初音くろ

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今日のテーマ
《一年後》





「一年後には大学生かあ」
「ちゃんと受かればな」
「縁起でもないこと言わないでよ」

帰り道、並んで歩きながら軽口を叩き合う。
同じ学校の制服を着て、こうして歩けるのもあと一年。
夕暮れ時の物寂しさも相俟って、何となくしんみりしてしまう。

「来年の今頃も一緒にいられるかな」
「何だよ、模試の結果イマイチだったのか?」
「そうじゃないけど」

狙ってる大学は同じだけど、志望の学部は違う。
環境も変わるし、お互いに新しい交友関係も増えるだろう。
そうなった時、私達の関係も変わってしまうんじゃないかと、そんな不安が胸をよぎる。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり――

平家物語の一節が頭の中に浮かんでは消える。
変わらないものなんてない。
変わらない関係なんてない。
変わらない気持ちも、きっとない。

「ほんとにどうしたんだよ? 何かあったのか?」
「ううん、別に何も」
「何もってことないだろ、そんな泣きそうな顔して」

足を止めた彼が、心配そうに身を屈めて私の顔を覗き込んでくる。
至近距離に迫る顔、さっき飲んでたコーヒーの香りが吐息に混じって鼻腔をくすぐる。
まるでキスする時みたいだと思ったら、そんな場合じゃないのに頬に熱が上ってくる。

「顔赤いな。もしかして熱でもあるのか?」
「違うし! ていうか、顔、近すぎ!」
「あっ、……ごめん」

どうして私が赤面してるのか察して、彼は慌てて距離を取る。
その素早さが、互いの疚しさを誤魔化しているようで、何だかものすごく恥ずかしくなってくる。

「……俺は」
「うん?」
「俺は、来年も、再来年も、ずっとおまえとこうして一緒にいるつもりだから」
「え?」
「先のことなんか分かんねえけど、分かんないからこそ、不安に思うより前向きに考えた方が良くね?」

ああ、彼は――この人は、私の不安をちゃんと分かってくれてたんだ。
分かってて、でも無責任に「絶対大丈夫」なんて気安めは言わないで、それでも安心させようと言葉を選んでくれてる。
鞄を持ってない方の手を取って、ぎゅっと握ってくれる。
手のひらから伝わる温もりに、胸の奥でモヤモヤしてた不安がすーっと小さくなっていく。
心が軽くなって、私はやっと微笑みを浮かべることができた。

「それにしても、なんて急に不安になってんの? 誰かに何か言われた?」
「お姉ちゃんが、彼氏と別れたって言ってて」
「あー、たしか遠恋してるって言ってたっけ」
「うん。高校の時からずっとラブラブだったのに」

4つ年上のお姉ちゃんは大学4年生。
彼氏はその1つ上で今年就職したばかり。
このままもう何年かつきあってから結婚するんだろうと思ってたのに、離れて1ヶ月かそこらで他に好きな人ができたらしい。
直接詳しい話を聞いたわけではなかったけど、隣の部屋から聞こえてきた会話から、そんな話が伝わってきた。
お姉ちゃんは通話を切った後もずっと泣いてて、正直勉強どころじゃなくなってしまった。

「そりゃ、そういう話聞いたら不安になるよな」
「うん……」
「俺も、絶対そんなことしないって言い切れはしないけどさ、でも余所見しないように努力するし」
「うん……私も、勝手に重ねて不安になったりしてごめん」

彼とあの人は違う。
少なくとも、こうして私の不安に気づいてくれるし、不誠実な真似するようなことはないって信じられる。

変わらないものはないけど。
変わらないよう努力することはできる。
変わるにしても、より良い関係になるようにすることも。

一年後も、二年後も、その先もずっと。
叶うことなら、こうしてあなたの隣にいたい。



想い叶って生涯ずっと隣で笑い合うことになることを、今はまだ誰も知らない。





5/8/2023, 3:09:39 PM