「あ…」
きれいだな、とこの時期に花をつけているこの家のあじさいを見るたびに思う。
昨日の雨から一転、晴れた今日の日差しを受けて雫が滴り落ちるあじさいの花がとても輝いて見えた。思わず何枚も写真を撮っていく。
この庭だけで、白、水色、薄紫、ピンクなどの色がさいていて、きれいな半球を描くあじさいはどれも可愛らしかった。すると、たまたま家の人が玄関から出てきた。かなりの年配の女性だった。少々腰が曲がっている。
「おはようございます。ここのあじさい、とてもきれいですね」
スマホを持ったまま、家の人にあいさつをする。
「まあ、ありがとうございます。私があじさいを好きで植えたんですよ」
家の人はとても嬉しそうに答えた。
「実はこの時期が大好きなんですよ。あじさいがきれいで」
「そうなんですか。もしご迷惑でなければあじさいを差し上げますがいかがですか?」
家の人がそう言ってくれたので、お言葉に甘えることにする。
「ありがとうございます。それでは……」
家の人に選んでいただいたあじさいを二本もらって帰ってきた。
真っ白と薄青色の二本。
あいにく花瓶というものを持っていなかったので、無地の大きめのマグカップにさす。枝は短めに切ってもらったのでマグカップでも安定して飾れている。それを下駄箱の上においた。すると、散らかった玄関が気になりだしたので玄関周りだけ片付ける。
とてもきれいだな。
それを見ながら癒やされつつ、再び写真を何枚か撮る。
それからしばらく、あじさいは俺の目を楽しませてくれた。枯れかかった頃、再びあの家の周りを歩いた。再び写真を撮る。
家の人とはすっかり顔なじみになり、色々と話すようになった。
しかし今年度末頃、俺は次の年咲くこのあじさいを見ることが決定してしまった。転勤が決まったのだ。家の人に挨拶をすると、非常に寂しそうだった。
仕事が一段落して、ようやくあのあじさいを見に行くことが出来る。俺はそう思って戻ってみたのだが、あのあじさいはなくなっていた。いや、家ごとなくなっていたのだ。そこは売地になっており、この二年で何があったのか、俺にはさっぱりわからなかった。
聞いたところ、あの女性が亡くなられたあといろいろあったらしく、このような状態になってしまったようだ。
もう、あのあじさいと年配の女性とは会えないのかと思うと、俺は寂しくなってしまった。
お題:あじさい
(今回はアンニュイなのでお題はパスします)
私はひざを抱えて、海のよく見える岸壁に座っています。
あたりには、冬の景色を楽しむ観光客の姿がちらほら見受けられました。
下からは、崖にぶつかり轟く波の音が聞こえ、雲ひとつない良い天気の今日は、遠くの水平線がはっきりとよく見えます。下から吹き上げる風は冷たく、肌を刺しました。
水平線のその向こうには何があるのでしょうか。しかし一生見る機会はないでしょう。なぜならこの景色も、もう二度と見ることはないからです。
私は今まで生きてきたことについて、ぼんやりと考えてきました。
頼もしいなお父さんと、優しいお母さん。
いつも話を聞いてくれるお兄ちゃん。
懐いてくれる可愛い妹。
そして、たくさんのにぎやかな親戚に、あちこちにいる素敵な友達。
たくさんのひとが、私の存在が他の人を救うのだと励ましてくれました。
「あなたがいてくれて、ここにいてくれてよかった」とも、言ってくれたこともありました。
何度も「ありがとう」と言われたこともありました。
実際に、たくさんのひとの助けにもなってきたと、他の人からも認められています。
しかし、私は、一番大切なひとの心を救えませんでした。
立てたひざに顔を埋め、目を閉じました。
波の音に耳を澄ませます。ぶつかる波の音が、足元に響いてくるのを感じます。
ただ、疲れました。
もう、休んでもいいですよね。
動くことが出来るようになった私は、ようやく立ち上がり、崖の縁へと足を運びます。見下ろすと、遥か下に波がぶつかる様子が見えました。
そこから一歩踏み出しす直前、誰かに声をかけられました。
*****
私は今毛布にくるまって冷えた体を温めながら、交番でココアを飲んでいます。
寒々しい交番の中は、ストーブが焚かれていて、その上に乗っている大きなやかんが湯気を吹き出していました。
涙を流しながら話す私の胸の内を、ここにいるボランティアの方がただ黙って聞いてくれました。
「ありがとうございました」
私は軽く頭を下げると、交番を去りました。
次に行うことは、カウンセラーの私自身が一番良く知っていました。ですから、この場所から移動して最初にいったその場所とは……カウンセリングルームです。
だめならその時はまた考えれば良いことです。
(打ち切り:エリィ先生の次回作に期待)
*****
また明日お会いしましょう。
普段は人里離れた山小屋で、師匠と兄弟子と三人で引きこもっている。今日は、いつも市場へ行く兄弟子が気温差のせいか、めったにない風邪をひいた。そのため代わりにポーションの材料を買いに、そこから半日かけて山を降りた。
この間兄弟子の代わりに出てきたときは麓は少し冬支度には早い頃だった。今、麓はすでに日差しがきついころになっている。山の肌寒さに長袖を羽織ってきたことを後悔した。
暑い。
荷物になるけどしょうがないか。
厚手のボレロを脱いで、腰に縛る。たくさん買い物をするために両手は空けておかなくては。半袖になると今度は肌をじりと焼く日差しに悩まされる。
着れば汗ばむし、脱げば肌が暑い。どちらかしかないのかしらと思いながら、師匠発案の手に乗るサイズの冷風扇を取り出して胸元に下げた。帽子は一度脱いだが、頭が暑いのでかぶり直す。顔に張り付く髪がうっとうしい。
相変わらず人が多い。その中を師匠のメモを片手に市場のあちこちを巡る。
呼び込みの声や値切る声が飛び交い、売られている家畜の鳴き声がする。店に並ぶ目に鮮やかな果物の甘い匂いに、そろそろ出始める冷やされた色とりどりの果実水。
いろいろなものの中に混じって、遠く離れた東国の香辛料の匂いが、鼻をくすぐった。
この西の国で、故郷の香りと出会うのはいつぶりなのか。もう、ずいぶん前だというのに、頭の中には故郷の思い出が頭をよぎる。
いけない。
喜んで送り出してくれた両親の顔や、地元の村に住む友達の顔を思い浮かべて涙がにじむ。
もう少し学んで、知識を故郷に持って帰って広めること、その夢を叶えるためにここに来たんだ。
もう少しだけ頑張らなくちゃ。
そう言い聞かせ、私は首を振って気を取り直す。
そして、私はメモを見ながら、人ごみにもまれつつ買い物を続けることにした。
あの匂いは、他の匂いに紛れてわからなくなったけれど、それでも何のために学びに来たのかを思い出した。
あれから一度季節がめぐり、麓が初夏にさしかかる頃。
私はようやく独り立ちして、故郷へと旅立つ。
お題:街
やりたいこと……か。
そうだな。やっぱり彼女が欲しいかな。
例えば、眼鏡の似合うストレートロングの可愛い子。ツンデレだと尚良し。そして、いつもこう言うんだ。
「いつまでも寝るな! 起きられなくなるだろう」
「少しは口角を上げてみろ。そんなこともできんのか」
「手が震えるだと? そんなときは息を深くはけば解決する」
……その人、ツンデレで済むのかって?
俺言ってて謎になってきた。でもさ、俺その子と付き合い長いのよ。
幼馴染ってやつ。
だから俺に対してだけ、ってのが悲しいがこんな喋り方するのよ。
こういう子なんだけど、俺はその子と付き合いたいんだよ。ああ、そうさ。俺その子のこと大好きなのよ。
こんな喋り方しかしない子なんだけど、俺のこと元気づけようとしてくれてるんだよな……多分。
でも心が弱ってたら傷つくね。もっとこう、優しい言い方ないのかよって。
でも一度だけあったのよ。
俺の手を握って、多分頬に当たってんじゃないかな?なんか温かい水で濡れてんの。
多分、俺のために泣いてるんじゃないのかな。
そう思ってから自覚したんだよね。俺やっぱりこの子が好きなんだって。
目が覚めたら何もなかったから、まあ夢だったんだろ。その子の態度も変わらなかったし。それでも俺の中だけは好きだって気持ちは残ってたね。
ちなみに他の人には普通に喋るぜ。たまにこの扱いの差に涙が出てくるよ。
告白しないのかって?
分かれよ。
出来るわけ無いだろ? 出来てたらもう遠い昔に言ってるよ。
「ずっと好きでした。あなたしかいません。これからもいません。最期まで大好きです」
でもさ、そんなの重くね? こんな事言われたらマジで引くだろ。そもそも俺のこと好きなのかどうかもわかんないのにそう言う勇気はなかったよ。
でも、悔やむのもあれだからさ、言ってみようかなんて思ったりするけど、こんななりで言ってしまったら……
答えが、はいでもいいえでも、その子引っ張るんじゃないかな。
だって俺、余命……あと100年くらい……
ってお医者さんに言われたんだ。
******
俺は窓の外を見た。
6月の日差しが、木の葉を通して涼しい光となり、俺のベッドに差し込む。
「だから言っただろう。体を動かせと」
「リハビリ嫌だ〜足が痛いよう」
「だからこうなるんだ」
「でも嫌なんだよぉ」
リハビリの時間になって、嫌がる俺の布団をその子ははぎ取る。俺のギプスに当たらないように。
「全く……いつまでも歩けなければ生活に支障が出るだろう」
「だって痛いじゃないか」
俺はメソメソ泣き真似をしてみたがダメだった。
「ほら、生活のクオリティ上げるためだ。頑張ろう」
こうして、俺とその子は前にもまして、一緒に行動するようになった。
お題:やりたいこと
到着したのは夜中だった。
ようやく空いているところを見つけたビジネスホテルにチェックインを済ませ、なんとかスーツを脱ぐと、ベッドに倒れ込んだ。
今日は取引先を3件巡ったあと、別のクレーム処理にと回って、全て終わらせてから、今に至る。
それなのに、明日は朝10時からの会議がある。
この支店の店長は遅刻に厳しいことで有名だ。何度が来たことがあるから分かる。
間に合うように起きなければ……。
頭の隅に置いておきながら、俺はそのまま目を閉じようとして思い出した。
あ、そうだ。時計3分進んでたんだった。
俺は時計の針を逆方向に動かし、調整してから目を閉じた。
「んぅ……」
俺はベッドの上で目を覚ました。まだはっきり目が覚めていないまま、俺は腕時計を見る。ちなみに、俺は自分の腕時計をつけたままいつも寝ている。
その時計は2時半を指していた。閉め忘れたカーテンの外は、まだ夜だった。日が昇るには早い。
「まだ早いな……」
俺はそのまま二度寝を決め込んだ。
カーテン越しに、朝の日差しが入ってくる。
朝日とはいえ、夏のものだ。やはり俺の顔にあたると、とてもまぶしい。
朝日の日差しと温もりで、俺は目を覚ました。再び腕時計を見る。
「なんだ、まだ5時半かよ」
俺はうとうと三度寝を決め込んだ。
ぱちりと目が覚めた俺は、もう一度時計を見た。
「あー7時半か。そろそろ起きて、朝食食べよっと」
そして一階の食堂で朝から美味しいものを食べる。
このホテルは会社から近いので、タクシーで10分もあれば十分間に合う。だから時間に余裕をもって過ごせる。
そうしてご飯を堪能してから、腕時計を見て8時半にチェックアウトするため受付へ。
手続きを済ませて、ふとカウンターにおいてあるデジタル時計を見た。
デジタル時計は9時40分を指していた。
俺は腕時計を見た。8時40分である。
何があってこうなったのか分からずひとしきり混乱していたが、ようやく思い出した。
3分だけちょっと針を戻すのではなく、くるりと針を左回しで調整したことを。
そして俺のスマホに支店長から電話がかかってくるまであとわずか……
お題:朝日の温もり
アナログ時計ならではのミスなんですが、今はスマホ時計の方が多いと思いますからわからないかも……