正真正銘、先輩たちの最後の試合となった全国大会の決勝戦。
2セット連続で落とした最終セットの終盤、流れは完全に相手チームに向いていた。
周りの声が遠くなり、地に足がついていない感覚や、頭の奥で大きく響く自分の心音に動揺する。
ヤバい……。
ここにきて、遅れてきた恐怖が体をこわばらせた。
俺は、昔から余計なことを考え込んでしまうきらいがある。
転んだ痛みと恐怖を知り、全力で走ることができなくなった。
擦りむいた傷をかばい、転ばないために足元を確認しながら慎重に走り続ける。
臆病風に吹かれ、目指すべき場所を見失った俺は足を止めた。
この先長い人生における目指すべき場所なんて大仰な問いの答えは、まだ、見つけられない。
いつでも縋れるように、足元には諦める言葉や生ぬるい励ましの言葉ばかりがたくさん転がっていた。
もがけばもがくほど、ぬかるみにはまった足に重く絡みつく。
それでも……。
「レフッ、トォォォ!!!!」
それでも、その一筋の光が俺の顔を上げるきっかけとなるならば。
俺ではなく、彼の進むべき道を切り開くきっかけとなるならば。
恐怖も、痛みも、傷も、全てその声に託して俺は腕を伸ばした。
「先輩っ!」
託した放物線は強烈な閃光となり、一度は静まり返った体育館を砲声のごとく轟かせた。
*
部活でお世話になった監督が今年を最後に勇退すると小耳に挟んだ。
全国大会の予選会が控えていることもあり、挨拶ついでに母校に差し入れを持ていった帰り。
ぴょこぴょこと小さなポニーテールを揺らす彼女の後ろ姿を発見した。
「お疲れさまです」
「お疲れ……。ここで会うなんて珍しいね?」
「ちょっと母校まで挨拶に出向いていたんです。そういうあなたこそ、こんなところまでどうしたんですか?」
「ん? 今日は大学で練習試合だった」
「なるほど? あの……」
練習試合の帰りなのだろうが、彼女の周りに人はいない。
さすがに彼女ひとりというシチュエーションが不自然で見過ごすことができなかった。
「チームメイトに嫌われでもしてるんですか?」
「失礼だな!?」
「だって。だいたいこういうのは、チームメイトと一緒に飯までがつきものなのでは、と思っただけです」
思うところがあるのか、彼女は言葉をつまらせて眉を寄せる。
「……いや、まあ。そういう関係は悪くないと思うよ!? 思うけどさあっ!」
彼女は心底嫌そうに心の内を吐露していった。
「……仲良くした成れの果てが馴れ合いとかクソ食らえだよな、っていう気持ちの割り合いがデカかった……」
「……」
しょんもりとかわいく肩を落としているが、言っている内容は全然かわいくなかった。
どこまでもソリストな彼女に感服すら覚える。
「しかもうちのバド部ボロ負けしてたしなおさら」
「……」
「強がりなのかわかんないけど、練習試合とはいえヘラヘラしてさー……。空気壊さなかっただけ褒めてほしい」
ブツブツ文句を言う彼女には少し意外ではあった。
ソリストのクセに、チームとして負けるのも嫌うらしい。
「ちゃんと声かけて離れたし、一応筋は通したつもり」
「では、代わりに俺が飯の権利をもらいましょうかね?」
「なに言ってんの?」
「え、もう飯食ったんですか?」
「いや、まだだけど」
「なら決まります」
「強引すぎない?」
「なにを今さら」
形のいい眉を寄せた彼女に俺はフッと息をこぼした。
「こんな俺にも、無理を押し通したいことが
あるんだなって気づかせてくれたのはあなたですよ?」
「はあ? なに言ってんの?」
あきれ果てた彼女はわざとらしくため息をつく。
「私なんか関係なしに、ずっと無理を通してきた男のクセして」
「え。なんすか、それ」
俺の疑問に彼女が答えてくれる気配はなかった。
だが、彼女と一緒に飯を食うことは許されたらしい。
上機嫌に揺れるポニーテールの後ろに、俺はついていった。
『答えは、まだ』
9/17/2025, 9:09:32 AM