『未知の交差点』
…ここはどこだろう。
あたりは霧で覆われていて何も見えない。
どうやら僕は、死んでしまったらしい。
ここは俗に言う「あの世」のようだ。
なぜ死んで、どんな姿で生きていたのか全く思い出せない。
上に大きな看板があるのに気付いた。
…ん?『未知の交差点 来世に続く道』?
前後左右に道が分かれている。
それぞれの方向に、何やら説明書きがされてある。
その道の良い点(⚪︎)と悪い点(⚫︎)について書いてくれているらしい。
東:虫
⚪︎空を飛べる。鳴き声や羽音に個性がある。
⚫︎大きめだと人間に怖がられる可能性が高い。
西:動物
⚪︎人間に可愛がられ、飼ってもらえることもある。
⚫︎野生だと自力で生きていく必要がある。
南:植物
⚪︎綺麗な色の花や葉を持ち、見栄えが良い。
⚫︎毒や花粉を持つ植物は、動物や人間から敵対視される。
北:人間
⚪︎夢や目標を持つことができる。感情表現ができる。
⚫︎生きるのが辛くなるときがある。傷つけ、傷つけられる。
…どの説明もポイントを押さえていない気がする。
そしてどれも抽象的で判断し難い。
でも、人間の『夢』『目標』ってなんだろう。
なんだかとても素敵なもののように感じる。
生きるのが辛くなるのは嫌だけど、それも人間の醍醐味なのかな。楽しいこともたくさんあるのかな。
…なんか、おもしろそう。
気付けば僕は北に向かって進んでいた。
この景色、前にも見たような気がする。
しばらく歩いて行くと、あたりは真っ白な光に包まれた。
気が付いたときには、僕は病室で力いっぱい泣き叫んでいた。
こうして、僕の新たな人生が幕を開けた。
『一輪のコスモス』
おばちゃん家の庭には、いつも四季折々の花が植えられていた。
まだ幼かった私に、おばちゃんは庭の花を眺めながら言った。
「お花ってね、とても繊細な生き物だから、大事に育ててあげないとすぐに枯れてしまうの。私たちもお花と同じ。だから、周りの人や自分のことを大事にしてあげてね」
そして庭に行き、たくさんある花の中から一つ選び、ハサミで切り取った。
「大事にしてあげてね」
と、一輪、花をくれた。
今日は、おばちゃんの命日。
お墓参りに向かう途中に花屋に寄り、あのときくれた花と同じ花を選んだ。
線香をあげ、お花をお供えし、手を合わせる。
おばあちゃん。毎日いろんなことがあるけど、元気に頑張っています。周りの人も自分のことも、大事にできています。私が笑っていられるように、元気に咲いていられるように、明るい陽の光で照らしていてね。いつもありがとう。
また来ます、と約束をし、私はその場を去った。
お墓の前には、色とりどりのコスモスが、気持ちよさそうに風に揺られていた。
『秋恋』
秋がきた。
私とあなたは結ばれた。
これからどんなに素敵な未来が
私たちを待っているだろう。
飽きがきた。
いろんなことがマンネリ化。
一緒にいるのが苦しくて
2人の気持ちはすれ違う。
空きがきた。
私の隣は誰もいない。
失ってから初めて気付く。
あなたの偉大さ、優しさに。
早く秋来い。私のもとへ。
あの秋恋を、もう一度。
『愛する、それ故に』
生まれて初めて、恋をした。
Tくん。私のクラスメイト。
初めて話したときからTくんの魅力に心を掴まれ、Tくんのことをもっと知りたいと思うようになっていた。
声も、仕草も、匂いも、何気ない表情も、全てが愛おしく、どうにかなってしまいそうなほど大好きだった。
いつかこの想いを伝えよう、そう思った矢先の出来事だった。
Tくんには彼女がいた。
夢であってほしかった。
嘘って言ってほしかった。
私の中にある何かが、一瞬にして崩れ落ちた。
こんなにも残酷な結末、誰が望んだだろう。
Tくんを見る度に痛む胸。
愛してしまったが故に味わう苦しみは、想像を絶するものだった。
人を好きになるって、こんなに辛いんだ。
静寂の中心で
明るい夜の街。
飲み屋はいつもに増して賑わっている。
そうか、今日は金曜日。
最近仕事が忙しいので、1週間が早く感じる。
今日も残業で、気がつけばもう22時を回っていた。
店の灯りたちを横目に、家路を急ぐ。
この飲み屋街を抜けた先にある橋の向こうは、閑静な住宅街へと続いている。
夜も遅いため、辺りはしんと静まり返っている。
まるで別世界に来たかのような感覚に襲われる。
外からのノイズがなくなると、たちまち私の思考が働き始める。
この休日は何をして過ごそう。久々に家族で遠出でもするか。行き先はどこがいいかな。いや、家でゆっくりするのもありだな。本を読むのもいい。いっそのことずっと寝ているのも大いにありだ。でもそれだと妻は怒るだろうな…。
自分の顔がにんまりしていることに気づき、慌てて表情を戻す。
静寂は、心の声だ。
今日も私の脳内は、飲み屋に劣らぬほど喧しい。