彼女が道端に咲いているタンポポなんかに目を奪われている。多分、季節外れの物珍しさからだろうが。
僕は呆れて言葉も出ないかわりに、自然にため息がふうと出た。だがタンポポに夢中な彼女はそれにも気づかない。おまけにタンポポに気を取られ、足取りも危ない。
(なんて無防備なんだ。これじゃ道路の溝か何かにつまづいてこけてしまうかも。なんせこの人はちょっと抜けている。そうだ、助けてあげよう。怪我の理由がタンポポに見惚れてたじゃ浮かばれない)
――ああ、僕ってなんて優しいんだ。
僕はぷらぷらと揺れる彼女の手を、タイミングを見図って捕まえた。そのときの気分はレスキューに駆けつけた消防隊員さながらで、思いのほか悪くなかった。
人のために何か行動を起こすのは心地いい。人に感謝されるのもいい。意中の相手ならなおさら。
「ぎゃあっ」
その直後、悲鳴を上げた彼女に手を振り払われたけど。
「い、いきなりなに!?」
彼女は火が出そうな勢いで、僕に握られた右手をいつまでもさすっている。
「だって、こけそうだったよ」
「あんたに関係ない!」
癇癪気味に喚き散らす彼女とあくまでも冷静を装う僕に、行き交う人の視線が突き刺さる。
「手が冷たいからいや、とは言わないんだ」
「は?」
「僕はね、あなたの手があたたかくてあいつまでも握っていたかったよ」
1/12/2025, 5:30:49 AM