家に不審なものが届いた。というより玄関先に置かれていた。赤い包装紙で包まれたそれは、正方形でスイカ大の大きさ。
郵便物をチェックしに外に出たら、門柱の上に赤い箱が置かれていたのでびっくりした。いっときそれと目が合う。
迷ったが、なまものだったらいけないので、ひとまず得体の知れないそれを家の中に入れた。
箱を持ち上げたとき微かに鼻をついたのは、吐き気を誘うような酸っぱい臭い。波乱の予感がしたが、それの中身を思うといても立ってもいられなかった。
送り主が不明ということは、直接そこに置いていった者がいるということ。
こんな手の込んだ嫌がらせをする相手に、実は心当たりがないでもない。だがそれを認めるのも癪なので、今は送り主については考えないことにした。
部屋に臭いがつくのも嫌なので、風呂場で開封することにした。
両手に箱を持ってひたひたと移動する。フローリングの床がいやに冷たい。
――開けるな!
これを見つけたときから、がんがんと警鐘が打ち鳴らされ続けている。訴えかけてくる本能の声に蓋をして、私は紐の結び目に指をかけた。生臭い紐がするすると解けていくたびに、私の手も汚れていく感じがする。
(酷い男。この私にも犯罪の片棒を担がせようだなんて)
彼女が道端に咲いているタンポポなんかに目を奪われている。多分、季節外れの物珍しさからだろうが。
僕は呆れて言葉も出ないかわりに、自然にため息がふうと出た。だがタンポポに夢中な彼女はそれにも気づかない。おまけにタンポポに気を取られ、足取りも危ない。
(なんて無防備なんだ。これじゃ道路の溝か何かにつまづいてこけてしまうかも。なんせこの人はちょっと抜けている。そうだ、助けてあげよう。怪我の理由がタンポポに見惚れてたじゃ浮かばれない)
――ああ、僕ってなんて優しいんだ。
僕はぷらぷらと揺れる彼女の手を、タイミングを見図って捕まえた。そのときの気分はレスキューに駆けつけた消防隊員さながらで、思いのほか悪くなかった。
人のために何か行動を起こすのは心地いい。人に感謝されるのもいい。意中の相手ならなおさら。
「ぎゃあっ」
その直後、悲鳴を上げた彼女に手を振り払われたけど。
「い、いきなりなに!?」
彼女は火が出そうな勢いで、僕に握られた右手をいつまでもさすっている。
「だって、こけそうだったよ」
「あんたに関係ない!」
癇癪気味に喚き散らす彼女とあくまでも冷静を装う僕に、行き交う人の視線が突き刺さる。
「手が冷たいからいや、とは言わないんだ」
「は?」
「僕はね、あなたの手があたたかくてあいつまでも握っていたかったよ」
念入りに髪をとき、一回瞬きしてから鏡を見た。
化粧台に腰掛けた私が、無表情でこちらを見ている。髪は完璧に整えられているのに、下は寝間き姿というちぐはぐな格好をした私が。
私がじっと動かずにいると、あちら側の私も頑なに動かないので、何とか言葉をひりだしてみる。
「……嫌い」
『僕の気持ちです』
シンプルな文面の手紙が添付された箱。綺麗なラッピングが施されたそれを、わたしは手紙ごとゴミ箱に突っ込んだ。
持った感触から、中身は食べ物と推測できる。だけど、たとえ食べ物を無駄にすることになっても、こいつからの贈り物を受け取りたくなかった。何を混入させているか知れない。
「あー、やだやだ。くわばらくわばら」
ひしゃげた箱を二度と見向きもしなかった。
『子供への虐待の容疑で自称専業主婦の女が逮捕されました。女は父子家庭で育ち――』
夕食の時間帯に、父親の連れ子を殴り捕まった女のニュースが流れた。
女の過去までつまびらかにするそれを、私は見るでもなく見ていた。けど食べている里芋の煮物の味はしない。
炊きたての白米を碗にたっぷりとよそってきた母が、ニュースを見ながら喚く。
「また虐待? 最近多いわね」
愛されていなかったのね、と一人でうなずきながら、母も食卓についた。テレビではまだ逮捕された女の話題が続いている。
今さらチャンネル変えるのもなんだし、早く終わらないかな。私はテレビから意識をそらすように、母から受け取った白米を夢中で箸で運んでいた。
「麻里衣は?」
一心不乱で白米にがっついていた箸が止まる。
白米を口いっぱいにおさめたまま、ゆっくりと顔を上向けた。母はにこにこと笑っている。
「麻里衣はそんなことしないわよね?」
なんてことのない母の声が、蝋のように私にどろりと垂れてくる。
私は白米を口いっぱいに頬張ったことを後悔した。緊迫感におされて、唾液も出てこない。
白米は無味を通り越して、もはや砂の味に変わっていた。