ななせ

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ヴェネツィアの西海岸に、孤児院と言う名目で
建っている子供のみの奴隷保養所。ここでは、十七歳までの子供が収容されている。
奴隷と言っても、手酷く扱ってすぐ死んでしまうのでは効率も悪く金の無駄であるから、ある程度の生活水準は保たれていた。
そこで私は、一人の男の子と出会った。
彼は、父親に捨てられてここに来たのだと言っていた。体はそこまで大きくなかったけど、彼は施設の子供たちの中で一番強かった。弟妹がいるらしく、よく大人びた発言をした。
そんな少しませた彼も、子供に戻る瞬間があった。私が石鹸水でシャボン玉を作ると、瞳を輝かせて眺めるのだ。私は、シャボンが映ってキラキラしている彼の瞳が好きだった。
彼も私も大きくなり、十七歳の年長になった。つまりもうすぐ、ここから出て行く──買われていくのだ。そんな時、彼にここから出ていくと告げられた。
彼が買われるという話は聞いていなかったし、彼も奴隷となることを知ってここに留まるような性格でもなかったから、ここから逃げ出すということだろう。
今はまだ誰の奴隷でもないとは言え、この施設は地域によく根付いている。職も限られてくるだろうし、彼は見目が良いから職員も追いかけてくるのは間違いない。
それでも、彼は人として生きることを選んだ。その結論に至るまで、どれほど悩んだだろう。
死なないでね、と頼んだけれど、彼から返ってきたのは「さあ、どうだろうな」という言葉だった。
その時の私の顔は酷いものだったのだろう。本気にするなよと笑われたけど、私は真剣だった。
「私は死にたくないから生きてる。苦しいのは嫌だし、死ぬのは怖い。でもあなたは、目的の為に生きてるから。それを成し遂げたら死んでも良いみたいに見えるよ」
「…そう簡単には死なんさ」

それでも、「私の為に生きる」とは言ってくれない彼に、涙を堪えた。彼は餞別にと、シャボン玉を模したガラス細工を贈ってくれた。
私が「またね」と言ったのに、「じゃあな」と返したこと。瞳孔が開いて揺らがない瞳。震えを無理やり止めた手。それら全てが、彼はきっと戻ってこないと囁いていた。
止めないといけない。けれど、それは彼の意思を馬鹿にすることになる。歯がゆくて仕方がなかったが、彼に失望されて別れるのはそれより怖かった。
なのに何故か、彼の訃報を知らされた時、(やっぱりか)と安心した。


お題『後悔』

5/15/2024, 10:41:22 PM