桔花

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・声が枯れるまで
赤ちゃんの泣き声というのは、凄まじい。火がついたように、とか、叫ぶように、とはよく言うけど、本当にその通りだ。
しかも、物心ついたのちのそれと違って、余計な魂胆…わがままを聞いて欲しいだとか、構って欲しいだとか…がないだけ、タチが悪い。
やっと少しまどろみかけたとき、我が娘の泣き声が、容赦なく耳をつんざいた。

「はいはい、いい子だから、おねんねしましょうね」

まもなく一ヶ月を迎える娘は、日を追うごとに重くなる。この子に抱っこが必要じゃなくなるときには、たぶん私の腕はボディービルダーもお呼びじゃないくらい鍛え上げられていることだろう。

「〜♪〜♪〜♪」

歌い出した途端、泣き声が止む。後にはまんまるい目だけが、きょとんと私を見ていた。誰もが知る童謡から、なつかしの1900年代ソングまで。バイクを盗むのは教育に悪いかなぁ、なんて思いながら、調子に乗って臨場感たっぷりに歌い上げてしまう。
いつしか、愛しい我が子はくうくう寝息をたてていた。
***
ボカロが好きだ。人間には出せない、あの透き通った声が好きだ。高音でテンポが速い曲が多いのも、イイ。
試験前日、イヤホンから流れてくるのも当然ボカロだった。
一人暮らしを始めて早半年。イヤホンさえ外してしまえば、そこに音は何もない。自分が望んだことなのだから、不満は全くないのだけど。
ごくごくたまに、恋しくなるときがある。
お世辞にもうまいとは言えない母の子守唄が。声が枯れるまで歌い続けて、翌朝母が舐めていたのど飴の匂いが。
私があんまり寝ないから、と文句を言っていたけど、あれはちょっと納得できない。自分から熱唱していたのはどこの誰だよ。
イヤホンからは変わらず、澄んだ高音ボイスが流れていた。母ならきっと、ボカロだって子守唄にするんだろう。
あの掠れた声で、母が歌うボカロ曲を、聞きたい、と思った。

10/22/2023, 9:00:18 AM