枯葉
秋の終わりに水族館へ行った。
その日は雨が降っていたが、気分が良かったため、傘を刺さなかった。道中、しとしと降る雨に枯葉が打たれていた。想像と違う音を聞きながら、昂揚した気分を抑えつつ、水族館へ向かった。
薄らと濡れた服を拭きながら魚を見ていた。いや、水族館に限っては、展示された魚でなく、抽象化された雰囲気の中を歩いているのだ、そう思った。
館内である人に出会った。ヘルプマークと枯葉のキーホルダーが印象的なバッグに付いていた。彼女は耳が聞こえないそうだった。私は友人のために覚えた手話で彼女と対話した。
今日はなぜここへ来たの?雨が降っていたから。雨は好き?嫌いじゃないよ。
いつから耳が聞こえないのか質問した。生まれつきだと言う。私は彼女と、静かな空間にて、音の無い人生を考えてみた。私は瞼を閉じることができるため、目の見えない人の気持ちは何となくわかる。ただ、耳を塞いでも、私の心音は聞こえる。それが心地よかった。ただ、それは彼女には聞こえない。私は海月を見る彼女の肩を叩いた。
枯葉が雨に打たれる音を知ってる?
時計の針
男は先日、黒いリュックサックをショッピングモールに置いた。それから男は1時間ごとに2回、その後30分ごとに数回リュックサック周辺を彷徨いていた。午後6時頃のこと、そのリュックサックは警備員に発見され、回収された。そのリュックサックにはビニール袋、ぬいぐるみ、ペットボトルが2本入っていたため、そのようにアナウンスされた。男はしっかりアナウンスまで聞くと、満足したように自宅に帰った。
そして今日、またリュックサックが置かれた。ただ今回は1つではなく、リュックサックのような形状のものが10個程置かれた。それは午後4時頃の出来事で、そのままその足で管理事務所へ向かった。
今日、管理事務所にある男が尋ねてきた。男は震えた声で、
「少し前、リュックサックを無くしました。もしかしたらここに届いているかもしれない。色は黒です。」
と言った。あるよ。ぬいぐるみが入ったやつだろう?高畠先輩が言うと
「そうです。ありがとうございます。」
と受け取った。男は焦ったような手つきでペットボトルを飲み干した。私たちが呆気にとられているとポケットから刃物を取り出し、
「毒が回りました!脳に回りました!」
と言いながら首を切った。
通報を受け駆けつけると、確かに男の死体があった。気分が悪そうにしている女性に私の部下は水を飲ませていた。その事務所にいる、恐らく最も年配の男性に話を聞くと、男が突然首を切ったらしい。戦った痕跡を調べるため、男の袖をまくると、おびただしい数の切り傷が出てきた。私は男性に腕の傷のことを知っていますか?と尋ねたが、男性は知らない、いきなり首を切り出しただけです。と言った。部下と協力し男の服を脱がすと
6 10ヶ所 BOMB と読めるナイフで切ったような跡が付いていた。その途端無線で連絡が入り、見回りのため同行していた同期がフードコートで爆弾を発見した、という通報が入ってきた。部下は私と目を合わせると途端に走り出し、飛ぶように階段を降りていった。私は部下の意図を汲み取り、男の死体に6、10ヶ所、BOMBと書いてあります。6は恐らく6時のことです。至急応援を呼んでください。と連絡を入れた。
夫と直樹と買い物に来たが、何故か警官がぞろぞろと来る。警官の制服が好きな直樹は興奮していたが、危険だと判断し、警官から離れた。その事を夫に相談するも、揉め事でもあったんだろうと話を切り上げられてしまった。直樹がゴネるため、そのまま2階のゲームセンターに向かった。その途中リュックサックが落ちていた。私の嫌な予感は的中し、直樹はそれを取ろうとしていた。私は直樹を叱っていた。
5時50分。見つけた爆弾の数は8つ。男の言うことが真実ならあと2つの爆弾が爆発することになる。私は爆弾処理班の到着を待つ間、管理室からアナウンスを入れ、客を避難させた。本部からは混乱を避けるためなるべくアナウンスするなと言われていたが、一刻を争うためアナウンスをした。無線で探した場所を報告し合いながら爆弾を捜索していると、ある家族がいた。その母親が、直樹!避難しろって言われてるでしょ!と息子を怒鳴りつけていた。私は避難を優先させ、その子の手を引き、落ち着いてくださいと訴えかけた。子供は痛く冷静に、エスカレーターの途中に落し物あったよ。と教えてくれた。私はそれがその子の落し物だと思い、今から探しに行くね。とで待っててねといった。
爆弾が1つ見つかり、見つけた全ての爆弾は処理班によって解除された。あと1つ、あと1つだけ見つけなければ。
時刻は5時57分。恐らく残り時間は少ない。私は男の子の言葉を思い出し、悪寒が刺した。もしかしたらエスカレーターにある落し物は爆弾なのではないか。部下と共にしらみ潰しにエスカレーターを探すと確かにそこにあった。爆弾は全て見つけた。が、到底手が届くような位置ではない。エスカレーターの奥、手すりの隙間に落ちていた。私はそれを無線で知らせると、無線の処理班からは、恐らくもう解除が不可能だという旨の知らせを受けた。6時のチャイムが鳴った。私は動く地面を震える足で踏みしめて、エスカレーターの外に飛び出した。3mほどの高さから飛び、背後からは爆発音がした。
衝撃波を一身に受け、私の体は地面に打ち付けられた。
昨日、午後6時、気仙沼市のショッピングモールに爆破予告がされました。通報に駆けつけた警官の懸命な避難運動により、死者0名、負傷者1名となりました。
続いてのニュースです。
Kiss
貴方は鏡を知っているか。
それは水に似た性質を持ち、この世界全ての情報を保有している超物質である。それは対象の全てを写し出す。下界にある最も高度な物質が鏡である。
アルテアは湖の綺麗な街で育った。アルテアを見る人はみな、奇跡の美貌だと口を揃えて言った。アルテアも無論、自分の容姿を好いていた。アルテアはその日、母親に買い物を頼まれ、市場まで足を運んでいる途中だった。その道中で出会った人は、アルテアに花をくれ、道案内をしてくれた。アルテアは買い物を済ませると、森の方へ走っていった。あまり森の方面には近づくことがないため、珍しく思ったのだろう。アルテアはどこまでも走っていった。するとアルテアは、湖を見つけた。アルテアは更に、その周辺の澄んだ空気とみずみずしい草木がとても気にいった。だが、アルテアは母親と約束した時間を過ぎていることに気づき、焦って家に帰ろうとした。いつかまた、この湖に来ることが出来るようにアルテアは木に印をつけて行った。アルテアが10、20と印をつけた頃、自分が迷子になっていることに気がついた。アルテアは一度湖に戻った。冷静になるため、顔を洗った時、アルテアは自分の顔を見た。気が動転していたこともあり、何故だかアルテアは安心を求め水面に写った自分に近づいた。更に、更に近づいていくと、アルテアは湖に落ちた。それからアルテアは一輪の花と愛を持ち、下界に落ちていった。
1000年先も
夜明けの街は仄暗く、行き交う人も疎らであった。ギターケース背負う少年は、線路沿いを歩いた。始発列車が走る頃、少年はまだ歩いていた。白む朝に少年は、雪に跡をつけ、歩いて行った。月の落とした砂埃、少年はそれを纏っていた。赤ら顔の少年は倒れかけたその足で、バス停近くのベンチに座った。到底バスを待てる顔ではなかった。バスが停まると、少年はふらついた足どりで、バスに乗った。バス停を3つ、4つと跨ぐと少年は、覚悟を決めたような表情で、バスを降りた。乗車賃を払うと、少年のポケットには20数円しか残っていなかった。少年の父親は、幼い頃に離婚した。少年の母親は、余命宣告を受けた、1年と8ヶ月後に死んだ。余命を1年以上伸ばしたが、諦めの悪い顔で、長い夜に死んだ。少年は何度も転んだ。紫色になった唇を噛み締めて立ち上がった。少年は歩いた。遠くへ行くため。ようやく太陽が見えそうになった時、暗澹たる雲行きが少年を包んだ。少年はそれでも歩いた。遠くへ行くまで。すると少年は躓いた。躓いたが、躓いたが、……少年が起き上がることは無かった。道半ばで倒れた少年は、否、そもそも道など無かったかもしれない。それでも少年は幸せそうな顔をしていた。少年の幸福に満ちたこの顔が、1000年先も微笑んでいたなら、
勿忘草
栞の代わりに挟まっていたのは、色褪せた勿忘草だった。その花は押し花となってもなお、何より美しかった。本を読む彼女の姿は、まさに天衣無縫と言うべきか、それはそれは美しく見えた。彼女を薄目で眺めているのは、勉学に励む少年。彼は毎日、この図書館へと足を運び、勉強を口実に彼女を見ている。彼は日が暮れるまで図書館に入り浸り、閉館前に芥川を借りて、足早に出ていく。そんな平和が崩れたのは、以外にも一瞬であった。まず、彼女のルーティンとして、休館日の火曜、そしてその次の水曜は図書館を訪れない。少年はそのこともよく知っていたが、今週は違った。彼女は突然、水曜日に当館を訪れ、その次の木曜からぱたりと来館が途絶えた。少年は恐らく焦っていた。いや、恐らくというより、それは火を見るよりも明らかであった。無論、彼女がいた頃よりも勉学は疎かになり、よく泳いだ目は活字さえ追えなくなっていた。ただ私はよく知っている。彼女の行き先を。私だけはよく知っている。私は当館に図書館司書として勤めている。そして彼女の親は、自治体に勤めており、私もよく顔を合わせる。ただその親は転勤族で、ここに越してきたのも、2年ほど前のことである。その事を知らずにいた少年は、今このようにして焦っている。そして今週の水曜、ルーティン遵守の彼女が、それを破ってまで当館に来訪したのは、今週末に引っ越すためである。そのため、借りてた本を急遽返すことになったが、勿論少年は知る由もない。私は少年に近づいた。それは少年に最後通牒をするためではなく、閉館のアナウンスが聞こえていないようだったからである。少年も察しが悪い訳では無いため、彼女に会えなくなることを感じ取っていたのだろう。それからは周囲にも漏れるような音量でイヤホンをつけていた。少年に閉館を知らせると、やさぐれたかのように、不躾に荷物をまとめた。ただ、私に背を向けようとした時、先程の行いを恥じるように頭を少し下げた。私は少年のこんなところが好きだ。ふと、机に目を向けると、少年が愛用していた、勿忘草の栞があった。まだ遠くに行ってはないと思い、少年の後を追うと、泣き腫らした目で肩を揺らしていた。恋心弾けて満月の夜。文学少年ここに咲く。