ルルルルル……。
「愛し合う二人の時計は止まるの」
「時のない世界に二人は行くのよ」
幸せの鳩が飛ぶ。All light!
数千字のデータ、同期保存失敗していたのが発覚して今ものすごいブルー。たぶん元の端末の上から空白のデータを上塗りしたからだと思う。
Google Driveだけに頼り切ってたらこりゃ駄目だ。
「そんな大切なデータだったらちゃんと端末内にも保存しておけ!中身はどうせしょうもない小説だろうがな!」っていう先人の声は覚えてたはずなんだけど、Google Driveが快適すぎて依存してしまう。この分だと私がまたブルーになる日も近い。
そもそもGoogle Drive含め、何かそこらへんにもやもやしてる膨大なスペースをひっくるめた総称をなんて呼ぶのかも分からない。Google Drive以外分からない。それを調べる努力すらしない。なので今のところ魔空間とか四次元ポケットとか呼んでる。安直。私は普段から一体どこに音楽とか画像とかを預けてるの?
Google Drive……というよりGoogleがもしハッキングでもされたら、Googleに頼り切ってるくせにGoogleをすみずみまで把握しきれてない私から死ぬ。
(見返してみたらGoogle Driveの登場率高すぎた。Google Driveって語感もいいけど、カタカナにして見たときのカッコよさもある。グーグルドライブ)
追記 消えてなかった!やっぱGoogleは偉大!それ以外は知らん!
なぜかお礼をなかなかしない友人がいた。
基本的に明るい性格。だが頑なに〝ありがとう〟といった感謝の類いを示さない。全体的にバランスの取れた彼女の、唯一不可解な点だった。
でも今日はバレンタイン。日頃の感謝を伝えるにはおあつらえ。
彼女への思いを込めたお菓子を手作りして贈った。彼女は非常に喜んでくれた。その場で食べて「おいしい」と顔を綻ばせてまでくれた。
そのとき、ずっと気になっていたことを。
お礼だけは頑なにしない理由を、会話の流れで不自然じゃない程度に、思い切って彼女に尋ねた。
「――なんで絶対ありがとうって言わないんですか?」
すると彼女の顔色が急に曇った。
私は調子に乗ってこんなことを尋ねたことを後悔した。だがそれも束の間、彼女は表情をぱっと明るくさせ、言った。
「前に、恋人に〝いつもありがとう〟って言ったら、その人、ストーカーに殺されたの。バレンタインデーの翌日だったかしら」
――だから、ありがとうとか感謝の言葉にはトラウマがあって。ガラにもないようなことを言ったのが悪かったのね。馬鹿みたいだけど、言霊って信じてるの。
そう笑いながら、彼女は私が作ったクッキーを一口かじった。彼女が嚥下するたび、私は呆然として、その喉に釘付けとなっていた。
(じゃあ私がいつも気軽に言ってるありがとうって言葉も、彼女にとっては傷に塩を塗りこめられてるようなものだった……?)
朝から気合を入れてラッピングしたクッキーだが、私はもはやそれを食べ物として見れなくなっていた。
へっぶ。
変なくしゃみが出た。
ティッシュを数枚手に取り、盛大に鼻を噛んだ。鼻水の色をチェックしてから、汚れたティッシュをゴミ箱に投げる。
こうしていると、子供の頃にしていた遊びを思い出す。ゴミ箱にゴミが入らなかったら〝死〟ごっこ。
誰かが失敗しようもんなら「はい今死んだー!」と囃し立てて、すると言われた側も「いや、今のはナシで」とかムキになって。死を帳消しにした回数は、知人の中で自分が一番多いと自負している。
無邪気な子供の頃はともかく、今はあんなぜいたくなティッシュの使い方はできない。関係ないけど、身体が弱っているときはどうでもいいことばかり思い出して困る。
今ようやく、ゴミが床に落ちた。
「んー……明後日くらいかな?」
この遊びが世界中に伝わればいいな。
両親に愛された記憶はない。
ことあるごとに妹のことばかり気にかけて、姉である私にはちっとも見向きもしないような親だったから、当然といえば当然なんだけど。
それが寂しくなかったかといえば嘘になる。
私は構ってもらおうと必死だった。父と母の気を引くことに必死だった。でもその私の姿は、両親の眼中にも入っていなかったようで。
そんな両親が、妹相手にはいつも妹の背の高さと目線を合わせて、話を聞いていた。同じ年頃の子供の中でも妹は小さかった。それなのに、わざわざ身体を屈めて、うんうんと頷きながら。
微笑ましい三人の光景を横から見ていた私は、子どもながらに、人間は平等じゃないと思った。
両親が不在だったある日。妹が「遊んで」とねだってきた。
その日は妹の誕生日の翌日だった。誕生日当日には、盛大に父と母から祝ってもらっていた。
妹が大きなバースデーケーキのろうそくの火を吹き消している横で、私は紙のストローを噛みながら、何とも味気なく見ているだけだった。
そんな妹が。父と母から存分に愛情を授かっている妹が。両親からの愛情では飽きたらず、私からも何かを搾取しようという。
信じられなかった。無邪気なはずの妹の笑顔が悪魔の笑顔に見えた。
私の中で熱く汚く滾るものが限界を迎えて溶け出す。
私は腰にまとわりついてきた妹の手を、叩いて払いのけた。妹はよろけて、そのままテーブルの角に頭をぶつけた。
妹は火が付いたように大泣きを始めた。その大きな泣き声に驚いた私もまた泣きそうになった。
違う、私のせいじゃない。急に触ってきたこいつが悪い。
そう自分の中で言い訳をしながら、いまだにひっくひっくと泣きじゃくる妹を放置したまま、なにもしなかった。
母親が帰ってくると、家の中の惨状にあぜんとしていた。
けれどわりとすぐに落ち着きを取り戻した母親が、すすり泣く妹をすぐさま病院に連れていった。
外は曇っていた。暗い家の中に取り残された私は、妹の手を振り払ったことを後悔して泣いた。
夕方になったころに、病院から妹と母が帰ってきた。
同時に父も帰ってきた。恐らく妹の怪我の連絡を受けて慌てて帰ってきたのだろう。妹は頭に包帯はしていたけれど、安らかな顔で眠っていた。
母が妹を寝かしにいったときを見計らうように、父に身体が吹っ飛ぶほど殴られた。今までさんざんな扱いを受けてきた自覚はあるが、殴られたことは一度もなかった。
血の味のする口の中を舌で探ると、何やらころんと硬いものがあった。恐る恐る吐き出してみる。歯だった。
今思えば、もともと抜けかけだった乳歯が抜けただけと分かる。だが殴られた当時の私にとっては、殴られた痛みより、歯が抜けたショックのほうが大きかった。
痛みは普通に生活していればついて回るものだが、歯が抜けるという非日常感といえば、当時の私にとってなかった。もし今の私が永久歯を失う恐怖感とさえ比べ物にならない。
しばらく立ち上がれずにいると、そのとき母が戻ってきた。目の前の惨状を見て息を飲むくらいには、無様な倒れっぷりだったに違いない。
「一人目が流れなければなあ……」
母の虚ろなつぶやきがやけに耳についた。
一応、私の耳に入らないように声量を絞っている。母はデリカシーがかけらもない父と違い、私に対する配慮も一応はしているのだ。が、しっかり聞こえていた。
母が私を産む前に、別の子を妊娠していたのを知らされたのは大人になってからだ。つまり私には兄か姉がいたのだ。
だが子どもにその言葉の意味がわかるわけもない。
大人になった今でも考えたくもないのに、当時の私が考えるわけもなかった。でもとても残酷な意味を持っているような気がしたのだけは覚えている。