ななせ

Open App
5/15/2024, 10:41:22 PM

ヴェネツィアの西海岸に、孤児院と言う名目で
建っている子供のみの奴隷保養所。ここでは、十七歳までの子供が収容されている。
奴隷と言っても、手酷く扱ってすぐ死んでしまうのでは効率も悪く金の無駄であるから、ある程度の生活水準は保たれていた。
そこで私は、一人の男の子と出会った。
彼は、父親に捨てられてここに来たのだと言っていた。体はそこまで大きくなかったけど、彼は施設の子供たちの中で一番強かった。弟妹がいるらしく、よく大人びた発言をした。
そんな少しませた彼も、子供に戻る瞬間があった。私が石鹸水でシャボン玉を作ると、瞳を輝かせて眺めるのだ。私は、シャボンが映ってキラキラしている彼の瞳が好きだった。
彼も私も大きくなり、十七歳の年長になった。つまりもうすぐ、ここから出て行く──買われていくのだ。そんな時、彼にここから出ていくと告げられた。
彼が買われるという話は聞いていなかったし、彼も奴隷となることを知ってここに留まるような性格でもなかったから、ここから逃げ出すということだろう。
今はまだ誰の奴隷でもないとは言え、この施設は地域によく根付いている。職も限られてくるだろうし、彼は見目が良いから職員も追いかけてくるのは間違いない。
それでも、彼は人として生きることを選んだ。その結論に至るまで、どれほど悩んだだろう。
死なないでね、と頼んだけれど、彼から返ってきたのは「さあ、どうだろうな」という言葉だった。
その時の私の顔は酷いものだったのだろう。本気にするなよと笑われたけど、私は真剣だった。
「私は死にたくないから生きてる。苦しいのは嫌だし、死ぬのは怖い。でもあなたは、目的の為に生きてるから。それを成し遂げたら死んでも良いみたいに見えるよ」
「…そう簡単には死なんさ」

それでも、「私の為に生きる」とは言ってくれない彼に、涙を堪えた。彼は餞別にと、シャボン玉を模したガラス細工を贈ってくれた。
私が「またね」と言ったのに、「じゃあな」と返したこと。瞳孔が開いて揺らがない瞳。震えを無理やり止めた手。それら全てが、彼はきっと戻ってこないと囁いていた。
止めないといけない。けれど、それは彼の意思を馬鹿にすることになる。歯がゆくて仕方がなかったが、彼に失望されて別れるのはそれより怖かった。
なのに何故か、彼の訃報を知らされた時、(やっぱりか)と安心した。


お題『後悔』

5/14/2024, 10:38:20 PM

びゅうびゅうがらごろ、どろごろどろどろ。
台風。
空からどじょうが落ちてきます
(ざんざかばらばら)
鳥が木々をふるわせて
(びゅうびゅうざわざわ)
それを見て笑った神様が声をあげ
(どろどろごろごろ)
バケツが飛んでる
タイヤも飛んでる
今日はみんなご機嫌です
なんだかむくむく気持ちが起こって
僕も交じらうと思いました
(びょうびょうざらざら)
愛用の傘を持ったのですが
鳥のくちばしで突っつかれまして
くるりと裏に返ってしまった
やれ仕方なしと気落ちして
レインコートをはおって出ました
(がらごろばらばら)
よう外は、ひどいもんです
鳥たちもしっちゃかめっちゃかです
ひばりが多いようでしたが
幾分つばめもおりました
(ぴいぴいきょろきょろ)
「やいつばめ、僕をお運びよ」
さう云いつばめに知らんぷりされて
ひばりに頼んで乗りました
(ざあざあぼうぼう)
ああなんと、外の様子のひどいこと!
部屋で見るには楽しげなのに
実際そんなことあない
出てしまったのじゃ仕方ない
そのままひばりに乗せてもらえば
どうにかなりはするでせう


お題『風に身を任せ』

5/13/2024, 7:20:55 AM

友達に彼氏ができるの本当に嫌
彼氏ばっか優先して私のこと蔑ろにされてる感じする
別に良いけどさ、そのポジション
前は私だったじゃん
綺麗なカフェ見つけて一緒に行くのも
ディズニー行くのもプリ撮るのも
前まで全部私だったじゃん
それは私といるのが楽だったからでしょ
楽しかったからでしょ
彼氏ってだけで何でそいつと行くのよ
大体その男がアンタの何を知ってるの?
アンタが鬱になった時に電話かけて朝まで話してたのは私
好み合わん〜笑とか言いながらコスメ買いに行ったのも私
アンタと私は幼稚園の頃から親友で家だって近くてずっと仲良かったのに
何でぽっと出の男にその立場譲らないといけないわけ?
アンタもさ、そんな簡単に変えないでよ
私がバカみたいじゃん
付き合いたいってわけじゃないけどさ、付き合えるくらいには好きだったよ
バイバイ、親友


お題『子供のままで』

5/12/2024, 2:56:43 AM

愛されたい。
いや、違う。求めているのは愛じゃない。
誰かに必要とされたい
生きていい理由が欲しい
それを愛だと勘違いしているだけだ
もちろん愛も欲しがっているのだろうが
本当に欲しいのは愛じゃなくそれを与えられている意味だ。
生きる意味なんか無くて良いと言う奴は幸福だ。
きっと、今まで一度も死にたくなったことなんか無いんだろう
湯船に浸かって、一息吐いた時。
シーツに包まって、瞼を閉じた時。
意味もなく生きていることに疑問を持ったことなんか無いんだろう
愛はそんな思考をいっぺんに無しにしてくれる
誰かに愛されているから
自分が死んだら誰かが悲しむから
そういう事実が、生かしてくれる
誰かを愛しているという事実が、自分の生きる意味になる
依存だ。
依存だけれども、そうして生きるほかに
私は生きる術を知らない。
私の生き方は肯定されるものではない。
ただ、それは表立ってのことだ。本当は、みんな依存して生きているのに、それを知られるのが怖いから隠して生きているのだ。
母性本能だって、依存の一種だと考えている。そうでなければ、あんなものは狂気に違いない。
死にたいのに死ねない、深層心理で生きたいと思っていることすら認められない自己嫌悪に苛まれたこともない、
そんな人間の言うことは往々にして薄っぺらい
ただ、言葉に騙されるようならまだマシな人生だ。中途半端にひねくれて、物事を斜めに見るせいで、嘘に気付いてしまう。
しかも頭も悪く技術も持たないそのせいで、それを打開することも叶わない。
だから愛されない
だから愛せない
何の意味も無い人生
むなしい、というよりも、
愛されたいなあ。


お題『愛を叫ぶ』

5/11/2024, 7:04:51 AM

ぼくの大好きな、可愛いあの子。
お母さんのまねっこで、つばの広い帽子を被ってる。
白いワンピースを着て、あの子より大きいひまわりに守られて、ぼくを待っている。
ひまわりの中でかくれんぼしたり、水やりをして自分も水をかぶったり、ぼく達の夏の記憶は、大半がお互いで埋まっていた。
その日、ぼくは走っていた。おばあちゃんが倒れて、お母さんと病院へ一緒に行っていたからだ。
約束の時間はとっくに過ぎているのに、約束の場所へはまだまだ遠かった。あんまり暑いから、足を止めて水筒のお茶を飲んだ。体の上半分がいっきに冷えていく感覚が気持ち悪い。
呼吸を整えていると、モンシロチョウがぼくの目の前を横切った。
真っ白に黒いぶち模様がおもしろくって、何だかあの子に似てる気がして、手の中にそうっと入れる。
あの子にも見せてあげようと思って、さらに急いで走った。あの子を見付けてから、しまった、と思った。あの子は虫がきらいだったのだ。
このまま逃がしてしまおうかとも考えたけど、せっかく捕まえたのを今さらナシにするのは気が引ける。それに、今までの道のり、ずっと潰さぬように苦労して運んできたのだ。
モンシロチョウは可愛いし、ちょうなら綺麗だから大丈夫かもしれない。
気を取り直して、あの子に話しかけようとした。
でも、あの子はぼく以外の子と遊んでた。
茶色い髪の毛のその子は初めて見る子で、たぶんぼくと同じくらいの歳だ。
楽しそうに笑うあの子を見て、何だか嫌な気分になった。
あの子を幸せにできるのはぼくだけなのに。
お前なんかに、できっこないのに。
何で嬉しそうに笑うの。君はぼくのものなのに。ぼくだけの可愛い君なのに。その場所は、ぼくと君だけの秘密なのに。
そんなやつに。そんなやつに。

くしゃり、
と、てのひらの中で音がした。


お題『モンシロチョウ』

Next