エリィ

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 普段は人里離れた山小屋で、師匠と兄弟子と三人で引きこもっている。今日は、いつも市場へ行く兄弟子が気温差のせいか、めったにない風邪をひいた。そのため代わりにポーションの材料を買いに、そこから半日かけて山を降りた。
 この間兄弟子の代わりに出てきたときは麓は少し冬支度には早い頃だった。今、麓はすでに日差しがきついころになっている。山の肌寒さに長袖を羽織ってきたことを後悔した。
 
 暑い。
 荷物になるけどしょうがないか。

 厚手のボレロを脱いで、腰に縛る。たくさん買い物をするために両手は空けておかなくては。半袖になると今度は肌をじりと焼く日差しに悩まされる。
 着れば汗ばむし、脱げば肌が暑い。どちらかしかないのかしらと思いながら、師匠発案の手に乗るサイズの冷風扇を取り出して胸元に下げた。帽子は一度脱いだが、頭が暑いのでかぶり直す。顔に張り付く髪がうっとうしい。

 相変わらず人が多い。その中を師匠のメモを片手に市場のあちこちを巡る。
 呼び込みの声や値切る声が飛び交い、売られている家畜の鳴き声がする。店に並ぶ目に鮮やかな果物の甘い匂いに、そろそろ出始める冷やされた色とりどりの果実水。
 いろいろなものの中に混じって、遠く離れた東国の香辛料の匂いが、鼻をくすぐった。
 この西の国で、故郷の香りと出会うのはいつぶりなのか。もう、ずいぶん前だというのに、頭の中には故郷の思い出が頭をよぎる。

 いけない。
 喜んで送り出してくれた両親の顔や、地元の村に住む友達の顔を思い浮かべて涙がにじむ。
 もう少し学んで、知識を故郷に持って帰って広めること、その夢を叶えるためにここに来たんだ。

 もう少しだけ頑張らなくちゃ。
 そう言い聞かせ、私は首を振って気を取り直す。

 そして、私はメモを見ながら、人ごみにもまれつつ買い物を続けることにした。
 あの匂いは、他の匂いに紛れてわからなくなったけれど、それでも何のために学びに来たのかを思い出した。
 


 あれから一度季節がめぐり、麓が初夏にさしかかる頃。
 私はようやく独り立ちして、故郷へと旅立つ。

お題:街

6/11/2023, 12:07:44 PM