電車もめったに止まることもない、人がいない真新しい駅ビル。その中を、ひとり駆け抜ける。
人気のないそこで響く、私だけの靴音。
あちこち迷いながら、走って、走って。
エレベーター探して回って。
ようやく見つけたエレベーターの前で足踏みをする。
誰にも見つからないように。
早く、早く。
来るまでが待ち遠しくて、もどかしくて
何度も上るボタンを押す。
ようやくやってきたエレベーターに乗り込んで、屋上を目指す。
早く行かなきゃ
追いつかれる
急がなきゃ
早く
そうして私はビルの屋上の塀を乗り越えて
誰かに助けられた
お題:ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
死ネタです。
嫌いな方はスルーお願いします。
『君とは付き合えない。ごめんね』
幼馴染の君から私へ渡された最期の手紙には、たった一言こう書かれていた。
とても歪な字で、鉛筆を握るのがやっとの字で。
私は君の、一番にはなれなかった。
その晩、私は布団の中で泣き続けた。
そして訪れたあの日。
たくさんの黒い服の人に囲まれた私は、白い箱の中、花に包まれた君の顔を見た。とても穏やかな顔をしていた。その後のことは覚えていない。
気がついたら、私はいつの間にか自宅に戻っていた。黒いワンピースに黒いパンプス。
なぜ私はこんな格好をしているのか、分からなかった。
三日後、ようやく私は自分がなぜこの服を着ているのかがわかった。そして、君のいない空っぽの世界があることを認めなくてはいけなかった。
その日から、勤務先の上司や同僚が心配をしてくれていたらしいけど、私はただ、大丈夫。と言っていたらしい。
その時のことは、後で聞いて初めて知った。
あれから無我夢中になって仕事に打ち込んで、数ヶ月後。
君のお母さんから、私の手元に手紙がやってきた。
「あなた宛に息子が書いていた手紙を見つけました。中は開けていませんが、きっとあなたに読んで欲しかったのだと思います」
一筆箋に書かれ、涙の跡もある手紙を読みながら、私は同封されていた白い封筒を、震える手で開いた。何度も書き直したのか、ぼろぼろになった便せんに鉛筆で、まだきれいな字の頃に書かれていただろう手紙だった。
大好きな君へ
最期に手紙を書きたくなりました。
君の手を取ることができなかった僕を許してください。
僕はあと少しで君と、必ずお別れすることを知っているから。
そして、この手紙を読む頃には、僕はもうここにはいないでしょう。
僕を好きと言ってくれてありがとう。
それだけで、辛くて苦しい日々も穏やかな気持ちでを過ごすことができました。
君が訪ねてくれたときは、本当に嬉しかったです。
君の顔を見るだけで、僕は元気になれました。
本当は、君と一緒にいたかった。
出来れば、君と一緒に歳を重ねたかった。
いつも嬉しそうに笑っているあなたが大好きです。
だからどうか、僕がいなくても
わらっていてください。
だいすきです。
最後の方はやっと書き上げたような、君の最後の手紙を読んで、私は涙が止めることができなかった。
お題「ごめんね」
分厚いカーテンを引いて、電気代の節約のため、30度だけどまだまだ扇風機に頑張ってもらってる私の部屋。多少はましだけど、じっとりと汗がにじむ。
「暑いな」なんてあのひとが言いながら、私を背後から抱きしめる。
「暑いんじゃなかったの?」
暑いだけじゃない体温が上がってドキドキする。これからのことを期待して、緊張して手が震えたりなんかする。
「それとこれとは、話が別」
あのひとはそう言いながら、半袖から伸びるプニプニの私の腕を優しくつまんでいる。
「やめてよ〜」
そう言いながらも、あのひとの手の感触がいとおしい。
「君の腕、気持ちいい」
なんて、あのひとはしばらくむにむにしてたけど、再び私の背中をぎゅっと抱きしめて顔を首筋に埋めてきた。
そのまましばらく黙ってたけど、あのひとの震える声が首筋にかかる。
「好きになってごめん。でも、離せない」
しかし、私はあのひとの言葉に返事をしなかった。しばらく経って、ようやく声にできた。
「……私も、あなたにそばにいてほしい」そういうのがやっとだった。
言うまでもなく私達は、誰にも理解されていない想いで結ばれていた。どのようにしてこうなったのか。
お互いに意識しあって、触れ合って、そして、さらに。
その関係は、私達だけが知っていれば良いことだと分かっていた。実際、誰にもまだ、明らかになっていない。でもいつか、この関係も皆の知るところになるのだろう。
だから隠しておかなくてはという気持ちと、それでも皆に、私とあのひとは結ばれていると叫びたい気持ちが、私の心でせめぎ合っている。
半袖
私の隣にあなたがいる。
あなたの隣に私がいる。
雲が赤黒く渦巻く闇空の下、煮えたぎる溶岩の中を横切りその身を焼かれても、針の山を歩いて足から赤い血を流しても、そこにあなたと二人歩いていけるならそれは天国かもしれない。
私の隣にあなたはいない。
あなたの隣には私がいない。
穏やかな雲が流れる青空の下、春風に吹かれて揺れる一面のポピーの花畑の中を横切り香りをかいでも、小高い丘の上まで裸足で歩いて柔らかい草を踏みしめても、そこにあなたがいなければそれは地獄なのかもしれない。
天国と地獄
「月が綺麗ですね」
あなたが私にそう言ってくれるならば。
私はひとり空を見上げる。アパートのドアに鍵をかけ、ふうと手に息を吹きかけて、近所の小さな公園に向かう。古びたベンチに腰掛けて、天を見上げる。
雲のかけらのない空に、しんと輝く満月を受けながら、着ているコートのポケットにあるカイロを握りしめる。かじかんだ指先がほんのりと温まった。
カイロではなく、あなたの手が私の指先に絡んでくれたならと。もう一度、となりにあなたがいて、ともに月を見上げてくれたなら。
そんなことを月に願ったこともあったけど、それが叶うなんてことは一生ないとわかってはいても。それでも、私は十五夜になると、その場所で空を見上げることをやめられないでいる。
月に願いを