#二次創作 #呪術廻戦 #夏五
「ねぇ、傑これ何?ずっと気になってたんだよな。砂?」
ベッドサイドに大事そうに、ちょこんと置かれている小さな小瓶。
「それはね、私の好きな海の砂だよ。」
「海の砂?そんなん持って帰ってきて意味あんの?」
「別に意味はないけど、まぁ強いていうなら…お守りみたいなものかな。」
「…ふーん。」
人差し指と親指で掴み取れるくらいの小さなそれをまじまじと見つめると、ビンの中に差し込む光が砂に反射してキラキラと光り、美しい。細かく砕かれた宝石のようで、ずっと見ていると目がチカチカしてくる。
意味あんの?なんて、ぶっきらぼうに言っておきながら、悟は指で摘んだそれを上下させながら光の反射を楽しんで、なかなか離さなかった。
「気に入った?なかなか綺麗だろ。」
「ん。すげーキラキラしてる。ていうかどこの海?こんな白い砂の海、この辺じゃねぇよな。」
悟も連れてってあげようか?多分気に入ると思うよ、という傑の言葉に、悟は、行く!と二つ返事をすると、子供のようにニカっと笑う。
「今からいこーぜ。」
「え、今から?!」
悟は、慌ただしくTシャツを頭から被ると、座標教えてくれたら飛んでやるよ。と、いそいそと準備を始める。
全く。こんな事に術式を使うなんて。と、いつもの様に正論を口にしながらも、釣られてワクワクしていた事は心の奥底にしまい込み、傑も支度を始める。
「この海の場所は…」
次の瞬間、傑の手を取ると神経を集中させ、一瞬で飛んだ。
──────
「うっわぁ…。すげぇ…。」
悟は目の前に広がる絶景に息を呑んだ。
天も地も、真っ青な青が広がっていて、足元の砂は傑の部屋にあったあの小瓶の砂と同じものが、キラキラとした細かい光を放ち、眩しかった。海の水は底まで見えるくらい澄んでいる。
大空の青が海面に映り、見つめていると今自分が立っているのが上なのか下なのかもわからないくらい、それらは一体化していた。
「好きな人とここに来るって決めてたんだ。私の大事な場所。」
一瞬、何を言われたか理解できず混乱した頭で頬に添えられた傑の腕を掴むと、数秒後に傑の言葉がじわじわと心に落ちてくる。
「好きな人…?」
「そう、ここに来ると、好きな人と結ばれるって言われてるんだ。悟の瞳みたいだろ?気に入ってるんだ。」
傑は照れた顔でふわりと笑うと、真っ直ぐ悟の目を見つめ、頬に伸ばした手を優しくなぞる。
いつか返事を聞かせてくれよ、そう言うと悟から目線を外し、広がる大空に目線を移すと、そっと手を下ろした。
「やべぇ。嘘だろ…。マジで言ってる?信じらんねぇ。」
そう言われ、やっぱりダメか…まぁ、そうだよな、親友からいきなりこんな事打ち明けられても困るよな、と俯くと、悟は傑の目の前に回り込み、澄んだ瞳で傑を見据えると、めちゃくちゃ嬉しい、とくしゃくしゃの笑顔で笑う。
「俺たち、両想いだったんだな。」
耳まで真っ赤にしながら見つめ合う2人を祝福するように、澄んだ景色はどこまでもどこまでも輝き、広がっていた。
あいつが何考えてんのかなんて、全然わかんねぇ。
大体なに?あいつ正論大好きだったじゃん。
笑っちゃうよな。大量殺人に、親殺し。ありえねぇだろ。
俺に散々正論垂れといて自分の事は棚に上げんのか?…クソ傑。
傑の部屋の前に立ち、ドアノブを捻るや否や、頭の中を駆け巡る様々な思考を掻き消すように、一気にドアを蹴破った。
───悟。人の部屋に入る時はノックしろって、いつも言ってるじゃないか。
うるせぇな。俺に物申すんじゃねぇよ。
勝手に脳裏を過る声に、心の中でそう呟くと、ズカズカと土足で部屋に入る。
ぐるっと部屋を見渡すと、そこは何一つ変わりなくて、流し台には、その日の朝飲んだであろうコーヒーカップが洗われず置いてあった。
水が半分ほど入れられたそのカップを見下ろすと、無感情で冷めた自分の顔が映し出され、それは余りにも滑稽だった。
───悟。術師は非術師を守るためにある。
あ?その守る対象を皆殺しにしたのは誰だよ。
またもや頭の中で正論を垂れる傑の声が流れてきて、心の中がどんどんカサカサになっていくのがわかった。
ぐらぐらと滾る感情の昂りが抑えきれず、コーヒーカップを壁に投げつけると、ガン!という音と共にカップは粉々に砕け散る。
それをガチャリと踏みつけ、くるりと踵を返すと、机の上には悟、硝子、傑と3人仲良く並んでいる写真が目に入った。
律儀に写真立てに入れてあるそれを手に取ると、またもや傑は喋り出す。
───悟、一人称"俺"はやめた方がいい。"私"、せめて"僕"にしな。
…うるせぇな。
今度は心の中に留めておく事が出来ず、小さな声でそう呟くと、それを思いっきり窓に向かって投げつけた。
窓はパラパラと小さな粉を撒き散らしながら、衝撃に耐えきれず割れている。写真立てを拾い上げると、傑の顔の部分に大きな1本の亀裂が入っていた。
───悟。
うるせぇな。
────悟。
うるせぇ。
─────悟。
「うるせぇんだよ!!クソが!」
何度も何度も頭の中に流れる傑の声に、気付けば、悟は我を忘れて部屋の中の全てを破壊していた。破壊しなければ、2人でこの部屋で過ごしたまざまざとした記憶が、溢れ出して、嫌でも現実を突きつけられる。それに耐えられる自信はなかった。
上下に肩が揺れ、体は小刻みに震えている。
アッハ!アハハハ!
込み上げてくる寂しさ、悔しさ、切なさ、傑のいない現実を笑いに乗せて誤魔化すと、足早に部屋を後にした。
「さーとーるくーん、あっそびましょー。」
「…。ん。」
コンコンとノックが鳴り、ドアの外から聞こえる軽快な2人の声。
時計をチラリと見ると、短針と長針がピッタリと重なっていた。
午前0時。先ほど眠りについたところだったが、眠りが浅かったのだろう。微睡みから一気に現実に引き戻され、悟はゆっくりと起き上がった。
傑と硝子だというのはわかっている。こんな時間に無遠慮に訪れる輩など2人しかいない。
酔っ払ってんのか?なんだよ、こんな時間に。あーねみぃ…。
悟は寝ぼけ眼で、ボサボサの髪を掻き毟りながら、フラフラとした足取りで気怠くドアを開けた。
「なぁ、俺寝てたんだけど…酔っ払ってんならまた今度に…。」
目を擦りながらそう返答をすると、言い終わらぬうちに。
パーン!と耳を劈く爆音にビクッと体が跳ねる。
「は?え?なに?!」
「悟!誕生日おめでとう!」
「おめでと〜。」
そこには三角帽子を被り、両手を突き出してニコニコしている2人がいた。寝起きのぼやっとした頭が混乱している。手に握られたそれがクラッカーである事は理解したが、寝起きのぼやけた頭には余りにも情報量が多く、状況を受け入れるのには少々時間を要した。
「…え、誕生日?」
少しだけ回り始めた頭で考えてみれば、なるほど、日付が変わった12/7、今日は悟の誕生日だった。
だけど…誕生日とは言えど、何故2人はこんなに楽しそうなのか。
頭には大量のハテナが浮かんでいる。
「ほらほら、ちょっとお邪魔するよ。」
「五条に良いもん持ってきてやったぞ。」
そう言って三角帽子を被らされ、2人に肩を組まれれば、あっという間に部屋の中央にある炬燵に連れていかれた。
そして3人が向き合うように座り、持っていた袋から小さな箱を取り出したかと思うと、傑と硝子はそれを悟の目の前に披露する。
「プレゼント持ってきたんだ。受け取ってくれるかい?」
傑は子供のようなワクワクした笑顔で悟にそう言い、早く開けてとせがむ。
「ちょっと待て。タイム。誕生日にプレゼントって何?」
「は…?マジで言ってる?誕生日はお祝いするもんでしょ。」
まさか…いくら格式の高い五条家の出だとしても、本当にそれを知らないとは思わず、2人は目を丸くした。
「たかが誕生日だろ?」
そう言いつつも、徐々に嬉しさが込み上げる。
「俺、こんな風に祝われたことねぇから…。もしかしてお前らにとってこれって普通ってやつ?」
「そうだよ、誕生日はお祝いして、ケーキを食べて、プレゼントを貰える日。知らなかった?」
誕生日なんてただ座らされて、知らないおっさん達が来て媚び売ってくるつまんねぇ日だと思ってた。
本当に、知らなかった。こんなに胸が高鳴って、楽しい日だなんて。
「ははっ。サプライズ大成功じゃん。」
ケーキ食べよ、五条甘いの好きだろ。そう言い四角い箱から6号サイズのケーキを取り出すと、そこにはチョコレートに書かれた"誕生日おめでとう"の文字。
やばい。嬉しい。楽しい。嬉しい。
何度も何度も頭を同じ思考がぐるぐると回っていた。
そんなに嬉しいなら毎年祝ってあげるよ。
そう言われ、胸が躍る。
毎年毎年、3人で一緒に。
「おぅ!」
とびきりの笑顔でそう言うと、ケーキを勢いよく頬張り、うめぇ!と高い声を出す。
そうして悟の"初めて"の誕生日は幸せな雰囲気と共に幕を開けた。
今日はここまで。来週改めてテストするからよく復習しておくように。
そう告げて教室を出て行った夜蛾センを見送ると、悟はデン、と机に足を放り出し天を仰いだ。
「あー、寝るかと思ったわ。術師に座学って必要?いらなくね?」
「悟、机は足を乗せる所じゃないだろ。」
「まーた正論?それ、聞き飽きたわ。」
そう言って傑を見遣ると、傑は眉間に皺が寄り、不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
「悟。」
2度目に呼ぶ声には明らかに怒気を含んでおり、眉間に寄った皺が一層深くなっている。
「はいはい、わかりましたよっと。」
渋々足を下ろすと、相変わらず背もたれに寄りかかりながら椅子をゆらゆらと揺らし、ベッと舌を出す。
こいつ本当に短気だよな。瞬間湯沸かし器なんじゃねぇの?
そう思えば、傑の頭からピーッという音を鳴らしながら白い煙を勢いよく吐き出す図が脳裏に浮かび、吹き出しそうになるのをグッと堪えた。
ニヤつく顔を誤魔化すように、カバンに忍ばせておいたチュッパチャップスを取り出し口に放り込む。
我慢できずに少しふふっと声を漏らすと、何笑ってるんだ、と傑は悟を睨んだ。
不穏な空気の中、その様子を黙って見ていた硝子が、頬杖をつきながら、お前ら本当に仲良いよな。と2人を揶揄う。
『『は?』』
ガバッと身を乗り出し、同じタイミングでそう言えば、ほら、おんなじ顔してるぞ、とケラケラと笑っている。
「やめてくれよ。悟と一緒にしないでくれ。」
「そーだよ。こんな変な前髪と一緒なんて、ぜってぇやだ。」と、また逆鱗に触れるような事を言う。
「悟。」
3度目に悟を呼ぶと、傑は、ゆらゆらと立ち上がり、今にも飛びかかってきそうな程の剣幕でキッと悟を睨む。
「お前らさぁ、早くくっつけば?」
突然の硝子の言葉に不穏な空気は一気に消え去っていく。
硝子は、よっこらしょと身体を起こし、教室の出口まで歩くと、じゃあな、クズ共。と言い、ひらひらと後ろ向きで右手を振り、出て行ってしまった。
「…なぁ、くっつくってどーゆーこと?磁石じゃねぇんだからくっつく訳ないよなぁ?変な奴。」
頭に浮かぶ疑問をそのまま口に出すと、傑は視線を泳がせ耳まで真っ赤にしながら俯いている。
「傑?」
「…っ!」
悟の言葉に胸の奥のドキドキが止まらず、息が上がる。
本当に純粋でなにもわからないんだな。でも今はそれでいい。絶対に気付かせてなんてやるもんか。
そう心の中で呟き、乱れた呼吸を整え平然を装うと
「なんだろうね。」と答えた。
参ったな。硝子は気付いてるのか…。いつから。
「ま、いいや。俺、部屋に戻るから。じゃあな。」
そう言って、去っていく片想いの相手…。
悟の目を最後まで見る事が出来ず、悟が出て行ったのを確認してから机に突っ伏すと、額に変な汗が吹き出してきた。
「くそ、私だけこんなに翻弄されてるのか。悔しいな…」
思わず小さな声で囁いた傑の言葉に、教室の外で頭を抱え、頬を紅に染めしゃがみ込む悟がいた事は、きっと知ることはないだろう。
「マジか…くそ。硝子のやつ許さねぇからな。」
悟も小さく呟くと足早にその場を立ち去った。
その日、嫌な夢で目が覚めたかと思うと、喉奥から込み上げてくる異物感に慌ててトイレに駆け込んだ。
一度喉を滑り落ちてしまうと、それはもう制御できず、自分の意思とは関係なく何度も何度もせり上がってくる。
びしゃびしゃと打ち付けられる水音に気分が悪くなり、更にえずいた。
もう何も出てこなくなっても、食道の辺りがひっきりなしに収縮を繰り返し、えずくたびにギリっと痛む。
…うっ、おぇ。
最後に小さくえずくと、吐き気が少し引いていった様な気がした。その隙に枯渇した酸素を求め浅く呼吸を繰り返し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をトイレットペーパーで拭う。
ハァ、ハァ…。
参ったな。変な物でも食べたのだろうか。
便器にしがみついていた手を緩め、視線を下に下ろしたまま右手で水洗レバーを引き、吐き出したそれらを流した。まだ少し吐き気の残る体で立ち上がると、視界がぐらっと歪む。
ガン、と後頭部を強打したかと思うとバランスの取れなくなった体はトイレの狭い空間で左右に何度か揺れながら床に沈んだ。
どれくらいそうしていただろうか。体の痛みと寒気、おまけにひどい頭痛。こんな体調が悪くなる事なんて小学生以来ではなかろうか。
ピピピ、ピピピ…
ドア越しに聞こえてくる微かなアラーム音にハッと我に返ると、這うようにベッドに戻り、もぞもぞと毛布にもぐっていく。
寒い。気持ち悪い。体全体が痛い。
ベッドサイドの引き出しを弄り体温計を引っ張り出すと、数秒後に表示されたのは"38.5"の文字。そりゃ具合悪い訳だ。
しばらく横になっていると少し気分が良くなった気がしたが、起き上がろうとするとズキッとした痛みが身体を刺した。
今日は休もう。連絡を入れなくては。そう思って携帯を手に取るが、画面を見ると先程の強烈な吐き気がぶり返してきて、だめだった。もう部屋を出なくてはいけない時刻だったが、寝返りすらままならず、ただただ体の不快感に耐えていた。
──────
「おーい、傑。寝てんの?時間過ぎてんぞ。」
そう言ってガチャリとドアを開けると、隙間から悟がひょこっと顔を出した。いつもなら、ノックしてから入るのが礼儀だろ、と正論をぶつけていたが、それすら出来ず、顔だけ悟の方に向けた。
「…入ってくるな。」
そう、強がって言うのが精一杯で言葉が続かない。
それ以上近付いたら確実にうつしてしまう。お願いだからそのまま戻ってくれ。
そんな傑の思いとは裏腹に悟は傑の部屋にズカズカと入ってくると、徐に携帯を耳に当てる。
「あ、硝子?うん、そう。傑部屋にいたわ。具合悪いっぽいから今日休むって夜蛾センに言っといて。」
端的に状況を伝えると、携帯をパタンと閉じてベッドに腰掛けた。
「何が欲しい?」
「なんか冷たいやつ…。」
「おけ。」
風邪の時は心が弱くなるのだ。先程まで強がっていた気持ちが、どこかに消えてしまったようだ。
悟が持ってきてくれた氷嚢を頭に当てるとひんやりとして気持ちがいい。
悟の存在に安堵し、少しだけ気分が良くなった気がする。
「…ありがとう。」
「いーえ、どういたしまして。」
そう言うと髪の毛をサラッと撫でる。
「こないだのこと忘れてないかんな。俺が風邪ひいてんのに襲いやがって。」
「あ…あれは…。」
「仕返し。」
そう言い、おでこに優しく口付ける。
「俺は最強だし優しいからな。今日はこれで許してやるよ。」
劣情に抗えず、欲を吐き出した自分とは比べ物にならない程、余裕がある。格の違いを見せつけられたような気がして、とてつもなく恥ずかしくなった。
「風邪治ったら、今度こそ仕返しすんかんな。覚えとけよ。」
悟は、アハっと笑いながら、乱れた毛布をかけ直して、頭をポンポンと叩く。
「本当君には敵わないよ…。」
傑もまた力なく笑い、安堵から訪れた眠気に身を任せ、静かに瞳を閉じた。