上部に砂糖がまぶされた大きいだけが取り柄の菓子パンをぼんやりとかじる。
なつかしいといえば聞こえはいいが、実際はその安っぽさを「なつかしい」という響きのいい言葉で脳がごまかしているだけだ。
チープな味、と味の正体を看破した中学生の頃から現在進行形で食べてきた味である。習慣に感慨もへったくれもない。
ぼろ、と砂糖がベッドの上にこぼれるのも構わず、砂を噛むような心地でパンを平らげる。これで今日のノルマ終わり、と最後の一口を押し込みながら、暗闇の中ではいっそう目を刺してくるようなスマートフォンの画面を眺めた。
境目が曖昧なアナログ時計と違って、デジタル時計は分刻みで真実を叩きつけてくる。
ふとした瞬間、死にたくなる。
それは朝も昼も関係なく襲い来る。何をしていても、どこにいても。
死にたくなる頻度があまりにも多いものだから、今では「はいはい」と受け流せる程度にはもう慣れている。
でもふとした瞬間、死にたくないとも思う。
それはごくまれに訪れる感傷で、そういうときはだいたい一人で泣いている。
自分でも気がつかないうちに涙を流しているから、対策を立てようにも対処できない。
そんなだから、死にたいと生きたいの板挟みというのが、実は一番たちが悪い。
胎児のときの記憶がある。
父親は私のかたちがはっきりしだしたときから母親の前から姿を消した。母親もそれを追わなかった。
その母親も私の誕生を快く思っていないことは何となく分かっていた。
望まれない誕生を望む赤ん坊がどこにいる?
生まれたくないな、と思いながらも、私はこの世に生まれてきた。
母親の胎内から出て一番初め目に入ったのは、目を焼き尽くさんばかりの光だった。聞こえるのは自分の産声ばかり。周囲の大人が何かしているけど何か分からない。
私は産まれたての身体に付着した血をすすがれて、母親の手に委ねられた。この頃には目も慣れて、人の顔をなんとなく判別できる程度にはなっていた。
なんの感慨もなく私を受け取った母親は、出産直後だというのに息も切らしておらず、相変わらずうるさく産声を上げ続ける私をじっと見つめていた。異様に黒々とした瞳が赤子ながらに恐怖心を煽り、私はさらに泣いた。
すると今まで黙って私を抱いていた母親が、急に私の鼻をつまんできた。不格好な形で呼吸を遮られた赤子の肺が限界を迎えるのは早い。
苦しい。泣きたい。泣けない。ああ、こんな仕打ちをされるのも私が望まれない子供からなのか。そうなのか。
すぐさま周りの大人が母親の奇行を止めに入った。母親はすんなり私を解放したが、その直後、私はさらに火がついたように泣いた。
そんな私をもはや見下すように、母親は聖母マリアからはかけはなれた冷たい顔をして眺めていた。
「男だったら縊り殺してたわ」
死んだ人は星になるんだってね。
生前、煙草の煙をくゆらせながらそう嘯いていた彼女を信じて夜空を見上げてみた。が、星なんて一つも出ちゃいない。
やっぱり君は嘘つきだ。その場に唾を吐こうとして、夜の海岸沿いの道路にあまりに不似合いなものを見つけた。
くたびれた黒い煙草の空き箱を拾い上げる。彼女が愛飲していた銘柄だった。捨てられたのか、この辺りをよく飛び回っている鳥の落とし物か。
砂を払い、中身を確認すると一本だけ残っていた。海の潮風のせいでだいぶしけっている。もう火もろくに点かないだろう。
その傷んだ煙草を咥えてみた。潮の味に侵食された奥に本来の苦味と、鼻の奥から突き上げてくるようなしょっぱい味がする。
「――子宮がないくらいなにさ。つくればいい話だけのだろ」
「無理だ」
「無理じゃない。たかが身体の中に袋一つ増やすだけだ。女にできて僕にできないことはない」
「できない。少なくとも可能と不可能の区別もつかないような馬鹿には無理だ」
「僕には不可能なことなんてない。だから期待して待っててね。君と僕の赤ちゃん」