『ジャングルジム』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
あの時も、あの時もあの時も、
私は大切な何かを守りたかった。
だけど実際、それがなんだったのか、今でも分からない。
もしかしたら奇跡が起こるかもしれない、そう思って裏切られてきた。
この場所さえ守れば、その奇跡はいつだって起こり得ると、そう思って、雨の日も、風の日も、ひたすらその場所で待っていた。
傘を差しのべてくれる人は沢山居たけど、一緒に待ってくれる人は居なかった。
心配だから、もう待つのを辞めたら?と誰かがか言う。
待ってても無駄だよ、時間がもったいない、と誰かが言う。
何も言わずに私を見ている人もいた。呆れ果ててものも言えないのだろうか。
私はいつだって置いていかれる方でいる。
私は、それを自分で選んでいる。
必要なら突き放すことだってできる。
私はここから動かないけれど、誰かの枷にだってなりたくない。
私がいるから大丈夫。ほんとうは一人は寂しいけれど、誰かの帰る場所でありたい。
私にも帰る場所はあるけど、帰りたいと思えるわけじゃない。
それが酷く寒くて冷たくて、苦しかった。
行ってらっしゃいと、おかえりが言いたい。
私は、その言葉を、もう随分と聞いてない。
いいえ、聞いていたとしても、それは私の望む音ではなかった。
だって、そこは私の帰りたい場所じゃないのだから。
幼い頃、ジャングルジムが怖かった。
まず第一に登り方がわからないし、
もしかして一生出られなくなる迷路なのかと思った。
だけど、
あの頂上に辿り着けたら
これからの道を何も恐れることなく歩めるのかと
ふと思った。
ある日、友達に誘われて勇気を出して
ジャングルジムに登った。
誘導されることに安堵したのか恐怖心なんてなかった
そして、その友達と二人で頂上まで行った時
目が回った。
巧みに絡むジャングルジムの迷路のような格子が
私には複雑な知恵の輪の中にいるように思えた。
私が足を滑らせて落ちそうになった時、
友達は私の腕を掴んでこう言った。
「大丈夫だよ。
ここは勝負に勝った僕たちの優先席だから」
ジャングルジム…日本に入って来た頃は「枠登り」と言われていたそうだ。
小さい頃は体重の割に腕力があったのか、すいすい登れるのが好きでよく登っていた。小さい頃は少しでも高いところに行きたくて手を伸ばしたものだ。
小学校高学年の頃からからか、体重が少し増えて登りにくくなってしまった。背も伸びて、登ることに魅力がなくなったのかもしれない。
自分の背よりも少し高く、ちょっと頑張れば手が届くワクワク感が良かったのだろう。身近な目標に向かって手を伸ばす小さな努力と達成感の繰り返し。
子どもの頃には与えられたものを含め沢山あったものだが、大人にとっては目前のジャングルジムのように、小さな目標を自ら作って達成していくのも、潤いある生活のコツだと言えよう。
この"書いて"のように。
#ジャングルジム
子供の頃ははしゃぎながら登っていた。
今は月を近くで観るために登る。
お題 「ジャングルジム」
私は、ジャングルジムを見て自分なりにジャングルジムを考えた。 ジャングルジムはコンパクトだが正四角形がいくつも重なりできている。まさにジャングル
上に行くにも下に行くにも体を動かし体をぶつけぬように慎重に動く、これはジムでも同じことだと思った。
ジャングルジムは子どもが遊ぶなりに考えられて作られていると読み解いた。
ジャングルジム
私は、ジャングルジムに登れない
いつもジャングルジムの中に入って
隙間から皆がジャングルジムの上を登るのを
見ている。
皆が高いジャングルジムに登って
景色を見る様に
私は、下から皆が登る姿を見ている
ジャングルジムに登って見る景色は、
最高だと私の友達は言っていたけれど
下から皆の靴底や登ってる姿を見ると
皆に取り囲まれてる感じがして
何だか檻に閉じ込められている様な
自分だけ皆に守られて安全地帯に居る様な
不思議な心地になるんだ。
下から俯瞰して見る景色もまた独特だと思うのは私だけでしょうか?
いつものようにわたしは、園庭の隅にあるお気に入りの青い木馬にまたがった。
誰にも先を越されないよう、昼休みになると真っ先に自分の居場所を確保した。草が生い茂り、木陰にある少し薄暗いその場所は他の子達には不人気で、わたし以外ほとんど誰も寄り付かなかった。
「ねぇジミー、今日はなにをしてあそぼうか」トカゲに向かってクローバーを差し出すと、ジミーは驚いて草むらにとびこんで姿を消した。
「またね、ジミー」そう言ってクローバーをジミーのいたところにおくと、シロツメクサの花束をつくって、香りを思い切り吸いこんだ。
先週、先生がうちにきてお母さんと話しをしていた。
「もう少しほかの子達とも積極的に遊べるといいんですが。」
園庭の中央にはジャングルジムがあった。青い空の下、元気な男の子たちが、我さきに息をきらせながら上へ上へと登っていく。一番先に頂上まで登った子は、お城を征服した王様のように、誇らしげで、彼にしか見えない景色を見、彼にしか感じられない風にふかれていた。
わたしは、必死に上へ上へ登ることに興味を持てなかった。下のすみっこでトカゲや植物たちを眺めているほうが好きだった。
夕暮れどき、一人、また一人、お迎えがきて園庭には誰もいなくなった。昼間王様だったあの男の子も、お母さんがくると泣いて駆け寄り、ぎゅっと手をつないで帰路についた。
わたしは誰もいなくなったジャングルジムに登った。
体の重心をうまく使えず、無駄に力を使いながら、一歩一歩上へと登っていった。
一番上まで登りきると、ゆっくりとバランスを取りながら腰を下ろした。足元をすり抜ける猫のようにように、遠くの山々からふく風が、わたしの皮膚をなでながら駆け抜けていった。それは自分が透明になるような不思議な感覚だった。
ジャングルジムの頂上から見る景色は、誇らしげにも王様気分にもなれなかったけど、そこから見た夕暮れの赤や青、紫色の、太陽が最後に残した、美しく、少し寂しい物語は、わたしだけのものだった。
自宅を出て徒歩5分。勤務先への道すがらに小さな公園がある。
ブランコ、タイヤ、ジャングルジム、動物を模したよくわからない乗り物。それと、小さめの砂場。こうして遊具を挙げてみると、小さいなりに意外とあるものだな、という感想が浮かんだ。
小学校に上がるか上がらないか、という年の頃は、ここでよく遊んでいた。記憶も朧気だけれども、それでもうっすらと覚えているものもある。たとえば、高い所が好きで、ジャングルジムのてっぺんに登って仁王立ちなんかしてみたりして、近くにいた大人たちをヤキモキさせたこととか。我ながらヤンチャだったと苦笑せざるを得ない。
ふと、仕事終わりに何となく気が向いて、コンビニでアイスを買ってから件の公園に足を向けた。アイスを口内で溶かしながら向いた先にはジャングルジム。そしてああそういえば、と思い出したのだ。あそこから眺める景色は、それはもう、煌めいていたものだ。
大人になった今、改めて見てみると、思ったよりも高さはない。己の身長より、僅かばかり高いかな、という程度。当たり前の話だ。あの時と今では、倍ほども違う背丈なのだから。
背丈が伸びて、見える世界が変わった。より多くのものが見えるようになった。そのはずだ。けれど、何故か。今見る世界のほうが狭苦しく感じてしまうのはどうしたことか。
このジャングルジムに登ってみれば、また世界の広さを感じることができるだろうか。食べ終わってしまったアイスの棒を意味もなく噛りながら、思考する。そしてすぐに考えることをやめた。常識に雁字搦めな、在り来りな大人になってしまった自分には実行できそうにない仮想だからだ。
出来もしないことを考えたって仕方ない。ゴミ箱にアイス棒を投げ入れて、帰路につく。
ジャングルジムには、もう登れない。
テーマ「ジャングルジム」
ジャングルジム
「お~い、危ないぞ」
私を呼ぶ声がした。
そこには見知らぬ男の子が手をふっていた。
私はその子に手をふった。
そのまま私はジャングルジムから落ちた
私は初めて空を飛んだ
体が軽くふわふわとお空を飛んだ。
私の家には“ジャングルジム”があった。
小さい頃の話だけれどもね。そこには鉄棒も付いていて、ブランコもついていた。室内の遊具だから外に出る必要もなくて、内気な私は外に出ず、一人で遊んでいた。
今、「内気だから外に出ず」と前述したけれど、わざわざ家に出る必要もないくらい、家に全てが揃っていたから、外に出なくなり、内気になってしまったのかも知れない。あんまり完璧すぎると、どこか結局欠けてしまうところがあるようだね。
私はいつも完璧を求めてしまって、そのせいで失敗が続いたり、欠点が浮き彫りになってしまう。私の人生はなんというか、そうだな、「過ぎたるは猶、及ばざるが如し」という言葉が、よく似合ってしまう。
♡ = 10
ジャングルジム
幼い頃は、大きな家など沢山のものに見立てて遊んだが、成長してみると案外小さかったことに気が付いた。
ジャングルジムから落ちて骨折した友達の名前が思い出せない。
【ジャングルジム】
空をつかむようにジャングルジムを登ってゆく
あの頃夢みてた空を私はつかめただろうか
青
ジャングルジム
一番上に座って
友達とのお喋り
楽しかった
今は身体が通るか不安
外側からでも
登り降りが怖い🤣
✴️159✴️ジャングルジム
『 馬鹿と煙は高い所が好き 』と言うが、私は正しく馬鹿なのだろう。
正直に言おう。私は高い所が大好きである。
だからジャングルジムだって1番上で周りを俯瞰するのが大好きだ。手が痛くなって、サビの臭いがするから嫌い、という子もいたが、勿論私だってその点では嫌いだ。
だが、それ以上に高い所が好きすぎるのだ。観覧車も、ジェットコースターも、高層ビルの最上階も。
異常なまでの執着、なのだろうか。それとも鳥になりたいのか。理由はわからない。
等しく言える事は、高所からの景色が本当に刺さるのだ。感動とははたまた違う、私の中の何かに刺さるのだ。好奇心なのかもしれない。なら気を付けねば。好奇心は猫をも殺すというのだから。
これは余談だが、先程、観覧車が好きと言ったが、あれは1番上にいる時だけの話だ。観覧車でゆっくりと登っていく様子は全く好きではない。何なら苦手だ。何故かって?知っているわけ無いだろう。
12.ジャングルジム
『ジャングルジム』
小さい頃からスカートを履かされていた。公園のジャングルジムにみんなが登っていたから親が見ている前で登ろうとしたら強く腕を引っ張られたので泣いてしまい、親は公園に連れて行ってくれなくなった。
いろんな反発と猛反対を経て家を出て、反動のようにパンツスタイルの服しか着ない大人になった。飲み会帰りに夜の公園を通りがかったときにふと昔の記憶が蘇り、今なら誰にも気兼ねなくジャングルジムに登れるのかと気がついた。
カバンを置いてジャングルジムをよじ登る。小さい頃に憧れて、親からやめなさいと切り捨てられたもののことがいくつか思い浮かんで胸にもやを形づくる。見てみたかったてっぺんからの景色は平坦ないつもの世界よりも少しだけ見晴らしが良かった。
ジャングルジムに登れなかったときのことをまた思い出す。どうして腕を引っ張ったりなんかしたの、とそのとき言葉にできなかった怒りや悲しみが口をついて出て、自分の中に根深く残るトゲの在処を見つけたような気持ちになった。
日記
上手くいかなくてもいいと言われて安心している。
でも安心して座り込んだ分、また立ち向かうために立ち上がる力を振り絞るのが大変で、立ち向かいたくなんてない、今すぐここから逃げたいのになと思う
それで失礼になることもあるから、一定期間は立ち向かわなきゃいけない。義理と人情あとお金のために立ち向かおうと思います
寂れていつしか使われなくなったジャングルジム
危険とか気にせずに登っていた小学校の頃
今でこそ娯楽は山ほどあるけども、取り壊された公園を見て昔を懐かしく思う
子供のころ遊んだ。
休み時間になると、誰よりも早く
てっぺんに登り、高いところから威張った
記憶がある。
でも、なぜそうしたかったのか、それをすることで
何が得られたのか記憶にない。
周りは迷惑だったかと思う。すみません。
「『そもそも都会の公園で、ジャングルジムにせよ何にせよ、遊具自体少なくなった』ってのは、気のせい、……じゃ、ないよな?多分?」
俺がガキの頃通ってた小学校の校庭は、いつの間にか遊具っつー遊具がほぼ消えて、鉄棒とブランコ程度の更地になってたわ。
某所在住物書きは時代の流れを思いながら、しかし更地ゆえに、遊具無しで楽しめる遊びも何か有ろうと、個人に解釈する。
雲梯が消えた。登り棒も無くなった。代わりに校庭はサッカーができる程度に広くなり、子どもたちが歓喜の叫び声とともに走り回っているようである。
「で。……『ジャングルジム』?」
何書けって?
物書きはまず、対象の画像検索から始めた。
――――――
そもそも最近ジャングルジムを、見た記憶が無い物書き。今回はこんなおはなしをお送りします。
最近最近の都内某所、某星リンクな衛星鉄道が、東京の夜の空を横切ったころ。
残暑少々な暗い公園で、妻子持ちの既婚とその親友が、ジャングルジムの上に乗っかって、コンビニで購入した唐揚げ棒片手に、
ふたりして、空を見上げておりました。
東京生まれで妻子持ちの野郎を宇曽野、その親友で雪国出身のぼっちを藤森といいます。
ふたりは同じ職場の親友。ドチャクソ激しいケンカをしても翌日にはケロッと一緒にメシを食う間柄。
その日も仲良しこよしで、ジャングルジムの上から空を、見上げておったのでした。
「見えた」
ちびちび1本目の2個目をかじっていた藤森が、まず最初に衛星列車を見つけました。
「意外と速い」
1本ぱくぱく平らげた宇曽野が、2本目1個目を食べ終えた直後、ようやくそれらに気付きました。
はっきり明るい白の点が、一直線に5個6個7個、たくさん並んで右から左へ。
なかなかの速度で、空を横切ってゆきます。
『18時45分頃、衛星列車が見えるらしいから』
子供の消えた公園、近々の撤去が噂されているジャングルジムに、18時半頃から居座っていた、花と雨と空の好きな心優しきぼっち、藤森。
宇曽野は近場のコンビニで、揚げたて唐揚げ棒を4本買って、藤森の観測に付き合うことにしたのです。
「ジャングルジムに登るのは去年ぶりか」
「そうだな」
「外で遊ばない優等生だったって聞いた」
「私の田舎にジャングルジムが、たしかそもそも当時無かったからな」
「田んぼで泥パックしてたんだろう?」
「公園走り回ってキノコ踏んづけたり狐探したり」
「狐も居るってな?」
「リスの方がエンカウント率は高かった」
フクロウ云々花云々。ジャングルジムの上で空を見上げて、子供時代の話をしている間に、
衛星列車は次々スイスイ、右から左、右から左。
現れては、通り過ぎてゆきます。
「ところで」
2本目の唐揚げ棒も食べ終えた宇曽野。
空を見上げたまま、意味深に、淡々と、
事実確認然とした声で尋ねます。
というのも藤森、割愛しますが過去作前回投稿分で、自分の職場のイヤガラシさんに、
悪意ある小さな嫌がらせを食らったのです。
「俺のじーちゃんから、専務に確認がとれた。
イヤガラシーな総務課の五夜十嵐。たしかにお前のスマホの起床アラームをいじられた可能性のある日の時間帯に、お前の部署に忍び込んでたそうだ。
それを、事実として、専務が見たと」
「私などにちょっかいを出して、一体何がしたかったんだ。五夜十嵐さん」
3個目の唐揚げをちまちま食べている藤森は、カキリ、小首を鳴らして頭を深く傾けて。
「私はただの、あの部屋の今年度限定掃除係で、電話の一次応対係で、消耗品補充と茶の接待係だ。
五夜十嵐さんから恨みを買う理由が無い」
何がどうなっているのだろう。
ため息を吐き、藤森、唐揚げをかじりました。
「恨みは、買っちゃいないだろうさ」
「恨み『は』?」
「妬みだ。藤森。五夜十嵐がお前に売ったのは、今まで役職でも総務でもなかったお前が『今年度限定』とはいえあの部屋の直属になった妬みだ」
「ただの掃除係だぞ」
「『ウチの職場のトップの部屋の』掃除係だ」
「仕事の重要度も役職も、五夜十嵐さんの方が」
「そこは問題じゃない。違うんだ。藤森」
妻子持ちとぼっちが繰り広げる、職場ネタで内輪ネタで、ひょっとしたらどこにでもありそうな話。
衛星列車はそれらを別に観察することもなく、
ただ計算通りの軌道に従い、静かにスイスイ、通り過ぎてゆくのでした。 おしまい、おしまい。