すゞめ

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12/31/2025, 8:52:33 AM

『星に包まれて』

 カメラのフラッシュを浴びる彼女の存在は、どこか遠く感じた。
 輝かしい栄光に包まれているのに、澄ました表情を崩さない。
 一等きらびやかなメダルを掲げているのに、彼女は予定調和といわんばかりに淡々としていた。
 よそ行きの笑顔と、口調、仕草で振る舞う彼女は光に包まれる存在ではない。
 影すら消してしまう強い光で辺りを白く包む、光源そのものだった。

   *

 約1週間ぶりに自宅に戻ってきた彼女は、少し痩せていた。

「ただいま」

 帰ってくるなり、ギュウッと彼女から抱きしめられた。
 彼女の小さな背中に腕を回して、俺も抱きしめ返す。

「おかえりなさい」

 今にも眠ってしまいそうな彼女の小さなポニーテールに飾られた深紅のハンカチをそっとほどいた。
 四隅に金色の星の刺繍が散りばめられた、クリスマス仕様のデザインは、彼女の青銀の髪の毛によく映える。
 髪の毛が絡まないように気をつけながら、ポニーテールも崩した。
 細くて柔らかな毛先が指の間を抜けていく。
 キラキラと、簡単に玄関の光の影響を受けてしまう横髪を掬ってキスをした。

 家を出たときと変わらない、気合の入ったハンカチと同じ深紅に色づいた唇に、自然と視線が移ろう。
 艶やかな赤色を崩したい衝動を必死に抑えた。
 俺を抱きしめていた腕の力が抜け、体重を預けてくる。
 そして、誘い込むように彼女の瞼が重たげに伏せられた。

「こら」

 かわいいけどな?

 かわいいが、これは決してキスをせがんでいるわけではない。

「まだ寝たらダメですよ?」

 寝かせてあげたい気持ちはあるが、この気合の入ったメイクは落としてもらわないと。

「がんばってメイクを落として風呂に行ってください」
「面倒くさぃ〜……」

 ダメだこりゃ。

 彼女の活動限界がとうに超えているのはわかっていた。
 だが、このままでは彼女のふわふわもちもち肌に負担がかかってしまう。
 ニキビなんてできてしまっては、痛いだろうしかわいそうだ。

 しかたない。

 あまり使いたくない手段だが背に腹は変えられない。
 俺は彼女の耳元に唇を近づけた。
 鼻腔をくすぐるシトラスの香りのする耳朶を食む。

「み゛ゃうっ!?」

 ビクッと大きく肩を震わせた彼女は、朧げだった意識を覚醒させた。

「起きました?」
「あっ、やっ、そこでしゃべっ!? ンっ」

 耳の軟骨に沿って舌を這わせれば、彼女の声が一気に色づいていく。
 形のいい眉をハの字に下げ、頬を紅潮させた彼女は俺の胸を押し返した。

 起きてくれるのはいいけど、俺が我慢できなくなるんだよな……。

「俺が手伝えるのは服を脱がすことか、あなたの歯を磨くことくらいですよ?」
「自分でやる」

 きまり悪そうに唇を尖らせて拗ねる彼女に俺はうなずく。

「ええ。ぜひ、そうしてください」

 昂る欲の責任は明日にでも取ってもらおう。

 ほどいたハンカチとヘアゴムを彼女に握らせ、彼女を浴室まで促した。

12/30/2025, 9:03:44 AM

『静かな終わり』

 彼女のいない家は静かだ。

 電気ケトルの音、洗濯機の振動、電動シェーバーのモーター音、なにをするにもよく響く。
 エアコンの効いていないリビングのフローリングは凍てついており、足裏が軋んだ。
 インスタントコーヒーをマグカップに注ぎ、空っぽの胃袋へ押し込む。
 トースターを使うことすら億劫で、袋から取り出した食パンにそのままかじりついた。

 歯を磨いたあと、ちょうど洗濯が終わったから洗濯物を浴室乾燥機にかける。
 彼女がいないだけで、3日も溜めてしまった洗濯物すらいつもより量が少なかった。

 ワイシャツに袖を通し、ベルトを通したままのスラックスに手を伸ばす。
 ポケットのボタンがほつれかけていることをすっかり忘れていた。
 失くす前に、この場でボタンを引きちぎるかどうか、悩んだ末に放置する。
 スラックスを履き、ベルトを締めた。
 連日の飲み会に参加していたせいもあり、たった数日で、食の乱れがベルトの穴ひとつ分に現れる。
 悲痛な現実から目を逸らし、ネクタイを締めてジャケットを羽織った。

 ソファの背もたれにかけっぱなしにしたコートと、ローテーブルの上に置き去りにしていた仕事用の眼鏡と腕時計を持って玄関に向かう。
 玄関先で投げ捨てた鞄の上にあるマフラーを巻き、手袋をコートのポケットに突っ込んだ。

 シューズボックスという名の推しの祭壇の横にかけていた靴ベラを取る。
 推しである彼女の写真を横目に、レンズを隔てた程度でここまで写りが悪くなるのかと感心した。
 いつかあの目が焼けるような輝きごとレンズに収めてみせると誓いながら、靴を履く。

 部屋の中で、これだけ無機質な音を立てているのに、恋してやまない音だけは耳に入ってくることはなかった。

『おはよう』

 寝起き直後の、少し掠れた彼女の声が好きだ。

『いただきます』

 手を合わせるとき、目を閉じる彼女のクセが愛らしい。

『いってきます』

 その日の心情に合わせて揺れる青銀の小さなポニーテールに、俺が一喜一憂していることを、彼女は知らないはずだ。

 しかし、明日になれば彼女に会いに行ける。
 それだけをモチベーションに仕事を巻いてきたのだ。
 今日で絶対に仕事を納めてみせる。

 グッと決意を固めたあと、玄関のドアノブを回した。

「……いってきます」

 返事なんて返ってこない。
 わかっていながらも、つい言葉を溢してしまった。

12/29/2025, 8:40:58 AM

『心の旅路』

いつもありがとうございます。
本日もスペースのみです。

桃鉄とスト6を購入して家族とワチャワチャしておりました💦
そしてお目当ての湯たんぽを買い忘れました😭

本日もご自愛してお過ごしくださいませ。

12/28/2025, 2:53:47 AM

『凍てつく鏡』

 彼女のいない自宅に帰宅した深夜。
 歯を磨いているときに鏡が汚れていることに気がついた。

 彼女の美しさは寸分違わず映されてしかるべきである。

 薄汚れた鏡にそっと手を置いた。
 1日中、家主が不在のまま放置された鏡は、ひどく凍てついている。
 仕事も忙しないうえに、彼女がいない喪失感も相まって、つい、家事が疎かになってしまっていた。
 ホコリの溜まった部屋に彼女を住まわせるわけにはいかない。
 手始めに、洗面台の掃除に取りかかった。

 クエン酸スプレーを作り、洗面台の鏡にまんべんなく吹きかける。
 ラップを丸めて汚れをこそぎ落としたあと、水拭きをした。
 最後に、マイクロファイバークロスで丁寧に水分を拭き取れば、鏡はピカピカになる。

 鏡に映るのはくたびれた俺の姿だ。
 せっかくきれいに磨いた鏡も、こんな冴えなくて幸の薄そうな男を映し出すのは不本意だろう。

「鏡よ、鏡。世界一かわいい俺の妻を映しやがれ」

 鏡が俺の独り言に応えることはないし、天使級の美しさを誇る彼女の姿を映し出すことはなかった。

 彼女は順当に試合を勝ち進んでいる。
 家にいないという現実は寂しくもある反面、彼女が誰よりもきらめいている証だった。

 競技に人生をかけている彼女の邪魔なんてできるはずがない。

 がんばれ。

 自分の左手の薬指に嵌められている結婚指輪に、祈るようにキスをした。

12/27/2025, 9:03:07 AM

『雪明かりの夜』

いつもありがとうございます。
予定がずれ込んでしまったためスペースのみです。

12月19日のお題『手のひらの贈り物』を更新させていただきました💦
どうがんばっても年内に追いつけないペースですね😭

今日は寒くて体調もグダグダでした。
今年も残りわずかですが、ご自愛してお過ごしくださいませ。

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