『一年後』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
新しい年の始まりを迎えると、いろいろ妄想を並べる。
あれをしよう、これに挑戦しよう、中途半端に手をつけていたあれもいっそ片付けてしまおう。
妄想のなかの自分自身はそれはもう、羅列した事柄をすべて華麗に平らげていく。なんならおかわりまでしている。しかも何度も。
しかし、一年が経とうとする頃に、我に返るのだ。
――また、なにも達成できなかった。
――小さな山や谷がそれなりにあるだけの日々を過ごしていただけだった。
昔は有言実行とばかりに動くことが苦ではなかったのに、いつからこんなに腰が重くなってしまったんだろう。
無駄に気持ちが空回りするようになってしまったんだろう。
このループから早く抜け出したい。
そう願う「だけ」の日を、今日も過ごしている。
お題:一年後
一年後
母が、煎餅が入っていた大きな空缶をくれた。中身は机の上に茶請けとして鎮座していて、私はそのうちの一つを手に取った。
「なんで急に?」
個包装の煎餅は、袋を破って齧り付くとばりんと小気味いい音を立てて崩れた。溢れてしまった破片を指に押し付けるように回収して袋の中に戻しながら、煎餅を咀嚼した。甘塩っぱい醤油の味がたまらない。
「なんか、懐かしくなっちゃって」
「何が?」
「幼稚園の頃、タイムカプセルを埋めたでしょう。あなたが覚えてるかは知らないけど、手紙やいろんなものを詰めて。あれ、開けるのは来年の予定なのよ。覚えてる?」
母は私と同じように煎餅を齧り、あつあつのお茶を啜った。
「ああ、あれねぇ」
ぼんやりとしか覚えていないが、子供の頃、ことあるごとにタイムカプセルを埋めたという思い出は残っている。校舎の側にあった小さな畑に銀色の缶を埋めたのは小学校だったか、幼稚園だったかは定かではないけれど。
「私はあなたが何を入れたかちゃんと覚えてるのよ」
「ええ、すごくない?私全然覚えてない」
「あっという間だったなぁ、こんなに大きくなって」
にこにこと笑う母に心がくすぐったく感じて、熱いお茶に口をつけて舌を火傷した。
「この缶、タイムカプセルにする?」
火傷した舌の先に押し付けるように氷を頬張りながら、私は何の気なしに呟いた。
「え?」
「お母さんと私の大切なものを入れておくの。10年後ぐらいに開けてみたらいいんじゃない?」
頬杖をついて母の方を向けば、一瞬眉根を寄せてからふっと微笑んで、「……面白いかもね」と呟いた。
「中身、お互いにわからないようにしとく?」
「いいじゃん。お母さん絶対にこっち見ないでよ」
「っていうか、10年って少し長くない?」
「あっという間だよ。私が35歳になったら開けよう。きっとすぐだよ」
結局、母も私も中身が見えないように小さな紙袋にそれぞれ思い思いの物を詰めて、一緒に缶の中にしまった。私は母への感謝の手紙と、母が行きたがっていた北海道旅行へ行けるようにと、貯金からお金を封筒に入れて、封筒にでかでかと「Go To SAPPORO」と書いた。
缶を埋めてしまって探せなくても困るので、実家の屋根裏に開ける日付を書いた紙を巻いてしまい込んだ。缶を屋根裏に押し込んだ母の顔は楽しそうで、どこかとても寂しそうだった。
まだ綺麗な封印の紙を破る。書類でとっ散らかってしまった机の上に雑に缶を置いた。開けるかどうしようか、悩んだ末に蓋に手をかける。
「……開けるよ、お母さん」
存外簡単に開いた缶の、上側にあった紙袋は私が詰めたものだ。手紙を取り出してそっと母の前に置いた。下に入っていた紙袋を取り出す。あの日、屋根裏で見た母の表情がまだ目蓋の裏にこびりついていた。
紙袋の中には、小さく折り畳まれたメモ用紙と、封筒。厚みのある封筒を先に手に取って中身をチラリと見る。「一緒に北海道に行こう!」とだけ書かれた付箋と共に、お札が何枚か顔を出した。
「……お母さん、なあに、これ」
私と同じこと考えてたんだね、そう思いながら今度はメモを開いた。手紙じゃなくて、本当に普通のメモだ。うさぎの絵が描かれた、キャラクター物の文房具などを置いていそうな店にあるような、ファンシーなメモ。
『黙っててごめんね、愛してる』
私はグシャリとメモを握りつぶした。
柄に似つかわしくない内容の文字は、間違いなく母の文字だ。半年前、病気の悪化で他界した、母の。
とっくに泣き尽くしたと思っていた私の目からぼろぼろと涙が溢れた。何も教えてくれなかった。通院をしていたのは知っていたけど、糖尿病の治療だと言っていた。私もそれを信じていた。悪性腫瘍があったとわかったのは、母が亡くなってからだ。こっそり治療していたようだが、完治することはなかった。あの日、あの一月後、私が実家を出た時にはもうすでに転移が進んでいたとか、なんとか。親戚たちは私がキャパオーバーにならないように、細切れに、残酷に、母の病のことを伝えてくれた。
「心配させたくなかったのよ」
この半年で聞き飽きた言葉だ。母はまるで死期を悟った猫のようだった。弱みを私に見せず、1人でずっと戦って、私にさよならさえ言わせてくれなかった。
ぐしゃぐしゃのメモを丁寧に伸ばして、仏壇の前に立つ。
「約束、守れなくてごめんね」
母に宛てた感謝の手紙を、お供物の一番上に置いた。たった一年じゃ、手紙の内容を忘れることもできなかった。
おりんを鳴らして手を合わせる。やっぱりあの日見た母の顔が過ぎって、頬を涙が伝った。
『お母さんへ』
『いつも、わたしのことを一番に考えてくれてありがとう』
『友達みたいなお母さんは、わたしの理解者で、憧れの人で、大事な人です』
『今まで与えてくれた愛を、これからは私がいっぱい返していくから』
『これからも元気でいてください』
【一年後】
一年後、この地で会うと約束したのに君は来ない。今日がその一年後だってのに。それもそうか。君殺されたんだっけ。夜に通り魔に。許せないよな。約束を果たせないなんて許せない。復讐に来たんだ。
「みぃつけた。ダメじゃないの。そんなに分かりやすく隠れちゃ。」
一振り。バシュッ。血しぶきが飛んで返り血がつく。これで、君との約束は果たせなくても僕は満足したよ。
“あなたは1年後、どうなっていたいですか?”
その質問を前に僕の手は止まった
大学2年生の春、4月生まれで20歳になったばかりの僕は未だに大学の交友関係もできず
サークルにも入っておらず
大学とバイト先と家をただただ往復するだけの毎日を過ごしていた
自分の興味のある分野に進んでみたものはいいものの
おじいちゃん先生が1時間半しゃべり続けるだけのつまらない授業
クラスの大半は、寝ているか、他の授業の内職をしている
今、僕の手元にあるプリントだって、提出物でも何でもないし
ただ、聞くだけでやることもない授業の暇つぶしとして行っていたワークシートだ
1年後どうなっていたいか
…正直、今の自分には全く想像ができない
なりたい職業も特にないし
やりたいことも特にない
1年後21歳になった僕は何をしているのだろうか
みんなと同じように就活の準備をして、足りない分の単位は適当に補って、何の代わり映えもない毎日を送るのだろうか
シャーペンを机の上でトントンと叩きながら、プリントとにらめっこしているうちに
キーンコーンカーンコーン
と授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った
いつものように手際よく荷物を鞄の中にしまい
誰よりも早く講義室を後にする
「ねぇ、君!」
講義室を出た瞬間後ろの方から大きな声が聞こえた
今、講義室を出たのは僕しかいない
つまり、この声は僕に話しかけているということになるわけだ
何かしてしまったかと恐る恐る振り返ると
そこには赤色の派手髪に、耳には複数のピアスが輝くスラッとした女性が立っていた
「はっ、はい僕になにか…?」
ビビりながら震える声で問いかける
すると彼女は距離を詰め、僕の両手を握り目を輝かせながら、こう言った
「私と一緒にバンドしよう!!!」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が零れる
……ん?今彼女はなんと言った?バンドをしよう?
とっさのことに脳の処理が追いつかず固まってしまう
そんな僕を見ながら彼女は追い打ちをかけるように早口で続ける
「私と一緒にバンドをしよう!私がギターとボーカル、君はドラム!ピアノとベースはもう揃ってるから、君が来れば完璧!」
彼女は僕の手を握りながら話を進める
僕は圧倒されながらも必死に答える
「…バンド?いや、そもそもドラムなんてやったことないですし無理ですよ」
「えっ、やったことないの?リズム感完璧だからてっきりドラム経験者かと思った。でも大丈夫!君の実力ならすぐにでも叩けるようになるよ!」
彼女の熱量が、繋いだ手と見つめる瞳から伝わってくる
「いや、でも」
「でもじゃない!やってみなきゃ分かんないじゃん!?えっと…とりあえず、この後空いてる?」
「えっ、ま、まぁ」
「よし、なら決まり!私たちのバンド見に来て!」
そう言って僕の手を引き、人のほとんどいなくなった廊下をぐいぐいと進んでいく
「ものは試し試し!ほら、ついた!」
そう言って止まった先には少し古びた講義室の扉があった
彼女は扉の前に立ち、勢いよく扉を開ける
そして、僕のほうを振り返り、これでもかという満面の笑みで僕に言った
『私たちのバンドへようこそ!!!』
その時、
ただただ同じことを繰り返すだけだったボクの毎日が、彼女の手によって何か変わろうとしているのを感じた
一年後の自分は意外と楽しいことになってるかもしれない
僕はそう思いながら扉の中の世界へ足を踏み入れた
お題:『一年後』
ほくろを取った。
ぱっちりした二重にした。
少し変わるだけじゃ満足出来なくて
鼻を高くし、顎を削った。
ダイエットは心がけてなかったけど、
ダウンタイムがしんどすぎて。
ご飯食べられなくて痩せた。
数百万かかった私の顔面。
とてもかわいくなった私。
過去の私はもういない。
この顔でさらに稼がなくては。
メンテナンスは大変なので。
可愛くなるまでの辛抱だと思っていたけれど。
これからはいつまで頑張ればいいんだろうね。
過去の私はいないはずなのに。
気を抜くと、もういない顔が甦る。
呪いのように。
#1年後
一年後の自分はどうなっているか
たぶん現状維持のまま
平穏に過ごせればそれでいい
時短からフルのパートに変わった一年前。
楽しいと感じ始めていたウォーキングの時間が取れなくなって、
ならばストレッチと糖質制限だけは続けようと、動画や本を見漁っては挑戦するも、なかなか自分に合うものが見つからず…。
落とした体重と脂肪が戻らないように!
ここまでの努力が無駄にならないように!
…なんだかいつも焦ってた。
一年後の現在。
変わらずフルのパートで働き、ウォーキングなんてほとんど行けてないけど、
お気に入りの時短&糖質オフレシピを作って食べて、アレンジもしてみたり。
寝る前と朝にやる、短く簡単なストレッチを気楽に続けられたり。
気付けば、焦りはなくなり、出来る事を楽しくやろうと考えられるようになった。
こうしてみると、ダイエットに振り回された一年だったな〜。
でも、焦ってがむしゃらだった時も、マイペースで頑張ってる今も、体型はあまり変わってない。
だったら気楽に続けられる方が、体にも心にも良いに決まってる。
これからの一年もその先も、働きながら、ゆるゆる気楽にダイエット生活、続けていこう。
一年後私はどうしてるだろう
特にこれといってイベントはあるかな
無事進級できてるといいな
今年は病気になるとか言われてるからな
元気に過ごせてたらいいな
一年後なら一年は過ぎてるんだもんな当たり前なんだけど
約束に半分近づくな
あ、そうか
まあ気長にって無理だけど急かしながら待つしかないからな
私の大好きな言葉、大丈夫
私を守って、私を助けて
一年後の私が笑顔でいられるように
一年後、僕は幸せだろうか
一年前、僕は幸せじゃなかった
でも、今は?
きっと一年後の僕もまた言うだろう
幸せじゃなかった、って。
今が幸せだと思えないなら、
一年後だって幸せと呼べないだろう
#12 一年後
1年。
約52週で、365日で、8760時間で、525600分。
私の一年後、
あなたの一年後。
あなたは、どうかしら。
不安に感じるなんて変よね。
未来のことなんて、見えなくて当然なのに。
私は変わらずここで
きれいな水を用意しておくから。
いつでも、この枝に止まりに来て頂戴。
すてきな囀りをまた聞きたいわ。
約束は、
叶わぬ夢への誓いにも似て。
未来が見えないからこそ願うのだ。
「1年後」
いつでも原因は体内にあるのに、他人の懐を探る。
胃を割けば、腸を引っ張れば、肺を詰めれば。
見つかるはずも無いものを、探るこの作業を、僕は1年後変化させているのだろうか。
一年後には
この病が少しでも寛解へと
向かっている事を祈りたい。
若かりし日々を、
肉体・精神共に老齢の者に蝕まれ、
ひたすらに謳歌するであろう一日一日を、
ただひたすらに寛解へと徹する日々に変える。
ヤツが言う。
若かりし日を滅茶苦茶までに謳歌した日々を。
散財し、娯楽に浸り、異性に浸る日々を。
ならば言おう。
真剣な眼差しさえも偽りと罵り、
質問事を時間の無駄、思考停止と蔑み、
下劣な限りの話題に相槌を打ち、
罵声や嘲笑すらも“お言葉”として捉える。
下衆の限りを尽くしてもなお、
若き者をコケにし、問い詰め、潰しに掛かる。
貴様らに何の権利があって、
毎日のように
若き者たちが死にゆき、苦しみ、
慟哭の限りを尽くさねばならないのか。
根本より、若き者たちに先は無いとでも言うのだろう
………
一年後の私へ。
どうか、苦しみが寛解へと向かい、
その憎悪が少しでも消える事を
ただ、願いたい。
●おやすみ●
一年前の今日、
世界が滅びるとか、
世界が終わるとか、そんな噂がたった。
私は、窓際のベットの上から
夜空を見ている。
夜空の主役、お月様は
周りを優しく照らし、
星達は負けじと
キラキラと輝いていた。
一年前、テレビやラジオ、
ネット配信…色んな媒体は、
世界滅亡の話題で持ちきりだった。
変な宗教団体も現れた。
でも、飽きっぽい我ら人類は、
変な宗教団体の存在を残して、
いつの間にか、
世界滅亡の噂は静かに消えていった。
そして、噂話が出て早一年、
今日の私も、変わらずの生活をして、
いつもと変わらず寝て、
また明日を迎えようとしている。
「ノストラダムスも、
何やかんやいって、予言…外したしね」
日付が変わる前、私の隣には、
猫のはっさくが居て、
私はそう話しかけていた。
今夜は少し冷える。
はっさくを
軽く抱きしめて、
「お休み、愛してるよ」と、言いって
静かに眠りについた時、私の世界は終わった。
陽が昇り、目が覚めたら、
また、私の世界が始まるだろう。
でも、念のため。
…お休み世界。
fin.
#今回のテーマ(お題)は
【一年後】でした。
恋人の彼が亡くなってから1年後。やあ、久しぶり!元気してた?寂しくない?·····そ、良かった········へぇ、新しい仕事に着いたんだね?良かった!ずっと心配してたよ········これからも、僕のこと、忘れないで欲しいなぁ····だって僕ら、恋人同士でしょ?·····結婚できないのは正直寂しいけど、次は結婚できるように頑張るから!期待しててね!
··········それじゃあね!!またいつか!
自分は、ちゃんと生きているのだろうか。
生きていたとしたら、少しでも変わったところはあるのだろうか。
外側だけじゃなく、内側も。
いい方向に変化していたらいいのだけれど。
占いで未来を見てみたい。
自分はどんな風になっているのか、知ってみたい。
だけど、見たくない気持ちもある。
未来を知ってしまったら、今後の生活に面白みが欠けるというかなんというか……、なんだかつまらなくなりそうだから。
〜一年後〜
あ〜、やっと来年の春
子供達が社会にデビュー出来る!
長かった…
一馬力で色々あったけれども
何とか立派なスキルを携えることが出来たようです
周りの皆様に感謝です
来年の今頃には二人のいい笑顔が拝めるといいな
そしてゆっくりと旅行にでも行こうか
だいぶ最終回に近づいてきたかと思われます
「あ、あの車」
バイト先を出て大通りに出た瞬間、先ほど一緒に上がった先輩が急に立ち止まったので、私もなんとなく振り返る。
この時の私は、この人こんなに大きな声も出せたのか、と無感動に思ったくらいだった。いつも覇気がないと怒られているのは、なんだったのだろう。そして先輩の指差す先の車を見ても、なんの変哲もない白の軽自動車の、一体どこに驚いたのだろう、と呆れたくらいだった。
「あの車、お好きなんですか?」
どうでもいいし、早く帰りたかったが、訊いておくのが礼儀だと思ったので、一応尋ねる。
すると、こちらを向いた先輩は、なぜか途方に暮れた迷子みたいな瞳をしていた。
「好き……じゃない。けど、ナンバーがxxxxだった」
はあ? と声に出てしまったと思う。何か問題ありますか? と面倒くささもあらわに問いかけた私に、先輩は今度は記憶喪失の人のように空っぽの表情を浮かべている。
「……そうか、ごめん、そうだった。なんでもないから忘れて、すまないすまない」
この人は、話を終わらせたくなると、決まってすまないを二度繰り返す癖がある。私もいい加減帰りたいので、短く別れを告げてその場をあとにした。
そんなことが、あったなあ。
たしか、あれちょうど一年前くらいだ。
寒い。さむい。感覚が遠のく。
身体は冷えているのに、頭だけは妙な走馬灯を再生している。
あの日の先輩の言葉は、結局なんだったんだろう。先輩はあの直後フラッと辞めてしまったから、もう話すことは叶わないけれど。
私に追突してきた白の軽のナンバー、xxxxでしたよって、教えてやりたいのに、なあ。
(一年後)
今日も君が好きな系統の洋服を着て
君に可愛いと思われたいから
慣れないメイクに時間をかけるのに
君は何一つ気が付かないし
君が好きになる子は
いつも君を好きにならない
君ってほんとに見る目が無いね
こんな君を待てる人なんて
私くらいしか居ないんだから
はやく気付いて、振り向いてよね
しょうがないから、気長に待っててあげる
【一年後】
今日のテーマ
《一年後》
「一年後には大学生かあ」
「ちゃんと受かればな」
「縁起でもないこと言わないでよ」
帰り道、並んで歩きながら軽口を叩き合う。
同じ学校の制服を着て、こうして歩けるのもあと一年。
夕暮れ時の物寂しさも相俟って、何となくしんみりしてしまう。
「来年の今頃も一緒にいられるかな」
「何だよ、模試の結果イマイチだったのか?」
「そうじゃないけど」
狙ってる大学は同じだけど、志望の学部は違う。
環境も変わるし、お互いに新しい交友関係も増えるだろう。
そうなった時、私達の関係も変わってしまうんじゃないかと、そんな不安が胸をよぎる。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり――
平家物語の一節が頭の中に浮かんでは消える。
変わらないものなんてない。
変わらない関係なんてない。
変わらない気持ちも、きっとない。
「ほんとにどうしたんだよ? 何かあったのか?」
「ううん、別に何も」
「何もってことないだろ、そんな泣きそうな顔して」
足を止めた彼が、心配そうに身を屈めて私の顔を覗き込んでくる。
至近距離に迫る顔、さっき飲んでたコーヒーの香りが吐息に混じって鼻腔をくすぐる。
まるでキスする時みたいだと思ったら、そんな場合じゃないのに頬に熱が上ってくる。
「顔赤いな。もしかして熱でもあるのか?」
「違うし! ていうか、顔、近すぎ!」
「あっ、……ごめん」
どうして私が赤面してるのか察して、彼は慌てて距離を取る。
その素早さが、互いの疚しさを誤魔化しているようで、何だかものすごく恥ずかしくなってくる。
「……俺は」
「うん?」
「俺は、来年も、再来年も、ずっとおまえとこうして一緒にいるつもりだから」
「え?」
「先のことなんか分かんねえけど、分かんないからこそ、不安に思うより前向きに考えた方が良くね?」
ああ、彼は――この人は、私の不安をちゃんと分かってくれてたんだ。
分かってて、でも無責任に「絶対大丈夫」なんて気安めは言わないで、それでも安心させようと言葉を選んでくれてる。
鞄を持ってない方の手を取って、ぎゅっと握ってくれる。
手のひらから伝わる温もりに、胸の奥でモヤモヤしてた不安がすーっと小さくなっていく。
心が軽くなって、私はやっと微笑みを浮かべることができた。
「それにしても、なんて急に不安になってんの? 誰かに何か言われた?」
「お姉ちゃんが、彼氏と別れたって言ってて」
「あー、たしか遠恋してるって言ってたっけ」
「うん。高校の時からずっとラブラブだったのに」
4つ年上のお姉ちゃんは大学4年生。
彼氏はその1つ上で今年就職したばかり。
このままもう何年かつきあってから結婚するんだろうと思ってたのに、離れて1ヶ月かそこらで他に好きな人ができたらしい。
直接詳しい話を聞いたわけではなかったけど、隣の部屋から聞こえてきた会話から、そんな話が伝わってきた。
お姉ちゃんは通話を切った後もずっと泣いてて、正直勉強どころじゃなくなってしまった。
「そりゃ、そういう話聞いたら不安になるよな」
「うん……」
「俺も、絶対そんなことしないって言い切れはしないけどさ、でも余所見しないように努力するし」
「うん……私も、勝手に重ねて不安になったりしてごめん」
彼とあの人は違う。
少なくとも、こうして私の不安に気づいてくれるし、不誠実な真似するようなことはないって信じられる。
変わらないものはないけど。
変わらないよう努力することはできる。
変わるにしても、より良い関係になるようにすることも。
一年後も、二年後も、その先もずっと。
叶うことなら、こうしてあなたの隣にいたい。
想い叶って生涯ずっと隣で笑い合うことになることを、今はまだ誰も知らない。
『時間結び』
時間と時間を結んでく 明日と今日を紡いでく ひと月過ぎて またひと月過ぎて 半年経って振り返る
始まりの時計台はもう見えない だけども糸は繋がっている 『一年後が楽しみだ』時間結びの旅人はそう呟いて、針穴に目を凝らす