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いつもありがとうございます。
最近、露出が多くて申しわけございません。
しっとりさせたかっただけなので、雰囲気だけです。
苦手な方は「次の作品」をポチッとして自衛をお願いいたします。
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熱のこもった夜から、荒んだ空気を孕み始めた秋めいた夜。
まるで飼い慣らした猫のように、彼女は無防備に体をしならせた。
気まぐれに身を委ね、強かに主導権をあけ渡す。
全て無自覚だから咎めることもできなかった。
とっくに汚れた自身の手で、彼女に触れることはいつまでも怖かった。
それでも、彼女を手に入れたい。
この真っ黒に塗れた純粋な想いだけが、俺を繋ぎ止める。
真っすぐ歪んで、解けて拗れた。
とっくに堕ちているのに、とっくに戻れないところにきているのに、さらに深い泥濘へと落とされていく。
「……愛しています」
こんなにも心を焦がしているのに、言葉にするそばから熱が冷めた。
どうすればこの熱さが彼女に伝わるのか。
じっくりと時間をかけて汗ばみ、火照り、湿度を高めた素肌で、抱きしめ合う互いの体温は無情なまでに平熱だ。
ただ、欲を含んだ彼女の涙珠は温かく、その事実に救われる。
ふわり。
言葉の代わりに微笑むだけで、彼女は俺を満たしてくれる。
彼女のシトラスの香りに、柔らかな甘みが加わっていた。
目を逸らす間もなく、季節が移ろいでいく。
夏の陽炎を、不安定に揺れ動く秋がさらっていった。
*
優しすぎるくらいに丁寧な手つきでベッドに私を横たえた。
眼鏡を外して、キスをして、抱きしめる。
熱を持った彼の肌は隙間なく私と重なっているのに、今日は彼の声が遠かった。
彼はいつも忙しそうにしている人だ。
春は気怠げに、夏は物憂げに、秋は儚げに、冬は寂しげに頭を悩ませている。
文句のひとつでも言ってやりたいが、それは適わなかった。
彼によって溶かされた思考は既に使い物になっていない。
与えられる刺激が強すぎて呂律もうまく回らなかった。
「……愛しています」
私も……、好き。
伝えなければと思うのに、言葉として音を震わすことができなかった。
うわごとめいた褒め言葉と愛の言葉が、微弱の毒となって全身を痺れさせる。
逃げる理由も拒む理由もなかった。
ただ、隠していた本心が涙に変わってこぼれ落ちる。
見透かした彼がその涙を唇で掬い取った。
くすぐったくて身を捩ると、彼の唇が耳元へ移動する。
いつもよりつまった吐息、火照った唇、容赦のない舌で薄く皮膚を吸われた。
軽い痛みが走った瞬間、わずかに硬直した彼の体。
スン、と鼻先を近づけた。
少しだけコロンを振ったことも暴かれてしまう。
「夏も終わりか……」
「……っ」
いつものコロンに少しだけ金木犀の香りを足したくて、新しく調合してもらった。
こんな些細な香りまで気づかれるとは予想していなくて、気恥ずかしくて顔を背ける。
「かわいい」
今まで遠かった彼の声が急に近くなった。
つい彼のほうに向き直ってしまうと、滅多に動かない彼の表情が、柔らかく緩んでいる。
そのくせ、私を真っすぐ見つめる目には強い熱を宿していた。
慈愛と色気が合わさった彼の表情に胸が締めつけられる。
「や……っ」
わかりやすく動揺した私の失態を、彼が見過ごすはずがない。
彼の表情や声や手つきが、徐々にからかいの色を帯びていった。
『秋色』
温かい麦茶とコーヒーを入れたマグカップを、リビングのローテーブルに置いたとき、1枚の帯紙が目に入る。
ソファで本を読んでいる彼女の隣に座って、その帯を手に取った。
「1年後に世界が滅ぶ、ですか……」
コーヒー片手に帯紙に目を通す。
地球滅亡までの限られた時間のなかで育むラブストーリーらしい。
キャッチーな煽り文と有名著者のコメントで本の紹介がされていた。
「ん? あぁ、これ? 読む?」
顔を上げた彼女が、しおりも挟まずに本を閉じる。
ためらいもなく差し出してくるから少し焦った。
「読み終えてからでいいですよ?」
「この本、もう5周くらいしてるからもう大丈夫」
は? 5周……?
俺のラブレターは1周しかしてくれないクセに?
イラっとはしたものの、久しぶりに俺でも理解できそうな著書だったので素直に受け取った。
パラパラと軽くページをめくって、読みやすそうな文章であることを確認する。
「世界が終わってしまうなら、あなたならなにをして過ごしますか?」
両手でマグカップを包み込み、揺蕩う湯気を小さな口で吹き冷ます彼女に声をかけた。
「んー? 『世界』と『終わる』の定義による」
視線だけこちらに寄越した彼女は、そう言ってマグカップに唇をつけた。
読み終えたばかりだからか、俺の会話につき合ってくれるらしい。
麦茶をひと口含んだあと、考え込むように視線をマグカップに落とした。
「あと『終わり方』にもよって変わるかもしれない」
「終わり方、ですか」
「世界がぶっ飛ぶのが1時間後なのか、明日なのか、1年後なのかで変わるでしょ?」
「それは確かに」
開いていた本を静かに閉じて彼女に向き直る。
「では、この本になぞらえて……。『1年後にでかい隕石が地球にぶつかって、一瞬で人類は滅亡してしまう』としたら、あなたはどう過ごしますか?」
「どうかな……インフラや経済含めて世界がいつも通り回ってるなら、半年くらいはいつも通り過ごしていると思うけど……、でも待って!?」
堅実な彼女らしい答えを言いかけたところで、なにかを閃いたのか目と声の色が好奇に変わった。
「1年かけて世界中の体育館に突っ込んで界隈荒らして暴れ回るのも楽しそうかもしれないっ!」
「……」
なんか響きがオタクっぽくなるから界隈言うな。
俺のお気持ちなど知ったことではないと言わんばかりに、彼女は目を輝かせながら「地球最後の日の過ごし方」について思いを馳せていく。
「いや、むしろ貯めた金で研究開発チームみたいなの作って、隕石を逸らすミサイルかなんか作って地球を救うために奔走したい! そしてチヤホヤされまくって承認欲求満たしたい!!」
彼女にはやってみたいことがたくさんあるらしく、笑顔ではしゃぎまくる。
かわいいから別にいいけど、なんで「俺と一緒に過ごしたい♡」という答えがいつまで経っても出てこないのだ。
「まー、でも、なんだかんだ最後の1週間くらいはふたりでいたいかなー」
「俺と過ごす期間、短くないですか?」
おかしい。
愛が足りなかったのだろうか。
やっと欲しい言葉が出てきたと思ったら、1年のうちの1週間しか彼女と過ごす時間をもらえないとか悲しすぎる。
「一緒に起きて、一緒にご飯食べて、一緒に出かけて、一緒にいつも通りの日常を過ごしたい」
不満を訴えたらわざとらしく流された。
今日の彼女は少し意地悪をしたい気分らしい。
俺は負けじと彼女にひっついて甘えてみた。
「ですから。俺と過ごす期間、短くないですか?」
「……やりたいこといっぱいあるもん」
もう一度同じセリフでアピールしてみたら、物理的な距離感が縮まったせいかちょっとだけ照れた。
ツンとしてからのちょいデレの彼女は今日もかわいい。
「ついていきますね?」
「それ……。ヤダって言ったらやめてくれるヤツ?」
「やめないヤツですね」
ギュウギュウ抱きしめていたら、絆された彼女がグリグリと俺の胸におでこをくっつけてきた。
「んで? 聞いてきたからにはそっちもなんかあるんじゃないの?」
「俺ですか?」
俺のやりたいことなんてひとつしかない。
眼鏡のブリッジを指で持ち上げた。
「あり得ないくらい大量にゴムを買って、あなたを軟禁して一年中セックスしたいです」
「最ッッ低!!!!」
「いっっってえ!!!!」
真面目に答えたのに思いっきり足の甲を踏んづけられた。
「え、地球滅亡するってわかっているのに避妊しないつもりですか? 身ごもっても育てられないのにかわいそうじゃないですか。可能性はできるだけ低くするべきだと愚見します」
「そういうこと言ってねえよっ!! この性欲モンスターがっ!!」
踏まれた足の甲を撫でながら反論すると、彼女はソファに置いていたクッションを勢いよく投げつける。
プリプリと盛大に照れギレした彼女は、寝室に逃げ込んでしまった。
どうやらやりすぎたらしい。
しかし、閉じこもる場所は本当に寝室でいいのだろうか。
すぐに追いかけるべきか否か、俺は極限の選択を迫られてしまった。
『もしも世界が終わるなら』
「忘れ物ないですか?」
「大丈夫」
玄関でスニーカーを履いた彼女に手を差し出す。
まだ少し眠たそうにしている彼女は、俺の手を取りながら柔らかくうなずいた。
いつもより早い明け方の空は少し暗かった。
今日から彼女は、しばらく海外で過ごす。
別れが惜しくて、せめて駅までは見送らせてほしいと俺がゴネたのだ。
「あ、ごめん。ちょっと待って……」
手を繋いでいた彼女の指がするりと抜ける。
振り返ると玄関で彼女はしゃがみ込んだ。
「どうしました?」
「靴紐、ちょっと緩かったみたい」
解けかかった靴紐を、小さな手がきれいに解いていく。
走るわけでもないのに律儀に靴紐を全て緩めていく緩慢な動作が美しかった。
彼女の所作を近くで見たくて、目の前にしゃがみ込む。
「おや。左足ですか」
「ん」
スニーカーを履いているのに、革靴の俺なんかよりも小さくて細い足のサイズ。
シュルシュルと衣擦れの音が耳に心地よく響いた。
「なるほど。好きです」
「は?」
俺の唐突な告白に、彼女の手が止まる。
朝っぱらから訝しんで警戒心を上げていく彼女に、俺の機嫌はなぜか上がっていった。
「知ってました? 左足の靴紐が解けたら好きな人から告白されるらしいですよ」
「そういうのは10代で卒業しておけよ」
俺にとっても都合がよくて、かつ、それっぽいジンクスをでっちあげたのだが一蹴されてしまった。
「日本国民に夢を与える存在であるべき女神がなんてこと言うんですか」
「変なジンクス仕入れてくる暇があったらさっさと告れよ」
「だからさっき告白したじゃないですか。そっちこそ、照れてないでさっさと返事をよこせください」
「今の告白だったの? いくらなんでも軽すぎない?」
「失礼ですね?」
本気と思われていないならしかたがない。
俺は靴紐を結っている彼女の両手を包み込み、真っすぐ見つめた。
「え? な、に……? 私、呪いにでもかけられてる?」
「さあ? どうでしょう?」
狼狽える彼女にかまうことなく、無言で彼女を捉える。
沈黙に耐えられなくなった彼女が目を伏せようとしたとき、顔を近づけて囁いた。
「あなたが好きです」
「……っ!?」
距離を取ろうとする彼女の手首を掴む。
じわじわとその手に熱がこもっていった。
視線から逃れようとする彼女の退路を塞ぐ。
「目、逸らさないでください」
「なっ、だっ……て急に……」
「このタイミングで目を逸らしていいんですか? キスしてもいいのかなって、期待しますけど?」
「あっ、ダメ……」
「ダメならきちんと俺の目を見て断ってください」
「へっ!? や、やだ、そんなのっ……」
「できませんか? どうして?」
彼女の手首を離した代わりに、頬に触れた。
俺にされるがまま、力なく首を振る彼女を容赦なく追いつめていく。
「どうしてって、だって……」
「だって?」
「……は、恥ずかしい」
はー……。
かわいい。
両手で顔を隠す彼女の隙をついて、右側の靴紐を引っ張った。
シュル、と玄関に衣擦れが響くが、彼女が気づく気配はない。
「右側の靴紐も、解けてしまいましたね?」
「靴、ひも……?」
はくはくと浅く空気を取り入れる彼女は、足元に視線を移した。
「右足の靴紐が取れたら、恋人ができるらしいですけど、俺はあなたの恋人になれますか?」
「……な、なる……」
俯いたまま、彼女はズボンの布をきつく握りしめてシワを作っていく。
「よかった。恋人同士なら、キスもしていいですよね?」
「え?」
「俺にしか見せないあなたの表情、もっとたくさん見せてください」
「…………う、ん」
俺の服に縋って白い肌を真っ赤に染めながらうなずいた。
背けられた顔に手を伸ばして頬を撫でる。
あやすように耳や首筋に指先を遊ばせれば、くすぐったさそうにした彼女が表情を和らげた。
溢れた笑みを正面から見たくてゆっくりと顎を掬う。
彼女は再び肩をこわばらせたが、形のいい唇を何度か撫でていくうちに身を委ねていった。
長い睫毛を震わせながら、瑠璃色の潤んだ瞳を隠す。
「これで、少しくらいは伝わりましたかね?」
彼女のキス顔をいただいところで、俺は鼻っ柱を摘んだ。
「ふぎゃっ!!」
「俺のガチ告白、満足してくれました?」
解いてしまった靴紐を解けないようにギュウギュウと締める。
「……、怖っ……」
呆然として靴紐を結ぶ俺を見下ろしながら、ひとりごちる彼女に、俺は眉を寄せた。
「は? なんでですか」
「こんなのされたら、みんな落ちちゃうじゃん……」
「なんてこと言うんですか。あなたにしかしませんよ」
ぽんぽんとスニーカーを手で叩いて、結び終えた合図を送る。
手を差し出して立ち上がるように促したが、彼女がその手を取ることはなかった。
「てゆーか、私たちはずっとつき合ってる」
「ええ。そうですね」
不貞腐れながら立ち上がる彼女が、夢のような現実を容赦なく突きつけてきた。
些細なやり取りにどれだけ幸せを感じているか、彼女はきっと知らないだろう。
「俺を選んでくれて、ありがとうございます」
一度目は我慢できたが、二度目の我慢はできなかった。
彼女の唇を軽く啄んでいく。
「どう、いたしまして?」
「……ははっ」
キスの合間。
律儀に答える彼女に、俺は思わず声を吹き出してしまった。
「俺、すげえ幸せです」
『靴紐』
正真正銘、先輩たちの最後の試合となった全国大会の決勝戦。
2セット連続で落とした最終セットの終盤、流れは完全に相手チームに向いていた。
周りの声が遠くなり、地に足がついていない感覚や、頭の奥で大きく響く自分の心音に動揺する。
ヤバい……。
ここにきて、遅れてきた恐怖が体をこわばらせた。
俺は、昔から余計なことを考え込んでしまうきらいがある。
転んだ痛みと恐怖を知り、全力で走ることができなくなった。
擦りむいた傷をかばい、転ばないために足元を確認しながら慎重に走り続ける。
臆病風に吹かれ、目指すべき場所を見失った俺は足を止めた。
この先長い人生における目指すべき場所なんて大仰な問いの答えは、まだ、見つけられない。
いつでも縋れるように、足元には諦める言葉や生ぬるい励ましの言葉ばかりがたくさん転がっていた。
もがけばもがくほど、ぬかるみにはまった足に重く絡みつく。
それでも……。
「レフッ、トォォォ!!!!」
それでも、その一筋の光が俺の顔を上げるきっかけとなるならば。
俺ではなく、彼の進むべき道を切り開くきっかけとなるならば。
恐怖も、痛みも、傷も、全てその声に託して俺は腕を伸ばした。
「先輩っ!」
託した放物線は強烈な閃光となり、一度は静まり返った体育館を砲声のごとく轟かせた。
*
部活でお世話になった監督が今年を最後に勇退すると小耳に挟んだ。
全国大会の予選会が控えていることもあり、挨拶ついでに母校に差し入れを持ていった帰り。
ぴょこぴょこと小さなポニーテールを揺らす彼女の後ろ姿を発見した。
「お疲れさまです」
「お疲れ……。ここで会うなんて珍しいね?」
「ちょっと母校まで挨拶に出向いていたんです。そういうあなたこそ、こんなところまでどうしたんですか?」
「ん? 今日は大学で練習試合だった」
「なるほど? あの……」
練習試合の帰りなのだろうが、彼女の周りに人はいない。
さすがに彼女ひとりというシチュエーションが不自然で見過ごすことができなかった。
「チームメイトに嫌われでもしてるんですか?」
「失礼だな!?」
「だって。だいたいこういうのは、チームメイトと一緒に飯までがつきものなのでは、と思っただけです」
思うところがあるのか、彼女は言葉をつまらせて眉を寄せる。
「……いや、まあ。そういう関係は悪くないと思うよ!? 思うけどさあっ!」
彼女は心底嫌そうに心の内を吐露していった。
「……仲良くした成れの果てが馴れ合いとかクソ食らえだよな、っていう気持ちの割り合いがデカかった……」
「……」
しょんもりとかわいく肩を落としているが、言っている内容は全然かわいくなかった。
どこまでもソリストな彼女に感服すら覚える。
「しかもうちのバド部ボロ負けしてたしなおさら」
「……」
「強がりなのかわかんないけど、練習試合とはいえヘラヘラしてさー……。空気壊さなかっただけ褒めてほしい」
ブツブツ文句を言う彼女には少し意外ではあった。
ソリストのクセに、チームとして負けるのも嫌うらしい。
「ちゃんと声かけて離れたし、一応筋は通したつもり」
「では、代わりに俺が飯の権利をもらいましょうかね?」
「なに言ってんの?」
「え、もう飯食ったんですか?」
「いや、まだだけど」
「なら決まります」
「強引すぎない?」
「なにを今さら」
形のいい眉を寄せた彼女に俺はフッと息をこぼした。
「こんな俺にも、無理を押し通したいことが
あるんだなって気づかせてくれたのはあなたですよ?」
「はあ? なに言ってんの?」
あきれ果てた彼女はわざとらしくため息をつく。
「私なんか関係なしに、ずっと無理を通してきた男のクセして」
「え。なんすか、それ」
俺の疑問に彼女が答えてくれる気配はなかった。
だが、彼女と一緒に飯を食うことは許されたらしい。
上機嫌に揺れるポニーテールの後ろに、俺はついていった。
『答えは、まだ』
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いつもありがとうございます。
できるだけわからないようにきれいに取り繕いはしましたが、ドシモです。下品です。
本当に……昼時からお目汚しを申しわけございませんでした。
苦手な方は「次の作品」をポチッとして自衛をお願いします。
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帰宅してカバンを床に放り落とし、制服のままベッドにダイブする。
手持ち無沙汰になった右手が、スラックスのポケットから携帯電話を取り出した。
1枚だけこっそり撮った彼女の写真。
後ろめたさや彼女の周りのガードの固さもあり、この写真しか撮ることができなかった。
彼女の姿をレンズに収められたこと自体が奇跡だといっても過言ではない。
かわいい。
実物はもっと煌めいていて、温かくて、柔らかくて、小さかった。
少し緊張した様子の彼女だったが、優しくて穏やかな雰囲気をまとっている。
しかし一変、コートに君臨すれば淑やかな空気は威圧感と緊張にすり替えられ、息をのんだ。
ショートカットの毛先から迸る汗。
闘争心を爛々と輝かせた瞳と、傲慢に歪められた桜色をした薄い唇。
尊大な態度とは裏腹な、羽ばたくことに対する執着と泥臭さ。
大きく見える動きは最小かつ最短、思考は常に冷静に見えた。
体育館で彼女と出会って2週間。
夏休みも終わったし、これから全国に向けて予選会の試合だって控えていた。
俺なんかが想い慕っていい相手ではない。
早く忘れなければと自責の念に駆られながら、彼女に触れた温もりを、眼差しを、少し戸惑った笑顔を全て記憶から消そうとした。
忘れようとすればするほど、鮮明に浮かぶ彼女の姿。
涼やかな声をもっと甘く乱したい。
迸る汗にもっと艶と粘着性を与えたい。
不遜な笑みをもっと羞恥心で染めあげたい。
この写真も消さなければいけないことくらい、わかっていた。
かわいい。かわいい。かわいい。かわいい。
かわいい。かわいい。かわいい。かわいい。
写真アプリを開くたびに、彼女の写真を消そうと葛藤していた時間が無駄になる。
あっけなく瓦解していく自分の意志の弱さに情けなくなった。
白い素肌に真っ黒に塗りつぶされた独占欲を刻みたい。
そしてあわよくば、俺の名前を呼んでほしい……。
俺なんかには決して見せるはずのない彼女のあられのない寝姿を想像しては、気持ちを昂らせる。
これ以上、彼女を想ってはダメだ。
何度も何度も何度も何度も、頭の中でうるさいくらいに警鐘を鳴らしている。
息のあがる彼女の姿を想像しては、背徳感と罪悪感が混濁した白濁で汚した。
何度も何度も何度も何度も、自分の醜さに嫌悪する。
「…………最っ悪だ……」
俺は、背徳感に抗えない最低な男である。
行き場のない欲を強引に吐き出し、俺の荒い息だけが揺蕩っている寝室は、ひどく冷めきっていた。
*
彼女との生活に満足していない、ということでは決してない。
ただ、拗れに拗れた彼女への想いは同棲した今も、現在進行形で昂っていくわけで……。
彼女を欲しいままに求めてしまっては、体の小さな彼女の負担になってしまうという、俺なりの気遣いのつもりだった。
仮眠できるよう作業部屋に置いた小さなベッドで、行き場のない想いを処理をする。
「——……っ」
決して意図していたわけではない。
うわごとのように彼女の名前が口から溢れたときだった。
「ねえ。お風呂終わったんだけど、ごはんまだー?」
無遠慮に作業部屋のドアを開けられた俺は、即座に対応ができなくて固まる。
ドアノブを回した彼女自身もまた、そんな俺を見て固まった。
「……」
「……」
元々、作業部屋に鍵はついていない。
彼女に見られて困るものは置いていなかったし、後ろめたいこともないと思っていたからだ。
今日、この瞬間までは。
「……ごめん。ごはんは自分でやる」
パタン。
静かにドアを閉められた。
み、見ら、見られ……?
………………は?
閉められたドアと、熱を受け止め損なった自分の手を交互に見やった。
そして。
「きゃああああああああああぁぁぁぁ!! もうお婿に行けないぃぃぃいいいい!!」
「うるっさい! それ私のセリフだからなっ!?」
思いっきり叫んだら彼女がドア越しに反論してきた。
「はあ!? あなたは俺のお嫁さんになるんでしょうがっ! どこの女にたぶらかされてきたんですか!? 認めませんからね!?」
「賢者タイムの割りには絶好調だなっ!? 終わったんならさっさと風呂行けよ!!」
「あなたが目の前にいるってわかってるのに、気恥ずかしくて出ていけるわけないでしょうが!」
あああああぁぁぁぁっ!
バカッ、アホッ、マヌケッ!
彼女になんてもん見せてるんだっ!
過去最大の自己嫌悪に、ベッドでのたうち回った。
しばらくして、遅れてきた賢者タイムによって平然と取り繕い作業部屋から出る。
彼女は寝室にでも逃げ込んだのか、既にリビングはもぬけの殻だった。
余談。
諸々すませた俺が寝室に入るなり、ちょっと拗ねた彼女が容赦なく煽り散らかしてくる。
おかげで、その日の夜はめちゃくちゃ盛りあがった。
『センチメンタル・ジャーニー』