趣味は琴、特技はお料理、だなんて我ながら適当な自己紹介をした。本当は琴なんておばあちゃん家にあっただけだし、料理だって特技というものではなく、あくまで自炊できる程度のこと。
ずっとずっと、全部全部隠す。私の汚点を……いや、私という汚点そのものを。ニコニコ笑って、まるでそれが本当であるかのような。
「うふふ、それは素晴らしい趣味ですわね」
心にもないことを言って、嘘つきだ何だと言われても―――私はずっと、何気ないふりをしてる。
「ふふ、おはよう。最近君を狙う人が多くって多くって……。でも、俺が守ってあげるからね!」
目の前の男は、ニコニコとこっちに笑いかけた。今日もちゃんと処分したからね~、なんて言って。私の気持ちなんて知らない彼は、私の頭を撫でてきた。慈しむように、大切にするように―――でもそれは、彼の自己満足に過ぎないものだ。
この家ごとすべて牢屋に見えるここに連れてこられてから、1年が経った。急に連れてこられて……いわゆる、誘拐というものだ。それをされて、身代金を私の親に要求するかと思いきや、鍵で私を閉じ込める以外は何もしなかった。好きなものは何でもくれるし、たくさんお願いをしたら、学校にもいかせてくれる。迎えは絶対だと言われたけれど、ほかから見て誘拐だと思う人もいない。私の親も……私を愛していないから、私が帰ってこなくてむしろ好都合なのだろう。1年も家に帰っていないというのに、そして学校には行っているというのに、私はそういった話を聞かなかった。
「……私を狙う、人なんて」
いるわけないよ、とうすら笑う。
「えー!みんな狙ってるよぉ!俺が守るのも限度があるんだから、自己防衛意識はないと……!」
私の反応に、彼は首をぶんぶん横に振り、それから必死に私の手を掴んでそう言ってきた。かなり力が強めだ。本当にそう思っているのだろう。
親に愛されなかった私は、他人と言える男に愛された。
「好きだよ」
「……」
「?ねえ」
「……私も」
私を愛す彼は、私にも同じ感情を強要してくる。けど私には、もうそんなものどうでもいい。好きも、嫌いも。全て全てわからなくなってしまった。ただ、今は。痛い思いを、したくないだけ。彼は彼の好きに肯定を返せば、私に痛みを与えない。まだ、まだマシだ。あの親は、気分が悪い時工程も否定も関係なく理不尽に痛みを与えてくるのだから。
「幸せだね~!んふふ、いずれ結婚して……ハッピーエンドまっしぐらって感じ?」
「……ハッピーエンド……」
笑顔で幸せらしい彼は、そう言うけど。ハッピーエンドだなんて……この世にあるわけない。いつかこのつまらない平和も終わりを告げるだろう。いくらまだバレていないとはいえ、立派な誘拐ではあるのだから。大体、たとえ今終わったってハッピーエンドとは言えないだろう。もし仮に言えても……その対象は私ではなく彼だ。
「ふんふふーん。ご飯作ってくるね」
機嫌が良さそうな彼は、鼻歌を歌いながら笑顔だ。私は笑顔になれない。彼はその人生をさっき、ハッピーエンドまっしぐらといったけど。私のハッピーエンドは、いつか手に入るの?
今日も私は、バッドエンド。好きでもない男に抱きしめられて、今日が終わった。
あなたに見つめられると、どうしようもなく苦しいの。
学校の廊下、移動教室のときにたまたまよく知る二人とすれ違った。その片方が、驚いたように私を見つめた。……やめて、やめて。苦しい。彼女から逃げるように、近くのトイレに駆け込んだ。
「っはぁ、は……ぁ」
冷や汗がすごくて、手が震えている。焦点もあわない。息が、途切れる。勝手に涙が出てくる。
彼女は、私の元姉だった。怒りっぽくてで、完璧主義で、それなのに……それなのに、自己犠牲をする人で。いつもいつも私を周りの人間から守ってくれた。いつもいつも怪我だらけだった。彼女は、私が頼りすぎるせいで……私が頼りなさすぎるせいで、ストレスによって倒れた。そして―――怒りっぽいのがそこに回ったのか、目が覚めたとき私に当たった。その時に医者やナースがいたから、のちに周りの人間……主に親の虐待が判明して、私達は解放された。けどその後の姉の態度がとにかく不安定で、私と姉は離れた。
私が頼りになれば、彼女はあんなにも傷つかなかったかも知れない。私が少しでも彼女を守れれば、離れ離れになることはなかったかもしれない。私がいなければ、私を守るなんてことがなければ、彼女はストレスで倒れなかったのかもしれない。彼女が、いなければ―――私の背に、こんな傷跡がつくことも……なかったかも、しれない。私にとって彼女は助けられなかった人で、そして私を傷つけた人。
「……私はまだ、あなたと向き合えない」
見つめられると、苦しいの。見つめないで、思い出させないで。まだ……忘れたままでいさせてほしい。あなたに、見つめられると―――傷だらけの昔を、思い出してしまう。
「My Heart、受け取ってみない?」
「言い方が気色悪い、却下」
いつもいつもうるさい目の前にいるであろう人物にそう言う。一日一回、毎日毎日独特な告白をしてくるのがこの人間、まあバカ、アホ、間抜け……この人間の蔑称なんて沢山出てくるけど、ここは取り敢えず今回の告白の仕方からハート野郎と呼んでおこう。
このハート野郎は、毎日懲りずに告白してくる。僕もかなり酷い言い方をしてるつもりなのだが……まるで関係ないと言わんばかりだ。
「名前も教えてくんないくせに僕に毎日さあ……飽きないの?」
「んー?少なくとも今、飽きてるように見える?」
ニコニコと笑う。あははと軽やかで子供っぽい可愛さがあるハート野郎は、ハート野郎は―――僕の記憶から、どんどんなくなっていく。その笑い声も、その表情も。ずっとずっと毎日、来ると思っていたのに。飽きてるように見えなかったハート野郎は、簡単に目の前から消えた。
どこに行ったの。
「My heartでもなんでもいいから早く戻ってきてよ……」
僕を置いて、行かないでよ。せめて、お願いだから。僕の心を―――返して。
あの子は綺麗で、その子は賢くて、君は強くて―――他人が持つ才能が羨ましい。私には、何にもない。綺麗でも、賢くも、強くも……その他、絵が描けるとか、そんな才能を、私は持ち合わせてない。少なくとも、私視点からは。
わかっている。これが贅沢のようなものであることは。地震が起きたりして家がなくなったり、近くの人が死んだりなんてしてない私は、十分幸せなのだろう。十分恵まれた方なのだろう。
それでも望んでしまうのが―――ないものねだりをしてしまうのが、おそらく人間の性だ。自分の持っていないものがどうしようもなく輝かしいように見えて、自分の持っているものが粗末なように見えてしまう。
「苦しい」
自分にないものを見てしまうのが、どうしようもなく苦しい。それを羨ましいと、それが欲しいと、ないものねだりをしてしまうのがどうしようもなく苦しい。でも生きるために目は閉じれない。生きるために耳は塞げない。ニュースも、ラジオも、新聞も、SNSも。生きるということは、他人の素晴らしい功績を見聞きすることになるのだ。絶対に知ることになるのだ。
生きるのをやめれば、確かにそんなことはないけど―――私は、死ぬのも怖い。何もできない。
「……苦しい」
いつかこの苦しさから解放される日が来るのだろうか。何もない私が、ないものねだりをしないことをやめられるのだろうか。諦めるって、どうするのだろう。どうしようもなく欲しくなるのに。ないものねだりなんてやめたいのに、やめれないから。
「―――苦しい」
今日も私は、誰かの才能に嫉妬して、ないものねだりをして、勝手に苦しんでいる。