しぎい

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両親に愛された記憶はない。

ことあるごとに妹のことばかり気にかけて、姉である私にはちっとも見向きもしないような親だったから、当然といえば当然なんだけど。
それが寂しくなかったかといえば嘘になる。
 
私は構ってもらおうと必死だった。父と母の気を引くことに必死だった。でもその私の姿は、両親の眼中にも入っていなかったようで。
そんな両親が、妹相手にはいつも妹の背の高さと目線を合わせて、話を聞いていた。同じ年頃の子供の中でも妹は小さかった。それなのに、わざわざ身体を屈めて、うんうんと頷きながら。

微笑ましい三人の光景を横から見ていた私は、子どもながらに、人間は平等じゃないと思った。

両親が不在だったある日。妹が「遊んで」とねだってきた。
その日は妹の誕生日の翌日だった。誕生日当日には、盛大に父と母から祝ってもらっていた。
妹が大きなバースデーケーキのろうそくの火を吹き消している横で、私は紙のストローを噛みながら、何とも味気なく見ているだけだった。

そんな妹が。父と母から存分に愛情を授かっている妹が。両親からの愛情では飽きたらず、私からも何かを搾取しようという。
信じられなかった。無邪気なはずの妹の笑顔が悪魔の笑顔に見えた。
私の中で熱く汚く滾るものが限界を迎えて溶け出す。

私は腰にまとわりついてきた妹の手を、叩いて払いのけた。妹はよろけて、そのままテーブルの角に頭をぶつけた。
妹は火が付いたように大泣きを始めた。その大きな泣き声に驚いた私もまた泣きそうになった。

違う、私のせいじゃない。急に触ってきたこいつが悪い。
そう自分の中で言い訳をしながら、いまだにひっくひっくと泣きじゃくる妹を放置したまま、なにもしなかった。

母親が帰ってくると、家の中の惨状にあぜんとしていた。
けれどわりとすぐに落ち着きを取り戻した母親が、すすり泣く妹をすぐさま病院に連れていった。
外は曇っていた。暗い家の中に取り残された私は、妹の手を振り払ったことを後悔して泣いた。

夕方になったころに、病院から妹と母が帰ってきた。
同時に父も帰ってきた。恐らく妹の怪我の連絡を受けて慌てて帰ってきたのだろう。妹は頭に包帯はしていたけれど、安らかな顔で眠っていた。

母が妹を寝かしにいったときを見計らうように、父に身体が吹っ飛ぶほど殴られた。今までさんざんな扱いを受けてきた自覚はあるが、殴られたことは一度もなかった。

血の味のする口の中を舌で探ると、何やらころんと硬いものがあった。恐る恐る吐き出してみる。歯だった。

今思えば、もともと抜けかけだった乳歯が抜けただけと分かる。だが殴られた当時の私にとっては、殴られた痛みより、歯が抜けたショックのほうが大きかった。
痛みは普通に生活していればついて回るものだが、歯が抜けるという非日常感といえば、当時の私にとってなかった。もし今の私が永久歯を失う恐怖感とさえ比べ物にならない。

しばらく立ち上がれずにいると、そのとき母が戻ってきた。目の前の惨状を見て息を飲むくらいには、無様な倒れっぷりだったに違いない。

「一人目が流れなければなあ……」

母の虚ろなつぶやきがやけに耳についた。

一応、私の耳に入らないように声量を絞っている。母はデリカシーがかけらもない父と違い、私に対する配慮も一応はしているのだ。が、しっかり聞こえていた。

母が私を産む前に、別の子を妊娠していたのを知らされたのは大人になってからだ。つまり私には兄か姉がいたのだ。

だが子どもにその言葉の意味がわかるわけもない。
大人になった今でも考えたくもないのに、当時の私が考えるわけもなかった。でもとても残酷な意味を持っているような気がしたのだけは覚えている。

2/12/2025, 4:02:42 PM