ぐ群衆と共に東京駅を過ぎて、いよいよ私の地元が近づく。
反対席のあの人は、まだ座っている。もし同じ駅に降りたら、運命的な偶然を理由にパートナーになろうかなと期待に胸を膨らせる。とうとう、自宅の最寄駅に辿り着いた。降りながら電車の窓を覗くと、同乗者はまだ電車の中だった。なるほど、相手の旅はまだ終わっていないようだ。
旅は道連れという思い出までも手にした私は、その人に交差した二本指を見せて旅路の幸運を祈った。
(241210 仲間)
小学校の頃、担任の先生にクラスのみんなは仲間だから仲良くしようと言われたことがある。でも、クラス全員と仲良くなんてできない。相性が合わない1人や2人は必ずいる。30人みんなと仲良くするなんて、幼い僕たちには難しすぎた。
夫の苦手なところ、
ドアをきちんと閉めないところ
夜中でも大きな音を立ててドアの開け閉めをするところ
橋の持ち方が変なところ
身だしなみを整えないところ
女性に会う前に鼻毛をカットするところ
いつまでも同じ服を着るところ
忙しいとミスするところ
体調を崩しやすいところ
自分で優しいというところ
見て見ぬふりするところ
本当は冷たいところ
髪の毛が脂ぎってるところ
イボだらけのところ
ほぼ鼻毛が出てるところ
下の歯が全部汚いところ
不潔なところ
掃除当番を決めても汚くなってからやっと掃除をするところ
仲間
「君たちほんと仲がいいよねぇ。」
そう言われ慣れたかのように今日も友人と過ごす私は、今日もため息をついた。
もちろん友人には感謝している部分もある。だがそれ以上に言い争っている私はとても仲がいいようには自分では到底思えないのだ。私がため息をついているのを見た友人はきっと私にまた、なんだよとでも言いそうにしていたので少し席を外すことにした。私は教室を出て、左右に引ける窓の左側の半開きになっている方を右側の最後まで締まりきった方に合わせるようにバタンと開けた。冷たくて心地良く吹きかけてくる秋風は落ち着かせながらも.......(未完成)
「みんなと友達になろう」 よく言われてきた言葉だ
でもみんなと友達になるのは無理だと思う
でもそれでいいじゃないか
友達はもちろん必要だ
共感してくれるし 寄り添ってくれる
でもそれだけではこの世界は成り立たない
仲間はどうだろか
共感や心のよりどころにはならないかもしれない
でも顔を前に向けてくれる ゴールを見せてくれる
そういう人が多く必要なのではないだろうか
僕自身も今これを読んでいる貴方の「仲間」でいたい
〜仲間〜
仲間/12月10日 火曜日
私は、仲間と友達は違うと思っている。
仲間は、同じ目標に向けて一緒に頑張り、助け合う人。
友達は、そうじゃないけど仲良くしたい人。
私はありがたいことに友達は多いが、仲間はいない気がする。
今は受験という共通の敵があるから仲間感がある人も、それがなければ友達に過ぎないと思う。
仲間を見つけるのは大変だと思うけど、この先の人生で仲間に出会えるといいな、と思う。
後ろを着いてくる仲間は徐々に減っている。
残った者は僅か8人しか居ない。
だが今は逃げる他手は無いのだ。
仲間を見捨ててでも。
後ろから追いかけて来るクマはその巨体のままに体当たりで仲間達を吹き飛ばし、更に速度を上げているように見える。
スタミナ勝負なんてできっこない。スピード勝負ももう負けている。
また1人仲間が吹き飛ばされ、宙を舞い自分が走る方向のその先にただの肉塊となって落ちた。
それを飛び越える。
クマはその肉塊を踏み潰しまた他の仲間を吹き飛ばす。
最後の仲間が吹き飛ばされ、その吹き飛んだ肉塊に足を取られ転んでしまった。
クマが目前まで迫る。
腰がぬけて立ち上がれない。
もうダメだと目を瞑り覚悟する。
が、クマの気配、鼻息はすれどなぜか攻撃されない。
恐る恐る目を開ける。
クマの口が目の前に突き出されていた。
その口からチラついて見える歯に見覚えのあるピアスが引っかかっている。
自分の片耳に同じ物が着いているはずだ。
恐怖のあまり思考が働いていないのか、アドレナリンが過剰に放出されていて恐怖を超えているのか、実際のところ分からないが、何故かクマの口に手を伸ばしピアスを取る。
そして無くなっていた方の耳に着け直す。
クマはそれを見届けるとフンッと鼻息を荒く上げ、仲間達の残骸の散らばった道へ戻って行った。
(仲間)
森のクマさんのオマージュ、仲間が減っていく恐怖の理由が落としたピアスってトラウマすぎるか。