桔花

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10/26/2023, 9:48:26 AM

・友達
元カレと、友達に戻れるか。
いくら議論しても、答えが見つかるはずもない命題。

私たちの別れは、昼ドラちっくでもなければ、ロマンティックでもなかった。
気づいたらデートの約束をしなくなって、次第に連絡さえ取り合わなくなって。自然消滅は後味が悪いから、形式的に別れを切り出した。
喧嘩したわけでもない、浮気されたわけでもない。私の場合、友達に戻ったところで、何の問題もなさそうだ。
でも…でもさ。
やっぱり、ケジメってのが、あるじゃん?
二人で映画。
二人でカラオケ。
寒かったら手を繋ぐ。
アイスクリームは二人でシェアして。
私にはもう、どこまでが「友達」で、どこからが「恋人」なのか、わからない。
恋人として、大好きで。友達として、大好きだった。
だからこそ。
さよなら。
タップひとつ。

…ブロックしました。

10/24/2023, 1:39:53 PM

・行かないで
ほんの少し、休憩するだけ。そのつもりだったのに。気がつけばあいつは、ずっと先を歩いていた。ゆっくりと、でも、着実に。
ゴールはもう、あいつの目前だ。
間に合わない。
…行かないで。
***
思えばオレの人生は、いつも、誰かを追いかけていた。たくさんいる群れの仲間の中で、オレは一番、走るのが遅かったから。か弱い野うさぎのオレたちにとって、それは致命的。小さい頃はお母さんが運んでくれたけど、今となってはもう無理だ。

『あんた、足手まといなのよ。いい加減、出ていって』

その言葉がぐるぐる回って、吐きそうで。行くあてもなく彷徨っていたとき、顔見知りのカメに出会った。

『おい、カメ。勝負しようぜ。あそこの池までだぞ。よーい、始め!』

うさぎとカメ。勝って当然。かっこ悪くてもいい。一度くらい、誰かに勝ちたかった。
やれやれ、と言った様子で歩き出したカメを、視界の端にとらえてほっとする。

半分くらい来ただろうか。カメはずいぶん後ろを歩いている。罪悪感が胸を掠めた。いや、そんなの知ったことじゃない。頭を冷やしたくて、そばの草むらに寝転ぶ。
そして…今に至る。カメにはもう、追いつけない。くだらない言い訳が浮かんでは消える。昨日は群れを追い出されたショックで眠れなかった。疲れていたんだ、といえば。
ふいに、笑えてきた。どうせオレは役立たずだ。カメに勝ったところで、何になる。虚しさが増すだけだ。
とぼとぼ歩いて、池に向かう。ムカつくことに、カメは、プカプカと池に浮かんでいた。何を言えばいいのかわからなくて、意味もなくそっぽを向く。
カメが吹き出した。

「ねえ。あそこ見て」

カメの視線の先には、大きな木があった。意図が読めない。眉を顰めると、カメはふふっと笑う。

「どうして、池をゴールにしたの?木の方が目立つのに。それからこの道も。あっちの道のがまっすぐだわ」

オレが答えられないでいるうちに、カメは続ける。

「わたしのためでしょ。水のある場所をゴールにしたのも、この道を選んだのも。あっちの道は岩がたくさんあるもの」

そんなことない、と言いかけた言葉は音にならなかった。年齢不詳のカメは止まらない。

「何があったのか知らないけど、あなたはとても優しい。その優しさに救われる動物が、どれほどいると思う?こんなバカなこと、もうやめなさい。あなたは、役立たずなんかじゃないんだから」

ひゅうっと、息が詰まる。ずっと誰かにそう言って欲しかったんだと、気づいた。
でも…まてよ。

「なんでお前が、そんなこと知って…」

ふふっと、また笑って。

「あら。秘密♡」

10/23/2023, 11:42:41 AM

・衣替え
真っ白い粉を、纏う。
息つく間もなく、黄色い湖に落とされる。それはとろりと冷たくて、きゅっと身が縮んだ。

ちゃぽんっ

白かったはずの身体は、あっという間に黄色いマーブル模様だ。

ぽすん

したたる液体が落ち着くまもなく、何やらカサカサしたところに下された。
纏わりつくカサカサは、チクチクして気持ち悪い。
気がつくと身体はカサカサに覆われていた。
…そして。

ジュワワワワ…

何がなんだかわからないまま、黄金の液体に包まれた末。
僕はどこに出しても恥ずかしくない、サクサク衣を纏ったミンチカツに無事、生まれ変わっていた。

10/22/2023, 9:00:18 AM

・声が枯れるまで
赤ちゃんの泣き声というのは、凄まじい。火がついたように、とか、叫ぶように、とはよく言うけど、本当にその通りだ。
しかも、物心ついたのちのそれと違って、余計な魂胆…わがままを聞いて欲しいだとか、構って欲しいだとか…がないだけ、タチが悪い。
やっと少しまどろみかけたとき、我が娘の泣き声が、容赦なく耳をつんざいた。

「はいはい、いい子だから、おねんねしましょうね」

まもなく一ヶ月を迎える娘は、日を追うごとに重くなる。この子に抱っこが必要じゃなくなるときには、たぶん私の腕はボディービルダーもお呼びじゃないくらい鍛え上げられていることだろう。

「〜♪〜♪〜♪」

歌い出した途端、泣き声が止む。後にはまんまるい目だけが、きょとんと私を見ていた。誰もが知る童謡から、なつかしの1900年代ソングまで。バイクを盗むのは教育に悪いかなぁ、なんて思いながら、調子に乗って臨場感たっぷりに歌い上げてしまう。
いつしか、愛しい我が子はくうくう寝息をたてていた。
***
ボカロが好きだ。人間には出せない、あの透き通った声が好きだ。高音でテンポが速い曲が多いのも、イイ。
試験前日、イヤホンから流れてくるのも当然ボカロだった。
一人暮らしを始めて早半年。イヤホンさえ外してしまえば、そこに音は何もない。自分が望んだことなのだから、不満は全くないのだけど。
ごくごくたまに、恋しくなるときがある。
お世辞にもうまいとは言えない母の子守唄が。声が枯れるまで歌い続けて、翌朝母が舐めていたのど飴の匂いが。
私があんまり寝ないから、と文句を言っていたけど、あれはちょっと納得できない。自分から熱唱していたのはどこの誰だよ。
イヤホンからは変わらず、澄んだ高音ボイスが流れていた。母ならきっと、ボカロだって子守唄にするんだろう。
あの掠れた声で、母が歌うボカロ曲を、聞きたい、と思った。

10/19/2023, 11:04:10 PM

・すれ違い
すっかり遅くなっちゃった。
真っ暗な廊下に、私の足音だけが響く。
高校三年、秋。受験生、真っ最中。
テスト期間でもないのに自習室で勉強に勤しんでいたのは、これが理由である。
帰りの電車では英単語を覚えよう。帰ったら数学の残りかな…
そんな思考しかできなくなっている自分に嫌気がさす。
ため息をついて、窓の外に目をやった。
校舎内となんら変わらない、夜の闇。
夜は結構好きだ。特に、淀んだ校舎から出た瞬間に飛び込んでくる、洗練された空気が好きだ。
かの有名な、「注文の多い料理店」のラストシーン。
店を出た旅人を迎えたのは、夜の闇だった。本当に、ホッとしたものだ。
そんなことを思いながら、なんとなく早足になったとき、足音が聞こえた。
前から誰か、来る。
幽霊だったらどうしよう、なんてアホらしい考えが浮かぶ。
立ち止まるわけにもいかなくて、私は俯きながら足を進める。
コツコツコツ…
その規則的か無機質な足音に聞き覚えがあって、私はふっと息を吐いた。
進路の、武田先生。
幽霊の次に、廊下ですれ違いたくない相手だ。安堵すればいいのか落胆すればいいのかわからなくて、私は俯いたまま百面相を繰り広げる。
口を開けば志望校を上げろ。お前の実力ならもっと上が狙える。そんなの知るか、と思う。
落ちたら責任とってくれるわけ?
浪人して、もう一年頑張ればいいじゃないか。
じゃあ、そのお金払ってよ。
そんな叫びは、言葉にならない。いつもこんなふうに俯いて、黙り込んでしまう。
「おお、落合か。こんな時間まで自習室か?」
黙ったまま頷く。やっぱり絡まれた。もう、放っておいてよ。
「ちょっと手、出してみろ」
はあ?手?さすがに叩かれることはないと思うけど。意図が読めなくて、私はおずおずと従う。
カラカラン
次の瞬間、ペンだこのできた手に乗っかっていたのは、かりんとうだった。そう。黒くて甘い、あのかりんとう。
え…?
「よく頑張ってるな。気をつけて帰れよ」
手を振って、武田先生は夜の闇に消えていく。お礼を言いそびれた、と思ったのは、ずいぶん経ってから。

外の闇は、やっぱり澄んでいた。
かりんとうなんかで餌付けされてたまるか、と強い意志を持って口に入れたそれは、泣きたくなるくらい甘かった。

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