『ジャングルジム』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
夜の公園。ジャングルジムの一番上で、子供が声を殺して泣いていた。
「なにやってんさ」
「やだっ。こないで、こないで、っ!」
下から声をかければびくりと体が震え、只管に拒絶の言葉を繰り返す。周囲を見回すが、気になるものは何もない。
もう一度ジャングルジムを見上げ。びくびく震える子供を暫く見つめ。
とん、と地を蹴り、一息で子供の前まで飛び上がる。
「ひっ。ぃや、やだ。やだぁ」
近くに寄ったために、声を上げて泣き喚く子供。煩くなってしまったと顔を顰めつつ、飛び乗ったジャングルジムの上から周囲を見渡した。
やはり、何も見えない。辺りはただの暗闇が広がるのみで、子供を脅かすものなど何一つない。
すでに去って行った後なのか。
何故。子供を怯えさせ、ジャングルジムの一番上まで登らせて。諦めたのか、興が冷めたのか。
登れなかったのだろうか。登れず諦めて、それを知る術のない子供は、今もこうして降りられず泣いているのか。
あるいは、この子供は。
そこまで考えて、足下で何かが蠢く気配がした。
反射的に飛び退くが、それより速く足に何かが巻き付き、縫い止められる。
じゃらり、とした重い音。金属の鎖だと気づく頃には、四肢に頸に鎖が巻き付き身動き一つ取れなくなってしまっていた。
「なんだ、また小物か。つまらん」
無機質な声に視線を向ける。先ほどまでの泣き怯えていたのが嘘のように表情の抜け落ちた子供が、昏い瞳で己を見つめていた。
値踏みされているかのようなその眼に、思わず顔が歪む。視線を逸らし下を見れば、ジャングルジムの中、人ならざるものがひしめいて、忌まわしいと呪う声を上げていた。
疑似餌。
そんな言葉が浮かぶ。
泣く無垢な子供を餌に、誘き寄せた化生らを逆に取り込んでいるのだろう。巻き付く鎖の感じから、おそらく術師の仕業のようだ。
「抵抗しないのか。益々つまらんな」
子供の形をした餌が、興ざめだと嘆息する。そう言っている間にも鎖は己を余す事なく巻き付き、逃げられる隙などありはしない。
術師は随分と傲慢なようだ。自身の術に相当の自信があると見える。
はぁ、と疲れた吐息をひとつ溢す。
顔にも巻き付き始めた鎖を煩わしいと思いながら、餌を見据え。
「なんつうか…高飛車で悪趣味な女って、今時持てんよ?」
正直な感想を呟いて、怒りに顔を歪ます餌を嗤い。
意識を、切り離した。
「何あれ。怖っ」
目を開けて、鳥肌が立った腕を思わず摩る。
悪寒が背筋を駆け上がり、堪らず机の上のケトルの電源を入れ、お湯を沸かし始めた。
空のカップに新しいほうじ茶のティーバックを入れ、沸騰する前の温めのお湯をカップに注ぐ。
ずずっ、と音を立ててまだ薄いほうじ茶を啜れば、それでも染み入る暖かさにほぅ、と息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻す。
怖いものを見てしまった。
少し離れた場所に残してきた鳥の視界から、切り離した躰が鎖によって潰され引き千切られていくのが見えて、落ち着いたはずの体がふるり、と震える。
余計だとは思いながらもつい溢れてしまった言葉は、あの術師のプライドをいたく傷つけてしまったようだ。分かってはいたが、と口元を引き攣らせつつ、また一口茶を啜る。
「夜の散歩なんさ、するもんじゃない」
独りごちて、机に突っ伏した。
眠気などすっかり消え失せて、覚醒した思考に溜息が漏れる。
寝付けない夜に散歩をしようと思い立ったのは、いつもの気まぐれだ。
場所はどこでも良かったが、最近噂になっている公園が気になった。
曰く、子供の泣き声が夜ごと聞こえてくる。
曰く、誰もいないはずのブランコが、風もないのに揺れていた。
曰く、深夜に砂場で遊ぶ、黒い影を見た。
よくある話ではある。よくある話だからこそ、軽い気持ちで眠気が訪れるまでの気分転換にと目的地に決めたのに。
鳥の視界から、どうやら術師本体が訪れた事を知る。捕らえたはずの獲物が跡形もなく消えた事を、確認にでもきたのだろう。
やはり女だ。髪の長い、所作の美しい女。
女が不意に振り返る。離れた場所にいるはずの鳥と、視線があった。
作り物めいた、ぞっとするほどに綺麗な女の顔には、見覚えがあった。
「せいとかいちょーの、おねえさん?」
昨年の文化祭を思い出す。生徒会長と親しげに話す、女の姿が浮かぶ。
女の視線は逸れない。害あるものかそうでないか、こちらの力量を見定めている。
その視線を逸らさず、けれど焦点が合わぬように見返して。女ではなく、公園を見ているのだと。噂の多くなった公園の監視をしているのだと。
いくら待てども何の変化も見られない、公園を見ているのだと、誤魔化した。
やがてふい、と興味が失せたように女が視線を逸らす。ジャングルジムに施した鎖を解き、立ち去る最後に公園自体に施した鎖もすべて解いていく。
そうして女が公園から去り、気配もなくなってからようやく、いつの間にか詰めていた息を吐き出した。
「美人って、怖い」
脱力する体を起こし、冷めてしまった茶を飲み干す。カップはそのままに、のろのろと立ち上がりベッドに潜り込んだ。
目を閉じればすぐに沈んでいく意識に身を委ね。
意識の端、近く開かれる文化祭を思い出して。
心底嫌そうに、顔を顰めた。
20240925 『ジャングルジム』
《巡り逢うその先に》
番外編
〈黒鉄銀次という男〉 ⑦
主な登場人物
金城小夜子
(きんじょうさよこ)
玲央 (れお)
真央 (まお)
綾乃 (母 あやの)
椎名友子 (しいなともこ)
若宮園子 (わかみやそのこ)
大吉 (だいきち)
東山純 (ひがしやまじゅん)
向井加寿磨 (むかいかずま)
ユカリ (母)
秀一 (義父)
桜井華 (さくらいはな)
大樹 (父 たいじゅ)
蕾 (つぼみ 大樹の母)
高峰桔梗(たかみねききょう)
樹 (いつき)
葛城晴美 (かつらぎはるみ)
犬塚刑事 (いぬづか)
足立刑事 (あだち)
柳田剛志 (やなぎだたかし)
横山雅 (よこやまみやび)
京町琴美(きょうまちことみ)
倉敷響 (くらしきひびき)
黒鉄銀次 (くろがねぎんじ)
詩乃 (義母 しの)
巌 (父 いわお)
詩乃達の住む部屋はなかなか決まらずに1週間が経とうとしていた。
明日には蕾達は帰ってしまう。
何とか今日中に部屋を決めなければならない。
「詩乃ちゃん、昨夜母さんとも話したんだけど、いっそのことこの家に住んでくれないかな」
「えっ!」
「母さんも歳だし、私も義父と同居してるから頻繁に来る訳にはいかないし、詩乃ちゃんがいてくれると安心なんだけどな」
詩乃は少し不安になっていた。
本当にこの人達を信じていいのだろうか?
でも、部屋も見つからないし、この人達が悪い人とは到底思えない。
もう一度だけ、人を信じてみよう。
「本当にいいんですか?」
「もちろんよ。食費は出してもらうけど、家賃はいらないわ」
こうして詩乃達は蕾の実家に住むことになった。
蕾の紹介で仕事も見つかり、銀次は大樹と同じ幼稚園、同じ小学校に通いだした。
巌は銀次を強い子に育てようとしていたが、詩乃は優しい子に育つように心がけ、愛情を注いだ。
銀次はいつのまにか詩乃のことを‘母さん’と呼ぶようになっていた。
詩乃は忙しいながらも充実した時を過ごしていた。
だが、銀次が5年生のある日、蕾の母が脳梗塞で倒れた。
幸い命は取り留めたものの、左半身に麻痺が残ってしまった。
退院後、詩乃に全てがのしかかってきた。
仕事
子育て
介護。
ひと月ふた月経つにつれ、ストレスがたまり、ふと思った。
どうして私が他人の親の介護をし、他人の子供を育てなければならないのか?
その疑問がドンドン大きくなりついに爆発した。
その矛先が銀次であった。
あれだけ可愛がっていた銀次に暴言を吐き暴力を振るい、やがて子育てにも手を抜くようになった。
次第に銀次の帰りが遅くなり、ケガをして帰る日もあったが、詩乃は気にもしなかった。
3年後、トキが亡くなり、家を売るから引っ越すように蕾に言われ詩乃の中で何かが弾けた。
「銀次、お前のせいだ。お前さえいなければ、こんなことにはならなかったんだ。お前なんか拾うんじゃなかった。全てお前が悪いんだ。お前なんか死んでしまえ!」
銀次は家を飛び出し二度と帰ってこなかった。
引っ越しをし家は取り壊され、ふたりを繋ぐものがなくなり、詩乃はやっとひとりになれた。
だが、詩乃の心は虚無が支配していた。
つづく
外をくるくる
隙間をすいすい
頂上とんとん
飛び降り隣に
足の速さだけが
必勝法じゃないんだと
アスレチックの王様は
鬼から逃げ切り笑ってる
‹ジャングルジム›
例えば傷付いて
泣き出しそうな時
例えば挫けそうな時
だけじゃなくて良いから
小さくて良い
一言でいい
直ぐに行くから
一生のお願いだから
どうか、呼んでほしい
‹声が聞こえる›
ジャングルジム
私情クライマー
都会の住宅街に挟まれた狭い敷地に公園が出来た。
オーソドックスな滑り台や砂場はなく、二人掛けの木製ベンチと手洗い場、そしてジャングルジム。
数多ある遊具ひとつとしては珍しい。
見かけるのは小学校や大きな公園がせいぜいで、こんな狭い土地で広い面積を取る遊具など何をどう考えても候補から外れるに決まっている。
子供に好かれそうな黄色や橙などの塗料がされている訳でもなく、鉄本来の光沢ある棒を掛け合わせた物で、世間一般のジャングルジムより一回り大きい。
何より価格も相場の約四倍の三桁万を超えている。
こんな遊具を施設したのは中小企業の社長で、委任されているのを良いことに自身の案を押し通し現状の公園が在る。
幼少期の頃、ジャングルジムの頭頂から望む景色と登りきった達成感に強い感動を覚え、遊具に携わる会社を立ち上げた。偶然とはいえチャンスが巡ってきたのなら当然推していきたい訳で、詰まるところ私情による設置だ。
彼の意見に反対した人達の考えを裏切るように、意外にも人気はあるようで。珍しさからか若者から社会人、女子高生に老人まで訪れては登頂した。
登頂した人々は大きな賞を取ったり優勝したり会社を立ち上げるなど成果を挙げる中、当の本人は忙殺により立ち寄れず仕事を送る毎日。
束の間の休憩でネットニュースの人物が快挙を達成した見出しを眺める。まさか自身が関わっているなど微塵も思ってはいないのだが。
強い願いは物にも宿るのか、まるで都市伝説のような噂がちらほらと囁かれる頃、一人の子供が自分の背丈よりも何倍もの遊具を見上げている。
登るか立ち去るか二つに一つ、何を思うのか。
次に公園に訪れた時、巨大なジャングルジムを見上げているのはあなたかも知れない。
終わり
みんなが走り回って遊んでる中
一人でジャングルジムに登ってその様子を見るのが好きだった
あの日も一人で登っていた
そしたら登ってこようとする子がいた
顔は見えなかったから誰かはわからなかった
いつもは自分一人しか登らなかったから珍しいなぁと思っていた
でも少ししても来る様子がない
登るのやめたのかなと思ったけどちらっとみたらまだ登ろうとしていた
どうやら苦戦しているようだ
それでもわざわざ手伝ってあげようとは思わなかった
次の日
また登ってこようと頑張っているようだ
でも、今日も無理そうだ
後二日もすればもう登ってこないだろう
そう思っていたのに、それから三日しても登ろうとしてた
根性があるんだなと少し、驚いた
それから何日か経ってその子は来なくなった
ああ、やっぱり諦めたか
もしかしたら…と思っていたけど仕方がないか
数日後
いつも通りジャングルジムに登った
しばらくはそのままいて降りようかなと思ったら
『よいしょ…やっとのぼれた!』
という声が聞こえた
そこには何度も登ろうとしていた子がいた
ついに登れたらしい
その子と目が合った
あ、やばい
目を逸らそうとしたら笑いかけられた
『やっと話せる!』
え?
『いっつもここにいて話せなかったから』
それじゃあ話すためだけに登ってきたのか
それも何日もかけて
ははっ、ばっかみたい!そのためだけに登るなんて
「きみ、かわってるね」
『それじゃあお揃いだ!』
この日見た景色はいつもよりも良く見えた
【ジャングルジム】
沢山の棒で現された立方体。
それが組み合わさって形を成したもの、ジャングルジム。
私にはそれが、昔から馴染めないものだった。
人のように、感じる。
ひとつひとつの箱が、一人ひとりの人間、生き物のように捉えてしまっているから。
遠目から見るとその人々はひとつの塊となり、強大で、恐ろしいものにさえ感じる時がある。
夜の公園では特に不気味に見えてしまう。夜の暗闇の中街灯が照らす遊具は、どれもそうといえばそうではあるが。
友達はその塊のことをなんとも思わないようで、笑顔で楽しそうにてっぺんに登る。
昼間に見かけた幼い子は鉄棒のように前回りさえしていた。
私の感性はきっとおかしい。
友達がどれだけ誘っても、それにだけはあまり近づきたくないのだ。
ある日、球体を模したそれが隣町の公園にはあることを知った。
あの中に入る、だなんて、とても生きた心地がしない。
ただでさえ捕らわれているかのような感覚に陥りそうなものを、球体だなんて。
それに、それは回る、らしい。
なぜそんなものを作ったのだろう、そう疑問に思うが動かなかったそれを動かすというのは好きな人にとっては好きなのだろう、そう思った。
私は、動くだなんてとうとう生き物じみてきたなあ、なんて感想を抱いたけれど。
ジャングルジム。子どもたちが遊ぶには危険だという話や実際に事故などがあり、街のあちこちから撤去されていた。
大人になった私としては、特にもう恐ろしいような感情は抱いていなかったが、小さい子がケガをする可能性が無くなるのはいい事だな、と思っていた。
年齢を重ねると公園なんていかなくなるものだね。
社会人ともなると、都市部へと引越しをしたことで近場にもそれがある公園なんてものは無かった。
ある日、出張で出かけた先に公園があった。
お昼ご飯を食べるためにベンチを借りたのだ。
緑の多い公園で、花壇に植えられていた色とりどりの綺麗な花たちが印象的だった。
その公園には、あれはいなかった。
大きな広場があり健康を意識して作られたと察することが出来る鉄棒だとかがあるだけだった。
小さい看板にはボール遊びや諸々が禁止、といった注意事項が書かれていた。
でも広場にいた子どもたちはサッカーボールを蹴っている。
遊具という遊具がなく、ただ緑を生存させるためだけの楽園のように見えた公園だったが、子どもというのはいつでも自由で、元気で、変わらずいて欲しいなと思った。
「ジャングルジム」 2024/09/23
──あれは、いつのことだったろう。
小学生、いや、幼稚園?
「いちばん最初にジャングルのてっぺんに着いた人が王さま!」
誰かがそう言って、俺たちは必死になってジャングルジムを登った。
しがみつき、よじ登り、ときにはライバルの腕を蹴飛ばして──そうして俺は王さまになった。
あとから来る友人たちが羨ましそうにこちらを見上げているのが、ひどく心地よかったことを覚えている。
10代にもなっていない頃の出来事。
それが俺の人生の頂点だった。
「ってて……。ここ、どこだ?」
夢から醒めた俺はあたりを見渡した。
ジャングルジムのてっぺん。そこから下る一方だった俺は、ついに大量の薬物を摂取しての自殺をはかった。
はかった──のだが。現にこうして意識があるし、周りの景色は見慣れた俺の部屋ではない。
赤黒い、洞窟の中みたいな陰気な風景だ。
「地獄、か……?」
恐る恐る一歩を踏み出した途端、
「ピイィィィイ!!!!」
何かが俺の横を通り過ぎた。無様にしりもちを着いた俺の頭上をそいつは旋回する。
鳥、鳥だ。でもただの鳥じゃない。燃え盛る身体に羽の代わりに舞う火の粉。火の鳥だ。
「あ〜〜待てって! ──おや、本当にお客さんだ」
次いで気の抜けた声とともにひとりの青年が走ってくる。そいつは俺と目が合うと驚いた顔をしてから足を止めた。
「やあ、初めまして。僕は魔法雑貨店の店長だ。さて、君は?」
こちらに手を差し伸べながら笑うそいつの目は──悪魔みたいに怪しく煌めいていた。
20240923.NO.60.「ジャングルジム」
魔法雑貨店店長新シリーズ
歌姫編のラストは「カレンダー」と「声が聞こえる」に時間あるとき書きます!
『ジャングルジム』
昔の私は何故か
ブランコは怖がるくせに
ジャングルジムには平気で一番上まで上がれる
自分の足や手が血だらけになっても
足にガビョウが刺さってても遊び続けるのに
他人が少しでも怪我をして血が出ていたら叫んで怪我をしていた人よりも痛がる様な人だった
…らしい
──あの子の後ろ姿を、忘れられないでいる。
後日書きます。書き溜め失礼します。課題に追われているので少し更新が遅くなるかも知れません……。
(ジャングルジム)
一生懸命背伸びして登ろうとしていたジャングルジムを貴方はいつの間にか簡単に登れるようになってしまった。
貴方は飽きてしまったのか公園に私と行くことが徐々に少なくなっていた。
そんな貴方がこれから一生一緒に人生を歩む人を見つけて、公園で遊んでいた頃の素敵な笑顔を見せてくれた。
懐かしくて、あの頃に戻りたくて、貴方の好きな公園へ向かったが、もうあのジャングルジムはなかった。
でも、私にある貴方の姿はこの世に命ある限り忘れないよ。
ジャングルジム
(本稿を下書きとして保管)
2024.9.23 藍
小さい頃。まだ明確な恋心も、熱烈な愛情も知らぬ頃。
私たちはジャングルジムで遊ぶ事が好きだった。
今思えばそこまで大きくはなく、難易度も高くない。
ただギミックが豊富だったのは覚えている。
中でも人気だったのは、鎖で覆われたジャングルだ。
その歳の子は到底手が届かない様な空間。
そこに彼女は陣取っていた。
歳の割に高い身長と柔らかい身体を活かし、
彼女は誰も行けない鎖の中へ囚われるのだ。
誰が言ったのか、彼女はまさに「檻姫」だった。
休み時間になれば教室はガラリとし、
ジャングルジムへ一目散に駆けていく。
チャイムと同時に出たというのに、
彼女は既に囚われていた。
果敢に挑戦する者、怯えて辞退する者。
その場にいた男子全員が鎖に手を掛けるも、
彼女の元へ辿り着いた者は誰一人として居なかった。
正直に言おう。
彼女は子供心にしてもわかる程、可愛らしかった。
大きな瞳、鈴を転がしたような笑い声。
おまけに愛嬌も良いと来た。誰が嫌いになれよう。
静かに本を読む彼から、ヤンチャなあいつまで。
みんな彼女に、いや。「檻姫」に夢中だったのだ。
それでもなお、彼女を救い出せる者は居なかった。
ある日。遂に最後の鎖に辿り着いた者が居た。
運動神経はいいが頭は弱い彼だった。
彼が彼女の居る鎖に手を伸ばした時、
体制を崩し、思い切り鎖を引っ張ってしまった。
檻姫は手を捻り、その日から登ることはなくなった。
ただ、私は知っていた。私だけは見ていた。
彼女が放課後に、
誰も居なくなったジャングルジムに登っていることを。
私はその時、初めて鎖に手を掛けた。
彼女の元へ行きたいという一心で。
何度も何度も挑戦した。
彼女は上から僕を見つめていた。
日が暮れてきた頃、遂に私は最後の鎖に手を伸ばした。
私の手が鎖に触れる前に、彼女は私の手を取った。
私は暖かい、微かに湿布の匂いがする手を握った。
「待ってたよ。」
まさに彼女と私は、御伽噺の中にいるかのようで。
あの日の事は夢のように、しかし鮮明に覚えている。
あの瞬間、私は檻姫を救った騎士であった。
「ジャングルジム」
アーカイブの名前を呼ぶ?名前を呼んだということはきょうだいの名前を知っているというわけでそのつまり、えーと……?
「……!ねーえー!!きいてよー!!」
「何さ!キミが変なこと言うせいで眠れなかったというのに!」
「あしょびたい!こーえん?てとこであしょぶのー!」
「気持ちは山々だがこんなお昼に行くのは難しいと思うよ?」
「なんせここはニンゲンの町!ボク達が人目に触れるのは相当なリスクを生じるんだ。不便だけど我慢我慢、だよ?」
「むー!やー!!」
「それなら早朝に行ったらいいんじゃないか?」
「それはキミが大変なんじゃないの?ニンゲンくん?」
「まあそれはそうだけど、せっかく遊びたいんならさ。」
「そーちょ?」「早朝。朝早くっていう意味だよ。」「ん!」
「じゃ、そーちょにいくー!」
……というわけでボク達は朝っぱらから公園に行くことになった。ボクとニンゲンくんはともかく、このちっちゃな兄は起きられるのだろうか……。
-翌日朝5時-
「おはよます!」「起きられて偉いなー。」「えらいー!」
「あー……ちょっと待って!朝ごはんを作っているんだ!公園で食べようと思ってね!」
「よし、完成!それじゃあ行こうか!」
……全く、朝から元気で子どもらしいな。
朝ごはんまで食うのかよ。
まあ、気分転換になるからいいか。
まだ薄暗い中外に出る。随分と涼しいな。
そして、薄紫の朝焼けが綺麗だ。
「足元に気をつけるんだよ、みんな!」「はーい!」
ちょ、自称2歳児!走ったら危ないだろ!
そんでもって走るのも早いし……。
「だれもいなーい!みちもこーえんもあしょべるのー!」
「こんな所で遊んだら危ないからダメだぞ。……ってニンゲンくんが思っているよ。だからやめておこうね?」「えー?」
「あ、あれ!こーえん?」「そうだよ!あれが公園だ!」
あー、ここは前来た時に弟の方が遊具から落ちた公園だ。
「あれ!あのあみあみ!のぼるのー!」
「あれはジャングルジムと言ってだね……キミにはまだ早いと思うよ?」「やーやー!」「うーむ……困ったなあ。」
そういえば、家に置けるサイズの子ども用ジャングルジムが玩具屋に売ってたと思う。「なるほど!そいつを亜空間に置けば完璧じゃないか!」「んー?」
「キミでも登れるジャングルジムが家に置けるんだって!」
「ニンゲンしゃん、ほんとー?!」「あ、まあ……。」
嬉しそうに足にくっついてくる。
「さて、そろそろご飯にしようか!そのあとできょうだい用の良いジャングルジムを探そう!」「はーい!」
……かわいい兄弟だな。機械なのが未だに信じられない。
甘えん坊な兄と、元気で利発な弟。
ほんの少しだけ、羨ましい。
「あ!ニンゲンしゃんにこにこなのー!」「えっ」
「さんどいちー、おいちいね!」「ああ、美味しいよ。」
「ボクのおとーと、すごいねー!」「いろんなこといぱーいできて、かわいいの!」「でちょー?ニンゲンしゃん?」「あ、あぁ。」「へへへ……!それほどでもあるよ〜!」
時間の許す限り、こんな日常をもっと過ごしたい。
そう思うのは強欲だろうか。
自分は昇る朝日に問うた。
「前回までのあらすじ」───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!!!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!!!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!!!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!!!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!!!悪気の有無はともかく、これ以上の被害を出さないためにもそうせざるを得なかったワケだ!!!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにしたら、驚くべきことに!!!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚!!!さらに!!!アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかったのだ!!!
そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!!!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!!!
……とりあえずなんとかなったが!!!ちょっと色々と大ダメージを喰らったよ!!!まず!!!ボクの右腕が吹き飛んだ!!!それはいいんだが!!!ニンゲンくんに怪我を負わせてしまったうえ!!!きょうだいは「倫理」を忘れてしまっていることからかなりのデータが削除されていることもわかった!!!
それから……ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。いつかこの日が来るとわかっていたし、その覚悟もできたつもりでいたよ。でも、その時にようやく分かった。キミにボクを気味悪がるような、拒絶するような、そんな目で見られたら、覚悟なんて全然できていなかったんだ、ってね。
もうキミに会えるのは、きょうだいが犯した罪の裁判の時が最後かもしれないね。この機械の体じゃ、機械の心じゃ、キミはもうボクを信じてくれないような気がして。
どれだけキミを、キミの星を、キミの宇宙を大切に思ったところで、もうこの思いは届かない。でも、いいんだ。ボクは誰にどう思われようと、すべきこととしたいことをするだけ。ただそれだけさ。
……ついに裁判の時を迎え、ボク達はなんとか勝利を収めた!
それから。
ボク達はニンゲンくんに、そばにいていいって言って貰えたよ!
とまあ、改めて日常を送ることになったボク達だが、きょうだいが何やら気になることを言い出したよ?……心霊現象かな???
────────────────────────────────
ジャングルジム
頂点まで登れば
背が小さい私だって
下を見下ろしたり
一つ一つが小さく見えたり
色んな事知れたよ
子供の頃に憧れていた
あのほわほわした
綿菓子の様な雲にも触れる気がした
色んな夢があったね
みんなそれぞれ
俺の方が上だぞ〜
偉いだろ?なんて
やんちゃぶっていうあの子
少しどこかつっぱねてるのに
気持ち優しかったりとかね
そんな中身に分かって貰えない彼は
今 どうしてるかな?
密かに好きだった
密かに憧れだった
あの夕暮れの色に落書きしたくなった
絵が好きな女の子は
お気に入りのペン
ポッケに隠して上がったよね
あの頃のピュアな気持ち
どこ行ったんだろう?
あの頃 いつも友達と行った
公園に散歩しよう
何か元気貰えるかもしれないから
ここでお花見をするのが好きだった。
大人よりももっと上から桜を見て、手を伸ばして写真を撮るのが恒例で、満足いくまで何度も登った。
こども限定の遊び場だから、もうできないけれど。
隣の公園から今日も楽しそうな声がする。近所のこども達にはまだまだあの景色を見ていて欲しい。
ジャングルジム
あの公園の頂上にあるもの…
あの小さな小さな低い公園の1番、
ジャングルジム!!あぁ…幼い頃を思い出すなぁ…
あの楽しかった頃…怖くて怖くて行けなかった…
でも、登れたとき…降りれなかったけど
とっても…夢みたいだったんだ!!
あれより大きな建物の中にいるって言うのにね…
幼くて楽しかったなぁ…あの頃…
てっぺんで世界を手に入れたつもり小さな公園ジャングルジムで
ジャングルジム
近所の公園にある遊具。
ブランコに、滑り台。
シーソー、あと…タイヤ?みたいなやつ。
幼い頃は夢みたいな場所だった。
その中でも印象的なのは
大きな、ジャングルジム。
最近では危険だから、というので
撤去されつつある遊具たち。
命に関わるものはと思わないこともないが
遊びの場をなくすのは
子どもたちにとってどうなんだろう。
大人になった今では関係の無いことを考えながら
入口近くにあるベンチに腰掛けた。
昔より身長も伸びて、
こんなにも小さな世界だったのかと思う。
周りには誰もいない。
少しだけ、と立ち上がり鉄の棒を掴み足をかける。
あの時より冷静に動ける。
でも、あの時よりも視線が高くて、怖い。
結局、てっぺんまでは登れなかった。
攻められても絶対負けない街。
特に強い兵器も兵士もいない。
ただ一つ、領主の家には、竹で組んだ城壁と町並み、周囲の地形を模した庭があった。
ジャングルジム
てっぺんに登ると
小さな世界を見渡せる
今だけは私が一番宇宙の近くにいる
もしかしたら雲を掴めるかもしれない
私もいつか鳥と共に飛びたい
ぎゅっと握って
ひたすら真っ直ぐ
上だけを見て
終わりのない夢への道